夜鴉

都貴

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第四章 ハロウィンの魔物

囮作戦②

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「しゃがんでろ、光季、沙奈!」

 陽平の声が聞こえて、咄嗟に光季は沙奈に覆い被さりながら身を伏せた。
 光季の後ろの栗の木の枝から、陽平が道化師に飛び蹴りをお見舞いした。

 腕で直撃をガードしたものの、道化師は勢いで後ろに転がった。痛そうだったが、道化師は呻き声一つ上げずに起き上がる。口元には薄ら笑いが浮かんでいた。

「光季、白藤さんは俺の後ろに下がっていてくれ。あとは日向と神前と俺に任せておけ」
「ありがとうございます、武志さん」

 普段、妖怪との戦闘では武志は光季よりもずっと弱い。
 だが、生身の肉体を鍛えている武志は筋肉質で逞しく、運動神経もいいので、こういう場面では非常に頼もしかった。

 陽平と武志と慧士が道化師を取り押さえようと飛び掛かった。慧士の攻撃はあっけなく避けられてしまったが、武志の拳が顔面に入り、脇腹に陽平の蹴りがきまった。

 しかし、道化師は顔色一つ変えずに武志の腕と陽平の足を掴み、二人を両脇の栗林へと投げ飛ばした。
 陽平は宙で身を翻して着地したが、武志は栗の幹に叩きつけられて激しく咽る。

 光季は慌てて武志に走り寄った。

「武志さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。悪い光季、任せておけなんて偉そうなに言ったのに、みっともないところみせちまったよな。でも、あいつ何か変だ。殴っても痛がらないし、異常に力が強いんだ」

「でも、妖怪ってかんじはしないです」

「そう、だな。虎徹や響みたいなタイプの奴かもしれない。あいつらも、強いからな」

 確かに響や虎徹も生身での戦闘も非常に優れている。
 道化師が彼らみたいなタイプの人間であるならば、数の有利をとっているとはいえこちらに勝ち目があるのだろうか。

 武志はダメージをくらっているし、自分やバスケは上手いがインテリな慧士は数の内にはいらない。
 沙奈は運動が得意だが女子だし肉弾戦という面では非力だ。

 となると、実質、陽平と道化師の一騎打ちとなる。

 陽平は大丈夫だろうか。
 いや、陽平なら心配いらないか。陽平は昔から強い。自分から喧嘩をふっかける奴じゃないし、コミュニケーション力が高くて喧嘩を売られる奴でもないから滅多に喧嘩はしないが、人助けで喧嘩をすることはあった。
 相手がたとえ五人でも、どんなに強そうでも、陽平が負けるのを見たことがない。
 怪我をしてもほんの掠り傷程度だった。
 だから、相手が例え化け物じみていても、本物の化け物である陽平が負けるところは想像できない。

「やるなー。でも、負けねぇぜ」

 陽平が心底楽しそうに笑みを浮かべる。
 トンと地面を蹴ると、俊足で陽平が化け物に肉薄した。
 化け物が折り畳み式の銀色の警棒を懐から取り出す。ヒュッと空を切る音が闇に響く。

 警棒は護身用に作られた殺傷能力の低い武器とはいえ、思い切り殴られたら死傷することもありうる。陽平一人で対抗できるだろうか。不安がぶり返した。

 霊体ならば自分も戦えるのに。光季は歯痒い思いで陽平と道化師の決闘を見守った。

 警棒の切っ先を最小限の動きで躱しながら、陽平が反撃の機会を伺う。
 道化師は戦い慣れているのか、なかなか隙を見せない。何か少しでも手助けできればと、光季はポケットを探った。
 指先に冷たい金属が触れる。小さなLEDライトだった。
 ポケットからライトを取り出すと、光季は陽平の背後に立って道化師の目に向けてライトを照らした。

 闇夜に慣れた目にLEDの光は強烈だ。思惑通り、道化師が怯んだ。
 その隙をついて陽平が道化師の腕を掴み、一本背負いで地面に叩きつける。
 強かに背中をぶつけた道化師がぐったりと地面に横たわった。どうやら失神したようだ。

「さすがじゃん、光季。ナイスアシストだぜ」
「まあな。おまえこそ、さすが体力バカだな」
「よくやった、光季、日向。犯人を確保するぞ」
「美作さん、すみません。私はなんの役にも立てなかった」

 しょんぼりとする慧士の肩を、武志が優しくポンと叩いた。

「気にするな。誰だって得手、不得手があるものだ。神前は犯人を運ぶのを手伝ってくれ」

 五人は地面に倒れた道化師を囲んだ。
 武志が結束バンドで道化師の手首を拘束し、持ち上げようとした。
 刹那、闇からひらりと一つの影が舞い降りた。


 黒衣を纏った髪の長い女だった。女の背中には透き通った蝶の羽が生えている。

 女が羽ばたいた瞬間、金色の鱗粉が辺りを舞った。
 光季は咄嗟に口を塞いだが、細かい粉は指の隙間を抜けて鼻腔から肺に達した。
 立っていられないほどの眠気に襲われる。

「悪く思わないで頂戴ね」

 嫌味でも皮肉でもなく、心の底から悲しげな声でそう呟くと、女は道化師を揺り起こした。道化師がむくりと起き上がる。

「助かったよ」

 恐ろしげなメイクとは不釣り合いな、紳士めいた穏やかな声だった。

 犯行が二人組だなんて予想してなかった。それも、人間と妖怪だなんて。
 唇を噛んで光季は必死に目を開けようとするが、瞼が落ちてきて視界が塞がっていく。

 崩れ落ちた光季を道化師が、沙奈を女が担ぎ上げる。

「待てよ、二人を連れていかせるかよ……っ」

 霊体に換装した陽平が、自らの太腿を薙刀で突き刺しているのがうっすら見えた。

「大事な人なのね。でも、ごめんなさい」

 女が陽平を憐れっぽい目で見た。さっきより大量の鱗粉が陽平にふりかかる。

 悔しげに呻きながら地面に崩れる陽平を見詰めながら、光季も意識を手放した。

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