夜鴉

都貴

文字の大きさ
46 / 70
第五章 音無の村

正体②

しおりを挟む
 勝てないのは悔しいが、通信で呼んだ他の隊員がくるまでの時間を稼げればそれでいい。

「待たせたな、水瀬くん、日向くん」

 手に深紅の炎を灯した要が温羅に不意打ちで殴りかかる。
 炎の推進力で繰り出された素早く重いパンチが温羅の顔面にまともに入った。

 だが逞しい肉体の温羅はその場に踏みとどまり、要にカウンターパンチを見舞う。
 要は腕を交差させてパンチをガードしたが、怪力に押し負かされて立った姿勢のまま五メートル程後ろに飛ばされた。

「大丈夫か、要」

 カットラスを構えた優が要の横に並ぶ。
 要は爽やかな笑顔で「平気だ」と応えた。

「退け、日向。俺にやらせろ」

 疾走してきた虎徹が陽平をひらりと飛びこして温羅に切りかかった。

 金砕棒を横なぶりにして温羅が虎徹を襲うが、虎徹は空中で身を捻って棒を避け、地面に着地すると同時に大きく踏み出した。白刃が鬼の腕を深く抉り、赤い血が地面を濡らした。

 さすがは虎徹さん。光季は惚れ惚れするような虎徹の剣戟に笑みを浮かべる。
 しかし、当の本人は若干不満そうだ。

「へえ、堅いな。俺の刃が直撃しても落ちないとは、切りごたえがありそうだ」

 虎徹の灰色の瞳がギラリと妖しく輝く。温羅に負けないくらい獣じみた顔だ。
 敵ならばぞっとするが、味方だと頼もしい限りだ。

 光季は戦場を見渡した。阿曽とは京弥と武志が対峙し、遠方から沙奈が弓で、慧士がライフルで援護をしている。
 温羅と対峙している虎徹たちの援護に回った方が戦力のバランスがよさそうだ。

 光季は光弾を浮かせた。

「そちらさんに不利な状況だぜ。二度とこちらの世界にこないと約束して降参するなら、両腕を落としてから大人しく異界に帰してあげるけど、どうする?」

 戦いながら優が温羅に交渉を持ちかける。

 戦況は誰がどう見ても温羅が劣勢だ。五体不満足になるとしても、死ぬよりは逃げ帰る方がましだろう。
 苦渋の選択ではあるが、光季ならば後者を選ぶ。

 しかし、温羅は優の言葉に耳を貸そうとはしなかった。

「我が人間などに屈するはずがないだろう。誇りを捨てるぐらいなら、死を選ぼう」
「そうだろうと思ったけど、いちおう交渉しただけだよ」

 木々を足場に温羅の上をとった要と陽平が温羅に襲い掛かる。
 二人が注意を引いている隙に、虎徹と優が足元に切りかかった。

 温羅が逃げられないよう、光季は背後から威力の高い光弾を飛ばして援護した。

 五人に一斉にかかられた温羅は、虎徹と優に脛を切りつけられて仰向けに倒れた。

 温羅の胸に飛びのり、優が野太い首にカットラスを宛がう。
 温羅が暴れないように、陽平が薙刀で右手を地面に縫い付け、虎徹が日本刀で左手を突き刺した。

 標本のように地面に縫い付けられた温羅の金の目が、憎々しげに光季達を見回した。

「さて、喋ってもらおうか。アンタらは人間を喰うために攫ったのか? まさか、全員食べたわけじゃないよね、この村で攫った他の連中はどうした?」

 いつもの飄々とした笑みを潜めさせ、冷酷な眼差しで優が温羅を見下ろす。

 優の鮮やかな翡翠色の瞳が、夜の森のように薄暗い鈍い輝きを放っていた。

 普段の彼とはまるで別人のようだ。
 温羅が答えなければ優は本気で首を落とすつもりなのだろう。

 温羅も刃が単なる脅しでないと気付いたようで、自供を始めた。

「村で攫った連中は依頼主に届けた。食ったのはほんの三人だ。
 腹が無性に空いたから使いものにならなさそうな人間を選んで食べただけに過ぎぬ。
 我の好物はいきのよい人肉でな。食欲を刺激する香りに勝てなかった」

 死よりプライドを選んださっきまでとは真逆の従順な態度が腑に落ちない。
 光季は薄気味悪さを覚えた。

 尋問をする優もなにか引っ掛かるのか、怪訝な表情だった。

「依頼主はだれ?」
「聞いてどうする?知っても意味などないだろう」
「いいから答えろ。状況、わかってるでしょ?答えなかったら即アウトだよ」
「仕方がないな。依頼主は我が友、大嶽丸だ」

 光季はびくりと肩を揺らした。

 大嶽丸、姉の仇の鬼。
 まさか奴の名前を聞くとはおもっていなかった。

 温羅に大嶽丸について聞きたかったけれど、口を挟む隙がない。

 無理やり質問を挟んでみようか。
 いや、やめておこう。
 弟の仇打ちに燃える文也と違って、自分は復讐なんて考えていない。
 聞いてもどうしようもない情報だ。大嶽丸のことを考えるだけ時間の無駄だ。

 光季の一人問答をよそに、優が尋問を続ける。

「なんで精神科医のふりなんてしていた?一件目と二件目は抵抗した形跡がなかったらしいけど、どうやって一度に何人も無抵抗で攫った?」

「クク、人間は脆い。甘言に騙され容易く闇に落ちた。精神科医、なかなか愉しい仕事だった。だが、そろそろ潮時のようだ」

 意味深な台詞に優が警戒心を高めてカットラスを握る手に力を入れかけた時、パシャリと間抜けなシャッター音が響いた。

「はははっ、スゲーや。夜鴉の仕事現場、激写ってか?」

 引き攣った笑いを浮かべてスマホを構えていたのは、北村だった。

 異空間に取り込まれたということは、不運にも、北村は常人よりも霊力が高かったようだ。

 夜鴉の注意が北村に向いた一瞬の隙に、温羅を案じて動きを止めていた阿曽が姿を消す。

「しまった、阿曽が消えたぞ!」

 武志が警戒を促す。夜鴉が阿曽を見つけるよりも先に、阿曽は北村に近付いて彼をはがいじめにした。
 人間の肉体は霊体や妖怪よりも格段に脆い。かなり不味い状況だ。

 優の注意が僅かに温羅から逸れた。
 豪快な立ち回りに反して精神科医をやってのけるほどの繊細さがある温羅が、その隙を逃すはずがない。

「さがれ!」

 鋭く優が叫ぶ。温羅を囲んでいた光季達は反射的に温羅から離れた。

 温羅の全身から炎が噴射されたのはそれとほぼ同時だった。
 あと少しでも優の警告が遅かったら、全員まともにくらっていただろう。

 突拍子もない予想外の攻撃に陽平が口笛を吹く。
 一見呑気に見えるが、口元の歪な笑みを見ると、彼の米神に滲んでいる汗は熱気のせいだけではなさそうだ。
 かくいう光季も背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
 さすがは甲種の鬼といったところか。

 温羅の発した炎が地を這う。

 ここが異空間でよかった。戦いの最中に数メートル四方の焼け野原を作ったとなれば、どんな批判が待ち受けていたことか。

 厄介なのは妖怪だけではない。守られている市民も時には敵になる。

 妖怪を駆除すればそれでいいわけではない。守れなければ百点満点ではないのだ。
 被害があれば、それをもたらした妖怪よりも身近な夜鴉が悪者として槍玉にあげられる。

 光季は村に向かうバスの中で虎徹が呟いた言葉を思いだした。

 確かに、人助けで戦うのは得策じゃない。理不尽さに腹が立つだけだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

処理中です...