99 / 146
第四章
死神の献杯
しおりを挟む
「おい。やるならそっちのにしろ。ただし殺すなよ」
カリッとクッキーをかじって、ゲイリーが顎で指したのはロナルドだ。
「おまえに譲るといったのだ。そんなことはせん」
人差し指を軽く動すと執事が水を注いだグラスをトレイに乗せて運んできた。
オクルールはずらりと並んだ小瓶の中から無作為にひとつ手に取るとコルクの栓を抜き、鼻を近づけてみた。
意識してみても鼻につくようなおかしな匂いはない。その後一滴だけグラスに注ぎ入れてみると、薄く紫ががっていた液体はすぐに水と同化し分からなくなった。
グラスを傾けて液体を透かしてみたが、一見しておかしなところは見当たらない。これなら誰にも気づかれないだろう。
オクルールは満足げに頷き、執事にグラスを手渡した。
「飲ませろ」
「かしこまりました」
片手に毒入りのグラスを掲げ、自分たちを見下ろす執事。床に落ちたゴミでも見るようなその目は無慈悲そのもの。
主であるオクルール大臣の命令にただ忠実に従う番犬は感情が欠落した傀儡のようであり、死の宣告を告げる死神のようでもあった。
自分たちの眼前に佇む死神をふたりは信じられない思いで見上げる。目はこぼれそうなほど開かれ、瞬きすら忘れてしまったようだった。
「猿ぐつわを外しなさい」
死神が静かに命令を下すとロナルドの体を押さえつけていた手下が動いた。ふたりがかりで両脇を挟み込んで口を塞いでいた布を外し、顎を上に持ちあげる。
目を見開いたまま、真っ直ぐに上を向いたロナルドの喉がごくりと音を立てて波打った。
「んーっ!!」
(やめて!!)
恐怖のあまりアレクの目から涙が零れ落ちる。説明を聞いただけで戦々恐々としてしまう劇薬ゴドリュース。一滴といえども効果はてきめんだ。それを飲めだなんて!
「んーっ!!」
(ロナルド!!)
やめて! やめて! やめてよ!!
涙ながらの必死の叫びはくぐもって伝わらず、止めることも叶わない。身を乗り出したアレクの体は抵抗するロナルドよりたやすく、手下に押さえつけられた。
すぐ隣で無理やり口の中に手を突っ込まれ、必死の形相でグラスから顔を背けようとしているロナルドにアレクは涙が止まらない。
「大人しくしろっ!」
抵抗を続けるロナルドを手下が取り囲み、あの手この手で口を開かそうとしているがなかなか上手くいかない。
そのうち苛立った手下が鬼のような形相で剣の柄をロナルドの頭部に打ち付けた。硬い果物を打ち割ったような鈍く生々しい音がアレクの耳を貫く。その衝撃でビクッと肩が跳ね上がった。
ショックのあまり呼吸を止めたアレクの前でぐらりとロナルドの体が揺れる。力なく床に倒れこ込んだロナルドを一瞥して、執事は小さく嘆息をついた。
「意識はありますか? ないと困るのですが」
「おい! 起きろ馬鹿野郎!」
無理矢理体を起こされたロナルドの額からは大量の鮮血が溢れ、片目を濡らしていた。意識が朦朧としているのか、閉じかけた目は虚ろで不安定に揺れ動く。
(ロナルド!)
なんでこんなことをするの!?
やるなら僕にすればいい!
