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(グッドバイからはじめよう編)
大切な人の幸せを願って①
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学校の正門の前に一台の車が停車している。卯月は運転席の窓を開けて、下校中の人並みの中から目当ての彼女を探していた。
いい大人が通りすがる女子高生の群がりをあまりじろじろ見ているのはあまり気分の良いものではなく、卯月の中性的で洗練された容姿もあって次第に生徒達からも注目を浴びてしまう。待ち合わせの約束はないが早く来てくれないものかと、そんな事ばかりを考えていた。
そんな卯月を見付けて先に声を掛けて来たのは、海野理恵だった。
「……あれ、木村さんどうしたんですか?」
きょとんとする理恵の顔を見て、卯月は胸を撫で下ろした。早くこの場から立ち去りたいという気持ちと、あんな事があったので避けられたらどうしようという不安から解放された気分だった。
「……今日は美紀と一緒じゃないんだ」
「ああ、狩谷さんだったら今日はまだ中澤さんと一緒に学校に残ってますよ」
「良かった、一緒だったらどうしようって思ってた。いや、それはそれでいいんだけど……」
「どうしたんですか?」
理恵は安心する正人の表情を覗き込む様にしてそう言った。
「海野さんに会いたかったのは、こないだの件のお詫びというか……まあ、弁解のチャンスが欲しかったからなんだけど……」
「……それはまあ、いろいろ驚きましたけど。」
「それじゃあこれから車で家まで送ろうか?あ、下心はないからね」
「……はい、それじゃお願いします」
卯月は一度車を降りて、助手席のドアを開けて理恵に手を差し出した。理恵はお姫様になった様な気分になって、少し鼻が高くなった。
「海野さん、今日は部活休み?」
理恵が部活を休んでいる事は美紀から聞いて知っていたが、卯月は恍けていた。
「……体調が悪いので、あがらせて貰いました……」
「確かに、顔色があんまり良くないね……」
理恵は右手の痣の部分を左手で隠した。卯月が車を走らせてからはずっと下を向いている。お互いの心境からして、会話が弾む筈もなく、車の騒音やウインカーの音が、やけに大きく聞こえた。
「えーと、改めて言うのもなんだけど、こないだの件は本当に……色々びっくりさせてごめんね」
「別にそこまで気にしてません……って言うより、もう気にする余裕がありません……あの……車、少し遠回りして貰ってもいいですか?」
「うん、海野さんが問題ないならいいよ。それじゃ少しドライブしようか」
「あたしは大丈夫です。部活は休んでいると言うよりも、身が入ってなくて干されてしまった感じなんで……その内クビになるかも……」
「……海野さんさえ良ければ、今ここで言いたい事全部言っちゃいなよ。上手く纏められなくてもいいからさ。自分で言うのもなんだけど、わたしこの辺じゃ結構有名なバーテンダーなんだよ?」
人形に魂が入ったかの様に、意を決して理恵がゆっくり顔を上げた。
「……それじゃあ、木村さんの事を聞いてもいいですか?」
「うん、いいよ」
「……木村さんと狩谷さんは、付き合っているんですか?」
「まあ、平たく言うとそうなるかな……美紀が可哀相だと思って少し息抜きをさせてあげようと思って。何日か泊めてあげるつもりだったんだけど、結果的には最悪な事になっちゃって……しかもこないだの件で、今ちょっと愛想尽かされてる。まあ、当然だよね」
「あの、木村さんは女の人が好きなんですか?」
「……うん、経緯はそれなりにあるんだけど、ずっとそんな感じ」
「……木村さんは、あたしの事どう思ってますか?」
「えっ、どうって……」
「一人の女として、あたしの事どう思いますか?」
話が思わぬ方向に展開してしまい、卯月は言葉に詰まって安易に返答する事が出来なくなっていた。
「最初は他の人より早く泳げる事が嬉しくて、得意になって水泳やってたんですけど……最近になって気が付いたら肩幅は広くなってるし、手足は太くなってるし。前は全然気にしてなかったんですけど……狩谷さんと一緒にいるうちに、それが気になってどうしようもなくなっちゃったんです……すごく下らない理由ですけど、あたしはもう競泳を続けてるのが辛くて仕方がないんです……あたしが過食嘔吐してるの、もう気付いてますよね……中澤さんは気付いてました……」
「うん、態々指摘するのもどうかと思ったから……でも美紀と海野さんはタイプが違うだけなんだから、そんなに気にする事じゃないと思うよ」
「そんな事は分かってます……分かっているつもりです」
「私だって今でも時間があれは空手やってるから、結構ごつごつしてるのよ?触ってみる?」
卯月は左手をハンドルから離して、どうぞと言わんばかりに差し出した。
「スポーツやってる女の人にだって、綺麗な人は沢山いるし。海野さんは今でも、充分魅力的だよ。」
「……それなら、それを証明してみせて下さい」
そう言って理恵は、差し出されていた掌を握り締めた。予想外の展開に、卯月は焦ってその手を振り解いてしまった。そして運転に集中する事が出来なくなり、そのまま通りすがりのショッピングモールの立体駐車場に車を停めた。決して狙った分けでないのだが、意に反して暗くてムーディな場所に入ってしまった。
一呼吸して落ち着いた振りをしていたが、卯月は恐る恐る助手席の方に顔を向けた。卯月を見つめる理恵の瞳は、今にも壊れてしまいそうだった。
「……ねえ、海野さん。目、瞑って」
「えっ……」
「ほら、瞑って」
「……はい……」
理恵の声色から、期待と不安が入り混じった様な緊張感が伝わってきた。
卯月は理恵の背中に手を回して抱き寄せた。理恵の体は微かに震えていた。
「……大丈夫だよ、変な事はしないから。だから海野さんも、私の事信用してくれる?」
「……はい……」
「海野さん。今まで水泳を始めてから、どれくらい辛い事を我慢してきたの?」
「……最初は別に、そんなに辛いと思ってなかったんです。好きでやってた事だったから」
「じゃあどれくらい『頑張れ』って人に言われ続けててきたか、覚えてる?」
「そんなの覚えてないです。それも応援してくれる人がいれば当たり前の事だと思ってたんで」
「この先海野さんが水泳を続けても、続けなくても、私は海野さんの事を支えてあげたいと思ってる……それは美紀も、中澤さんも、海野さんのお母さんも、皆そうだと思う。海野さんにも、そういう人がいるでしょ?」
「はい……」
「でも私は海野さんに『頑張れ』なんて言わない。その代わりにもっと元気になれる言葉をあげるから。だから海野さんがその人の事を支えてあげたいと思ったら……その人に同じ事を伝えてあげるんだよ……『大好き』って、ちゃんと言ってあげるんだよ」
「……卯月さんは、あたしにも同じ事言ってくれますか?」
「……うん、わたしは海野さんの事が大好きだよ」
堰を切った様に、理恵は声をあげて泣き出した。そして嗚咽しながら口を開いた。
「ずるいですよ……何でそんなに優しい言葉が出て来るんですか?あたしは卯月さんの事を困らせようと思ってただけのに……あたし、嫌な女です!自分が弱いのを狩谷さんの所為にして、狩谷さんの事も困らせようとしてました……」
「私が不甲斐ないから美紀も少し弱っているけど、美紀も海野さんの事を支えたいと思ってるから。美紀も海野さんの事大好きなの、知ってるでしょ?」
理恵は卯月の胸の中に蹲り、頷いていた。
理恵が泣き止む迄の間、卯月はずっと理恵の事を抱き締めて髪を撫で続けた。
いい大人が通りすがる女子高生の群がりをあまりじろじろ見ているのはあまり気分の良いものではなく、卯月の中性的で洗練された容姿もあって次第に生徒達からも注目を浴びてしまう。待ち合わせの約束はないが早く来てくれないものかと、そんな事ばかりを考えていた。
そんな卯月を見付けて先に声を掛けて来たのは、海野理恵だった。
「……あれ、木村さんどうしたんですか?」
きょとんとする理恵の顔を見て、卯月は胸を撫で下ろした。早くこの場から立ち去りたいという気持ちと、あんな事があったので避けられたらどうしようという不安から解放された気分だった。
「……今日は美紀と一緒じゃないんだ」
「ああ、狩谷さんだったら今日はまだ中澤さんと一緒に学校に残ってますよ」
「良かった、一緒だったらどうしようって思ってた。いや、それはそれでいいんだけど……」
「どうしたんですか?」
理恵は安心する正人の表情を覗き込む様にしてそう言った。
「海野さんに会いたかったのは、こないだの件のお詫びというか……まあ、弁解のチャンスが欲しかったからなんだけど……」
「……それはまあ、いろいろ驚きましたけど。」
「それじゃあこれから車で家まで送ろうか?あ、下心はないからね」
「……はい、それじゃお願いします」
卯月は一度車を降りて、助手席のドアを開けて理恵に手を差し出した。理恵はお姫様になった様な気分になって、少し鼻が高くなった。
「海野さん、今日は部活休み?」
理恵が部活を休んでいる事は美紀から聞いて知っていたが、卯月は恍けていた。
「……体調が悪いので、あがらせて貰いました……」
「確かに、顔色があんまり良くないね……」
理恵は右手の痣の部分を左手で隠した。卯月が車を走らせてからはずっと下を向いている。お互いの心境からして、会話が弾む筈もなく、車の騒音やウインカーの音が、やけに大きく聞こえた。
「えーと、改めて言うのもなんだけど、こないだの件は本当に……色々びっくりさせてごめんね」
「別にそこまで気にしてません……って言うより、もう気にする余裕がありません……あの……車、少し遠回りして貰ってもいいですか?」
「うん、海野さんが問題ないならいいよ。それじゃ少しドライブしようか」
「あたしは大丈夫です。部活は休んでいると言うよりも、身が入ってなくて干されてしまった感じなんで……その内クビになるかも……」
「……海野さんさえ良ければ、今ここで言いたい事全部言っちゃいなよ。上手く纏められなくてもいいからさ。自分で言うのもなんだけど、わたしこの辺じゃ結構有名なバーテンダーなんだよ?」
人形に魂が入ったかの様に、意を決して理恵がゆっくり顔を上げた。
「……それじゃあ、木村さんの事を聞いてもいいですか?」
「うん、いいよ」
「……木村さんと狩谷さんは、付き合っているんですか?」
「まあ、平たく言うとそうなるかな……美紀が可哀相だと思って少し息抜きをさせてあげようと思って。何日か泊めてあげるつもりだったんだけど、結果的には最悪な事になっちゃって……しかもこないだの件で、今ちょっと愛想尽かされてる。まあ、当然だよね」
「あの、木村さんは女の人が好きなんですか?」
「……うん、経緯はそれなりにあるんだけど、ずっとそんな感じ」
「……木村さんは、あたしの事どう思ってますか?」
「えっ、どうって……」
「一人の女として、あたしの事どう思いますか?」
話が思わぬ方向に展開してしまい、卯月は言葉に詰まって安易に返答する事が出来なくなっていた。
「最初は他の人より早く泳げる事が嬉しくて、得意になって水泳やってたんですけど……最近になって気が付いたら肩幅は広くなってるし、手足は太くなってるし。前は全然気にしてなかったんですけど……狩谷さんと一緒にいるうちに、それが気になってどうしようもなくなっちゃったんです……すごく下らない理由ですけど、あたしはもう競泳を続けてるのが辛くて仕方がないんです……あたしが過食嘔吐してるの、もう気付いてますよね……中澤さんは気付いてました……」
「うん、態々指摘するのもどうかと思ったから……でも美紀と海野さんはタイプが違うだけなんだから、そんなに気にする事じゃないと思うよ」
「そんな事は分かってます……分かっているつもりです」
「私だって今でも時間があれは空手やってるから、結構ごつごつしてるのよ?触ってみる?」
卯月は左手をハンドルから離して、どうぞと言わんばかりに差し出した。
「スポーツやってる女の人にだって、綺麗な人は沢山いるし。海野さんは今でも、充分魅力的だよ。」
「……それなら、それを証明してみせて下さい」
そう言って理恵は、差し出されていた掌を握り締めた。予想外の展開に、卯月は焦ってその手を振り解いてしまった。そして運転に集中する事が出来なくなり、そのまま通りすがりのショッピングモールの立体駐車場に車を停めた。決して狙った分けでないのだが、意に反して暗くてムーディな場所に入ってしまった。
一呼吸して落ち着いた振りをしていたが、卯月は恐る恐る助手席の方に顔を向けた。卯月を見つめる理恵の瞳は、今にも壊れてしまいそうだった。
「……ねえ、海野さん。目、瞑って」
「えっ……」
「ほら、瞑って」
「……はい……」
理恵の声色から、期待と不安が入り混じった様な緊張感が伝わってきた。
卯月は理恵の背中に手を回して抱き寄せた。理恵の体は微かに震えていた。
「……大丈夫だよ、変な事はしないから。だから海野さんも、私の事信用してくれる?」
「……はい……」
「海野さん。今まで水泳を始めてから、どれくらい辛い事を我慢してきたの?」
「……最初は別に、そんなに辛いと思ってなかったんです。好きでやってた事だったから」
「じゃあどれくらい『頑張れ』って人に言われ続けててきたか、覚えてる?」
「そんなの覚えてないです。それも応援してくれる人がいれば当たり前の事だと思ってたんで」
「この先海野さんが水泳を続けても、続けなくても、私は海野さんの事を支えてあげたいと思ってる……それは美紀も、中澤さんも、海野さんのお母さんも、皆そうだと思う。海野さんにも、そういう人がいるでしょ?」
「はい……」
「でも私は海野さんに『頑張れ』なんて言わない。その代わりにもっと元気になれる言葉をあげるから。だから海野さんがその人の事を支えてあげたいと思ったら……その人に同じ事を伝えてあげるんだよ……『大好き』って、ちゃんと言ってあげるんだよ」
「……卯月さんは、あたしにも同じ事言ってくれますか?」
「……うん、わたしは海野さんの事が大好きだよ」
堰を切った様に、理恵は声をあげて泣き出した。そして嗚咽しながら口を開いた。
「ずるいですよ……何でそんなに優しい言葉が出て来るんですか?あたしは卯月さんの事を困らせようと思ってただけのに……あたし、嫌な女です!自分が弱いのを狩谷さんの所為にして、狩谷さんの事も困らせようとしてました……」
「私が不甲斐ないから美紀も少し弱っているけど、美紀も海野さんの事を支えたいと思ってるから。美紀も海野さんの事大好きなの、知ってるでしょ?」
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