夜鴉

都貴

文字の大きさ
15 / 70
第二章 真夏の再会

過去夢②

しおりを挟む
 光季は自分の絶叫で目を覚ました。
 窓から柔らかな金の光が差し込み、雀の囀ずりが聞こえる。

 大丈夫、現実に戻ってきた。

 ほっと息を吐き、呼吸を整えながらスマホの画面に触れる。
 八月十三日、姉の命日まであと二日だ。

 夢で美咲が言った言葉が鮮烈に耳の奥に残っている。
 先月、夢魔の夢の中でも聞いた言葉。

 おれが姉ちゃんを殺した。そんな、まさかな。

 姉は交通事故で死んだ。姉を殺したのは車の運転手であり、自分ではない。姉が轢かれた現場に自分はいなかったから、間接的に姉の死の原因になることさえ不可能なはずだ。

 あの日、姉が車に轢かれたと連絡を受けて慌てて病院に駆けつけた。

 そのはずなのに、何故か救急車のくるくる回る赤いランプを間近で見たような気がする。
 この矛盾はなんだろうか。記憶が曖昧ではっきりとしない。

「やめやめ。朝っぱら考えることじゃねーよ」

 思考を止め、光季は一階に降りた。

「おはよう、光季。夏休みなのに早いのね。今日も仕事なの?」

 エプロン姿でオープンキッチンに立っていた母の美奈子が、心配そうにこちらを見る。
 光季はへらりと人懐っこい笑みを浮かべた。

「おはよ、母さん。今日も任務入っててさ。九時前に家を出るから」
「大変ね。お仕事がんばってね。朝食できてるわよ」

 テーブルには好物のフライドチキンが並んでいた。
 ここ最近仕事や訓練で忙しくして家で食事をとる機会が少なかった息子のためにはりきって作ったのだろう。
 朝だし夏バテ気味で食欲はあまりなかったが、光季は笑顔でチキンを頬張った。
 嬉しそうな息子を見て上機嫌な母に、光季は密かに苦笑する。

 台所仕事を終えた美奈子が向かいに座った。
 美咲の死について詳しく聞いてみたい気がしたが、母の前、いや、家で亡き姉の話をするのはタブーとなっている。

 やっぱり母に姉のことを聞くべきではない。愛する娘を失った悲しみを思い出すことは、母にとっては不幸なことなのだから。

 光季は黙って食事に集中した。

 美奈子は相変わらず、前に座ったまま笑みを浮かべている。
 母が他愛のないことを話すのを聞きながら、愛想よく相槌を打った。

 ボリュームがありすぎる朝食をなんとか平らげると、はやばやと家を出た。
 玄関を出る直前、靴箱の上に置かれた写真立ての中で笑う美咲と目があった気がした。




 基地に向かう途中、響の家の前で彼に会った。

「おはようございます、響さん」
「おはよう、光季。お前も招集がかかっているんだったな。乗れよ」

 車のキーを手に、響が車庫に停まった彼の愛車のアテンザを指差す。
 まだ二十歳で大学生の響が高級車に乗れるのは、もともと裕福な家庭だからというだけではなく、彼が率いる響隊も夜鴉の式神だからだ。

 夜鴉は隊員のモチベーションを保つため、働きに応じて高い給料が支払われる究極の実力主義だ。
 一般兵よりも優れた式神と認定された七部隊は普段の巡回任務に加えて特務もこなし、けっこうな稼ぎとなる。

「ありがとうございます」

 光季はアテンザの助手席に乗り込んだ。車が滑らかに走り始める。
 炎天下の中、涼しくて乗り心地のいい車で通勤できるのは最高だ。

「ねえ、響さん。おれの姉ちゃんのことなんだけどさ」

 他愛のない会話が途切れた拍子にふと切りだした話題に、いつも冷静な響の眉が僅かに動いたのを光季は見逃さなかった。
 まずい話題かもしれない。でも、聞かずにはいられない。

「姉ちゃんって事故で死んだんだよね?おれさ、犯人の顔見たことないし、犯人に会ったことない気がするんです。響さんはさ、犯人について知ってる?」

「いや、知らない。轢き逃げで犯人は捕まってない」

「そうだっけ。事故の話さ、うちの両親はぜったいしてくれないから。そんなに昔のことじゃないのに、おれ、事故のことよく覚えてない。おれが中一の時だから三年前の夏だよね。なのに、ほとんどなにも覚えてなくってさ」

「ショックなできごとだったから、無理もないさ」

 響の青い瞳に暗い影が落ちる。
 彼にこれ以上美咲のことを聞くのは酷だろう。

「響さんはさ、なんで夜鴉にはいったんだっけ?」
「なんだ、いきなり」

「いや、気になっちゃってさ。響さんって非日常のスリルを味わいたいタイプじゃないでしょ。かといって正義の味方ってガラでもないしさ。どっちかっていうと魔王タイプじゃんか」

「魔王タイプってなんだ。まったく、失礼な奴だ」

「ははっ、冗談ですよ。響さん、顔はこえーけど実は優しいとこあるし。でもさ、武志さんや朝比奈さんみたいに、みんなを守らなきゃってタイプじゃないでしょ」

「そうだな。俺は博愛主義じゃねえ。俺以外の人間のことなんざ、知ったことじゃない。俺が夜鴉に入隊したのは、守りたい奴がいたからだ」

 もし自分が女だったら響に惚れていたかもしれないくらいかっこいい台詞だが、過去形であることに哀愁を感じて、胸が小さく痛んだ。
 彼が守りたい奴というのは、もしかすると美咲のことなのかもしれない。

「あんたさ、その顔でその台詞はずるいでしょ。いいよな、響さん、どうせ女子にモテモテなんでしょ」

 にやりと笑ってわざと明るく茶化すと、響が口元を緩めた。

「まあな。女にもてる容姿だという自覚はある。きゃあきゃあ寄ってきて鬱陶しいと思うがな。可能ならお前に顔をやってもいいぐらいだ」

「うわっ、もてる男の台詞。そんなこと言ってると、友達逃げてきますよ。ただでさえ冷酷そうで迫力のある顔してるんだからさ」

「ふん、友人なんざ俺には必要ない」

 響の言葉に光季が笑い声をあげる。つられたように、響も低い声で笑った。

 くだらない会話をしている内に、車が基地に着いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...