102 / 146
第四章
最後に笑う者
しおりを挟む
エレノアはその背中に笑顔を向けたまま奥歯を噛み締める。
これでは大赤字もいいところだ。今後も取引をしてくれるのなら元も取れるかもしれないが、それだって確実ではない。
実の所ゴドリュースよりも価値が高いのは解毒剤の方だった。解毒剤がなければ死に際の交渉が成立しない。
それを25本もタダで渡すハメになるなんて!
商人として悔しさが込み上げる。
そもそも先に解毒剤の効果について訊ねなかったのが悪いじゃないの!
そう毒づいた途端、エレノアは一瞬あたまの中が真っ白になった。
ある可能性に気がついてしまったから。
もしかしたら、わざと聞かなかったのでは?
ゲイリーだって素人ではない。あの二人が現れたとき、殺す必要性があることはすぐに理解したはずだ。
今夜の取引を知って探りを入れてきたのは明白。それなのに嫌な顔をするどころか、あの少年の頬にキスまでした。
そのせいで彼を軽薄な男だと印象付けてしまったが、本当にそうだろうか。
その後の〝おねだり〟の内容だってどう考えてもいきすぎているし、何より大臣が了承したのが不自然だ。「真相を知った者には死あるのみ」と暗黙の縛りを付けたとしても、詳細な指示はなかったし。
何より他人の機嫌取りはお手の物といったゲイリーが、なぜことごとくわたしの気を逆撫ですることばかりいったのか。
それさえなければ彼が守ろうとしたあの二人を実験台にしようなどと思わなかったし、腹いせにお金を巻き上げようなんて小狡いことは考えなかった。
だけどもし、その全てが最初から計算されていたとしたら?
エレノアは自嘲する。
バカなことを。そんなことはありえない。ゲイリーとは、ただそりが合わなかっただけのこと。
自分の失敗をあの男のせいにしようとしているだけだわ。今回のことは未熟ゆえの愚行だったと諦めよう。
余計な考えをあたまから追い出そうと首を横に振り、エレノアはソファに戻りながら何気なく視線をゲイリーに移した。
実験台になった血塗れの男の傍にひざまずき、艶やかな赤髪を肩から垂らしながら丁寧に解毒剤を口に含ませるゲイリー。
その横顔は後ろで心配そうに見つめる少年の美貌にも劣らないほど美しく、加えて大人の色気まで漂う。片目に大きく入った傷痕は確かに目立つが、それを差し引いても余りある。
神は理不尽だ。自分にもあれほどの美貌を与えてくれたらよかったのに。
大失敗をしたばかりのエレノアの心は荒み、普段なら考えもしない妬みが生まれる。そんな羨望の眼差しの先で、ゲイリーの口角がゆっくりと上を向いた。
それは勝ち誇ったものではなく、皮肉めいたものでもなく、気味の悪い薄笑い。焦点は倒れた男ではなく、思考の中に沈んでいるようだった。
エレノアの背筋が凍りつく。外見が美しいため余計に不気味さが際立ち、恐ろしく見えたのかもしれない。悪魔というものがいたなら、きっとあんな笑い方をするだろう。
いいようのない恐怖にとらわれ、思わず立ち止まってしまったエレノアとゲイリーの視線が交わる。
(ご愁傷さま)
口には出さずに薄い唇を動かし、ゲイリーはそういった。
エレノアは愕然とする。
どういうこと……
さっさと視線を外したゲイリーは、あたまを下げる少年の肩に手を置いた。彼に向ける笑顔はまるで善良な人間そのもの。
闇に住まう人間は、一筋縄ではいかない。
闇に長く身を置けば置くほど。したたかに、狡猾に。
己の思考など巧みに隠し、知らぬ顔をして意図するままに事を運ぶ。
ゲイリー・ヴァレットにとって、それはクッキーをかじることより簡単なことなのだ。
これでは大赤字もいいところだ。今後も取引をしてくれるのなら元も取れるかもしれないが、それだって確実ではない。
実の所ゴドリュースよりも価値が高いのは解毒剤の方だった。解毒剤がなければ死に際の交渉が成立しない。
それを25本もタダで渡すハメになるなんて!
商人として悔しさが込み上げる。
そもそも先に解毒剤の効果について訊ねなかったのが悪いじゃないの!
そう毒づいた途端、エレノアは一瞬あたまの中が真っ白になった。
ある可能性に気がついてしまったから。
もしかしたら、わざと聞かなかったのでは?
ゲイリーだって素人ではない。あの二人が現れたとき、殺す必要性があることはすぐに理解したはずだ。
今夜の取引を知って探りを入れてきたのは明白。それなのに嫌な顔をするどころか、あの少年の頬にキスまでした。
そのせいで彼を軽薄な男だと印象付けてしまったが、本当にそうだろうか。
その後の〝おねだり〟の内容だってどう考えてもいきすぎているし、何より大臣が了承したのが不自然だ。「真相を知った者には死あるのみ」と暗黙の縛りを付けたとしても、詳細な指示はなかったし。
何より他人の機嫌取りはお手の物といったゲイリーが、なぜことごとくわたしの気を逆撫ですることばかりいったのか。
それさえなければ彼が守ろうとしたあの二人を実験台にしようなどと思わなかったし、腹いせにお金を巻き上げようなんて小狡いことは考えなかった。
だけどもし、その全てが最初から計算されていたとしたら?
エレノアは自嘲する。
バカなことを。そんなことはありえない。ゲイリーとは、ただそりが合わなかっただけのこと。
自分の失敗をあの男のせいにしようとしているだけだわ。今回のことは未熟ゆえの愚行だったと諦めよう。
余計な考えをあたまから追い出そうと首を横に振り、エレノアはソファに戻りながら何気なく視線をゲイリーに移した。
実験台になった血塗れの男の傍にひざまずき、艶やかな赤髪を肩から垂らしながら丁寧に解毒剤を口に含ませるゲイリー。
その横顔は後ろで心配そうに見つめる少年の美貌にも劣らないほど美しく、加えて大人の色気まで漂う。片目に大きく入った傷痕は確かに目立つが、それを差し引いても余りある。
神は理不尽だ。自分にもあれほどの美貌を与えてくれたらよかったのに。
大失敗をしたばかりのエレノアの心は荒み、普段なら考えもしない妬みが生まれる。そんな羨望の眼差しの先で、ゲイリーの口角がゆっくりと上を向いた。
それは勝ち誇ったものではなく、皮肉めいたものでもなく、気味の悪い薄笑い。焦点は倒れた男ではなく、思考の中に沈んでいるようだった。
エレノアの背筋が凍りつく。外見が美しいため余計に不気味さが際立ち、恐ろしく見えたのかもしれない。悪魔というものがいたなら、きっとあんな笑い方をするだろう。
いいようのない恐怖にとらわれ、思わず立ち止まってしまったエレノアとゲイリーの視線が交わる。
(ご愁傷さま)
口には出さずに薄い唇を動かし、ゲイリーはそういった。
エレノアは愕然とする。
どういうこと……
さっさと視線を外したゲイリーは、あたまを下げる少年の肩に手を置いた。彼に向ける笑顔はまるで善良な人間そのもの。
闇に住まう人間は、一筋縄ではいかない。
闇に長く身を置けば置くほど。したたかに、狡猾に。
己の思考など巧みに隠し、知らぬ顔をして意図するままに事を運ぶ。
ゲイリー・ヴァレットにとって、それはクッキーをかじることより簡単なことなのだ。
1
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる