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第二章
その一
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真新しいテーブルクロスが掛け直された食卓に、ローストビーフやポタージュ、シーザーサラダなどの料理が並べられた。
家主である初老の婦人に勧められて、七人は席に着いて食卓を囲んだ。
「改めまして。わたくし、この屋敷に住んでいる者でして礼子(れいこ)と申します。あんまり広いから、使う部屋しかお掃除してなくって。埃っぽくてごめんなさいね」
「いえ、そんな。すみません、食事の用意なんてしてもらって。にしても、ここ、変わった家ですね。俺、こんな家初めて見ました」
圭吾が不思議そうに辺りを見回すと、礼子は照れた表情になる。
「お恥ずかししいんですけど、主人がウィンチェスター屋敷に憧れていまして」
「ウィンチェスター屋敷とは、あのカリフォルニア州にあるあのサラ・ウィンチェスターが建てた幽霊屋敷のことですね」
自慢げな顔で和樹が口を挟む。礼子はそれに丁寧に頷きながら話を続けた。
「ええ、よく御存知で。博識でいらっしゃるのね。ウィンチェスター屋敷みたいな変わった屋敷に住みたいと、主人が別荘としてこの孤島に家を建てたんです。定年後に本土の家を売り払って、ここで二人きりで暮そうなんて約束をしていまして」
「へえ、そうだったんですね。孤島に二人きりなんてロマンチック。じゃあ、旦那さんと二人で暮してるんですか?」
うっとりした顔で尋ねた美沙に、礼子は柔らかな顔で緩く首を横に振る。
「いえ主人は数年前に病気で他界しまして。不便なんですけど、主人との思い出を忘れられずにわたくし一人でこの家に暮らしているんです」
「あ、ごめんなさい。アタシったら無神経なこと聞いちゃって」
美沙が気まずそうな顔をすると、礼子はおっとりと微笑んだ。
「いいんですよ。わたくしにはこの家にいると亡くなった主人の魂がずっと傍にいるような気がして、そんなに寂しくないんですもの」
「そうなんですね。でも、一人でこんな病院もスーパーもない場所に暮らしていると不便じゃないですか?定期便もないでしょう?」
朱里の質問に、礼子が笑みを浮かべながら答える。
「そうね、ここにはお店もないし、病院だってありませんわ。でも、電気は自家発電がありますし、電話線が一本だけ繋がっているの。だから、緊急の時は電話をかけることはできるし、ここから近い港の漁師さんに何人か知り合いがいるから、物資も電話で頼めば立ち寄って届けてもらえるから、困りませんわ。それにお恥ずかしながら、わたくしずっと主婦として家の中だけで生きてきたので、ちょっと人見知りなんですの」
恥かしそうに礼子が瞳を伏せる。人見知りとは思えない愛想のよさだから、人見知りと本人から申告されても嫌な感じはなかった。
偏屈さはなく、むしろ態度は奥ゆかしいように思えて好感がある。
でも、少し引っかかる。なんだか、あまりにも親切すぎないだろうか。
仮にも自分の家に勝手にあがりこんでいた不法侵入者である自分たちを夕食に招待するなんて、世間知らずというか、警戒心がなさすぎるというか。
晋は一人、考え込みながら食事をしていた。
テーブルの上にはちょっとしたペンションのような豪華な食事。自分達七人と自分の分の料理を作るのは大変だっただろう。
よく材料がそろっていたものだ。
こんな場所だから、買いだめしていたのだろうか。それにしても、老人一人で暮らしているにしては大きな肉の塊だ。
八人分のローストビーフを作れるほど牛肉を保存していたのか。
皿の上、真っ赤な血を滴らせるローストビーフが、急に美味しそうな食事ではなくて不気味な肉塊に見えてきた。
疑り深いのは悪い癖だ、妙なことを考えるのはよそう。晋は小さく息を吐き出すと、ローストビーフを口に運んだ。
「あの、勝手にお宅に上がってごめんなさい」
八重子が慌てて頭を下げると、礼子はたおやかに微笑んだ。
「かまいませんわ。わたしく、人見知りだけど、若い方とたまに喋るのは大好きなの。寂しいから、ときどきはこうやって賑やかに過ごしたくなるのよ。でも、こんな生活をしているからお友達はいないし、かといって本島に行って喋り相手を見つけるのもおっくうですから、こうやって思いもよらない可愛いお客さんが来て下さって、心から喜んでいますの。変わったお家もちょっとだけ自慢ですしね。ゆっくりなさって」
「ありがとうございます」
「それより、みなさんはこんな島へ旅行かしら?」
「ええ、まあ。ごめんなさい、無人島と聞いていたので、誰も住んでないと思って、勝手にお宅に上がってしまって。鍵も開いていたので。八重子だけじゃなく、私からも謝らせて下さい。本当になんてお詫びしたらいいか」
礼儀正しく朱里が頭を下げる。
「言いだしっぺはオレなんです。すみませんでした。四国の下の方に地図にも載っていないような無人島があって、そこには怪しい洋館があってバケモノが棲んでいるなんて噂があるんですよ。オレはミステリー研究部に所属していて、無人島の化け物屋敷の話が本当か検証をしたいって、旅行する計画を立てたんです」
時夜も朱里と一緒に頭を下げた。
ふつうの人間なら相手が大学生のような子供であろうと、勝手に家に侵入されて探検されたのだから、怒り狂うだろう。
だが、不法侵入されたにも関わらず、礼子は相変わらず優しく笑っている。
「いいんですよ。みなさんみたいなお若い方とお話しするのなんて、久しぶりで嬉しいくらい。ねえ、もしよろしければここに泊まっていらして。ゲストルームはたくさんありますし、今日、島の外から一週間分の食料を仕入れたばかりだから。ね、どうかしら」
礼子の申し出にみんな顔を見合わせた。
こんな大勢で泊めてもらうなんて、いくら部屋があろうが流石に申し訳ない。
それに、なんとなくここは不気味だ。
某有名な幽霊屋敷をモチーフにした奇妙な建築だからというわけだけではない。ここには、異様な気配を感じる。なんとなく、視線がまとわりついているようだ。
晋は独断で「けっこうです」と断ろうとした。しかし、時夜が先に「ぜひ!」と答える。
晋は眉を顰めて時夜を見た。
「おい、時夜。迷惑だろう?ちゃんとテントも持ってきたし、泊めてもらわなくても平気だろう」
晋は礼子の方に顔を向けると、小さく頭を下げた。
「申し訳ありません、俺達は食事が終わったら帰りますので」
「あらあら、遠慮はなさらないで。どうぞ、泊まっていらして」
「晋、せっかく誘ってもらったんだし、固いこと言わずに泊めてもらおうぜ。はい、賛成の人手を挙げて」
時夜に言われて、まっさきに美沙が元気よく手を挙げた。
「はーい、アタシは大賛成っ」
「私はどちらでもいいけど、みんなが泊まりたいなら賛成よ」
「ボクも虫が出そうな野宿より屋敷の方がずっといいと思うね」
間髪入れずに、朱里と和樹が時夜の意見に賛同する。それを見た圭吾は「俺はどっちでもいいからみんなに合わせるよ」と適当に同調した。八重子も小さな声で、「私もみんなと同じ意見で」と消極的に賛成した。
「じゃ、決定~。礼子さん、すんませんけどよろしくお願いしまーす」
軽い口調で時夜が礼子に頭を下げる。
意見には賛成ではなかったが、自分一人が反対しても無意味なので、晋も大人しく一晩泊めてもらうことにした。
この屋敷には二つベッドが置かれた洋室が五つもある。べつにペンションや旅館経営をするつもりでたてたわけではないというのに妙だけど、晋以外はそんなこと少しも気にならないようで、どの部屋を使いたいかという討論に忙しい。
晋と時夜、圭吾と和樹、美沙と朱里、そして八重子が一人という部屋割で泊まることになった。
家主である初老の婦人に勧められて、七人は席に着いて食卓を囲んだ。
「改めまして。わたくし、この屋敷に住んでいる者でして礼子(れいこ)と申します。あんまり広いから、使う部屋しかお掃除してなくって。埃っぽくてごめんなさいね」
「いえ、そんな。すみません、食事の用意なんてしてもらって。にしても、ここ、変わった家ですね。俺、こんな家初めて見ました」
圭吾が不思議そうに辺りを見回すと、礼子は照れた表情になる。
「お恥ずかししいんですけど、主人がウィンチェスター屋敷に憧れていまして」
「ウィンチェスター屋敷とは、あのカリフォルニア州にあるあのサラ・ウィンチェスターが建てた幽霊屋敷のことですね」
自慢げな顔で和樹が口を挟む。礼子はそれに丁寧に頷きながら話を続けた。
「ええ、よく御存知で。博識でいらっしゃるのね。ウィンチェスター屋敷みたいな変わった屋敷に住みたいと、主人が別荘としてこの孤島に家を建てたんです。定年後に本土の家を売り払って、ここで二人きりで暮そうなんて約束をしていまして」
「へえ、そうだったんですね。孤島に二人きりなんてロマンチック。じゃあ、旦那さんと二人で暮してるんですか?」
うっとりした顔で尋ねた美沙に、礼子は柔らかな顔で緩く首を横に振る。
「いえ主人は数年前に病気で他界しまして。不便なんですけど、主人との思い出を忘れられずにわたくし一人でこの家に暮らしているんです」
「あ、ごめんなさい。アタシったら無神経なこと聞いちゃって」
美沙が気まずそうな顔をすると、礼子はおっとりと微笑んだ。
「いいんですよ。わたくしにはこの家にいると亡くなった主人の魂がずっと傍にいるような気がして、そんなに寂しくないんですもの」
「そうなんですね。でも、一人でこんな病院もスーパーもない場所に暮らしていると不便じゃないですか?定期便もないでしょう?」
朱里の質問に、礼子が笑みを浮かべながら答える。
「そうね、ここにはお店もないし、病院だってありませんわ。でも、電気は自家発電がありますし、電話線が一本だけ繋がっているの。だから、緊急の時は電話をかけることはできるし、ここから近い港の漁師さんに何人か知り合いがいるから、物資も電話で頼めば立ち寄って届けてもらえるから、困りませんわ。それにお恥ずかしながら、わたくしずっと主婦として家の中だけで生きてきたので、ちょっと人見知りなんですの」
恥かしそうに礼子が瞳を伏せる。人見知りとは思えない愛想のよさだから、人見知りと本人から申告されても嫌な感じはなかった。
偏屈さはなく、むしろ態度は奥ゆかしいように思えて好感がある。
でも、少し引っかかる。なんだか、あまりにも親切すぎないだろうか。
仮にも自分の家に勝手にあがりこんでいた不法侵入者である自分たちを夕食に招待するなんて、世間知らずというか、警戒心がなさすぎるというか。
晋は一人、考え込みながら食事をしていた。
テーブルの上にはちょっとしたペンションのような豪華な食事。自分達七人と自分の分の料理を作るのは大変だっただろう。
よく材料がそろっていたものだ。
こんな場所だから、買いだめしていたのだろうか。それにしても、老人一人で暮らしているにしては大きな肉の塊だ。
八人分のローストビーフを作れるほど牛肉を保存していたのか。
皿の上、真っ赤な血を滴らせるローストビーフが、急に美味しそうな食事ではなくて不気味な肉塊に見えてきた。
疑り深いのは悪い癖だ、妙なことを考えるのはよそう。晋は小さく息を吐き出すと、ローストビーフを口に運んだ。
「あの、勝手にお宅に上がってごめんなさい」
