124 / 146
第五章
国門にて
しおりを挟む
「やはり警戒されているな」
物陰に隠れて様子を伺うマーリナスの瞳が鋭く光る。
通常、二名しかいないはずの騎士が五名いる。ケルトは眉間にしわを寄せてマーリナスを振りかぶった。
「あれをおまえ一人で倒すのかよ。本当にできるのか?」
「心配するな」
ふっと笑ったマーリナスにアレクは不安な顔を浮かべる。
あの警備体制を見るにアレクの出国を警戒しているのは明らかだ。仮に無事、彼らを倒せたとしてもその後マーリナスはどうなるのだろう。
問いかけても、大丈夫、心配するなとしか言わないんだろうな。
その優しさに甘えることしか出来ない現状が悔しくてつらかった。
「最後くらい、あいつにひとこと言ってやりたかったけど」
「ロナルドのこと?」
「そうです。俺はあいつに言いたいことが山ほどあるので」
口を尖らせて不貞腐れるケルトにアレクは小さく笑う。
アレクもロナルドに会いたいという思いは強い。
まさかこんな風に別れすら言えずに終わるなんて夢にも思わなかった。
たくさん感謝の気持ちを伝えたいし、元気でねと言ってあげたい。
なにひとつ、ここで与えられた恩に報いることができないまま逃げることしか出来ないなんて。
いつかきっと。この呪いを解いて必ずここに戻ってくるから。それまで待っていて、ロナルド。
遠く霞む駐屯地の灯りに語りかけ、アレクはスタローン王国に背を向けた。
秋口に差し掛かった夜の風は少し冷たい。ぶるっと体を震わせたアレクにマーリナスはフードを深く被らせる。
「その格好で大丈夫か」
「大丈夫です。この国に来た時はもっと酷い有様でしたし」
心配そうな顔を向けるマーリナスにアレクは微笑む。
「今度はケルトも一緒ですから」
二人で過ごすことの心強さをアレクはロイムから教わった。何もできなくても、お金がなくても、ひもじい思いをしても。
誰かが傍にいるということは、それだけで生きる力になる。
だけど願うなら、それがマーリナスであって欲しかった。そんな我儘を言うことは、もう出来ないけれど。
「そうだな。ケルトは頼れる男だ。アレクを頼むぞ、ケルト」
寂しそうに笑うマーリナスにケルトは一度開きかけた口を閉ざす。
ケルトはマーリナスに対しても言いたいことが山ほどあった。
だけどそれらの殆どはこの別れで意味を成さなくなる。だから短く告げた。
「大丈夫。何があっても必ず守るよ」
「ああ」
ハッキリと言い切ったケルトにマーリナスは嬉しそうな表情を浮かべる。
ケルトは当初マーリナスのことを毛嫌いしていたはずだけど、二人で地下街に赴いた時に何かあったのかな。
ケルトの態度に棘がなくなっているし、マーリナスもケルトに信頼を寄せているみたい。
アレクは不思議そうな顔で二人を見つめる。
でも、いがみ合うよりはずっといい。
ケルトはロナルドに対して最後まで馴染むことはなかったけど、こんな風に笑い合える日が来ればいいのに。
「しっかりやれよ、警備隊長」
「言われるまでもない」
マーリナスがアレクを振り返る。大好きな藍色の瞳がじっとこちらを見ていた。
「マーリナス……」
最後に何を言えばいいんだろう。
伝えたい言葉はたくさんありすぎて、感情が纏まらない。
ともすれば泣きそうになってしまう軟弱な心に鞭を打って、アレクは微笑みを浮かべた。
「いままでお世話になりました。僕はこれ以上あなたの力になることはできませんが、あなたの願いが叶うことを遠くから祈っています。どうか……お元気で」
「アレク……」
マーリナスの瞳が痛々しいほど揺れ動いた。開きかけた唇を閉ざし、言葉を飲みこむ。
「おまえも、元気で」
互いに伝えたいことの半分も伝えられない。それでも互いの未来を思うなら、これが最善なのだと言い聞かせるしかなかった。
アレクの肩にそっと手を置いて、マーリナスは背を向けた。アレクとケルトは物陰に潜み、マーリナスが門番の元に向かって行く様子をじっと窺う。
マーリナスは騎士の一人と軽く会話し、他四人の死角に隠れると隙をついて首に手刀を振り下ろそうと狙いを定めた。
その時。
ピーーッ!
警笛が鳴り響いた。
反射的にマーリナスの動作が停止する。アレクとケルトも音の鳴る方を振り返った。
少し遠くから松明をかかげて走ってくる騎士が見えた。
まさか、偽装の火事がもうバレたのだろうか。そう思ったが、すぐさま考えを改めた。
なぜなら、その騎士たちの後方にずらりと横一列に並ぶ銀の甲冑が姿を現したからである。背中には赤いマントを羽織り、顔を覆ったフルメイル。
見間違えようもなく、スタローン王国騎士団である。
その数は十や二十ではきかない。もしかしたら、騎士団を総動員したのではないかと疑うほどの人数だった。
「どうしてあんな大勢の騎士が……」
アレクは茫然として呟いた。
偽装がバレたのなら自宅警護をしていた騎士が一度王宮に戻り、援護を要請しなければならない。そうでなくては、あれほどの人数をこんな短時間で国門まで集めることは不可能だ。
しかし、それしては対応が早すぎる。
「どうしよう、ケルト!」
「ここにいたって捕まります! 逃げるんですよ!」
「でもどこに……」
多少の土地勘ができたといっても、国境を越えるルートなど二人にはわからない。
慌てふためくアレクの手を颯爽と握りしめる手があった。
少し大きくて、心地よい冷たさのある手。もう、二度と繋げないと思っていた手だった。
「こっちだ、来い!」
「マーリナス!」
物陰に隠れて様子を伺うマーリナスの瞳が鋭く光る。
通常、二名しかいないはずの騎士が五名いる。ケルトは眉間にしわを寄せてマーリナスを振りかぶった。
「あれをおまえ一人で倒すのかよ。本当にできるのか?」
「心配するな」
ふっと笑ったマーリナスにアレクは不安な顔を浮かべる。
あの警備体制を見るにアレクの出国を警戒しているのは明らかだ。仮に無事、彼らを倒せたとしてもその後マーリナスはどうなるのだろう。
問いかけても、大丈夫、心配するなとしか言わないんだろうな。
その優しさに甘えることしか出来ない現状が悔しくてつらかった。
「最後くらい、あいつにひとこと言ってやりたかったけど」
「ロナルドのこと?」
「そうです。俺はあいつに言いたいことが山ほどあるので」
口を尖らせて不貞腐れるケルトにアレクは小さく笑う。
アレクもロナルドに会いたいという思いは強い。
まさかこんな風に別れすら言えずに終わるなんて夢にも思わなかった。
たくさん感謝の気持ちを伝えたいし、元気でねと言ってあげたい。
なにひとつ、ここで与えられた恩に報いることができないまま逃げることしか出来ないなんて。
いつかきっと。この呪いを解いて必ずここに戻ってくるから。それまで待っていて、ロナルド。
遠く霞む駐屯地の灯りに語りかけ、アレクはスタローン王国に背を向けた。
秋口に差し掛かった夜の風は少し冷たい。ぶるっと体を震わせたアレクにマーリナスはフードを深く被らせる。
「その格好で大丈夫か」
「大丈夫です。この国に来た時はもっと酷い有様でしたし」
心配そうな顔を向けるマーリナスにアレクは微笑む。
「今度はケルトも一緒ですから」
二人で過ごすことの心強さをアレクはロイムから教わった。何もできなくても、お金がなくても、ひもじい思いをしても。
誰かが傍にいるということは、それだけで生きる力になる。
だけど願うなら、それがマーリナスであって欲しかった。そんな我儘を言うことは、もう出来ないけれど。
「そうだな。ケルトは頼れる男だ。アレクを頼むぞ、ケルト」
寂しそうに笑うマーリナスにケルトは一度開きかけた口を閉ざす。
ケルトはマーリナスに対しても言いたいことが山ほどあった。
だけどそれらの殆どはこの別れで意味を成さなくなる。だから短く告げた。
「大丈夫。何があっても必ず守るよ」
「ああ」
ハッキリと言い切ったケルトにマーリナスは嬉しそうな表情を浮かべる。
ケルトは当初マーリナスのことを毛嫌いしていたはずだけど、二人で地下街に赴いた時に何かあったのかな。
ケルトの態度に棘がなくなっているし、マーリナスもケルトに信頼を寄せているみたい。
アレクは不思議そうな顔で二人を見つめる。
でも、いがみ合うよりはずっといい。
ケルトはロナルドに対して最後まで馴染むことはなかったけど、こんな風に笑い合える日が来ればいいのに。
「しっかりやれよ、警備隊長」
「言われるまでもない」
マーリナスがアレクを振り返る。大好きな藍色の瞳がじっとこちらを見ていた。
「マーリナス……」
最後に何を言えばいいんだろう。
伝えたい言葉はたくさんありすぎて、感情が纏まらない。
ともすれば泣きそうになってしまう軟弱な心に鞭を打って、アレクは微笑みを浮かべた。
「いままでお世話になりました。僕はこれ以上あなたの力になることはできませんが、あなたの願いが叶うことを遠くから祈っています。どうか……お元気で」
「アレク……」
マーリナスの瞳が痛々しいほど揺れ動いた。開きかけた唇を閉ざし、言葉を飲みこむ。
「おまえも、元気で」
互いに伝えたいことの半分も伝えられない。それでも互いの未来を思うなら、これが最善なのだと言い聞かせるしかなかった。
アレクの肩にそっと手を置いて、マーリナスは背を向けた。アレクとケルトは物陰に潜み、マーリナスが門番の元に向かって行く様子をじっと窺う。
マーリナスは騎士の一人と軽く会話し、他四人の死角に隠れると隙をついて首に手刀を振り下ろそうと狙いを定めた。
その時。
ピーーッ!
警笛が鳴り響いた。
反射的にマーリナスの動作が停止する。アレクとケルトも音の鳴る方を振り返った。
少し遠くから松明をかかげて走ってくる騎士が見えた。
まさか、偽装の火事がもうバレたのだろうか。そう思ったが、すぐさま考えを改めた。
なぜなら、その騎士たちの後方にずらりと横一列に並ぶ銀の甲冑が姿を現したからである。背中には赤いマントを羽織り、顔を覆ったフルメイル。
見間違えようもなく、スタローン王国騎士団である。
その数は十や二十ではきかない。もしかしたら、騎士団を総動員したのではないかと疑うほどの人数だった。
「どうしてあんな大勢の騎士が……」
アレクは茫然として呟いた。
偽装がバレたのなら自宅警護をしていた騎士が一度王宮に戻り、援護を要請しなければならない。そうでなくては、あれほどの人数をこんな短時間で国門まで集めることは不可能だ。
しかし、それしては対応が早すぎる。
「どうしよう、ケルト!」
「ここにいたって捕まります! 逃げるんですよ!」
「でもどこに……」
多少の土地勘ができたといっても、国境を越えるルートなど二人にはわからない。
慌てふためくアレクの手を颯爽と握りしめる手があった。
少し大きくて、心地よい冷たさのある手。もう、二度と繋げないと思っていた手だった。
「こっちだ、来い!」
「マーリナス!」
1
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる