しあわせの村

都貴

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第二章

第二章④

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 乾杯から数時間が経ち、少しずつ酔いが回りはじめた。そろそろ酒を飲むのはやめよう。
 威吹がジュースに手を伸ばしかけた時、光司の品のない声が耳に入った。

「マジ、夏生は女の色気が足りねーよな。ツルペタの有亜と違って胸はそこそこあるんだけどな。隠れ巨乳の莉乃と豊満ボディのエリサにはぜんぜん負けるけど」

 赤い顔をした光司が夏生の胸に手を伸ばす。

「やめろ、変態」

 悠翔は光司の手を容赦なく叩き落とした。光司がむっとした顔で悠翔を睨む。

「なにすんだよ、悠翔。イッテーな」
「酔っ払いすぎだ、光司」
「悠翔は飲み足りねーんじゃねーの。久しぶりの再会を祝って飲み比べだ。ホラ、飲め飲め!」

 ワインの瓶を手に取り、光司が突き出してくる。

 しょうがねえな、この酔っ払いめ。
 不承不承瓶を受け取り、口をつけた。渋みの強い赤ワインだ。濃いのにのど越しがよくて飲みやすいが、アルコール度数が高い。

「悠翔、もっといけ!」
「ウイスキーはどうだ、大人の味だぞ」

 光司と静流が一緒になって酒を押し付けてくる。
 光司と静流にセクハラまがいの絡み方をされていた夏生や莉乃がほっとした顔をしたのが見えた。
 真澄はエリサにべったりと絡まれていて他の女子のことを気に留めていない。そもそも、誰かを助けるよりも状況を面白がって火に油を注ぐ真似しかしないような男だ。

 まあ、莉乃達がウザ絡みされて困るよりはいいか。

 悠翔は勧められるまま酒を煽った。
 女を助ける為だけじゃない。頭の隅にあった『幽霊が現れる』という単語を追い払いたかったのもある。
 酒は薬に似ている。嫌なことを忘れるにはもってこいだ。
 ざわめきが遠くなっていく。視界がぐらりと揺れ、とてつもない眠気に襲われた。

「悠翔、見かけによらず酒よえーの。笑えるわ」
「しょうがない奴だ、外で寝るなよ」

 両脇から光司と静流に支えられて、縁側から通って家の中に運ばれた。

 茶の間を抜けて真っ暗な中廊下を歩かされ、奥の部屋に連れていかれる。畳張りの広い部屋だ。障子を透かす青白い月明かりだけが照らす薄暗い部屋の畳に、乱暴に放り捨てられる。

「悠翔って筋肉質だけど細いよな、色白だし。こうやって眠そうにしてっと、中性的でキレイなツラだよなー」
「知っているか、光司。こいつ、男にも惚れられていたんだぞ」
「マジか。でも、わかるかも。よし、ヤッちまおうか」

 不穏な会話に身構える間もなく、光司がいきなり圧し掛かってきた。
 首筋に酒臭い息がかかり、シャツの裾から汗ばんだ手が入ってくる。

「やめろ、光司。くすぐってぇ」

 うまく回らない呂律で訴えるが、光司はやめない。

 これは悪ふざけじゃない、本気だ。
 慌てて起き上がろうとした悠翔の腕を静流が抑え込む。

「力が入っていないぞ、悠翔。飲みすぎたんじゃないのか?」
「ヤベッ、なんか興奮してきた。オレ、電車で痴漢するヤツの気持ちちょっとわかるかも」
「それは不味いだろう、光司」
「へへっ。オレ、悠翔の生意気な鼻っ柱ヘシ折ってやりてーって思ってたんだよなぁ」
「それは同感だな」

 にやにや笑いながら静流と光司が覗き込んでくる。二人共、悪鬼のような顔をしていた。

 体力には自信があるし喧嘩が強いと自負している。でも、酩酊状態で力が入らず、光司と静流を押しのけることができない。シャツを捲り上げられ、ズボンのベルトを外される。

 このままだと、本当に襲われるかもしれない。
 助けを呼んだ方がいいだろうか。
 でも男の俺がなんて助けを求めたらいいのだろう。みっともなく大声で叫ぶのは格好悪い。何とか自力でこの危機を脱する術はないものか。

 視線を彷徨わせると、障子の向こうに翳が映ったのが見えた。
 大きな影だ、誰だろう。

 スッと音もなく障子が開く。そこには真澄が立っていた。

 彼を見た瞬間、悠翔は軽く絶望した。

 真澄が満面の笑みでスマホを構えて、光司と静流の蛮行に泣かされる自分を動画撮影する姿が脳裏に浮かぶ。三対一の構図が出来上がって、確実にバッドエンドだ。
 悠翔は青褪めた。

 しかし、真澄はいい方向に予想を裏切った。

「光司、静流。悠翔から離れろ」

 真澄が氷のような低音で告げた。

 真澄の顔からはいつもの笑みが失せ、ひたすら無感情な顏でこちらを見下ろしている。冷酷な凍える瞳の奥に何か激しい感情が秘められているようだ。冷たいのに、迂闊に触れれば火傷しそうな気がした。
 今の真澄はシリアルキラーも真っ青になりそうなほどの禍々しい殺気を纏っている。

 光司と静流が顔を強張らせる。

「じょ、冗談だよ、冗談。プロレスごっこだよ。なあ、静流」
「……あ、ああ。単なる遊びだ。行くぞ、光司」
「おう」

 二人はあっけなく引き下がった。
 二人と入れ替わりに真澄が入ってくる。右手にはミネラルウォーターのボトルが握られていた。

「お腹出して寝てると風邪ひくよ、悠翔」

 いつもの飄々とした笑み。
 すかしたムカツク顔だが、今は少し安心した。

 悠翔はゆっくりと体を起こして服を直すと、差し出されたペットボトルを素直に受け取る。
 蓋を捻って冷えた水を飲むと、喧しい音を立てていた心臓が規則正しいリズムに戻った。

「わりぃ、助かった」
「いいよ。でも君、飲み過ぎだよ。酒には注意することだね。女性を助けて自分が襲われていたんじゃ、格好がつかないよ」
「うるせぇな、わかってるよ」

 言いながら欠伸が漏れた。瞼が重くて、目を開けていられない。

「眠いのかい、しょうがないね。子守歌でも歌おうか?」
「いらねぇよ、馬鹿。ちょっと寝る、出てけ真澄」
「一人で寝ていて、襲われても知らないよ」
「はあ、誰にだよ」

 さっき光司と静流に襲われかけたことを揶揄されているのか。
 悠翔が苛々しながら問い返すと、真澄の瞳が三日月のように細められた。

にさ」

 地の底から響くような、ゾッとする声だった。

「お休み、いい夢を」

 突拍子もないことを言われて固まる悠翔に微笑み掛け、真澄は部屋を出ていった。

 幽霊なんて、何を馬鹿なことを。

 笑い飛ばそうとした悠翔の脳裏に、竜太の怯えた顔が甦る。
 渡崇の幽霊を見た。彼はそう言っていた。

 本当にこの村には幽霊がいるのか。もしそうなら、母も此処にいるのか。

「悠翔、会いたかったわ」

 闇に甘ったるい声が響いた。

 慌てて辺りを見渡すが、母の姿は無い。それでも、背筋がゾクゾクした。
 気のせいだ。悠翔はぎゅっと目を瞑った。

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