107 / 146
第四章
その思いを汲み
しおりを挟む
時はしばし遡る。
こっちだと先を急ぐマーリナスの背中を追いかけていたケルトの耳に、もぞもぞとくぐもった声が聞こえた。
周囲はまだひとで溢れ返っていたし、ざわざわとうるさい。
そんな中でやたらと耳についたその声にケルトは思わず立ち止まり、周囲を見渡した。
「?」
すぐ近くで聞こえた気がしたが、みんな逃げることに必死でこちらを見ていない。
気のせいか?
小首を傾げたケルトは今度こそマーリナスを見失わないように慌てて後を追いかけた。
そして東階段を抜け、温かい夜風を肺いっぱいに吸い込んだときだ。
『なんだよ、つれないな。キスした仲だろ? いまさら照れるなって。そんなところもかわいいけどな』
そんな声がハッキリと聞こえた。ケルトは反射的に顔をしかめる。
どこのバカップルがこんなところでイチャついているんだ。
そう思ったが次の一声で、嫌いな食べ物でも口にした顔をするはめになった。
『呆れた。好みの顔なら男女関係なくキスするのね』
男女関係なく? ゲイリーみたいな奴だ。
まだ本人に会ったことはないが、酒場の店主から散々話を聞かされたばかりなのだから、そう思ってしまったのも仕方がない。
『俺は型にハマるのが嫌いなんだ。世の中には色んな世界があるってことをおまえも知るべきだな。ホーキンスなんかとくだらねえ火遊びなんかやってねえでさ』
ホーキンス?
ケルトは目をしばたく。あれ? ホーキンスって確か……
「マーリナス!」
反射的にケルトは叫んだ。どこかで聞いた名前だと思ったが、すぐに思いだす。アレク様が話していた地下街の薬師だ。
「ケルト、どうした」
「なんか変な会話が聞こえるんだ」
「変な会話?」
マーリナスは眉をひそめて周囲を警戒する。
地下街の入り口はみな市街地から離れた郊外に設置してある。この東口も例に漏れず、草原の入り口にひっそりとその口を開き、行き場を失った者や裏社会と縁のある人間を手招いていた。
周辺にはそれほど視界を遮る物もなく、どちらかといえば見通しはいい。ひとの気配があればすぐに気がつく。
話し声など聞こえるはずが――
『あんたと会うために必要だっただけよ。自慢げに俺はゲイリーと取引してるんだって話すもんだから。ほんとバカな男よね』
ケルトとマーリナスは顔を見合わせる。
「ゲイリー?」
誰に問いかけるわけでもなく、オウム返しに口から出た言葉。ケルトは茫然としながら声の発信源をたどる。
その声はケルトと場所を重ねるように、その場から聞こえてくる。でも少し、もごもごとして聞き取りにくい。
いったいどこから……
「あっ!」
ケルトは小さく叫ぶと、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。取り出したのは、青い発光を繰り返す小さな球体。
「これは……」
マーリナスは端正な顔に驚きを浮かべながら、その瞳に夜空の色を映して球体を見下ろした。
「アレク様を探しに行ったとき、あんたの部屋で見つけたんだ。机の真ん中にぽんと置いてあったから目に付いてさ。これ、魔道具だよな?」
夕日に反射して煌めいたこの珠を無意識に手に取ったケルトは、警備隊に捕まってうやむやになった流れで、そのままポケットに突っ込んだまま持ってきてしまっていたのだ。
魔道具であることは一目で分かったが、あんな置き方。いかにも「取って下さい」といっているようなモンじゃないか。
「盗んだわけじゃないからなっ! 誰かが持って行けっていってる気がして!」
言い訳がましく虚勢を張ると、マーリナスはぼんやりと光る球体に視線を落としたまま、薄い笑みを浮かべた。
