ガールズライフ

木村 卯月

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(グッドバイからはじめよう編)

永遠の愛を願って

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 美紀は理恵の家を訪れた。
 理恵は病院で点滴を打っただけで入院こそしなかったが、その後は学校を休んでいた。もう和子も事情を知っている筈だ。如何に涼子が上手く立ち回ってくれたとしても、和子にはどんなに酷い批判をされても仕方がないと思っていた。
 その和子が、玄関のフロアで土間に立っている美紀の顔をじっと見つめていた。
 カーディガンの下にシャツ一枚。珍しく膝丈のフレアスカート。しかも淡色で統一している。理恵の見舞いに合わせてコーディネートしたのだが、その事を含めて美紀は品定めされている様な気分だった。
「あの……すいませんでした」
「あら、別に謝らなくていいわよ。子供の喧嘩のひとつやふたつ、口出しするつもりはないわ。それに理恵も何だかすっきりしたみたいだし。理恵に会いに来てくれたんでしょ?理恵なら二階の部屋にいるから」
 酷い事を言いわれる迄はいかなくても、もう少し神妙な空気になるのではないかと美紀は思っていた。しかし予想に反し、和子は拍子抜けするほどあっけらかんとしていた。
 二階に上がり、美紀が部屋のドアをノックすると、中から返事が聞こえた。中に入ると、理恵は腕立て伏せをしていた。
「……何してるの?」
 唖然として突っ立っている美紀を見てそう言ったのは、理恵の方だった。
「……元気そうだね」
 美紀はそう言うしかなかった。
「いい加減、部活の方にも復帰しないとほんとにやばいからね。ちょっと待ってて、取り敢えずあと二十回だけやっちゃうから」
「どうぞ、お好きなだけ」
 美紀はベッドに座って腕立て伏せが終わるのを待っていた。暫くしてようやく手を止めた理恵が、深呼吸してから口を開いた。
「そう言えば、中澤さんから聞いたんだけどあの日は狩谷さんのお母さんも学校に来たんだよね?」
「……うん」
「それじゃ一安心だね。ちゃんと仲直りできた?」
「……うん」
「そうかー、良かった」
 美紀はもう少し他愛のないお喋りをしていたいと思っていたが、その話はこのタイミングでするしかなかった。
「……あたしさ、もうすぐ転校する事になったんだ」
「……そうなんだ」
 理恵は驚きはしなかったが、寂しそうな表情を見せた。
「うん。うちのお父さんの会社、倒産しちゃってさ……お父さんとお母さんは今、千葉に住んでるんだ。でもそしたら、そこでお父さんが倒れちゃって……命に別状はなかったんだけどね。今度はあたしも、近くにいて少しでも支えになってあげたいから……」
「……そうだったんだ。じゃ、もうこっちにいる時間はあんまりないんだね」
「うん、そうなんだ。だから海野さんも、早く学校においでよ」
「うん、そうする……」
 お互い、久し振りに二人で話が出来た事に得も言われぬ安心感を覚えていた。理恵はさっきの続きとばかりに肩と腕のストレッチを始め、美紀はそれを見てにんまりしていた。
「……ん、何これ?」
 机の上に置いてあった白い封筒を、美紀が見つけた。シンプルだが気品を感じるデザインで、この手の物を見てしまうと勝手な事を想像してしまうのも致し方ない。
 美紀はそれを手に取ってしまい、理恵に断りもなく中から手紙を取り出そうとした。
「……それはダメ!」
 理恵はその封筒を慌てて取り上げた。顔が真っ赤になっていた。
「いくら狩谷さんでも、それはダメ……」
「……分かった、ごめんね……で、男の人から?」
 反省したかと思いきや、美紀は興味深々と言わんばかりの表情をしていた。
「……そうだよ」
「誰から貰ったの?」
「多分、狩谷さんは知らない人……実はあたしも良く知らない……」
「……で、海野さんは付き合ってもいいと思ってるの?」
「手紙の内容も知らないのに何でそこまで質問が飛躍するの?」
「教えてよ……」
「言わない……」
 そこで突然、和子が部屋のドアをノックした。二人は一瞬畏まってしまった。
「理恵、入るわよ」
 和子が紅茶と菓子をトレイに乗せて運んで来た。美紀も理恵も、静かにしているつもりなのだが理由もなく勝手に顔が笑ってしまう。和子はそれを見て「箸が転んでもおかしい年頃」という言葉の意味を実感してしまった。
「若いっていいわね……」
「……お母さん急にどうしたのよ」
「いや、二人の事を見てたら単純な奴等だなと思って、つい言っちゃったわ……今の発言って、おばさんっぽかったかな?」
「いやおばさんだし」
 美紀には和子と理恵の仲の良さが、改めて羨ましく思えた。二人は美紀にとって、理想の親子像だった。それに比べれば不束かもしれないが、それでも今は、父と母の事を愛していると自信を持って言える気がした。

