アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第四章

悪魔たちの演劇

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「おかしなことをいうもんだな、エレノアさんよ。あんたが先にいったんだぜ。『試してみてはいかがです?』ってな。結果を無事に回収するまでが『お試し』だろ? 毒の効果は回収できたが、解毒剤の効果は未回収のままだ。その効果をきちんと示さなくてもいいのか? そんな中途半端をしてんじゃ、今後の商売にも支障をきたすんじゃないかねえ。どう思う、オクルールさんよ」

 おどけた素振りで隣に腰掛けたゲイリーに答える代わりに、オクルールは重圧的な態度で口を開く。

「それがきみのやり方かね、エレノア。一国の大臣に対して詐欺まがいの商談を持ちかけるとは。ここできみを大罪人として騎士団に差し出すことも可能なのだ。この手の商売は信用こそが命。その商売根性は見上げたものだが、時と場所を選べぬような愚か者は、どの道長生きできぬだろうな」

 蝿でも見る目つきをエレノアに向けてオクルールは席を立った。

 ゲイリーはにやにやと笑いながらエレノアの反応を楽しんでいる。結果など、考えるまでもない。ここまでくれば、さすがにオクルールも理解しただろう。

「お、お待ち下さい! オクルール大臣!」

 エレノアは真っ青になって慌てて席を立ち上がり、大きな背中に呼びかけた。しかしオクルールは歩みを止めない。ためらうことなく真っ直ぐにドアに向かっていく。

「オクルール大臣!!」

 エレノアは焦った。当てつけのつもりでしたことが、オクルール大臣に跳ね返るなんて。なんてこと。ゲイリーに気を取られすぎて、商談相手を取り違えてしまった。あくまでゲイリーは仲介人で、顧客はオクルール大臣なのに。

 本当に騎士団に通報され、知らぬ存ぜぬを通されればエレノアに未来はない。一介の闇商人よりも大臣の言葉に重きが置かれるのは当然のことだ。そうなっては手遅れ。

 エレノアは脇目もふらずに走りだし、ドアノブに手をかけたオクルールの腕をつかみとめた。

「……なんだね、エレノア。話は済んだと思ったが」

「いいえ。わたしが愚かでした。あの者の解毒に必要な分はお渡しします! ですから、どうか怒りを収めてください」

 背を向けたまま冷たい声で拒絶を示すオクルールに、哀願するエレノアは恐れの中に無理やり笑顔を乗せる。口元は硬く引きつり、腕をつかんだ指先は遠慮がちで小刻みに震えていた。

 オクルールからの返答はない。その代わり、ゲイリーの愉快な笑い声が場の空気を一蹴いっしゅうする。

「初めからそう言えばいいのによ。じゃあ、こいつは貰うぜエレノアさんよ。オクルールさんも本題はここからだ。せっかくの機会を逃がすのはもったいないと思うぜ」

 解毒剤を三本ひょいひょいとつまみあげ、サーカスのジャグリングのように軽やかに空中で回して遊びながら、ゲイリーは横たわるロナルドの傍で足を止めた。

 顔は不気味なほど青白く、頭部からの出血が鼻筋を避けて溶岩のように流れている。そばで同じように青ざめたアレクは、そんなロナルドの姿を小さくなった瞳に映し、しゃっくりを繰り返している。

 おそらく誰の言葉も耳に入っていないだろう。

 ゲイリーは深々とため息をついてアレクの前に屈み、頬を濡らす涙を指先で拭い取った。

「まったく……かわいそうなことをするよなぁ。こんなに美人を泣かせたら呪われちまうぜ。来世でモテなくなったらどうするんだよ、エレノアちゃん」

(あなただって、黙ってみていたじゃないの!)

 噛みつきたくなる衝動をグッと抑え、エレノアは頬を引きつらせる。

 あの男の軽薄さは嫌いだが、お陰で先ほどより幾分か空気が和んだ。オクルール大臣はゲイリーに甘いところがあるし、連れ戻せるタイミングはいましかない。

 場の空気を壊さないように、エレノアはわざとおどけてみせた。

「心配しなくても、すでに呪われているんじゃないかしら。ここには美男美女がそろっているもの。来世ではきっとお目にかかれないから、いまのうちによく見ておくことね」

「はっ、よくいうぜ」

 ゲイリーはアレクの背中をポンポンと叩いて慰めながら渋い顔を浮かべる。

 エレノアは少女のあどけなさを演出してオクルールの前に顔を出し、微笑んでみせた。表情は相変わらず厳しいものだったが、ここで怖じ気づくわけにいかない。

「オクルール大臣も機嫌を直して下さい。解毒剤は説明したように数が必要ですので、お詫びも兼ねて10本サービスさせて手頂きますわ。いかがです?」

「10か……」

「……15」

「その程度が謝罪の意とは」

「25! 25本でどうです!?」

「ふむ」

 オクルールは大きな二重瞼の中に侮蔑の色を称えてエレノアを一瞥いちべつし、つかまれた腕を軽く振り払って席へと戻った。

 表情こそ変化はみられなかったが、内心では薄らと笑みを浮かべて。


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