126 / 146
第五章
後悔に苛まれても
しおりを挟む
深夜をまわった街の風景は思った以上に活気がある。富裕層が暮らす上層都市では湯水のように金がまわり、酒場も賑わっているからだ。
森林近郊の東地区は大臣閣僚など大物貴族が集う場所であり、深夜ともなれば出歩くひとなど見当たらない。
しかし東地区を抜けた先の南地区は酒場や露店など商業施設がひしめく場所であり、時には中堅たる人物がうさん臭い連中と顔を突き合わせていたり、名のある貴族や非番の騎士や警備隊などが市民との垣根を越えて酒を酌み交わす。
酒と食べ物の匂いが混じる喧騒と熱気。楽師が織りなす歌や演奏に笑い声が乗る。そのなかには地下街から上がってきた連中が、ひっそりと息を殺してフードの下で唇をつり上げている。
いまこの時でさえ、貴族を隠れ蓑に悪事を企てているのだろう。
わかっていても捕らえられない。この国の腐敗した政体が正しいことを否定する。悪人は捕らえられず、正しいことをしようとする人間が捕らえられる。なぜ、この国はこうなってしまったのか。
道行く人々がなにごとかと振り返るなか、物々しい騎士団一行に連れられてアレクは哀感の滲む表情で王城敷地内へと足を踏みこんだ。
母国モンテジュナルはスタローン王国と交流がある。かつて、バレリアを処刑したのはこの国の王であり、そのことに最も感謝したのが紛れもないモンテジュナルであったからだ。
それ以来王族は国交を深め、双方の往来もあったが、何代か国王が替わるたびに疎遠となっていった。
であるからアレクは父である国王に付き添って、幼い頃に数度スタローン王国を訪れたことがあった。
訪れたのは遠い昔であるし、いつも日の高い時間だったから、こんなふうに深夜をまわった時間に訪れたことはない。
夜中の王宮は所々に松明が掲げられ、見回りの騎士が歩むたびに重い甲冑が音を鳴らし、異様な緊張感で満ちていた。
おぼろげにしか覚えていないが、誘導されているのは王宮の入り口とは真逆。
煌々と灯りの漏れる場所ではなく、整然とした敷地を通り暗闇にぽつんと口を開けた地下牢。
入り口には松明が掲げられていたが周囲に明かりがないため、いまにも闇に掻き消されてしまいそうだった。そこに二名の騎士が立っている。
アレクとケルトはそこで彼らに引き渡され、地下へ続く階段に吸い込まれていった。
薄暗い地下牢は外気とは違って空気が重くひんやりとしている。前をいく騎士の手には縄が握られ、アレクの腕を荒く引っ張っていた。
恐怖はない。ただ不安だった。
マーリナスはどうなったのだろう。
結局捕まってしまったけれど、マーリナスはアレクを逃がすために殿を務めてくれたのだ。きっと交戦したに違いない。マーリナスが強いことは知っているけれど、あまりにも数に差があった。
待ち伏せされていなければ、ほんの数分。それだけ時間があれば国境を越えられた。数分たらずの時間稼ぎならば、マーリナスはやってのけたはずだ。
だけどその後は?
まさか、殺されたりしてないよね?
そのことだけがアレクの胸に重い影を落とす。
マーリナスを巻き込んでしまったことが、悔やんでも悔やみきれない。
こうなると知っていたら、あの日。差し伸べられた手を取ることはなかっただろう。
……でも本当にそうだろうか。
マーリナスとの出会いをなかったことになんてできるだろうか。
本心でいえば、何度生まれ変わっても出会いたい。
彼の重荷にならず、ただ幸せを享受できる関係であるならば。
すべてはこの呪いに起因するのだと思えば、あの夜の。祖父の遺言が恨めしかった。
森林近郊の東地区は大臣閣僚など大物貴族が集う場所であり、深夜ともなれば出歩くひとなど見当たらない。
しかし東地区を抜けた先の南地区は酒場や露店など商業施設がひしめく場所であり、時には中堅たる人物がうさん臭い連中と顔を突き合わせていたり、名のある貴族や非番の騎士や警備隊などが市民との垣根を越えて酒を酌み交わす。
酒と食べ物の匂いが混じる喧騒と熱気。楽師が織りなす歌や演奏に笑い声が乗る。そのなかには地下街から上がってきた連中が、ひっそりと息を殺してフードの下で唇をつり上げている。
いまこの時でさえ、貴族を隠れ蓑に悪事を企てているのだろう。
わかっていても捕らえられない。この国の腐敗した政体が正しいことを否定する。悪人は捕らえられず、正しいことをしようとする人間が捕らえられる。なぜ、この国はこうなってしまったのか。
道行く人々がなにごとかと振り返るなか、物々しい騎士団一行に連れられてアレクは哀感の滲む表情で王城敷地内へと足を踏みこんだ。
母国モンテジュナルはスタローン王国と交流がある。かつて、バレリアを処刑したのはこの国の王であり、そのことに最も感謝したのが紛れもないモンテジュナルであったからだ。
それ以来王族は国交を深め、双方の往来もあったが、何代か国王が替わるたびに疎遠となっていった。
であるからアレクは父である国王に付き添って、幼い頃に数度スタローン王国を訪れたことがあった。
訪れたのは遠い昔であるし、いつも日の高い時間だったから、こんなふうに深夜をまわった時間に訪れたことはない。
夜中の王宮は所々に松明が掲げられ、見回りの騎士が歩むたびに重い甲冑が音を鳴らし、異様な緊張感で満ちていた。
おぼろげにしか覚えていないが、誘導されているのは王宮の入り口とは真逆。
煌々と灯りの漏れる場所ではなく、整然とした敷地を通り暗闇にぽつんと口を開けた地下牢。
入り口には松明が掲げられていたが周囲に明かりがないため、いまにも闇に掻き消されてしまいそうだった。そこに二名の騎士が立っている。
アレクとケルトはそこで彼らに引き渡され、地下へ続く階段に吸い込まれていった。
薄暗い地下牢は外気とは違って空気が重くひんやりとしている。前をいく騎士の手には縄が握られ、アレクの腕を荒く引っ張っていた。
恐怖はない。ただ不安だった。
マーリナスはどうなったのだろう。
結局捕まってしまったけれど、マーリナスはアレクを逃がすために殿を務めてくれたのだ。きっと交戦したに違いない。マーリナスが強いことは知っているけれど、あまりにも数に差があった。
待ち伏せされていなければ、ほんの数分。それだけ時間があれば国境を越えられた。数分たらずの時間稼ぎならば、マーリナスはやってのけたはずだ。
だけどその後は?
まさか、殺されたりしてないよね?
そのことだけがアレクの胸に重い影を落とす。
マーリナスを巻き込んでしまったことが、悔やんでも悔やみきれない。
こうなると知っていたら、あの日。差し伸べられた手を取ることはなかっただろう。
……でも本当にそうだろうか。
マーリナスとの出会いをなかったことになんてできるだろうか。
本心でいえば、何度生まれ変わっても出会いたい。
彼の重荷にならず、ただ幸せを享受できる関係であるならば。
すべてはこの呪いに起因するのだと思えば、あの夜の。祖父の遺言が恨めしかった。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる