アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

文字の大きさ
134 / 146
第五章

青の軌跡

しおりを挟む
 凜と前を見据え、姿勢を正したマーリナスは言葉を重ねる。

「親愛なる国王陛下。この呪いは決して悪用してはなりません。あなた様がそれをしては先代王がバレリアを処刑した意味がなくなる。二度と歴史に悪歴を刻んではいけないのです」

「それはおまえが決めることではない」

 低く、怒気を孕んだ声だった。壁沿いの騎士達が一斉に剣を抜いて身構える。

 物々しい雰囲気に包まれたその場で、ロナルドの乾いた声が鳴った。

「まったく。これが我が国の国王とは痛み入る。恐れながら国王陛下に申し上げます。わたくしロナルド・ハーモンドもそのご意向には従えません。それに隊長の命に従うのがわたしの使命ですしね」

 腰から警棒を抜いたロナルドにマーリナスは不敵な笑みを零し、自身もまた警棒を手に身構えた。

 国王は嗤う。ゴミでも見るような目を二人に向けて。

「愚かな。国王である余の命令よりもその男に従うとは。その罪、死を以て償うがいい!」

 騎士が動いた。その数、六十あまり。到底太刀打ちできる人数ではない。

 だが警棒を手にした二人の行動は早かった。騎士の手が伸びるより早く、真っ直ぐにケルトを取り押さえる騎士に向けて突撃を繰り出した。暴れるケルトに気を取られていた騎士は不意を突かれ、身を躱すと同時にケルトを手放してしまった。

「走れ、ケルト!」

 マーリナスの怒号にケルトも即座に反応する。玉座の間は広い。遠くに見える扉は小さく、あっという間に押しかける騎士達に覆い隠されてしまった。

「マーリナス! 逃げ切れない!」

「わたしとロナルドで道を切り開く! アレク、おまえはケルトを連れて走れ!」

 全方向から押し寄せる騎士に怖じ気づき、足踏みをしたアレクの背中をマーリナスが押す。

「でも!」

 どうやって。その言葉はかき消えた。つい今し方までそこにいたマーリナスの姿がなかったから。

「えっ?」

「アレクは見るのは初めてだったね。まあ、常人の目には捉えられないスピードだからね、あれは」

 口笛を吹くように陽気な口調で告げたロナルドは襲いかかる騎士めがけて一直線に突き進んだ。その周りを青い風が縦横無尽に動き回る。

 色のついた風。そう表現するのに相応しいその軌跡は、通った道筋に倒れた騎士達を次々と置き去りにする。時に木の葉のように、時に風に踊るリボンのようにつかみ所のない動きを繰り返す青い風。それがマーリナスだと分かるまで、しばしの時を要した。

 青い風が凪げば、嘘のように騎士が倒れてゆく。六十人もいた騎士が半数以下となるまでに要した時間は五分とかからなかった。本当にあっという間の出来事だったのである。

「凄い……」

 恐らく風魔法の一種だろう。体に風を纏って速さを増し、超人的なスピードで動き回る。

 自身の体にブーストをかけるこの魔法は精霊との相性が抜群に良くないと発動できない。強化系の魔法を使える者が国家保安を任される騎士や警備隊に多いのはそのため。

 勿論ひと言で強化系といっても差異はある。

 風魔法の強化で一般的に見るのは少々足を速くしたり、剣技に用いたりするくらい。それもよくよく目を凝らせばアレクにだって見てとれるスピードだ。

 こんな……風のような動きなんて、いままで見たことがない。

「ボサッとしないで走るんだ! あれはあまり長くは保たない!」

 ロナルドの声が合図となった。怒濤の速さで玉座の間を駆け抜けていた風が止まり、肩で息をしたマーリナスがその場に姿を現した。

「マーリナス!」

 ガクッと膝とついたマーリナスに向かってアレクは走る。ケルトもその後を追いかけ、二人でマーリナスの肩を支えて立ち上がった。

 マーリナスの額には大粒の汗。歩くこともままならず、ふらつく足でなんとか前に進む。

 魔法の反動が大きいんだ。あれほどのスピード。常人なら体が保たない。下手を打てば筋肉が裂け、骨が砕ける。マーリナスが耐えられたのは、毎日の鍛錬があってこそ。

 そのマーリナスが切り開いた道のりにはポツポツととふらつく騎士がいるのみ。三人は扉を目指して駆けだした。

しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。 転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。 戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。 マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。 皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた! しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった! ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。 皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...