夜鴉

都貴

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第五章 音無の村

音無村

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 村長からの依頼は達成した。
 失踪事件の真相を突き止め、犯人を撤退に追いやった。

 攫われた人を探し出してくれという要求はなかったから、仕事はコンプリートだ。

 それなのに、光季の胸には空虚感がうっすらとあった。

 力なくその場に座り込んだ光季に、虎徹が近付いてくる。
 じゃり、と砂を踏む足音に光季は僅かに肩を揺らした。

 顔を上げると、混沌とした虎徹の灰色の瞳に、茫然とした顔の自分が映っていた。

 情けない顔だ。
 光季は虎徹から視線を逸らす。

「怒っちゃいねえよ。ただ、やっちまえばよかったのに、と思っただけだ」

 虎徹に乱暴に頭を撫でられ、光季は虎徹を見上げる。
 非難めいた顔をしているかと思ったが、意外にも彼は笑っていた。

 嘲笑ではない、ねぎらうような顔だった。

「こらこら如月さん。人質ごとやれなんて、アンタいたいけな少年にとんでもないこと言うねえ。
 オレたちは殺し屋じゃないんだよ。妖怪から町や人を守るのがお仕事であって、殺すことが目的じゃないでしょ」

 優が呆れ顔で虎徹を見た。虎徹は肩を竦ませる。

「ほう、優は行儀がいいな。戦っている時、俺と同じ顔をしている奴がよく言うぜ。それに俺は夜鴉の仕事は妖怪と戦うことだと思っているぜ。戦う理由は個人で違うだろう」

「そうかもしんないけど、部下にアンタの考えを強要しちゃだめだよ。あの場面では、光季は撃たなくてもいいし、撃てなくてもいいんだよ」

「そういうもんかねえ。ま、いいさ。村で起きた行方不明事件の真相はつきとめた。ミッション完遂ってわけだ。温羅と阿曽はまた攻めてくると思うか?」

「いいや。大嶽丸との密約で動いてただけみたいだし、攻めてくる意欲はなさそうだよ」

 優の言葉に要がほっとしたように笑った。

「それじゃあ、村長と本田所長に事件の詳細を報告して終了だな。連れ去られた人達のこともきちんと話さないと」

「オレも一緒に報告に行くよ、要。武志さんも来てくれる?高校生だけじゃ相手が納得しないかもしれないから、大学生の武志さんがいてくれた方がいい」

 優の言葉に、あまり活躍のなかった武志は少しほっとしたように笑った。

「ああ、わかった。任せてくれ」
「まあガキに任せられる仕事じゃないからな。俺も手伝ってやるか」

 虎徹も武志について行こうとする。
 優は手をふって、粗雑にそれを制した。

「ああ、虎徹サンはもう部屋に戻ってくれていいから」
「なんでだ?」

「やだなぁ、もう。解ってんでしょ~が。アンタがいたら丸く収まる話も爆発しちゃうからね。ジャマしにこないでってこと。光季たちを部屋まで送ったら寝ていいから」

 野良犬を追い払うような邪険な扱いを受けて、虎徹は渋面を浮かべていた。

 かわいそうな気がするが、優の判断は正しい。

 拗ねた様子で虎徹は一人、さっさと保養所に帰っていった。
 光季も他の隊員と共に部屋に戻った。


 朝までもう四時間ぐらいしか時間がない。明日は確実に寝不足だな。せめて朝食の時間ぎりぎりまで眠っていよう。
 そう意気込んでベッドに潜り込んだが、白々と夜が開ける前に光季は目が覚めた。

 ベッドから抜け出すと窓を開けた。
 まだどの家も明かりは灯っていない。村は静かに眠っていた。
 朝露で湿った空気を肺に吸い込む。

「冷たいな」

 呟いた声が死んだような静けさのなか、嫌になるくらい大きく響いた。

 攫われた村人もツアー客ももう戻ってこない。
 妖怪がでたことは村民の危機感を向上させる為に公になる。そうなれば引っ越す者もでてくるかもしれない。
 もともと過疎化した音無村は、これから更に寂しくなるだろう。

 いつか、村から人がいなくなって廃村になってしまう日がくるかもしれない。

 藍と紫が混じる黎明の空に黄金色の光が差す。生命力が溢れだす空の下にある、霧に包まれた生気のない村。光季は思いを馳せるように琥珀色の瞳を細めた。

「目ぇ、覚めちまったのか?」

 冷たい空気で目が覚めたらしい。ベッドに身を起こした陽平に声を掛けられた。

「悪い、寒いよな。窓、しめるわ」
「いいって。澄んだ空気だな。六堂市も空気がキレイだけど、ここには負けるよな」

 隣に並んだ陽平が深呼吸を繰り返す。ここの空気は美味しい。沢山の車が行きかい、工場やビルが立ち並んだ都会ではこうはいかないだろう。

「そうだな。人が少ないから―…」

 ぽろりと零れた自分の言葉に気不味くなり、光季は目を伏せた。

 瞼の裏に連れ去られた北村の青褪めた顔が浮かぶ。
 彼はこれからどうなるのだろうか。異界に連れ去られた人間は、霊力を奪い続ける為だけに生かされ続けたり、兵士として戦場に派遣されたりすると聞いている。
 どのみち、幸福な生活は望めそうにない。
 それこそ、死んだ方がマシと思うような苦しみが待ちうけているのだろうか。

 あの時、虎徹の命に従って北村を温羅ごと撃った方がよかったのかもしれない。

「ぜんぶ助けられるわけじゃねぇよ。オレたちは戦うだけだって」

 表情から心の中が筒抜けになっていたようだ。陽平の慰めに似た言葉に光季は苦々しげな顔をする。ぽんぽんと、陽平が肩を叩いた。彼の言葉を口の中で反芻する。

 そうだ、おれの仕事は戦うことだけ。薄っぺらなヒロイズムにのまれるな。

 光季は冷たい空気を肺一杯に吸い込んだ。霧がかっていた頭がクリアになる。どうにもならないことを考え込むのは体に毒だ。

 窓を閉めると、光季はにっと笑いながら陽平に言った。

「仕事、一日早く終わったな。朝食後に六堂市に戻るなら、着いたら昼過ぎぐらいか。明日まで休みの届けをだしてるから授業に出なくてもいいし、任務もないからフリーだな」

「おっ、そうじゃん。帰ったらパーッと遊ぼうぜ」
「いいな。カラオケ行こうぜ。なんかおれ、大声だしたい気分かも」
「賛成。んじゃ、決まりな」

 光季は陽平と顔を見合わせて、他の部屋の隊員が眠っていることなどお構いなしに笑い声をあげた。
 朝陽が世界を目映く照らす。
 元気な笑い声と太陽が、静かな村を明るく彩った。


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