夜鴉

都貴

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第五章 音無の村

神隠しの村②

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 真夜中にでかけるのは巡回任務で慣れているけど、夜行バスに乗るのは初めてなのでワクワクする。
 遊びではなく仕事だというのに、光季は浮かれた気分で基地に集合した。

 スポーツバックには五日分の着替えやお菓子が詰まっていて、ズシリと重たい。

「よし、みんな揃ったな。では気を付けて任務にあたってくれ」

 狭霧は如月隊、神前隊、朝比奈隊を見送ると、運転手に頭を下げてその場を離れた。

「光季、となり座るぜー」

 後ろの方に座った光季の隣に、陽平が腰を降ろした。
 少し遅れて入ってきた慧士が、じろりと光季を睨む。

「どいてくれ、水瀬。陽平は私のチームだ、隣には私が座る」

「別に隊で座んなくてもいいんじゃね?ワリィな、慧士。今回は沙奈と座ってくれよ」

 手を合わせて謝る陽平に対して小さく鼻を鳴らすと、神前慧士かんざきけいしは陽平の後ろの窓側に座った。
 沙奈がその隣にちょこんと座る。

「ごめんね、慧士くん。陽平と光季は昔から二人でつるんでるの。私はいつも置いてけぼり。でも今は慧士くんがいるから寂しくないね」

 可憐な笑顔を浮かべた沙奈に、慧士が顔を真っ赤にしながら、眼鏡を直す。

「ラブラブだな、お二人さん」

 陽平がニヤリと笑いながらからかうと、沙奈は舌を出してそっぽを向く。

 遠足のような雰囲気に、要が「賑やかでいいな」と鷹揚と笑った。
 光季は何気なく乗客の顔を見回す。

 バスの中で成人しているのは、大学生の虎徹と武志、運転手の男だけだ。

 こうして見ると改めて思うが、夜鴉は変な組織だ。

 戦場に赴く兵士の殆どが少年少女や二十代の若者なんて、倫理的にどうなのだろうか。

 戦う時は死なない霊体に換装しているとはいえ、換装が解ければ死に直結する。
 選ばれた七部隊の式神ともなれば、船に乗って危険が潜む未知の異界に行く、渡界という極秘任務にも参加する。

 ふと、初めて渡界に参加する時に狭霧が言ったことを思い出した。
 生きて帰れる保証はない、覚悟を決めておいてくれ。
 死ぬかもしれないという事実を突き付けられて、ほんの少し光季はビビって家を出た。

 結局一度目の渡界は人間に対して友好的な妖怪との会商だけで終わったので死に直面することはなかった。

 それ以降の渡界では人間界の征服を目論む過激派の連中に奇襲をかけたり、情報と引き換えに穏健派の妖怪の援護で戦場に出たりもしたが、周りが虎徹や優などの実力者ばかりだったので、危なげなく無事に帰ってこられている。

 普段の巡回任務でも命の危機を感じたことはなく、ゲーム感覚で任務をしているので気付かずにいるが、自分達は生と死の境界線という薄氷の上に立っているのだ。

 未成年は犯罪者ですら手厚く保護される日本では、少年少女が命懸けで戦う夜鴉は異色の組織だ。

 近隣の市町村からは、未成年者を戦わせる夜鴉を疑問視する声があがっているらしいが、不思議と六堂市では反対意見は聞かない。

 それはきっと、戦ってくれる者がいなくなったら、自分達の安全が脅かされるからだろう。

 若者ばかりに戦わせて、自ら戦わない大人を卑怯だという人もいるが、光季は戦う対価として金を受け取っているのだから、文句を言えないと思う。
 除隊に際して厳しい規則はなく、辞めたい人は好きにやめられる。

 結局、危険の中に身を置いているのは自己責任であり、夜鴉は変わった組織だと思えど、倫理観がないと咎める気はない。
 それに自分自身は夜鴉の兵士として戦うことが楽しい。
 密かに心配している母には悪いけれど今のところ辞める気はない。

