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終わりのない階段
モノローグ
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ヒロミさんの告別式で妃斗美は泣いていた。
ただ、彼女がどんな心境だったのかは分からない。こういう時は、自分でもなぜ泣いているのか分からないくらい勝手に涙が流れてくる。
そして葬儀の後、彼女の方から別れ話を切り出された。口論になったわけではなく、変な言い方だがお互いが前向きに検討した結果だった。嫌いなところがあったわけではないのだが……と、あちらも思っているかもしれない。とにかく、いろんな事があり過ぎた。嫌が応にも、ヒロミさんの思い出がこの先二人に付き纏う事になるのだ。辛い思いをするのは目に見えている。
家まで送った後、最後に手を振って、彼女と別れた。と言っても、どうせ職場で顔を合わせるのだが。
―――――――――――――――――――――
私にも妃斗美にも平穏な日常が訪れた頃、バーに北大宮総合病院の院長が訪れた。
ここに来る時は大抵数名の取り巻きと一緒なのだが、この日は一人で、客として私に会いに来ていた。
当ホテルの最重要顧客で、総支配人でも頭が上がらない。といっても、創作物に出てくるような横柄な人物ではなく、少なくとも私が接客しているところで(見えないところでは知らないが)非常識な行動をとっていた事はない。
この人がヒロミさんを相当気に入っていたのは周知の事実で、このタイミングで現れたからには何か思惑があっての事だという事は直ぐに分かった。何れにしても、私は普段通りに接客をするしかないのだが。
院長はカウンターの椅子に座って「いつもの」マルガリータを飲み干し、二杯目も同じ物を頼んだ後に話しはじめた。その様子は私に話し掛けているようでもあり、独り言のようでもあり……
話の内容は当然ヒロミさんの事なのだが、ある程度予想していた内容であっても、実際に当事者の口から聞かされるのは正直言って辛い。それでも私はバーテンダーの仕事中なので、聞くしかなかった。
ヒロミさんが、院長の愛人であった事。回り諄い説明をしても仕方がないのは百も承知だが、好きだった人の生々しい色事などやはり聞いていて気持ちの良いものではない。この人の性格上、あまり余計な事は言わないのも分かっており、こちらは嫌でもそこから先を想像するしかないのだ。ヒロミさんは、ずっと女装をして相手をしていたのか……どちらであっても、受け入れる事ができるのだろうか。日替わりで女装していた事に関しては、二人とも乗り気だったが少々羽目を外してしまったと言っていた。
妃斗美の間柄。彼女の母親が未婚のシングルマザーであった理由。二人の間柄は、不特定で複数のセフレのうちの一人でしかなかった。妊娠している事が分かった時、ヒロミさんは全てを清算して父親になる決意をした。しかし彼女にはヒロミさんを伴侶として受け入れる覚悟ができず、かといって授かった命をなかった事にする決断もできなかった。当時からヒロミさんは女装を嗜むバイセクシャルで、身を清めたところで彼女には到底受け入れられるものではなかったらしい。
「どうして子供の為にも結婚しなかったのか」と言ってしまいそうになるが、自分がそんな偉そうな事を言える立場でもないのは分かっている。
その後、ヒロミさんと院長が最初に会ったのはプライベートでの事だった。ヒロミさんは院長からお金を受け取り、それを妃斗美の養育費にしていた。父親として、名乗り出る事もできないまま……
そして、末期癌である事が発覚した。死を前に覚悟していたつもりだったが、我が子への思いだけが断ち切れずにいたのだ。
そして、そこで初めてヒロミさんの年齢を知る。享年49歳。奇しくも、私の母親と同じ年齢で亡くなっていた。
最後に、院長は私に「困った事があったら連絡してほしい」と言って(名刺は既に貰っていたので)去って行った。やはり遠慮がちに言っていたが、それがヒロミさんへの配慮なのか、単に仕事仲間であった私への気遣いなのか、将又下心があっての事なのか、真意は分からなかった。
