アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第五章

後悔に苛まれても

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 深夜をまわった街の風景は思った以上に活気がある。富裕層が暮らす上層都市では湯水のように金がまわり、酒場も賑わっているからだ。

 森林近郊の東地区は大臣閣僚など大物貴族が集う場所であり、深夜ともなれば出歩くひとなど見当たらない。

 しかし東地区を抜けた先の南地区は酒場や露店など商業施設がひしめく場所であり、時には中堅たる人物がうさん臭い連中と顔を突き合わせていたり、名のある貴族や非番の騎士や警備隊などが市民との垣根を越えて酒を酌み交わす。

 酒と食べ物の匂いが混じる喧騒と熱気。楽師が織りなす歌や演奏に笑い声が乗る。そのなかには地下街から上がってきた連中が、ひっそりと息を殺してフードの下で唇をつり上げている。

 いまこの時でさえ、貴族を隠れ蓑に悪事を企てているのだろう。

 わかっていても捕らえられない。この国の腐敗した政体が正しいことを否定する。悪人は捕らえられず、正しいことをしようとする人間が捕らえられる。なぜ、この国はこうなってしまったのか。

 道行く人々がなにごとかと振り返るなか、物々しい騎士団一行に連れられてアレクは哀感の滲む表情で王城敷地内へと足を踏みこんだ。

 母国モンテジュナルはスタローン王国と交流がある。かつて、バレリアを処刑したのはこの国の王であり、そのことに最も感謝したのが紛れもないモンテジュナルであったからだ。

 それ以来王族は国交を深め、双方の往来もあったが、何代か国王が替わるたびに疎遠となっていった。

 であるからアレクは父である国王に付き添って、幼い頃に数度スタローン王国を訪れたことがあった。

 訪れたのは遠い昔であるし、いつも日の高い時間だったから、こんなふうに深夜をまわった時間に訪れたことはない。

 夜中の王宮は所々に松明が掲げられ、見回りの騎士が歩むたびに重い甲冑が音を鳴らし、異様な緊張感で満ちていた。

 おぼろげにしか覚えていないが、誘導されているのは王宮の入り口とは真逆。
 煌々と灯りの漏れる場所ではなく、整然とした敷地を通り暗闇にぽつんと口を開けた地下牢。

 入り口には松明が掲げられていたが周囲に明かりがないため、いまにも闇に掻き消されてしまいそうだった。そこに二名の騎士が立っている。

 アレクとケルトはそこで彼らに引き渡され、地下へ続く階段に吸い込まれていった。

 薄暗い地下牢は外気とは違って空気が重くひんやりとしている。前をいく騎士の手には縄が握られ、アレクの腕を荒く引っ張っていた。

 恐怖はない。ただ不安だった。

 マーリナスはどうなったのだろう。
 結局捕まってしまったけれど、マーリナスはアレクを逃がすために殿しんがりを務めてくれたのだ。きっと交戦したに違いない。マーリナスが強いことは知っているけれど、あまりにも数に差があった。

 待ち伏せされていなければ、ほんの数分。それだけ時間があれば国境を越えられた。数分たらずの時間稼ぎならば、マーリナスはやってのけたはずだ。

 だけどその後は?

 まさか、殺されたりしてないよね?

 そのことだけがアレクの胸に重い影を落とす。

 マーリナスを巻き込んでしまったことが、悔やんでも悔やみきれない。

 こうなると知っていたら、あの日。差し伸べられた手を取ることはなかっただろう。

 ……でも本当にそうだろうか。

 マーリナスとの出会いをなかったことになんてできるだろうか。

 本心でいえば、何度生まれ変わっても出会いたい。

 彼の重荷にならず、ただ幸せを享受できる関係であるならば。

 すべてはこの呪いに起因するのだと思えば、あの夜の。祖父の遺言が恨めしかった。


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