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第五章
国境を見据え
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「マーリナス!」
アレクはマーリナス手を引かれ、引きずられるようにして走る。
国門守衛騎士と逆方向から走ってくる騎士団の間を横切り、細い脇道に入り込む。
この三人の中でもっとも土地勘があるのはマーリナスだ。
通ったことのない道だったけれど、こっちだと誘導されるままアレクもケルトも必死に後を追いかける。
「あそこだ!」
後方より騎士が叫ぶ。狭い裏通りに松明の灯りがぼんやりと入り込んだ。
アレクは慌てて振り返る。
煌々と灯された路地裏にいくつも伸びた影が影がこちらに迫ってきていた。
恐怖と焦りに心臓がバクバクと大きな音を立てる。
「なんでこんなところに騎士団が!」
「きっと端から信用されていなかったのだろう。国外逃亡を恐れて事前に準備を整えていたに違いない」
「くそっ!」
何度も後ろを振り返りながらケルトが叫ぶとマーリナスは意外にも冷静な面持ちで答えた。
その横顔を見つめながらアレクは息を切らしながら問いかける。
「マーリナスはこうなることが分かっていたんですね」
マーリナスはしばし沈黙し、やがて口を開いた。
「可能性はあると思っていた。記録装置は今日の夕方に没収されたが、国王の耳に報告が入るには相応の時間を要するはずだ。こんなに早く動けるはずがない。おそらく手順を飛ばして国王が直に確認したのだろう」
「そんな……なぜですか?」
「あくまで推測の域を出ないが、記録装置を確認する前から国王はきみの正体を知っていたのかもしれない」
アレクは目を丸くする。
そんなことあるのだろうか。証言もなく、記録装置の確認より先に僕の正体を掴むなんてこと。
「原因なんてどうでもいいんですよ! いまは逃げ切るのが先です。騎士団だって国境は越えられない。早くこの国を出るんです!」
「うん。そうだね」
ケルトの叫びにアレクはうなずく。
そうだ、いまは余計なことを考えている場合ではない。国王がアレクの正体を知っているなら、余計に会うわけにはいかない。早くこの国から逃げなくては。
裏道から閑静な住宅街に飛び込んで三人は夜道を走り抜ける。しばらく走っていると見覚えのある場所に出た。
この先には大草原があって、そのさらに奥には森林がある。
そう、ここはエレノアを追った道。
大草原を駆け抜ける三人の後方には、横一列に広がった松明が見える。
まるで魔女狩りでもされている気分だ。
「この先の森林を抜けると国境を越えることが出来る」
それでアレクは思い出した。ゲイリーが森の中に消えていったこと。
そうか、あれは国境を越える道だったんだ。
後方から迫る騎士団との差はじわじわと迫りつつある。マーリナスは日々鍛えているし体力もあるが、アレクとケルトはそうもいかない。
国門からすでに二十分は走り続けている。二人の息は荒く、額には大粒の汗が浮かぶ。少し休みたかったけど、そうもいかない。
騎士団は精鋭が集った国家機関だ。これしきのことで速度が緩むはずもない。こちらが足を緩めれば、あっという間に追いつかれてしまうだろう。
「頑張るんだ。走れ、アレク!」
「はいっ」
いまにも膝が落ちてしまいそうだった。何度も地面に足を取られて躓いて。転びかけてはマーリナスの手を支えに立ち上がり、また走り続ける。
そしてようやく木々が林立する森林に足を踏み込んだ。密集する大木に阻まれて騎士団の姿がみえなくなる。
ホッと一息つきたい気分だったが、ゴールはここじゃない。あと少し!
「こっちだ!」
走る足を止めないマーリナスの後を二人は追いかける。息が苦しい。喉が渇く。足が重い。目眩がする。二人とも体力は限界に近い。すでに気力のみで体を動かしているようなものだった。
「あそこだ! 行け。騎士団はわたしが足止めする!」
森林を抜けた瞬間、マーリナスが手を離して立ち止まった。鋭い視線は後方の騎士団へ向けられている。
「マーリナス!」
驚いたアレクが振り向きざまに手を伸ばしたが、マーリナスが振り返ることはなかった。代わりにケルトが手をつかむ。
「行きますよ、アレク様!」
アレクは悲しげに顔を歪ませ、遠のいていくマーリナスの背中を見ていた。
こんなふうに離れたくはなかった。けれどマーリナスはこうすることが最善だと思ったのだろう。そのためにマーリナスが戦うのならば、戻ってはいけない。
アレクは唇を噛み締め、思いを断ち切るように前を向いた。
目の前にはもう境界線を意味する柵が。
だけどあれくらいなら乗り越えられる。
二人は手を取り合い、真っ直ぐに柵を見据えた。
「うん!」
振り返っている暇はない。すぐそこは国境だ。あそこさえ乗り越えれば!
