耐え忍ぶことには自信があります!

青菜にしお

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2忍

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 私の本業は忍者だ。
 だが、平日の昼間はスカートを短く切ったセーラー服を着て、とある私立高校に通うアルバイトをしている。雇用主はそれぞれ違うが、本業の方のあるじが別雇用でアルバイトをするようにと指示したので従っている。

「おはよう、あきら。昨日は大活躍だったみたいだね、父も喜んでいたよ」

「おはようございます、幸之助こうのすけ様」

 大きすぎる屋敷の門の前で、深く頭を下げた。
 目の前でさらりと揺れる、色素の薄いまっすぐな髪。柔らかな笑顔に、すらりと背が高い割に貧弱という印象は無いどこか品のある男子生徒。私をバイトとして雇っている、西園寺さいおんじ 幸之助こうのすけ様だ。名前からして強そうだろう。強いのだ。本当に。
 私の本業、忍者としての主は、この柔和そうな男子高校生のお父上である、西園寺幸之丞ゆきのじょう様。政界から財界まで幅広く力を持つ、ある意味日本の支配者と言っても過言では無い西園寺家の当主。西園寺家は遥か昔から、その確かな地位を保つために私の家の忍者を使って来た。そして、スマホとインターネットが支配する、現在も。

「こっちのバイトの時は様付けはナシって約束だったと思うな」

「申し訳ありません」

「まあいいよ。暁の好きにするといい」

 幸之助様の登下校の護衛は本業の方だ。学校に着いても護衛の仕事は続くが、基本的にアルバイトのJKとして過ごすことが優先される。

 立派な校門をくぐり、日本でも指折りのご子息ご令嬢達が過ごす校舎へ入る。既に半分ほどの生徒が登校してきている教室に入り、自分の席に着いた。

 すると、私の斜め後ろに座った、もっさりとした黒髪で顔の半分を覆い、さらにどこで買ったのか問いただしたい薄汚れた瓶底メガネをかけた男子高校生がのそりと動いた。

「.......暁」

「学校では話しかけないでよ。何、宿題忘れたの? それともお昼ご飯食べる相手いなくてかなしいの?」

「お前は俺をなんだと思ってんだ!」

 もっさりもさ男、もとい私の幼なじみで同業者の、望月碧真が瓶底メガネの奥から整った目を覗かせていた。素材の殺し方が1級品だな。イケメンも瓶底メガネでここまでもっさりできるとは。瓶底メガネも本望だろう。

「.......いい? 碧真。友達はね、自分から話しかけないと出来ないんだよ」

「違う! 俺をぼっちみたいに言うな!」

「学校では、忍ばなくていいんだからね」

「悲しそうな顔すんな! 違う! 違うから! 体育のとき先生と組んでるのは身長的に俺と合うやつがいないからってだけで!」

 碧真は友達が少ない。まず入学してから今までずっとこのもっさりした見た目にも関わらず、根っからの体育会系で口が悪い。しかしそれが知られることなく周りから勝手に根暗オタク認定されている。ただし、本人はいたって漫画やアニメに疎いため、結局オタク友達も出来ないという悲しさ。
 本当に不憫だし、忍者として忍ぶ場所を間違えてる。

「失礼しますわ」

 碧真の隣の席に、ストンと腰を下ろした女子生徒が声を上げた。気が強そうな大きな瞳に、手入れが行き届いた緩くウェーブがかった長い髪。
 学校のマドンナ、財前ざいぜん 万理華まりかだ。強そうな名前だろう。強いのだ。冗談抜きに。

「服部さん、おはようございます」

「おはようございます、財前さん」

「碧真、おはよう」

「.......おはようございます」

 ぼそぼそと、明後日の方を見ながら嫌そうに挨拶した碧真の脛に蹴りを入れた。瓶底メガネの奥は涙目になっていた。そこは忍べよ忍者。

 ちなみに、この財前ざいぜん 万理華まりかさんは碧真の雇用主だ。財前家と碧真の家も、大体西園寺家とウチと同じ。ある意味日本の支配者と、そのお抱えの忍者。大丈夫かな日本、と言った支配され具合である。
 なんだか設定被りで仲の悪そうな財前家と西園寺家だが、両家は微妙な関係を保っている。お互い自分の影響力を自覚しているので、ばちばちにやり合ってしまえば日本が沈むと自制しているのだ。古来より両家は干渉を避け、微妙な関係を続けている。

「朝から楽しそうですわね。わたくしも混ぜてくださる?」

「.......別に.......そんなことないっす」

 今度は左の脛に蹴りを入れた。ハキハキ喋らんかい。

「碧真はわたくしとお話してくださらないの? わたくし、碧真となら何時間だってお喋りできますのに」

「俺は別にしゃっ」

 思い切り足の甲を踏んだ。忍べ、忍者。

「碧真ったら本当に素っ気ないんですもの。うふふ、でも、そこも好きなのですけれど」

 大胆だな、マドンナ。
 そう、このマドンナは碧真の事が好きらしい。まだ親から半人前だと言われている碧真が主の娘と個別契約して護衛をする理由はそれだ。
 ちなみに私は1人前(自称)だ。いきなり謎の集団に私以外の一族郎党皆殺しにあったので、5年前から服部家当主は自動的に私になった。

「聞いてくださるかしら、服部さん。碧真ったら昨日もわたくしがプレゼントしたネクタイをダメにしてしまったんですのよ? 夜中にコソコソ出かけようとするから、首輪のつもりで結んだんですのに」

 忍べ、忍べ私。ファンタジー的な忍術など存在しないが、我慢と忍耐と痩せ我慢なら忍者の十八番だ。大体それでなんとかなる。人間離れした身体能力も、気配を殺すのも、大体我慢した結果だ。こんな我慢を知らないお嬢様に、忍者の私が昨日のことを悟られるはずは無い。

「あら、タイミングが悪いですわね」

 ちょうどチャイムと同時に担任教師が教室に入ってきた。
 安堵のため息と共に、授業に勤しむこと4時間。
 ぼっちの碧真にとっては悲しい昼休みの時間がやって来た。

 私は普通に友達がいるのでその子達とお弁当を食べる。時間割の中では割と好きな時間だ。

 しかし、その時間の終わりを告げるバイブレーションが、スカートのポケットから伝わってきた。
 画面を見れば、私のアルバイト雇用主、幸之助様から呼び出しの連絡だった。屋上に、至急。

「ごめん、私先生に呼ばれてたんだった!」

「いってらー」

 お弁当に蓋をして、急ぎ足で廊下を進む。一応常時気を張っているので悪人やゾンビに幸之助様が襲われている可能性は万に1つもないが、呼び出されたのなら行かなければ。

「幸之助様!」

 ばん、と屋上の扉を開ければ。

「あら、いらっしゃいましたの服部さん」

「ごめんね暁、呼び出してしまって」

 勝ち誇ったように腰に手をやり胸を張っているマドンナ財前、その対面に柔和な笑顔でゆったり佇む幸之助様。そして、瓶底メガネの奥で死んだような目をした碧真が、立ち入り禁止の屋上にいた。
 友達と、お弁当が食べたかった。
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