夜鴉

都貴

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第六章 鬼の國

三日目③

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 なんだか妙だ。狐にでも化かされているのだろうか。

 考えごとをするのに立ち止まった光季の耳に、微かな呻き声が届いた。

「京弥、聞こえたか?」 
「はい。微かにですけど聞こえました」
「人の声っぽくなかったよな」」
「向こうの方からでしたね」

 京弥の長い指が示したのは廊下の突き当たりだ。

「なんだありゃ。扉があるぞ」
「本当ですね。頑丈そうな鉄の扉だ。なんでしょうか?」
「さあな。でも、変だな」
「変ですか?」
「京弥、この建物の外観を覚えてるか?」
「いえ、あんまり」

「ここは横長の長方形の建物だった。でっぱった場所なんてない。だから、あんな行き止まりの壁にドアがあっても、それ以上部屋なんてないはずだぜ」

 京弥が蔦色の瞳を見開いた。

「調べる必要がありそうだな。妖怪がこの施設のどこかにいるのは確かだしな」

「妖怪反応の正体が透明妖怪で俺達はすでに囲まれていると考えるより、あそこに潜んでいるほうが現実的ですね」
「透明妖怪って、笑えねーよ」

 光季は呼吸を整え、慎重に重い扉を開く。
 扉の向こうは一メートル四方ほどの狭い空間で、地下に続く階段があった。

 豆電球ほどの小さな光を手のひらに浮かせて暗がりを照らした。

 階段の終わりが見えない、かなり下まで続いているようだ。
 冥府に続いていそうな階段を無言で降りる。延々と続いているかのような階段は、五十段ほどで一番下に着いた。

「また扉か。声、近いな」

 光弾を消し、京弥を自分の後ろに下がらせる。静かに頑丈そうな鉄の扉を数センチ開けて、中を覗いた。

 手術台のようなものが奥の方に見えた。
 銀色の台の上には人間が黒いベルトで拘束されている。体格からいって男だろう。

 視線に気付いたのか、拘束された男が光季の方に首を傾ける。
 苦悶を浮かべた男は涙を滲ませ、縋るような目で光季を見た。

「たす、けて。たすけ、てくれぇっ!」

 手術台の男が叫んだのと同時に、鉄扉が勢いよく開いた。

「まさか、こんなところまで人間がやってくるとはねぇ。村で噂になっていたけど、どうやらデマじゃなかったようだ。ようこそ、夜鴉の諸君」

 鉄扉の前で立ち尽くす光季と京弥を見て、白衣を着た鬼がニタリと笑った。

 鬼は三十代前半のインテリな青年といった容貌で、大嶽丸と同様に人間と酷似した姿をしている。
 恐らく、こいつが香山の言っていた甲種級の妖怪だ。

 暗がりに目を凝らすと、白衣の鬼以外にも鬼がいるのが見えた。餓鬼が数匹、二メートル級の巨大な鬼が少なくとも三体いる。

 手術台に素早く視線を移す。
 音無村で行方不明になった人の写真付きリストに、手術台の男と似た顔があった。

 拘束された男の皮膚は乾いて土色をしていた。額には小さな突起のような物が三つある。上半身だけ不自然に筋肉がついて膨れていた。
 歪な外見に光季は顔を顰める。

 手術台、変貌した容姿、白衣の鬼。
 脳裏を過った嫌な想像に、光季は身震いした。

「攫った村の人間はみんなここにいんのか?返してもらいにきたぜ」

 疑念を振り払い、強気な声で尋ねる。白衣の鬼がクツクツと喉の奥で嗤った。

「それは遠路遥々、御苦労さまだねえ。でも、彼らを連れて帰ることは不可能だ。彼らにはもう帰る場所はないし、何より帰る気はないと思うよ」

「どういう意味だよ?」
「そのままの意味さ。ゆけ、傀儡たちよ」

 白衣の鬼の合図と共に餓鬼が奥の牢屋の扉を開けた。
 轟々と燃える松明だけが頼りの地下室は視界が悪く、牢屋から出てきたものの姿をすぐには捕えられなかった。

 ジリジリと足音だけが近付いてくる。
 正体を見極めようと、光季は大きな光弾を両手のひらの上に浮かせた。
 LEDとまではいかないが、蛍光灯なみに明るい光が辺りを照らす。

「なんだよ、あれ……」

 言葉が出てこなかった。
 隣に立つ京弥も冗談を言う余裕などないようで、絶句していた。

 光弾が照らしたもの、それは変わり果てた村人だった。

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