おかしなモノを拾いまして。

青菜にしお

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7拾い

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「ちょっとアリッサ、ぼーっとしないでよね!」

「ごめんなさーい」

 勤め先のパン屋のレジで、パン屋の娘に絡まれる。私と同い年のこの娘は、とんでもない脳内お花畑でイケメンの王子様としか結婚しないなどと本気で宣言している。

「ねえねえ、あの軍人さんちょっとかっこよくない? お金持ちそうだし」

「あなたのタイプは王子様でしょ? あの人チョビ髭じゃない」

 目線の先には、最近よくウチのパン屋で大量にパンを買っていく隣国の軍人。鋭い瞳に黒いチョビ髭は確かにかっこよく決まっているが、脳内お花畑娘のタイプは金髪の爽やかイケメンだ。タイプが真逆すぎる。

「私、最近.......イケおじって言葉が分かるようになったの」

「あの人多分まだ若いわよ」

「軍人じゃなければなぁー」

 台に頬杖をついて、アンニュイなため息をこぼす花畑娘。仕事中に頬杖ついちゃダメでしょう。

「軍人の何がダメなのよ」

 棚に新しいパンを出しながら、アンニュイ花畑娘に目を向けた。豊かな金髪をひとつにくくって、白い肌に可愛らしい顔立ちは確かにお姫様のようだと思う。

「だって、ついこの間まで私達を殺して回ってたのよ? こんな戦争してたのも軍人のせいだし」

 拾った時の、ボロボロのルノが頭に浮かんだ。最近、怪我が治って気絶に近いものでは無い眠りにつくようになって、毎晩ひどくうなされている姿も。でも。

「.......私は、軍人嫌いじゃないけど」

 ごめんねルノ。いくらあなたをこんなにも傷つけたのが軍人でも、戦争で人を殺したのが軍人でも、私は嫌いになれないの。どうしても。

「えぇー。確かに勝った側の軍人ならまだいいけどぉ。まあ、まず王子様じゃないから無理なんだけど」

「ウチの王子様は今戦犯として処刑されかけてるけどね」

「まあウチの王子様はデブだから無理なんだけど」

「あんたそれ全部無理じゃない」

 からん、とドアベルがなって、2人でいらっしゃいませー、と声を上げた。入ってきたチョビ髭軍人は笑顔でまた沢山のパンを買っていった。毎日毎日、大食いだな。

「アリッサー、やっぱり軍人でもいいかもぉー」

「なんなのよあんた」

「だってそろそろ彼氏欲しいんだもん!」

「そろそろって言うか1度もいた事ないでしょあんた。モテるのに王子様じゃないからってフってるから」

「それはアリッサもでしょー!」

「私は単にモテないから彼氏がいないのよ。お花畑娘」

「お花畑? なにそれ、可愛いってこと?」

「あ、閉店時間」

 ぱっと片付けと掃除を済ませて、さっさと家に帰る。コートの前を合わせながら、ほとんど小走りのように道を進んだ。冬が来て、寒さが本格的になってきた。暖かい部屋に、早く帰りたい。

「お嬢さん、パン屋のお嬢さん」

 いきなり、肩を叩かれた。
 あまりに驚いて振り返ると、チョビ髭の軍人が笑顔でこっちを見ていた。その後ろには、肩に銃をかけた数人の軍人。

 冷や汗が、流れた。

「.......わ、私、何か、しましたでしょうか?」

 隣国の統治に従わなければ、見せしめに捕まるかもしれない。先週も、反隣国の記事を書いた記者が捕まった。それに、武器を持って刃向かった人々は容赦なく、隣国自慢の銃で撃ち殺された。
 死ぬのは、嫌だ。

「あぁ、ごめんごめん違うんだ。怯えないでくれよ」

 ぱっと手を振ったチョビ髭は、人が良さそうな笑みを浮かべた。

「いつもパン屋で見かけるから、声をかけたくなってね」

「.......いつも、ご贔屓に」

 さっと頭を下げた。どうしよう、怖い。
 殴られても、蹴られてもいいけど。嬲られたって蔑まれたっていいけど。
 あの暖かい家に帰れなくなるのだけは、怖くてたまらない。

「おおーい怯えさせてんぞー!」

「髭剃れヒゲーー!」

 後ろの軍人が野次を飛ばす。銃が、やけに軽そうに揺れた。

「.......すまないね、お嬢さん。ただ.......その、名前を、教えてもらいたくて」

「.......あ、アリッサ・グリフィスです。ウエスト3番通りの、アパートグリフィスの4号室に、住んでいます。パン屋で働いていて、かっ、家族、は」

「いや、訊問じゃなくて.......普通に、女性として名前を聞いたつもりだったんだ」

 思わずまじまじとチョビ髭を見てしまった。少し照れたように頬をかく男は、鋭い瞳に少し下がった眉がほんの少しだけ優しそうな雰囲気を出していて、確かにかっこよかった。

「俺はエヴァンドロ・ベッリ。仲間からはエバン、って呼ばれてる」

「.......」

「アリッサ、また明日パン屋に行くよ。君のところのパンはとても美味しい」

「.......あ、ありがとうございます」

「じゃあ、気をつけて帰って。送っていけないのが残念だよ」

 チョビ髭は、軽く手を挙げて仲間の軍人達の方へ去っていった。
 しばらくその場に突っ立っていたが、ふと気がついて慌てて家路についた。だんだん早足になって、終いには全力疾走になった。

 ばんっ、と自分の部屋のドアを開けて、中に飛び込んだ。

「おかえりなさい、寒かっ.......どうしたの?」

 ボロボロのじゃがいもと包丁を持って台所に立っていたルノが、さっと駆け寄ってくる。

「.......ひっ」

「!」

 自分の喉がおかしな動きをして、目から熱い何かがこぼれ出す。いつもはルノにじゃれている2号が、ウロウロと私の足元を歩いている。

 あぁ、暖かい。この部屋は、暖かい。

 帰ってこられて、良かった。私は、幸せだ。

「うぅ.......!」

 ドアの前で座り込んで頭を下げた私にぴったり寄り添って、2号が伏せてくぅんと鳴いた。2号は大型犬だったのか、もう随分大きい。

「大丈夫、大丈夫だよ」

 大きな手が、私の背中を撫でる。ルノが、澄んだ青い目を酷く真剣に光らせて、キリッと整った眉が精悍な顔立ちで、見たこともないほど大人びた表情で私の背中を撫でている。
 もう、涙が止まらなかった。

「こ、怖かったの.......! ころ、殺されると思った.......!」

「大丈夫。大丈夫だ」

「じゅう、銃で! 私、もうここに帰れないかもって!」

 いきなり、視界が暗くなった。それと同時に、暖かい何かに包まれる。

「アリッサ、大丈夫だ。いきなり女子供を撃ち殺すなんて、もうない」

 始めて抱きしめられて、始めて名前を呼ばれて。
 ずっと優しいだけだった彼が、始めてこちらに踏み込んできた。

「もう誰も君を傷つけない。傷つけられることを許す必要もない」

「.......」

「アリッサ、君は幸せになるべきだ」

 私はもう、幸せだ。
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