八重子が慌てて頭を下げると、礼子はたおやかに微笑んだ。
「かまいませんわ。わたしく、人見知りだけど、若い方とたまに喋るのは大好きなの。寂しいから、ときどきはこうやって賑やかに過ごしたくなるのよ。でも、こんな生活をしているからお友達はいないし、かといって本島に行って喋り相手を見つけるのもおっくうですから、こうやって思いもよらない可愛いお客さんが来て下さって、心から喜んでいますの。変わったお家もちょっとだけ自慢ですしね。ゆっくりなさって」
「ありがとうございます」
「それより、みなさんはこんな島へ旅行かしら?」
「ええ、まあ。ごめんなさい、無人島と聞いていたので、誰も住んでないと思って、勝手にお宅に上がってしまって。鍵も開いていたので。八重子だけじゃなく、私からも謝らせて下さい。本当になんてお詫びしたらいいか」
礼儀正しく朱里が頭を下げる。
「言いだしっぺはオレなんです。すみませんでした。四国の下の方に地図にも載っていないような無人島があって、そこには怪しい洋館があってバケモノが棲んでいるなんて噂があるんですよ。オレはミステリー研究部に所属していて、無人島の化け物屋敷の話が本当か検証をしたいって、旅行する計画を立てたんです」
時夜も朱里と一緒に頭を下げた。
ふつうの人間なら相手が大学生のような子供であろうと、勝手に家に侵入されて探検されたのだから、怒り狂うだろう。
だが、不法侵入されたにも関わらず、礼子は相変わらず優しく笑っている。
「いいんですよ。みなさんみたいなお若い方とお話しするのなんて、久しぶりで嬉しいくらい。ねえ、もしよろしければここに泊まっていらして。ゲストルームはたくさんありますし、今日、島の外から一週間分の食料を仕入れたばかりだから。ね、どうかしら」
礼子の申し出にみんな顔を見合わせた。
こんな大勢で泊めてもらうなんて、いくら部屋があろうが流石に申し訳ない。
それに、なんとなくここは不気味だ。
某有名な幽霊屋敷をモチーフにした奇妙な建築だからというわけだけではない。ここには、異様な気配を感じる。なんとなく、視線がまとわりついているようだ。
晋は独断で「けっこうです」と断ろうとした。しかし、時夜が先に「ぜひ!」と答える。
晋は眉を顰めて時夜を見た。
「おい、時夜。迷惑だろう?ちゃんとテントも持ってきたし、泊めてもらわなくても平気だろう」
晋は礼子の方に顔を向けると、小さく頭を下げた。
「申し訳ありません、俺達は食事が終わったら帰りますので」
「あらあら、遠慮はなさらないで。どうぞ、泊まっていらして」
「晋、せっかく誘ってもらったんだし、固いこと言わずに泊めてもらおうぜ。はい、賛成の人手を挙げて」
時夜に言われて、まっさきに美沙が元気よく手を挙げた。
「はーい、アタシは大賛成っ」
「私はどちらでもいいけど、みんなが泊まりたいなら賛成よ」
「ボクも虫が出そうな野宿より屋敷の方がずっといいと思うね」
間髪入れずに、朱里と和樹が時夜の意見に賛同する。それを見た圭吾は「俺はどっちでもいいからみんなに合わせるよ」と適当に同調した。八重子も小さな声で、「私もみんなと同じ意見で」と消極的に賛成した。
「じゃ、決定~。礼子さん、すんませんけどよろしくお願いしまーす」
軽い口調で時夜が礼子に頭を下げる。
意見には賛成ではなかったが、自分一人が反対しても無意味なので、晋も大人しく一晩泊めてもらうことにした。
この屋敷には二つベッドが置かれた洋室が五つもある。べつにペンションや旅館経営をするつもりでたてたわけではないというのに妙だけど、晋以外はそんなこと少しも気にならないようで、どの部屋を使いたいかという討論に忙しい。
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