耐え忍ぶことには自信があります!

青菜にしお

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1忍

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 かつかつかつ。
 高いヒールを鳴らし、少し大股気味に、腿まで大きくスリッドの入った黒いドレスを着て歩く。アップにまとめた黒い髪から覗く白いうなじに、ハッキリとした化粧。
 自分で言うのもなんだが、体はバランス良く引き締まっているし、手足もすらりと長い。

 すれ違う人々が男女共に見とれるのも、無理はない。

 大きなホテルのエントランスで、名前を記入し係に案内されてホールへ入る。そこには、上等な服を着たいわゆる「上等」な人々が、わらわらと集まっていた。
 政治家、起業家、経営者、家格のある者。全員、このパーティの主役である「上等」な政治家の「上等」な挨拶を、「上等」な笑顔で聞いている。

 シャンパングラスを1つ受け取り、私に気が付き寄ってくる「上等」な男達と会話しつつ、目線を投げた。

 そこで、1人の男と目線が合った。上等なスーツはその男の贅肉を押さえ込むために悲鳴を上げているようで、上等なハンカチは額に光る脂汗を拭うのに使われることなく安心しているように見えた。

 そして、流れるように自然に、吹くように心地よく。

 その脂汗男と2人、ホテルの最上階、上等なベットのある部屋に。

「君、君の名前は?」

「.......先にシャワーを浴びても? 私、なんだか酔ってしまったみたいなの」

 脂男は、にたりと「上等」な笑みを浮かべる。気前よく私をシャワーへ送り出しつつ、楽しそうに2つのグラスに水とワインを入れていた。

 私は1人入ったシャワー室の鍵を閉め、お湯を出し、服を脱ぎ。

「ふんふーん」

 先程脂男から抜き取った携帯にコードを繋ぎ、なんの捻りもなかったパスワードを入力してロックを解除した。そのままデータ全てを手元に移す。ついでにさっき取った脂ぎっとりの指紋もビニールの袋に入れ、保存。

 どうしよう。笑いが止まらない。

 世の中チョロ過ぎる。
 着ていたドレスは回収し、別の服へ着替える。靴も履き替え、メイクも髪型も変える。そっとシャワー室を出れば、脂男はだらしない笑顔を浮かべベットで眠っていた。ここまでチョロいのはもはや泣けるよ、おじさん。

 そう思いつつ、堂々とホテルを出た。

 軽くスキップでもしそうな勢いで、夜の街を歩く。桜舞う春の夜。仕事が成功したからか、いつもよりずっと綺麗に見える。指紋まで取れたと言ったら、喜んで、貰えるだろうか。

「よお、尻軽スパイ」

 反射で腰を落とし、捻りを加えた拳を斜め後ろへ降り抜いた。しかし、その拳は軽く受け止められる。手をひねりあげられる前に、相手の脛を蹴って距離を取った。

「おお怖。こんなに凶暴でハニトラなんてできるのか? 女スパイさん」

 世間一般からすれば整っていると言われるであろうイケメン顔でヘラヘラと笑う、少し前髪が長い黒髪の男。上等なスーツに包まれた背は随分高く、引き締まった体をしている。
 そんな男と対峙し、ぶるぶると震える自分の拳をより強く握りこんだ。

「.......って」

「ん? なんだ? ちんちくりんスパイ。お前絶対ハニトラとか向いてないから今すぐ辞めた方がいいぜ」

「スパイって言うなあああーーー!!!」

 予備動作ゼロで、男に飛びかかった。そのまま手首に隠してあったナイフを突きつけようとして。

「いや、ちょ、ちょ、まてって! 遊びにしちゃアグレッシブすぎるぜ.......!」

「殺すぞこのデリカシー皆無男!」

「口悪っ!」

「わ、私スパイじゃないもんーー!!!」

「語尾にもん、って付けても可愛くねぇから!」

 男に両手首を掴まれ、ぶらんと宙ずりにされる。もはや抵抗する気は無く、どさくさに紛れて口に含んだ男のネクタイを噛みちぎることに集中する。

「あっ! てめ、このネクタイ高いんだぞ!」

「知ってるわ! だから噛んでんのよ!」

「.......もうやだこの子.......」

 急にメソメソし始めた男の手から逃れ、ふん、と鼻を鳴らした。服のシワを伸ばしつつ、手首足首の関節を回す。特に意味はない。

「スパイって呼ぶな、バカ碧真あおま

「.......年々俺の幼なじみが凶暴になってくよ.......」

「あんただって、スパイって言われたら嫌でしょ。なら言わないの」

「.......俺は、別に」

 拗ねたように地面を睨み着けた口の悪い背の高い男、望月 碧真もちづき あおまは、まことに遺憾ながら私とは生まれた時からの腐れ縁である。

「そんなんだからいつまでも後継がせて貰えないんだよ。せっかく体は大きく育ったのに」

「別に継ぎたくねぇし!」

 なんの合図があった訳でもないが、2人並んで、同じ方向へ歩き出す。碧真はネクタイの残骸を解きながら、死んだような目でぶつぶつ文句を言っていた。

「碧真、私達はスパイじゃないよ」

「.......うっせ」

「ちゃんと聞きなよ。私達はね、私達が現代に生き残っている意味をちゃんと分かってなきゃいけないの」

「ふん、こんな時代遅れの職業、俺とお前が大人になる頃には無くなってるぜ。数年後には俺達もめでたく就職難民だ」

「碧真」

 少し強く名前を呼べば、なんだか酷く泣きそうな顔の碧真がこちらに顔を向けた。眉を寄せて、唇を曲げて。
 昔から、碧真は泣きたいとこういう顔をする。そうして、いつも私の背に隠れるのだ。いつか、碧真が私の身長を超えた時か、その前か、それぐらいからは私の後ろに隠れなくなったが、それまではずっと私の後を一生懸命着いてきていた。今でも碧真の世話を焼いてしまうのは、その時の記憶が消えないからだ。


「私達はね、「忍者」なの。主のために忍んで尽くす、影なの」


 少し遠くに、大きな屋敷が見える。そして、今目の前にも、大きな屋敷がある。碧真とは、ここで別れることになる。

「じゃあね碧真。明日学校なんだから早く寝なよ」

 さっさと屋敷の敷地に入ろうと裏口へ回る前に。

「.......あきら!」

「なによ」

 碧真は、酷く真剣な顔でこちらを見ていた。春の朝日が、碧真を柔らかく照らす。本当に綺麗な顔のまま育ったなあ、などと、ぼんやりと思った。
 碧真は、何度か口を開けては閉じてを繰り返し、いつの間にか目立つようになった喉仏を上下させ、最後にようやく小さな声でこう言った。

「……明日、学校でな」

「ん、遅刻しないようにね」

 大きな屋敷の中に入り、窓から私に与えられた部屋に入る。今日持ってきたデータは既に主に送信済みなので、あとは思わぬ収穫である脂ギッシュな指紋を渡すだけ。それは明日にするとして、薄暗い部屋をぐるりと見回した。

 壁にかかったセーラー服。磨かれたクナイ。筆箱。暗視スコープ。数学のノート。
 これら全て、私の仕事道具だ。

 服部 暁はっとり あきら、17歳女。職業は忍者、年中無休。あと、時間固定のアルバイトで、高校二年生をやっている。
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