 ぼんやりしている間にバスが走りだした。ネオンがポツポツ浮かぶ市街を抜けて、山道に入る。
 音無村は六堂市より随分と田舎で、山の中にあると聞いている。

「人が消える事件っていうのも変だけど、ゆったりライフツアーってのも変だよな」

 ポツリと陽平が呟いた。光季は窓から視線を外して、陽平を見る。

「非行少年やひきこもりが音無村の保養所で農業しながらゆったり暮らして、社会復帰に臨むツアーだっけ?人生の再出発ツアーとか言ってたな。確かに変なツアーだよな。でも今時っぽいっちゃ今時っぽいだろ?」

「俺もそう思います」

 通路を挟んで陽平の隣に座っていた京弥が会話に加わった。

「子供は塾だ習いごとだと忙しいし、大人も追われるように仕事をしている。心が休養を求めてるんじゃないですかね。俺も休みたいです」

 休みたいと弱音を吐いた京弥が光季は心配になった。
 窺うように蔦色の瞳を覗き込む。

「京弥、疲れてんの?虎徹さんがどかどか任務入れるから休みすくねーもんな。しんどい時は休んでいいんだぞ。おれ、おまえの分も働くからさ」

「大丈夫です、水瀬先輩。別に疲れているわけじゃないので。ただちょっとヒマ人生活をしてみたいと思っただけです。日本人って働き過ぎですよね。ヨーロッパとかに行って、スローライフを満喫してみたいです」

「あー、それおれも思う。俺達、学校に仕事にがんばってるよな」

 陽平の肩越しに京弥と顔を見合わせて光季は笑った。京弥の隣に座っている武志が酷く不安げに弟の横顔を見ているのが目に入った。

 京弥は真実でも嘘でも無表情で言うから、何が本気で嘘か解らない時がある。
 弟は何があっても相談してくれない、兄として頼られていないのだと、以前、武志がぼやいていたのを光季は思い出した。

 何か言いたげな武志と目があったが、声を掛ける前に視線を逸らされてしまった。



 バスが蛇腹道を進んでいく。
 肩にのしかかる重みで光季は目を覚ました。

 横を見ると、凭れかかっている陽平が呑気な顔で爆睡していた。

 陽平と話していたはずだが、ゆったりとした振動に眠気を誘われていつの間にか眠ってしまっていたようだ。
 バスの中は静まり返っており、そこら中で寝息が聞こえている。
 みんな眠っているようだ。

 もう一眠りしようと目を閉じかけた時、低いハニーボイスに話しかけられた。

「水瀬。オマエは今回の特別任務、乗り気か?」

 前に座っていた虎徹が身を乗り出してこちらを見る。

「乗り気もなにも、仕事は仕事でしょ?でもまあ、遠出できるのは楽しいかも」

「俺は退屈だ。事件は妖怪の仕業と決まったわけじゃない。人間の仕業の可能性もある。
 戦わない任務なんてつまらないだろう?
 行き先がモラトリアムに逃げている奴らの楽園っていうのも嫌だ。
 被害者面して俺には休養が必要なんだと主張する奴らの顔なんざ、見ているだけで腹が立ちそうだ。切り刻みたくなる」

 悪びれもせずにカラカラと笑いながら言ってのけた虎徹に、光季は少し困惑した。

 虎徹は響と同じく人間嫌いを思わせる言動をすることがある。
 今だって顔は不敵に笑っているが、心底腹立たしげな色を滲ませていた。

「虎徹さんは、人助けは嫌いですか?」

「嫌いだね。俺が好きなのは戦うことだけだ。他には興味がない。水瀬、世の中夜鴉に好意的な連中ばかりじゃないぜ。人助けで戦うのは得策じゃない。腹立たしくなるばかりだ」

「その点は大丈夫です。俺が戦ってるのは、自分のためだから」

 光季の答えに、虎徹が満足げに目を細めた。

「そうか。そうだろうな。だから俺はオマエを選んだ。戦いが好きなヤツじゃなきゃ、俺の部下は務まらない。ふむ、俺の目に狂いはないようだな」

 虎徹は一人で納得して笑うと、前を向き直って眠ってしまった。



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