夜鴉

都貴

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第五章 音無の村

苦悩②

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 望まなくても朝はやってくる。窓から差し込む朝陽を光季は恨めしげに睨んだ。

 暫く布団に包まっていたが、どうせ起きなくてはならないと考え直し、光季はもそもそとベッドから這いだした。

 何も聞かなかったふりをして、いつもどおりの人懐っこい息子の顔で朝食の席に着いた。
 豆腐とワカメの味噌汁、卵焼き、アジの開き、ほうれん草のおひたし。
 専業主婦の母が作る料理はいつだって手抜きなしだ。

「おはよう、光季」

 いつもどおりの顔で父と母が笑う。光季も笑顔で挨拶する。
 温かい食卓を家族全員で囲う。
 光と笑顔が溢れるダイニングは、絵に描いたように完璧な家庭そのものだ。

「夜中に帰ってきていたなんて知らなかったわ。起こしてくれたらよかったのに。お夕飯、ちゃんと食べたの?」
「うん、外で食べた。ちゃんと連絡しなくてごめん」

「いいのよ。光季はお仕事で忙しいもの。体を壊さないように気をつけてね。きちんと基地で食事をとっているの?光季は痩せすぎてるから、しっかり栄養とらないと。昨日の残りものだけど、大好きなフライドチキンよ。たくさん食べてね」

 にこにこ笑いながら美奈子が光季の前に温めたフライドチキンを置いた。
 朝から揚げ物を食べる元気なんてなかったが、光季は笑顔でチキンを頬張った。

「ありがと、母さん。うん、おいしい」

 両親の笑顔に見守られながら、光季は熱々のチキンを齧った。
 まるで三流の芝居みたいだ。

 昨日聞いてしまったことをぶちまけてみようかと思ったが、母も父も穏やかな家族であることを願っているのがわかっていたし、波風を起こすのは面倒だからやめた。

 朝食を残さないよう無理に胃に詰め込むと、光季は早々に学校に向かった。

 胸のむかつきを堪えて駅に向かう道中、いつもより早い時間だったにも関わらず、陽平に出くわした。
 彼にだけは気を遣う必要がない。

 元気よく声をかけてきた陽平に、光季は遠慮なく不機嫌を露わにした顔を向けた。

「なんだよ、光季。朝っぱらから機嫌ワリィな。便秘か、それとも腹下したか?」
「ばか、ちげーよ。朝から汚ねーこと言うなよ」

 能天気な笑顔を睨みつけると、光季は陽平を突き放すように大股で歩いた。
 しかし、歩く速度は陽平の方が速い。すぐに定位置の間隣に並ばれた。

 陽平の黒目がちな紫黒の瞳がじっとこちらを窺っている。
 居心地が悪くてあからさまに顔を背けると、回り込むようにして顔を覗き込まれた。

「なんかあったのか?」

 陽平に尋ねられて、光季は「べつに」と素っ気なく顔を逸らす。
 陽平がいつもと変わらない調子で他愛もない話をはじめた。

 どうしても気分が上がらず、光季は陽気な声を右耳から左耳に流した。
 かなり気のない返事をしていた自覚はあったが、陽平はめげずにずっと一人でしゃべり続けていた。
 そのおかげか、少しだけ気が紛れた。

「なあ光季、屋上行こうぜ」

 教室に着いて鞄を置くなり、陽平が言った。

「やだよ。外さみーし、動きたい気分じゃねーもん」
「いいから行こうぜ」

 陽平に手を引っ張られて光季は廊下に出た。
 冷気に襲われたが、熱の塊みたいな陽平の手から温かな体温が伝わってきて、それほど気にならなかった。

 屋上の空気は澄んでいた。ひといきれで淀んだ教室の空気と違い、清々しく美味しい空気だ。

 光季は思わず深呼吸する。

 風は凪いでおり、めいっぱい太陽の光に晒されて温まった地面からの熱気で、屋上はぽかぽかしていた。
 隣に立つ陽平が気持ちよさそうに伸びをした。
 つられて光季も上に伸びる。

「あー、あったけーな。屋上サイコー」
「呑気だな、おまえ。もうすぐ授業はじまっちまうぞ。戻ろうぜ、陽平」

「オマエって意外と真面目なとこあるよな。いいじゃん、たまにはサボろうぜ。それよりさ、昨日何かあったんだ
 ろ?繕ってもわかるぜ。話しちまえよ」

 嫌になるくらい鋭い男だ。隠しごとなんてできやしない。
 家庭の事情を他人に話したくないし、弱さを晒けるのも嫌だった。

 でも、陽平になら少しぐらい肩の荷を預けてもいいかもしれない。
 光季は深く息を吸い込んだ。

「昨日、母さんがおれが夜鴉で戦ってるのが嫌だって愚痴ってるの、聞いちまった」

 小さく拳を握り締めて地面を見詰めて呟く。

「おれ、夜鴉やめた方がいいのかな」
「光季、オマエは夜鴉やめてーのか?」

「やめたくねーよ。楽しいし。でも、親を心配させてんのに、そんな自分勝手な理由で仕事続けてていいのかな」

「いいに決まってんじゃん。オマエの人生だぜ、オマエが後悔しないようにしろよ」

 不意に陽平に肩を抱かれた。
 俯けていた顔を上げると、眩しい夏の日差しのような笑顔がすぐ傍にあった。

「そっか。そうだな、サンキュ」

 光季は強張っていた顔を綻ばせる。

 荒れていた気持ちがだいぶと落ち着いた。
 なんだか気が抜けて、屋上に大の字に寝転がった。陽平も同じように隣に寝転んだ。
 二人して空を見上げる。

 冬の空は高くどこまでも透明だった。

 予鈴が学校に響き渡った。あと五分で一限目の数学が始まる。

「おまえは教室に戻れよ、陽平」
「つれないこと言うなって。オレにも昼寝させろよ」
「これ以上ばかになったらどうすんだよ。バカだから留年すんぞ」

「ふはっ、ヒデェな。留年しねぇように、光季がちゃんと勉強教えてくれるから大丈夫だぜ。頼んだ」

「しょうがねえな。おまえに先輩とか言われたくねーし、ちゃんと教えてやるよ」

 二人の明るい笑い声が屋上に響いた。

 一限目の数学を屋上でサボり、二限目が始まる前に光季と陽平は教室に戻った。

 普段と変わらない高校生活を送っているうちに、沈んでいた気分は晴れていった。
 お昼休みになる頃にはすっかりいつも通りの自分に戻っていたが、放課後に近付くにつれて、うっすらと憂鬱な気分に浸食された。

 運悪く今日は非番だ。
 陽平も非番なので、彼と一緒にカラオケにでもいこうかと考えていたら、虎徹から電話がかかってきた。

「はい、水瀬です」
「よう、水瀬。急な任務の依頼がはいった。六時に基地の作戦室に集合しろ」

 光季が電話に出ている間に、陽平にも電話がかかってきていた。
 話し終えた陽平が、光季に顔を向ける。

「特務が入ったぜ。呼び出されたのは、如月隊、神前隊、朝比奈隊みたいだぜ」
「おまえの隊と合同か。どんな仕事だろうな?」
「さあな。それは基地に着いてからのお楽しみじゃね?」
「そうだな」

 光季と陽平は軽やかな足取りで基地に向かった。


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