「そうだろうな。持っていけと、言っていたんだろう。ケルト、よくやった」
「は?」
間抜けな声を出したケルトはマーリナスを振り向く。
声はとても穏やかで静か。それが不思議な違和感を生んだが、魔道具を見つめるマーリナスの表情は穏やかというよりは少し切なく映る。
どこか嬉しそうで、そして悲しそうで。なぜそんな顔をするのかケルトには分からなかった。
不思議そうな顔で自分を見つめるケルトにマーリナスは口を開く。
「これは録音を兼ねた通信機だ。よく斥候を買って出るロナルドが常に持ち歩いている」
「あいつが?」
自分の目覚めと同時になにも告げることなく地下に赴いたロナルド。それはきっと呪いにかかったことを悟られたと思ったからだろう。誤魔化してみたがそれが通用する相手ではない。
バレリアの呪いにかかったとなれば停職処分となる。アレクからは離され、その後の動向は監視しなければならない。
呪力による影響がどのように及んでいるのかまで理解することは難しいが。おそらくアレクと離れるのが嫌だったのだろう。
いわずともロナルドの思考を想像するのはたやすい。
だがそれはロナルドも同じだったのだと思い知る。
その後マーリナスがどのような行動に出るのか予測していた。呪いにかかったことを知り、自分を追いかけてくると。
隊長室にこれを置いていったのは、別々の場所にいても連携を図れるようにするためだ。
まっ先に自分が危険な場所に踏みこむと予想し、身動きが取れなくなったときのために保険として。
だがそれは相手を信用しているからこそ思いつく手段だ。下手を打てばこの通信は誰の耳にも届かず、気がついたときにはロナルドの命は絶えているかもしれない。
あの男のことだ。最悪それでもいいと考えているかもしれないが。期待には応えなければならないだろう。
「戻るぞ」
「戻るってどこに」
「駐屯地だ」
「真逆だろ。戻ってどうするんだよ」
「隊を集結させる。オクルール大臣の官邸は広い。ロナルドが連れて行った人員では足りないからな」
片方の口角を引き上げ、挑むように遠くに見える高級住宅街に目を向けたマーリナスにケルトは渋い顔を浮かべる。「オクルール大臣って誰だよ」と。
*ケルトのシーンを思い返したい方は、第三章「逃げ水」を参照
こっちだと先を急ぐマーリナスの背中を追いかけていたケルトの耳に、もぞもぞとくぐもった声が聞こえた。
周囲はまだひとで溢れ返っていたし、ざわざわとうるさい。
そんな中でやたらと耳についたその声にケルトは思わず立ち止まり、周囲を見渡した。
「?」
すぐ近くで聞こえた気がしたが、みんな逃げることに必死でこちらを見ていない。
気のせいか?
小首を傾げたケルトは今度こそマーリナスを見失わないように慌てて後を追いかけた。
そして東階段を抜け、温かい夜風を肺いっぱいに吸い込んだときだ。
『なんだよ、つれないな。キスした仲だろ? いまさら照れるなって。そんなところもかわいいけどな』
そんな声がハッキリと聞こえた。ケルトは反射的に顔をしかめる。
どこのバカップルがこんなところでイチャついているんだ。
そう思ったが次の一声で、嫌いな食べ物でも口にした顔をするはめになった。
『呆れた。好みの顔なら男女関係なくキスするのね』
男女関係なく? ゲイリーみたいな奴だ。
まだ本人に会ったことはないが、酒場の店主から散々話を聞かされたばかりなのだから、そう思ってしまったのも仕方がない。
『俺は型にハマるのが嫌いなんだ。世の中には色んな世界があるってことをおまえも知るべきだな。ホーキンスなんかとくだらねえ火遊びなんかやってねえでさ』
ホーキンス?