二人は最後の力を振り絞り全力で駆けだした。
だがその時。行く手を阻むように火の手が両サイドから流れ込んだ。国境の前にずらりと騎士が並び立ち、あっという間に覆い隠す。
「なっ……」
思わず足を止めた二人の前に進み出たのは、騎士団団長ドルシェ・アモンド。幾度となく修羅場をくぐり抜けてきた稀代の戦士に取って、この程度の策が読めない道理はない。
「無駄だ。抜け道は全て騎士団が封鎖している。きみたちには明日、必ず王宮に出向いて貰わなくてはならないのでね」
「ふざけるな、そこを通せ!」
「ふざけているのはどちらかね。国王からの招待なのにも関わらず、逃げようとするとは。これはれっきとした反逆行為だ。今夜は明日にむけて牢の中でゆっくりと休むといい」
ギリギリと歯を噛みしめるケルトの隣でアレクは額に浮かんだ汗を拭い、切らした息を整える。
きっと国境を包囲したというのは出任せではないだろう。
正面玄関を押さえ、他の逃げ道を塞ぐのは常套手段だ。こちらはたった三人。前後を騎士団に挟み撃ちにされてしまっては、もうどこにも逃げ道はない。
万事休す。
アレクは諦めたように肩を落とし、小さく息を吐いた。
「ケルト。言う通りにしよう。ここで争っても無駄だよ」
「理解が早くて助かる。連れていけ」
ドルシェ団長の合図で騎士がアレクとケルトを拘束する。
騎士団に囲まれて、きた道を戻りながらマーリナスの姿を探してみたけれど、見つけることは出来なかった。
アレクはマーリナス手を引かれ、引きずられるようにして走る。
国門守衛騎士と逆方向から走ってくる騎士団の間を横切り、細い脇道に入り込む。
この三人の中でもっとも土地勘があるのはマーリナスだ。
通ったことのない道だったけれど、こっちだと誘導されるままアレクもケルトも必死に後を追いかける。
「あそこだ!」
後方より騎士が叫ぶ。狭い裏通りに松明の灯りがぼんやりと入り込んだ。
アレクは慌てて振り返る。
煌々と灯された路地裏にいくつも伸びた影が影がこちらに迫ってきていた。
恐怖と焦りに心臓がバクバクと大きな音を立てる。
「なんでこんなところに騎士団が!」
「きっと端から信用されていなかったのだろう。国外逃亡を恐れて事前に準備を整えていたに違いない」
「くそっ!」
何度も後ろを振り返りながらケルトが叫ぶとマーリナスは意外にも冷静な面持ちで答えた。
その横顔を見つめながらアレクは息を切らしながら問いかける。
「マーリナスはこうなることが分かっていたんですね」
マーリナスはしばし沈黙し、やがて口を開いた。
「可能性はあると思っていた。記録装置は今日の夕方に没収されたが、国王の耳に報告が入るには相応の時間を要するはずだ。こんなに早く動けるはずがない。おそらく手順を飛ばして国王が直に確認したのだろう」
「そんな……なぜですか?」
「あくまで推測の域を出ないが、記録装置を確認する前から国王はきみの正体を知っていたのかもしれない」
アレクは目を丸くする。
そんなことあるのだろうか。証言もなく、記録装置の確認より先に僕の正体を掴むなんてこと。
「原因なんてどうでもいいんですよ! いまは逃げ切るのが先です。騎士団だって国境は越えられない。早くこの国を出るんです!」
「うん。そうだね」
ケルトの叫びにアレクはうなずく。
そうだ、いまは余計なことを考えている場合ではない。国王がアレクの正体を知っているなら、余計に会うわけにはいかない。早くこの国から逃げなくては。
裏道から閑静な住宅街に飛び込んで三人は夜道を走り抜ける。しばらく走っていると見覚えのある場所に出た。
この先には大草原があって、そのさらに奥には森林がある。
そう、ここはエレノアを追った道。
大草原を駆け抜ける三人の後方には、横一列に広がった松明が見える。
まるで魔女狩りでもされている気分だ。
「この先の森林を抜けると国境を越えることが出来る」
それでアレクは思い出した。ゲイリーが森の中に消えていったこと。
そうか、あれは国境を越える道だったんだ。
後方から迫る騎士団との差はじわじわと迫りつつある。マーリナスは日々鍛えているし体力もあるが、アレクとケルトはそうもいかない。
国門からすでに二十分は走り続けている。二人の息は荒く、額には大粒の汗が浮かぶ。少し休みたかったけど、そうもいかない。
騎士団は精鋭が集った国家機関だ。これしきのことで速度が緩むはずもない。こちらが足を緩めれば、あっという間に追いつかれてしまうだろう。
「頑張るんだ。走れ、アレク!」
「はいっ」
いまにも膝が落ちてしまいそうだった。何度も地面に足を取られて躓いて。転びかけてはマーリナスの手を支えに立ち上がり、また走り続ける。
そしてようやく木々が林立する森林に足を踏み込んだ。密集する大木に阻まれて騎士団の姿がみえなくなる。
ホッと一息つきたい気分だったが、ゴールはここじゃない。あと少し!
「こっちだ!」
走る足を止めないマーリナスの後を二人は追いかける。息が苦しい。喉が渇く。足が重い。目眩がする。二人とも体力は限界に近い。すでに気力のみで体を動かしているようなものだった。
「あそこだ! 行け。騎士団はわたしが足止めする!」
森林を抜けた瞬間、マーリナスが手を離して立ち止まった。鋭い視線は後方の騎士団へ向けられている。
「マーリナス!」
驚いたアレクが振り向きざまに手を伸ばしたが、マーリナスが振り返ることはなかった。代わりにケルトが手をつかむ。
「行きますよ、アレク様!」
アレクは悲しげに顔を歪ませ、遠のいていくマーリナスの背中を見ていた。
こんなふうに離れたくはなかった。けれどマーリナスはこうすることが最善だと思ったのだろう。そのためにマーリナスが戦うのならば、戻ってはいけない。
アレクは唇を噛み締め、思いを断ち切るように前を向いた。
目の前にはもう境界線を意味する柵が。
だけどあれくらいなら乗り越えられる。
二人は手を取り合い、真っ直ぐに柵を見据えた。
「うん!」
振り返っている暇はない。すぐそこは国境だ。あそこさえ乗り越えれば!
二人は最後の力を振り絞り全力で駆けだした。
だがその時。行く手を阻むように火の手が両サイドから流れ込んだ。国境の前にずらりと騎士が並び立ち、あっという間に覆い隠す。
「なっ……」
思わず足を止めた二人の前に進み出たのは、騎士団団長ドルシェ・アモンド。幾度となく修羅場をくぐり抜けてきた稀代の戦士に取って、この程度の策が読めない道理はない。
「無駄だ。抜け道は全て騎士団が封鎖している。きみたちには明日、必ず王宮に出向いて貰わなくてはならないのでね」
「ふざけるな、そこを通せ!」
「ふざけているのはどちらかね。国王からの招待なのにも関わらず、逃げようとするとは。これはれっきとした反逆行為だ。今夜は明日にむけて牢の中でゆっくりと休むといい」
ギリギリと歯を噛みしめるケルトの隣でアレクは額に浮かんだ汗を拭い、切らした息を整える。
きっと国境を包囲したというのは出任せではないだろう。
正面玄関を押さえ、他の逃げ道を塞ぐのは常套手段だ。こちらはたった三人。前後を騎士団に挟み撃ちにされてしまっては、もうどこにも逃げ道はない。
万事休す。
アレクは諦めたように肩を落とし、小さく息を吐いた。
「ケルト。言う通りにしよう。ここで争っても無駄だよ」
「理解が早くて助かる。連れていけ」
ドルシェ団長の合図で騎士がアレクとケルトを拘束する。
騎士団に囲まれて、きた道を戻りながらマーリナスの姿を探してみたけれど、見つけることは出来なかった。
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