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第五章
殿(しんがり)
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「ちょっと待って! あいつは!?」
足を踏み出しながらケルトが後方を振り返る。つられてアレクも振り返った。
破竹の勢いで成されたマーリナスの剣戟は、さすがにこの場の全員を倒せるほどのものではない。脱出を目的とし主に出口を塞ぐ騎士に集中したため、後方の騎士にはほぼダメージがない。そこに入り、足止めをしていたのがロナルドだった。
マーリナスの意図を瞬時に読み、的確な行動を取ったロナルドは賞賛して然るべき。だがそれは覚悟を以てしなければ行えない行動でもある。
マーリナスのように攻撃に特化した魔法が使えないロナルドは、防御壁を張ってなんとか周囲からのダメージを防ぎながら反撃に転じ、耐え忍んでいた。
「ロナルドっ!」
ロナルドに襲いかかる騎士の数は多数。銀色の甲冑がひしめき合い、次々と一点目がけて刃を振り下ろす。その中でチラチラと見えるロナルドの姿にアレクは悲鳴をあげる。
「戻って助けないと!」
「ダメだ!」
マーリナスは振り返らなかった。唇を噛みしめ、前を見据える。ロナルドが取った行動の意味をマーリナスは痛いほど理解している。
誰かが前を切り開き誰かが後ろを止めなければ、間に挟まれた自分たちが逃げることは叶わない。そして後ろを任された者を救う余裕などないことも。ここで戻ってしまえば、再び扉は閉ざされ一網打尽とされる。
「進むんだ、アレク」
「だって……だって、ロナルドが!」
「進むんだ!」
「嫌です! ロナルドを助けないと!」
「アレク!」
足を止め、目に涙を浮かべるアレクにマーリナスは叫ぶ。その叫びは誰よりも悲痛に満ちていた。
泣き出したアレクより、ロナルドに群がる騎士を歯がみして見つめるケルトの表情より。
誰よりも長くロナルドと時間を共にしてきたマーリナスが、ロナルドを見捨てろという。それがどれほどつらく、痛みを伴うものなのか。
振り返らないのはきっと、振り向いてしまったら走り出してしまうから。理性を繋ぐために、こうするしかないんだ。
叫ぶマーリナスは怒っているようで泣いている。
その痛みがわかってしまったからこそ、アレクは言葉を飲み込み、唇を噛みしめる。
けれど易々と承知することなんかできなくて、涙の滲んだ瞳で必死に訴えかけた。
無言で交わされた、つかの間の衝突。
「ロナルド――ッ!!」
それは叫び声によって遮られた。
驚いて振り返ってみれば、ギュッと拳を握りしめたケルトが顔を真っ赤にして叫んでいた。
「俺はおまえに文句を言いたいことが沢山あるんだっ!! そんなところでくたばったら永遠に許さないからなっ!!」
ロナルドの姿は多数の騎士に覆われて、いまや見てとれない。ロナルドの張った防御壁に無数の剣が襲いかかっている。
跳ね返される金属音と数多の怒声が響く中、ケルトの声がロナルドに届いたかどうか。
だけどケルトは断ち切るように背を向けた。
「あいつは簡単にくたばったりしませんよ。行きましょう、アレク様!」
「ケルト……」
ケルトはゴシゴシと目もとを拭ってから、真っ直ぐにアレクを見た。
「憎まれ者世に憚るっていうでしょう。俺が憎んでますから、あいつは死にません」
真剣な顔をして目を赤くするケルトに、マーリナスは苦々しい笑いをこぼす。
「そうだな。ケルトがいる限りあいつは大丈夫だ。行こう、アレク」
アレクは泣きながら前を向く。後方では剣戟が鳴り止まない。鳴り止んだら最後、ロナルドの防御が破られたということ。恐怖を生み出す剣戟の音が同時に安堵を生み出すなんて。
「そのような者は放っておけ! アレクを捕らえるのだ!」
苛立ったジュリアス王が席を立って叫び、ロナルドを覆っていた騎士の半数以上が号令に従ってこちらに向かって走り出した。
前方に立ち塞がる騎士はボロボロで数も少ないが、満身創痍なのはこちらも同じ。非力なアレクとケルトは涙を堪え、マーリナスを庇いながら必死に手を伸ばす騎士を押し退ける。
そのうち息を整えたマーリナスも加勢し、三人で残りの騎士を倒しながら一歩一歩前に進んだ。あと少しで扉に手がかかる。扉に向かって飛びついたケルトの前でゆったりと空間が開け放たれた。
「そこまでだ。有象無象の輩が」
扉の前に立ち、行く手を塞いだのは金色の甲冑を身につけ、大勢の騎士を引き連れてきた人物。その姿を捉え、マーリナスは唸るように言葉をもらした。
「騎士団長か……」
足を踏み出しながらケルトが後方を振り返る。つられてアレクも振り返った。
破竹の勢いで成されたマーリナスの剣戟は、さすがにこの場の全員を倒せるほどのものではない。脱出を目的とし主に出口を塞ぐ騎士に集中したため、後方の騎士にはほぼダメージがない。そこに入り、足止めをしていたのがロナルドだった。
マーリナスの意図を瞬時に読み、的確な行動を取ったロナルドは賞賛して然るべき。だがそれは覚悟を以てしなければ行えない行動でもある。
マーリナスのように攻撃に特化した魔法が使えないロナルドは、防御壁を張ってなんとか周囲からのダメージを防ぎながら反撃に転じ、耐え忍んでいた。
「ロナルドっ!」
ロナルドに襲いかかる騎士の数は多数。銀色の甲冑がひしめき合い、次々と一点目がけて刃を振り下ろす。その中でチラチラと見えるロナルドの姿にアレクは悲鳴をあげる。
「戻って助けないと!」
「ダメだ!」
マーリナスは振り返らなかった。唇を噛みしめ、前を見据える。ロナルドが取った行動の意味をマーリナスは痛いほど理解している。
誰かが前を切り開き誰かが後ろを止めなければ、間に挟まれた自分たちが逃げることは叶わない。そして後ろを任された者を救う余裕などないことも。ここで戻ってしまえば、再び扉は閉ざされ一網打尽とされる。
「進むんだ、アレク」
「だって……だって、ロナルドが!」
「進むんだ!」
「嫌です! ロナルドを助けないと!」
「アレク!」
足を止め、目に涙を浮かべるアレクにマーリナスは叫ぶ。その叫びは誰よりも悲痛に満ちていた。
泣き出したアレクより、ロナルドに群がる騎士を歯がみして見つめるケルトの表情より。
誰よりも長くロナルドと時間を共にしてきたマーリナスが、ロナルドを見捨てろという。それがどれほどつらく、痛みを伴うものなのか。
振り返らないのはきっと、振り向いてしまったら走り出してしまうから。理性を繋ぐために、こうするしかないんだ。
叫ぶマーリナスは怒っているようで泣いている。
その痛みがわかってしまったからこそ、アレクは言葉を飲み込み、唇を噛みしめる。
けれど易々と承知することなんかできなくて、涙の滲んだ瞳で必死に訴えかけた。
無言で交わされた、つかの間の衝突。
「ロナルド――ッ!!」
それは叫び声によって遮られた。
驚いて振り返ってみれば、ギュッと拳を握りしめたケルトが顔を真っ赤にして叫んでいた。
「俺はおまえに文句を言いたいことが沢山あるんだっ!! そんなところでくたばったら永遠に許さないからなっ!!」
ロナルドの姿は多数の騎士に覆われて、いまや見てとれない。ロナルドの張った防御壁に無数の剣が襲いかかっている。
跳ね返される金属音と数多の怒声が響く中、ケルトの声がロナルドに届いたかどうか。
だけどケルトは断ち切るように背を向けた。
「あいつは簡単にくたばったりしませんよ。行きましょう、アレク様!」
「ケルト……」
ケルトはゴシゴシと目もとを拭ってから、真っ直ぐにアレクを見た。
「憎まれ者世に憚るっていうでしょう。俺が憎んでますから、あいつは死にません」
真剣な顔をして目を赤くするケルトに、マーリナスは苦々しい笑いをこぼす。
「そうだな。ケルトがいる限りあいつは大丈夫だ。行こう、アレク」
アレクは泣きながら前を向く。後方では剣戟が鳴り止まない。鳴り止んだら最後、ロナルドの防御が破られたということ。恐怖を生み出す剣戟の音が同時に安堵を生み出すなんて。
「そのような者は放っておけ! アレクを捕らえるのだ!」
苛立ったジュリアス王が席を立って叫び、ロナルドを覆っていた騎士の半数以上が号令に従ってこちらに向かって走り出した。
前方に立ち塞がる騎士はボロボロで数も少ないが、満身創痍なのはこちらも同じ。非力なアレクとケルトは涙を堪え、マーリナスを庇いながら必死に手を伸ばす騎士を押し退ける。
そのうち息を整えたマーリナスも加勢し、三人で残りの騎士を倒しながら一歩一歩前に進んだ。あと少しで扉に手がかかる。扉に向かって飛びついたケルトの前でゆったりと空間が開け放たれた。
「そこまでだ。有象無象の輩が」
扉の前に立ち、行く手を塞いだのは金色の甲冑を身につけ、大勢の騎士を引き連れてきた人物。その姿を捉え、マーリナスは唸るように言葉をもらした。
「騎士団長か……」
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