ケルトは目をしばたく。あれ? ホーキンスって確か……
「マーリナス!」
反射的にケルトは叫んだ。どこかで聞いた名前だと思ったが、すぐに思いだす。アレク様が話していた地下街の薬師だ。
「ケルト、どうした」
「なんか変な会話が聞こえるんだ」
「変な会話?」
マーリナスは眉をひそめて周囲を警戒する。
地下街の入り口はみな市街地から離れた郊外に設置してある。この東口も例に漏れず、草原の入り口にひっそりとその口を開き、行き場を失った者や裏社会と縁のある人間を手招いていた。
周辺にはそれほど視界を遮る物もなく、どちらかといえば見通しはいい。ひとの気配があればすぐに気がつく。
話し声など聞こえるはずが――
『あんたと会うために必要だっただけよ。自慢げに俺はゲイリーと取引してるんだって話すもんだから。ほんとバカな男よね』
ケルトとマーリナスは顔を見合わせる。
「ゲイリー?」
誰に問いかけるわけでもなく、オウム返しに口から出た言葉。ケルトは茫然としながら声の発信源をたどる。
その声はケルトと場所を重ねるように、その場から聞こえてくる。でも少し、もごもごとして聞き取りにくい。
いったいどこから……
「あっ!」
ケルトは小さく叫ぶと、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。取り出したのは、青い発光を繰り返す小さな球体。
「これは……」
マーリナスは端正な顔に驚きを浮かべながら、その瞳に夜空の色を映して球体を見下ろした。
「アレク様を探しに行ったとき、あんたの部屋で見つけたんだ。机の真ん中にぽんと置いてあったから目に付いてさ。これ、魔道具だよな?」
夕日に反射して煌めいたこの珠を無意識に手に取ったケルトは、警備隊に捕まってうやむやになった流れで、そのままポケットに突っ込んだまま持ってきてしまっていたのだ。
魔道具であることは一目で分かったが、あんな置き方。いかにも「取って下さい」といっているようなモンじゃないか。
「盗んだわけじゃないからなっ! 誰かが持って行けっていってる気がして!」
言い訳がましく虚勢を張ると、マーリナスはぼんやりと光る球体に視線を落としたまま、薄い笑みを浮かべた。
「そうだろうな。持っていけと、言っていたんだろう。ケルト、よくやった」
「は?」
間抜けな声を出したケルトはマーリナスを振り向く。
声はとても穏やかで静か。それが不思議な違和感を生んだが、魔道具を見つめるマーリナスの表情は穏やかというよりは少し切なく映る。
どこか嬉しそうで、そして悲しそうで。なぜそんな顔をするのかケルトには分からなかった。
不思議そうな顔で自分を見つめるケルトにマーリナスは口を開く。
「これは録音を兼ねた通信機だ。よく斥候を買って出るロナルドが常に持ち歩いている」
「あいつが?」
自分の目覚めと同時になにも告げることなく地下に赴いたロナルド。それはきっと呪いにかかったことを悟られたと思ったからだろう。誤魔化してみたがそれが通用する相手ではない。
バレリアの呪いにかかったとなれば停職処分となる。アレクからは離され、その後の動向は監視しなければならない。
呪力による影響がどのように及んでいるのかまで理解することは難しいが。おそらくアレクと離れるのが嫌だったのだろう。
いわずともロナルドの思考を想像するのはたやすい。
だがそれはロナルドも同じだったのだと思い知る。
その後マーリナスがどのような行動に出るのか予測していた。呪いにかかったことを知り、自分を追いかけてくると。
隊長室にこれを置いていったのは、別々の場所にいても連携を図れるようにするためだ。
まっ先に自分が危険な場所に踏みこむと予想し、身動きが取れなくなったときのために保険として。
だがそれは相手を信用しているからこそ思いつく手段だ。下手を打てばこの通信は誰の耳にも届かず、気がついたときにはロナルドの命は絶えているかもしれない。
あの男のことだ。最悪それでもいいと考えているかもしれないが。期待には応えなければならないだろう。
「戻るぞ」
「戻るってどこに」
「駐屯地だ」
「真逆だろ。戻ってどうするんだよ」
「隊を集結させる。オクルール大臣の官邸は広い。ロナルドが連れて行った人員では足りないからな」
片方の口角を引き上げ、挑むように遠くに見える高級住宅街に目を向けたマーリナスにケルトは渋い顔を浮かべる。「オクルール大臣って誰だよ」と。
*ケルトのシーンを思い返したい方は、第三章「逃げ水」を参照
1
あなたにおすすめの小説
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
天涯孤独になった少年は、元軍人の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
※2025/11 プロローグを追加しました
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元軍人の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる