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第五章
青の軌跡
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凜と前を見据え、姿勢を正したマーリナスは言葉を重ねる。
「親愛なる国王陛下。この呪いは決して悪用してはなりません。あなた様がそれをしては先代王がバレリアを処刑した意味がなくなる。二度と歴史に悪歴を刻んではいけないのです」
「それはおまえが決めることではない」
低く、怒気を孕んだ声だった。壁沿いの騎士達が一斉に剣を抜いて身構える。
物々しい雰囲気に包まれたその場で、ロナルドの乾いた声が鳴った。
「まったく。これが我が国の国王とは痛み入る。恐れながら国王陛下に申し上げます。わたくしロナルド・ハーモンドもそのご意向には従えません。それに隊長の命に従うのがわたしの使命ですしね」
腰から警棒を抜いたロナルドにマーリナスは不敵な笑みを零し、自身もまた警棒を手に身構えた。
国王は嗤う。ゴミでも見るような目を二人に向けて。
「愚かな。国王である余の命令よりもその男に従うとは。その罪、死を以て償うがいい!」
騎士が動いた。その数、六十あまり。到底太刀打ちできる人数ではない。
だが警棒を手にした二人の行動は早かった。騎士の手が伸びるより早く、真っ直ぐにケルトを取り押さえる騎士に向けて突撃を繰り出した。暴れるケルトに気を取られていた騎士は不意を突かれ、身を躱すと同時にケルトを手放してしまった。
「走れ、ケルト!」
マーリナスの怒号にケルトも即座に反応する。玉座の間は広い。遠くに見える扉は小さく、あっという間に押しかける騎士達に覆い隠されてしまった。
「マーリナス! 逃げ切れない!」
「わたしとロナルドで道を切り開く! アレク、おまえはケルトを連れて走れ!」
全方向から押し寄せる騎士に怖じ気づき、足踏みをしたアレクの背中をマーリナスが押す。
「でも!」
どうやって。その言葉はかき消えた。つい今し方までそこにいたマーリナスの姿がなかったから。
「えっ?」
「アレクは見るのは初めてだったね。まあ、常人の目には捉えられないスピードだからね、あれは」
口笛を吹くように陽気な口調で告げたロナルドは襲いかかる騎士めがけて一直線に突き進んだ。その周りを青い風が縦横無尽に動き回る。
色のついた風。そう表現するのに相応しいその軌跡は、通った道筋に倒れた騎士達を次々と置き去りにする。時に木の葉のように、時に風に踊るリボンのようにつかみ所のない動きを繰り返す青い風。それがマーリナスだと分かるまで、しばしの時を要した。
青い風が凪げば、嘘のように騎士が倒れてゆく。六十人もいた騎士が半数以下となるまでに要した時間は五分とかからなかった。本当にあっという間の出来事だったのである。
「凄い……」
恐らく風魔法の一種だろう。体に風を纏って速さを増し、超人的なスピードで動き回る。
自身の体にブーストをかけるこの魔法は精霊との相性が抜群に良くないと発動できない。強化系の魔法を使える者が国家保安を任される騎士や警備隊に多いのはそのため。
勿論ひと言で強化系といっても差異はある。
風魔法の強化で一般的に見るのは少々足を速くしたり、剣技に用いたりするくらい。それもよくよく目を凝らせばアレクにだって見てとれるスピードだ。
こんな……風のような動きなんて、いままで見たことがない。
「ボサッとしないで走るんだ! あれはあまり長くは保たない!」
ロナルドの声が合図となった。怒濤の速さで玉座の間を駆け抜けていた風が止まり、肩で息をしたマーリナスがその場に姿を現した。
「マーリナス!」
ガクッと膝とついたマーリナスに向かってアレクは走る。ケルトもその後を追いかけ、二人でマーリナスの肩を支えて立ち上がった。
マーリナスの額には大粒の汗。歩くこともままならず、ふらつく足でなんとか前に進む。
魔法の反動が大きいんだ。あれほどのスピード。常人なら体が保たない。下手を打てば筋肉が裂け、骨が砕ける。マーリナスが耐えられたのは、毎日の鍛錬があってこそ。
そのマーリナスが切り開いた道のりにはポツポツととふらつく騎士がいるのみ。三人は扉を目指して駆けだした。
「親愛なる国王陛下。この呪いは決して悪用してはなりません。あなた様がそれをしては先代王がバレリアを処刑した意味がなくなる。二度と歴史に悪歴を刻んではいけないのです」
「それはおまえが決めることではない」
低く、怒気を孕んだ声だった。壁沿いの騎士達が一斉に剣を抜いて身構える。
物々しい雰囲気に包まれたその場で、ロナルドの乾いた声が鳴った。
「まったく。これが我が国の国王とは痛み入る。恐れながら国王陛下に申し上げます。わたくしロナルド・ハーモンドもそのご意向には従えません。それに隊長の命に従うのがわたしの使命ですしね」
腰から警棒を抜いたロナルドにマーリナスは不敵な笑みを零し、自身もまた警棒を手に身構えた。
国王は嗤う。ゴミでも見るような目を二人に向けて。
「愚かな。国王である余の命令よりもその男に従うとは。その罪、死を以て償うがいい!」
騎士が動いた。その数、六十あまり。到底太刀打ちできる人数ではない。
だが警棒を手にした二人の行動は早かった。騎士の手が伸びるより早く、真っ直ぐにケルトを取り押さえる騎士に向けて突撃を繰り出した。暴れるケルトに気を取られていた騎士は不意を突かれ、身を躱すと同時にケルトを手放してしまった。
「走れ、ケルト!」
マーリナスの怒号にケルトも即座に反応する。玉座の間は広い。遠くに見える扉は小さく、あっという間に押しかける騎士達に覆い隠されてしまった。
「マーリナス! 逃げ切れない!」
「わたしとロナルドで道を切り開く! アレク、おまえはケルトを連れて走れ!」
全方向から押し寄せる騎士に怖じ気づき、足踏みをしたアレクの背中をマーリナスが押す。
「でも!」
どうやって。その言葉はかき消えた。つい今し方までそこにいたマーリナスの姿がなかったから。
「えっ?」
「アレクは見るのは初めてだったね。まあ、常人の目には捉えられないスピードだからね、あれは」
口笛を吹くように陽気な口調で告げたロナルドは襲いかかる騎士めがけて一直線に突き進んだ。その周りを青い風が縦横無尽に動き回る。
色のついた風。そう表現するのに相応しいその軌跡は、通った道筋に倒れた騎士達を次々と置き去りにする。時に木の葉のように、時に風に踊るリボンのようにつかみ所のない動きを繰り返す青い風。それがマーリナスだと分かるまで、しばしの時を要した。
青い風が凪げば、嘘のように騎士が倒れてゆく。六十人もいた騎士が半数以下となるまでに要した時間は五分とかからなかった。本当にあっという間の出来事だったのである。
「凄い……」
恐らく風魔法の一種だろう。体に風を纏って速さを増し、超人的なスピードで動き回る。
自身の体にブーストをかけるこの魔法は精霊との相性が抜群に良くないと発動できない。強化系の魔法を使える者が国家保安を任される騎士や警備隊に多いのはそのため。
勿論ひと言で強化系といっても差異はある。
風魔法の強化で一般的に見るのは少々足を速くしたり、剣技に用いたりするくらい。それもよくよく目を凝らせばアレクにだって見てとれるスピードだ。
こんな……風のような動きなんて、いままで見たことがない。
「ボサッとしないで走るんだ! あれはあまり長くは保たない!」
ロナルドの声が合図となった。怒濤の速さで玉座の間を駆け抜けていた風が止まり、肩で息をしたマーリナスがその場に姿を現した。
「マーリナス!」
ガクッと膝とついたマーリナスに向かってアレクは走る。ケルトもその後を追いかけ、二人でマーリナスの肩を支えて立ち上がった。
マーリナスの額には大粒の汗。歩くこともままならず、ふらつく足でなんとか前に進む。
魔法の反動が大きいんだ。あれほどのスピード。常人なら体が保たない。下手を打てば筋肉が裂け、骨が砕ける。マーリナスが耐えられたのは、毎日の鍛錬があってこそ。
そのマーリナスが切り開いた道のりにはポツポツととふらつく騎士がいるのみ。三人は扉を目指して駆けだした。
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