秘境の竜の巣で、かつて助けた「小さなトカゲ」に捕まりました。正体は竜王様だったようで「俺の番として愛し抜いてやる」と逃がしてもらえません

みやび

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12 魔力許容量の拡大実験。私の命と引き換えなら、貴方に家族を残せるわ

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 体調が少し落ち着いたのを見計らって、私はベッドから抜け出した。
 寝込んでいる場合ではない。ネロと一緒に生きる道が閉ざされかけている今、私は研究者として、そして彼の妻として、最後の検証をしなければならないのだ。

「ネロ、採血させて。あと精液も。できるだけ濃厚なやつをお願い」

 私は努めて明るく、いつもの調子で声をかけた。
 まるで、ただの定期検診のような軽さで。

 けれど、対するネロの反応は重かった。
 いつものように「物好きな女だ」と茶化してくることも、呆れた顔をすることもない。
 彼は深く沈んだ瞳で私を見つめると、無言で太い腕を差し出した。

「……好きなだけ取れ」

 その声は、震えていた。

「血でも肉でも構わない。俺の身を削ることでお前が助かるなら、全部持っていってくれ」

 彼は真剣そのものだった。
 私の軽口になんて乗ってくれない。彼にとって、これは私の命がかかった、処刑台の上の儀式のようなものなのだ。
 その痛々しいほどの献身に、胸が締め付けられる。

(ごめんね、ネロ。……私の結論は、貴方を悲しませることになるかもしれない)

 私は宝物庫の片隅で、簡易的な実験を開始した。
 採取したての、赤く発光する竜の血液。
 そこに、人間の生命力を模した植物のエキスを滴下する。

 ジュワアアァッ……!!

 嫌な音と共に黒い煙が上がり、ガラスのシャーレにピキピキと亀裂が入った。
 煙が晴れた後に残っていたのは、跡形もなく炭化して消滅した植物のエキスと、何の変化もなく熱を放ち続ける竜の血だけ。

「……やっぱり、ダメね」

 何度試しても結果は同じ。
 竜王の魔力密度が高すぎて、人間の器では受け止めきれない。混ぜようとすれば、器の方が熱に耐えきれずに壊れてしまう。
 私の体は、彼と一緒にいるだけで、緩やかに、確実に壊れていく。
 これを防ぐ手段は、現代の魔法技術には存在しない。

(一緒に生きることは、できない)

 冷酷な事実を突きつけられ、私は唇を噛み締めた。
 でも、諦めたくない。
 私がここにいた証を、彼への愛を、形にして残したい。

 私はある一つの可能性に思い至り、震える手で自身の腹部をさすった。
 ……これなら。私の命すべてを燃料にくべれば、あるいは。

「ネロ」

 私は振り返り、心配そうにこちらを見ていた彼に微笑みかけた。

「実験、終わったわ」

「どうだった!? 何か、解決策は見つかったのか?」

 ネロが身を乗り出す。その表情には、藁にもすがるような切実な希望が浮かんでいた。
 私はその希望を打ち砕かないように、言葉を選んで告げた。

「ええ。一つだけ、方法があるわ」

「本当か!?」

「子供を作るの」

 私がそう告げると、ネロはきょとんと目を丸くした。

「子供……?」

「そうよ。貴方と私のハーフなら、人間よりも高い魔力耐性を持つはず。胎児を通して貴方の魔力を循環させれば、私の負担は一時的に軽くなるかもしれない」
「それに何より……貴方に、『家族』を残せるわ」

 私は彼の胸に手を当て、熱っぽく語りかけた。

「今夜から避妊魔法なしでしましょう。赤ちゃんができれば、きっとすべて上手くいく――」

「――嘘をつくな」

 低く、冷たい声が私の言葉を遮った。
 ハッとして見上げると、ネロは怒りと悲しみが入り混じった、凄絶な表情で私を睨みつけていた。

「お前は知っているはずだ。人間が竜の子を宿せばどうなるか」
「母体の魔力も、生命力も、すべて胎児に吸い尽くされる。……子供が産まれる頃には、母親は干からびた死体になっているということを!」

「…………」

 バレていた。
 当然だ。彼は竜王なのだから、自分の種の繁殖リスクを知らないはずがない。

「分かって、ネロ。普通の方法じゃ、私の体はもう持たないの」

 私は隠すのをやめ、彼の手を強く握り返した。

「どうせ長く生きられないなら、私は貴方との結晶を残したい。私の命と引き換えにしても、貴方と血の繋がった家族をこの世に残せるなら、私は本望なの!」

「ふざけるなッ!!」

 ネロの怒号が洞窟内に響き渡り、宝の山がガラガラと崩れた。

「俺が欲しいのは子供じゃない! エルマ、お前だ!」
「お前がいなくなる未来になど、何の意味がある! 俺の子供? 愛する女を食い殺して産まれてくるガキなど、愛せるわけがないだろう!」

「でも、このままじゃ貴方は一人ぼっちになってしまう! 私はそれが嫌なの!」

「俺はお前が死ぬのが一番嫌なんだよ!」

 ネロは私の肩を掴むと、泣きそうな顔で私を揺さぶった。

「頼むから……そんな残酷な提案をしないでくれ。俺のために死ぬなんて、絶対に許さない」

 彼の目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
 最強の竜が、子供のように泣いている。

「俺のエゴで、お前を連れ去った。その結果がお前の死だというなら……俺は……」

 彼は何かを決意したように、唇を噛み締め、私からゆっくりと手を離した。
 その目から、熱っぽい光が消えていく。

「……もういい。休め、エルマ」

「待って、ネロ。話はまだ――」

「終わりだ。もう、実験はしなくていい」

 彼は背を向け、逃げるように洞窟の奥へと歩き去ってしまった。
 残された私は、冷たくなった実験器具の前で立ち尽くすしかなかった。

 私の「命がけの愛」の提案は、彼を最も深く傷つけ、そして最悪の決断へと背中を押してしまったのだ。
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