「それじゃ私はちょっと買い物に行ってくるから」
 和子はそう言って部屋を出て行った。暫くすると、玄関のドアが閉まる音が聞こえた。
「……お母さん、出掛けたみたい」
「……そうだね」
 先程は全く意識してなかったが、和子が外出した事で二人は急に禁圧を破ってしまいたくなる様な衝動に駆られた。それでも尚、平常心を取り繕うとしてた。
「えーと……狩谷さん、転校するんだよね……」
「うん……」
「言いたい事があるなら、今のうちに言うべきだよね……」
「うん……」
 理恵は美紀の顔を覗いてみた。一瞬にして、胸が苦しくなった。高まる感情は到底隠しきれず、それは共振して二人が同じ思いでいる事を確信させた。
「ごめん、このままじゃ無理……ちょっとそっちに行ってもいいかな……勇気が欲しい……」
「うん、いいよ。それならあたしの隣に来て……」
 美紀はベッドの奥側に体を寄せて、理恵に背中を向けて横になった。理恵は体を重ねる様に添い寝して、美紀の背中に顔を埋めた。
「……落ち着いた?」
 美紀は理恵に背中を向けたまま声を掛けた。
「うん。ありがとう……あたし今、吹っ切れたように見えるかもしれないけど、本当はまだ無理矢理そうしてるだけかもしれない。さっきの手紙も、そういの貰った事なかったからちょっと浮かれちゃったけど、その時の気持ちは何か思ったのと違ってた……」
 美紀の背中に添えられた理恵の手が、服の後ろ身頃を握り締めた。
「あたしは狩谷さんみたいに細くて綺麗な人になりたいと思って憧れてたんだけど、それも本当違うの。あたしは狩谷さんみたいになりたいんじゃなくて……あたしは、海野理恵は……狩谷さんの事が好き。愛してる……何度も違うと思って否定しても、同じ答えに辿り着くの。散々我慢してきたけど、もうこれ以上気持ちを抑えきれない……だからせめて、今ここにいる間だけでいいから、狩谷さんの事を好きでいさせて……」
 その思いに、戸惑いや驚きはなかった。これまで二人の間に起きた出来事が、ひとつひとつ繋がっていく。そして辿り着いた答えだった。
「……じゃあ今だけでいいから、名前で呼んで?理恵……」
「うん……」
「あと、それだけじゃ足りない」
 美紀は勢い良く寝返りを打って、理恵の方を向いた。お互いの額が触れ合う程の距離で、見つめ合っていた。
「……あたしも理恵の事愛してる。明るくて、元気で、いつでも笑顔の理恵が好き」
 理恵は何も言わずに優しく微笑んでいた。
 今度学校で会った時には、いつもの学校生活が待っている。そしてもう少し時が経てば、美紀は転校してしまう。二人はこの二人だけ時間を、他の誰にも話す事はない、二人の胸の中だけに残る秘密の思い出にしようと誓った。
「いい事教えてあげようか……」
 理恵の耳元に口を近付け、美紀が囁いた。
「……何?」
「あたし今、脱ぎ易い格好してる……」
「……だからそんな変な格好してたの!?大体柄にもなくスカートなんか穿いてるから何かおかしいと思ってたよ……」
「変な格好って何よ、お見舞いに来るから地味な格好にしただけだよ……」
 話が逸れてしまい、出会った頃の喜怒哀楽の激しい会話を思い出して笑ってしまった。
「それから一応、理恵に確認したいんだけど……」
「……何?」
「……初めての相手があたしで本当に大丈夫?」
「……うん、いいよ。後悔なんかしない……」
 飽和した感情が解け合い、最早迷いはなかった。
「美紀……手、貸して?そっちの手……」
「うん……」
 理恵は差し出された美紀の左手を掴んで、人差し指の先にキスをした。
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