声にならない声が胃の中をぐるぐると駆けずり回る。目を真っ赤にしてロナルドの惨状を見るアレクとは違って、優雅にソファに腰掛ける三人の瞳は無情だ。
紅茶カップを片手に演劇でも眺めるように、ちらりとこちらに目を向けるエレノア。知らぬ顔でクッキーを口に放りこむゲイリー。オクルール大臣は無表情ながら早く結果が知りたいと目で物語る。
ああ、これが悪党。情けの欠片もない。悔しさが破綻して狂ってしまいそうだった。
顔中を血で染めたロナルドの口を手下が開く。
抵抗する力もなく、なされるがままに口を開いたロナルドはいまにも失ってしまいそうな意識の中、血に濡れた真っ赤な世界で自分を見つめて泣いてるアレクの姿を見た。
これほど取り乱して泣くアレクは初めて見る。できることなら頭を撫でて落ち着かせてあげたいけれど、そうもいかないようだ。
「心配……いら…ない」
泣かないで。大丈夫だよ。死にはしないから。
伝えたい言葉は山ほどあったが伝えきれない。ただ、頼むから泣かないでくれと切に願った。笑いかけたつもりだったが、上手くできただろうか。
そして冷たい水がロナルドの口に流し込まれる。抗うことさえできず、喉は無条件に受け入れるしかなかった。
ごくん……
死の予告が、鳴った。
カリッとクッキーをかじって、ゲイリーが顎で指したのはロナルドだ。
「おまえに譲るといったのだ。そんなことはせん」
人差し指を軽く動すと執事が水を注いだグラスをトレイに乗せて運んできた。
オクルールはずらりと並んだ小瓶の中から無作為にひとつ手に取るとコルクの栓を抜き、鼻を近づけてみた。
意識してみても鼻につくようなおかしな匂いはない。その後一滴だけグラスに注ぎ入れてみると、薄く紫ががっていた液体はすぐに水と同化し分からなくなった。
グラスを傾けて液体を透かしてみたが、一見しておかしなところは見当たらない。これなら誰にも気づかれないだろう。
オクルールは満足げに頷き、執事にグラスを手渡した。
「飲ませろ」
「かしこまりました」
片手に毒入りのグラスを掲げ、自分たちを見下ろす執事。床に落ちたゴミでも見るようなその目は無慈悲そのもの。
主であるオクルール大臣の命令にただ忠実に従う番犬は感情が欠落した傀儡のようであり、死の宣告を告げる死神のようでもあった。
自分たちの眼前に佇む死神をふたりは信じられない思いで見上げる。目はこぼれそうなほど開かれ、瞬きすら忘れてしまったようだった。
「猿ぐつわを外しなさい」
死神が静かに命令を下すとロナルドの体を押さえつけていた手下が動いた。ふたりがかりで両脇を挟み込んで口を塞いでいた布を外し、顎を上に持ちあげる。
目を見開いたまま、真っ直ぐに上を向いたロナルドの喉がごくりと音を立てて波打った。
「んーっ!!」
(やめて!!)
恐怖のあまりアレクの目から涙が零れ落ちる。説明を聞いただけで戦々恐々としてしまう劇薬ゴドリュース。一滴といえども効果はてきめんだ。それを飲めだなんて!
「んーっ!!」
(ロナルド!!)
やめて! やめて! やめてよ!!
涙ながらの必死の叫びはくぐもって伝わらず、止めることも叶わない。身を乗り出したアレクの体は抵抗するロナルドよりたやすく、手下に押さえつけられた。
すぐ隣で無理やり口の中に手を突っ込まれ、必死の形相でグラスから顔を背けようとしているロナルドにアレクは涙が止まらない。
「大人しくしろっ!」
抵抗を続けるロナルドを手下が取り囲み、あの手この手で口を開かそうとしているがなかなか上手くいかない。
そのうち苛立った手下が鬼のような形相で剣の柄をロナルドの頭部に打ち付けた。硬い果物を打ち割ったような鈍く生々しい音がアレクの耳を貫く。その衝撃でビクッと肩が跳ね上がった。
ショックのあまり呼吸を止めたアレクの前でぐらりとロナルドの体が揺れる。力なく床に倒れこ込んだロナルドを一瞥して、執事は小さく嘆息をついた。
「意識はありますか? ないと困るのですが」
「おい! 起きろ馬鹿野郎!」
無理矢理体を起こされたロナルドの額からは大量の鮮血が溢れ、片目を濡らしていた。意識が朦朧としているのか、閉じかけた目は虚ろで不安定に揺れ動く。
(ロナルド!)
なんでこんなことをするの!?
やるなら僕にすればいい!
声にならない声が胃の中をぐるぐると駆けずり回る。目を真っ赤にしてロナルドの惨状を見るアレクとは違って、優雅にソファに腰掛ける三人の瞳は無情だ。
紅茶カップを片手に演劇でも眺めるように、ちらりとこちらに目を向けるエレノア。知らぬ顔でクッキーを口に放りこむゲイリー。オクルール大臣は無表情ながら早く結果が知りたいと目で物語る。
ああ、これが悪党。情けの欠片もない。悔しさが破綻して狂ってしまいそうだった。
顔中を血で染めたロナルドの口を手下が開く。
抵抗する力もなく、なされるがままに口を開いたロナルドはいまにも失ってしまいそうな意識の中、血に濡れた真っ赤な世界で自分を見つめて泣いてるアレクの姿を見た。
これほど取り乱して泣くアレクは初めて見る。できることなら頭を撫でて落ち着かせてあげたいけれど、そうもいかないようだ。
「心配……いら…ない」
泣かないで。大丈夫だよ。死にはしないから。
伝えたい言葉は山ほどあったが伝えきれない。ただ、頼むから泣かないでくれと切に願った。笑いかけたつもりだったが、上手くできただろうか。
そして冷たい水がロナルドの口に流し込まれる。抗うことさえできず、喉は無条件に受け入れるしかなかった。
ごくん……
死の予告が、鳴った。
1
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる