アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第五章

夜明け前の祈り

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 ロナルドの牢から少し進んだ先で騎士が足を止めた。アレクとケルトは横並びに立ち、開かれた鉄格子の中へ同時に背中を突き飛ばされた。

 
「明日の朝、迎えに来る。それまで大人しくしていろ」

 騎士が去り、アレクは小さく吐息をもらして牢を見渡す。
 
 石造りの牢は地下特有の湿気のせいか、しっとりと湿っていて、その中に古く黒ずんだ血痕がまだらな染みを作る簡易ベッドがひとつと、備え付けのトイレがある。

 とてもベッドで寝る気にはなれないけれど、ご丁寧にトイレまで設置してあるあたり、バロンの地下牢よりはだいぶ良心的だろう。

「アレク様! 大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ! ケルトは!?」

 隣からケルトの声が響き、アレクは慌てて鉄格子に飛びついた。

  しかし返事が聞こえるより先に。

「アレク?」
 
 アレクは一瞬言葉を失い、目を見開く。
 ケルトの牢からさらに奥。かすかに聞こえた声は、聞きなれたものだった。

 少しだけ低く、聞くだけでほっと安堵してしまう声。これが誰の声かなんて、もはや疑念に思うことすらない。

 安堵と不安。歓喜と祈り。ないまぜになった心でアレクは涙を堪えて叫んだ。
 
「マーリナスなのですか!?」

「ああ、結局逃げられなかったのだな。助力が足らず悪かった」

 気落ちしたような声だった。それでもしっかりと受け答えてくれたことに、心無しか安堵する。

 アレクは鉄格子を握る手に力をこめた。
 

「そんなことはありません! 先回りされていたんです。あれでは最初から逃げることは不可能でした。それよりマーリナスは無事ですか?」

「ああ。数分は稼いだが力尽きてしまってな。その後は大人しく捕まったからなにもされていない」
 
「よかった……。あの、さっきロナルドを見たんです。なぜここに彼がいるのですか?」

 問いかけると、やや沈黙が流れた。
 ケルトも答えを知りたいのか口を挟んでこない。じっと答えを待つアレクの耳に、躊躇いがちに口を開いたマーリナスの声が届いた。

「……ロナルドはおまえの正体を隠すため、記録装置を隠そうとした。しかし騎士団に阻まれてしまってな。その時に反逆罪で拘束されたのだ」
 
 衝撃的な言葉にアレクは愕然とする。
 
 マーリナスの声は冷静だった。淡々といきさつを説明するさまは、まるで他人ごとのように理性的。でもアレクにはわかる。マーリナスが理性的でなんかいられないこと。

 だって二人は知己なのだ。

 いつどんなときでも互いを必要とし、信じあっていた。幼馴染であり、危険な任務を遂行する仲間であり、同じ正義を持つ同志。

 ロナルドはマーリナスの片腕なのに。

「そんな……なぜ、教えてくれなかったのですか」

「おまえに心配をかけさせたくなかったのだ。ロナルドのことを知れば、逃げることを躊躇するだろうと思ってな」

 アレクはなにも答えることが出来なかった。

 そんなことは想像するまでもない。
 自分のためにロナルドが捕まったなんて聞かされたら、放ってなどおけない。

 マーリナスの懸念はもっともだ。そして正しい。

 だけど同時に二人に対して申し訳ないと思う。

 この二人を巻き添えにし、どちらかを切り捨てる選択肢をさせてしまったこと。マーリナスはロナルドを。ロナルドは規律を。それは彼らにとって簡単に割り切れるものではなかったはずだ。

 けれど彼らは選んだ。アレクの身の安全を優先するのだと。

 そうまでしてくれたのに、結果的に国境を越えることは叶わなかった。それどころか二人は投獄される羽目に。

 不甲斐なさが胸を軋ませ、アレクは悲痛な面持ちでうなだれた。
 
 そこに、朗らかな声が割って入る。

「ははっ、結局みんなで仲良く投獄かい」

 アレクはハッとして顔をあげる。

「ロナルド! 無事なの!?」

「無事だよ。うまく任務を果たせなくて落ち込んでいたけどね。きみの声を聞いたら元気がでた」

 冗談交じりの明るい声は、普段通りのものだった。隣の牢からは、「けっ」とケルトの舌打ちが聞こえた。

「これはもう腹を決めるしかなさそうだね」

「そのようだな」

 せせら笑うようにロナルドは言う。大したことじゃないよ。そういった雰囲気を滲ませながら、その根幹にはどこか冷え冷えとしたものがあって。水底で恐怖がぬるりと這っているようでもあった。

 アレクも無言でうなずき、膝を丸めて壁に寄りかかる。

 こんな夜はロイムを思いだす。

 寂しさと不安を分かち合い、寄り添ってくれたロイムはもういなけれど。

 ここにいるみんなはロイムが引き合わせてくれたように思うことがある。

 ――遠くに行け。

 そう言って突き放したロイム。

 その先で出会った人々は、みんな何かを犠牲にしてアレクを大事にしてくれた。

 この想いに、いつか報いることができるだろうか。

 明日、なにがあるかわからないけれど、どうか最悪なことだけは起こりませんように。

 アレクは膝の上で両手を組み合わせ、祈りながら夜明けを待つのだった。

 
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