ただ、彼女がどんな心境だったのかは分からない。こういう時は、自分でもなぜ泣いているのか分からないくらい勝手に涙が流れてくる。
そして葬儀の後、彼女の方から別れ話を切り出された。口論になったわけではなく、変な言い方だがお互いが前向きに検討した結果だった。嫌いなところがあったわけではないのだが……と、あちらも思っているかもしれない。とにかく、いろんな事があり過ぎた。嫌が応にも、ヒロミさんの思い出がこの先二人に付き纏う事になるのだ。辛い思いをするのは目に見えている。
家まで送った後、最後に手を振って、彼女と別れた。と言っても、どうせ職場で顔を合わせるのだが。
―――――――――――――――――――――
私にも妃斗美にも平穏な日常が訪れた頃、バーに北大宮総合病院の院長が訪れた。
ここに来る時は大抵数名の取り巻きと一緒なのだが、この日は一人で、客として私に会いに来ていた。
当ホテルの最重要顧客で、総支配人でも頭が上がらない。といっても、創作物に出てくるような横柄な人物ではなく、少なくとも私が接客しているところで(見えないところでは知らないが)非常識な行動をとっていた事はない。
この人がヒロミさんを相当気に入っていたのは周知の事実で、このタイミングで現れたからには何か思惑があっての事だという事は直ぐに分かった。何れにしても、私は普段通りに接客をするしかないのだが。
院長はカウンターの椅子に座って「いつもの」マルガリータを飲み干し、二杯目も同じ物を頼んだ後に話しはじめた。その様子は私に話し掛けているようでもあり、独り言のようでもあり……
話の内容は当然ヒロミさんの事なのだが、ある程度予想していた内容であっても、実際に当事者の口から聞かされるのは正直言って辛い。それでも私はバーテンダーの仕事中なので、聞くしかなかった。
ヒロミさんが、院長の愛人であった事。回り諄い説明をしても仕方がないのは百も承知だが、好きだった人の生々しい色事などやはり聞いていて気持ちの良いものではない。この人の性格上、あまり余計な事は言わないのも分かっており、こちらは嫌でもそこから先を想像するしかないのだ。ヒロミさんは、ずっと女装をして相手をしていたのか……どちらであっても、受け入れる事ができるのだろうか。日替わりで女装していた事に関しては、二人とも乗り気だったが少々羽目を外してしまったと言っていた。
妃斗美の間柄。彼女の母親が未婚のシングルマザーであった理由。二人の間柄は、不特定で複数のセフレのうちの一人でしかなかった。妊娠している事が分かった時、ヒロミさんは全てを清算して父親になる決意をした。しかし彼女にはヒロミさんを伴侶として受け入れる覚悟ができず、かといって授かった命をなかった事にする決断もできなかった。当時からヒロミさんは女装を嗜むバイセクシャルで、身を清めたところで彼女には到底受け入れられるものではなかったらしい。
「どうして子供の為にも結婚しなかったのか」と言ってしまいそうになるが、自分がそんな偉そうな事を言える立場でもないのは分かっている。
その後、ヒロミさんと院長が最初に会ったのはプライベートでの事だった。ヒロミさんは院長からお金を受け取り、それを妃斗美の養育費にしていた。父親として、名乗り出る事もできないまま……
そして、末期癌である事が発覚した。死を前に覚悟していたつもりだったが、我が子への思いだけが断ち切れずにいたのだ。
そして、そこで初めてヒロミさんの年齢を知る。享年49歳。奇しくも、私の母親と同じ年齢で亡くなっていた。
最後に、院長は私に「困った事があったら連絡してほしい」と言って(名刺は既に貰っていたので)去って行った。やはり遠慮がちに言っていたが、それがヒロミさんへの配慮なのか、単に仕事仲間であった私への気遣いなのか、将又下心があっての事なのか、真意は分からなかった。
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