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11 目覚めると、最強の竜王様が今にも泣きそうな顔で私の手を握っていました
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「……ん、ぅ……」
重たい瞼を持ち上げると、そこは見慣れた天井――淡い光を放つ月光石が埋め込まれた、竜の巣の寝室だった。
けれど、いつもと何かが違う。
空気がひんやりとしているのだ。
いつもなら肌を包み込んでいる、あの火傷しそうなほどの熱っぽい魔力の気配が、今は極限まで薄められている。
「気がついたか、エルマ……!」
掠れた声がして、私の手を握っていた大きな手が、ぎゅっと力を込めた。
視線を横に向けると、そこにはやつれ切った顔のネロがいた。
自慢の黒髪は乱れ、いつもは傲慢なほどに輝いている金色の瞳が、今は光を失って揺れている。
「ネロ……?」
名前を呼ぼうとして、声が出ないことに気づく。喉がカラカラに乾いていた。
ネロはすぐに察して、水差しからカップに水を注ぎ、私の口元に運んでくれた。
「ゆっくり飲め。……無理に喋らなくていい」
彼の介助で少しずつ水を飲むと、ようやく喉の灼熱感が引いていく。
一息ついた私は、自分の体を確かめた。
体中の節々が軋むように痛い。まるで高熱を出して寝込んだ後のように、指一本動かすのも億劫だ。
布団から出ている腕を見ると、所々に赤い斑点のようなアザが浮き出ているのが見えた。
(これ、魔力侵食の痕(あと)だわ……。やっぱり、許容量オーバーしちゃったんだ)
昨夜、彼の愛(魔力と体液)を受け入れすぎて、人間の器が悲鳴を上げたのだ。
研究者として、この症状の危険性は理解できる。
普通の人間なら、廃人になっていてもおかしくないレベルだ。
「すまない……。本当に、すまない……」
ネロが私の手を額に押し当て、懺悔するように呟いた。
その声は震えていた。
「俺が、加減を誤った。お前が愛しくて、求めすぎて……結果として、お前を壊しかけた」
「ネロ、それは……」
「分かっていたはずなんだ。人間と竜とでは、魂の格も肉体の強度も違いすぎることを。俺にとっての『愛』は、人間のお前にとっては『猛毒』になり得るということを」
彼は顔を上げない。
最強の竜王が見せる、痛々しいほどの弱音。
「昨夜、お前が血を吐いて倒れた時……俺は、心臓が止まるかと思った。十年前、傷ついた俺を助けてくれたお前を、今度は俺自身が殺してしまうんじゃないかと」
「…………」
「もう、抱かない方がいいのかもしれない。お前のそばにいるだけで、俺の魔力がお前の命を削ってしまうなら……」
ネロの言葉に、心臓がドクリと嫌な音を立てた。
彼は本気で悔やんでいる。そして、私を守るために「距離を置く」ことを考えている。
それは研究者として正しい判断かもしれない。
でも、彼の妻としての私は、それを全力で否定したかった。
(嫌よ。そんなの絶対に嫌)
せっかく再会できたのに。ようやく心も体も通じ合えたのに。
「種族が違うから」なんて理由で、彼に触れられなくなるなんて耐えられない。
私は鉛のように重い腕に力を込め、ネロの頬をペチリと叩いた。
「……っ、エルマ?」
「バカ言わないでよ、ネロ」
私は精一杯、いつもの調子で唇を尖らせてみせた。
「何が『猛毒』よ。ちょっと愛が重すぎて、私がのぼせちゃっただけでしょ? 人間だって、お風呂に長く入りすぎたら鼻血くらい出すわよ」
「だが、お前の体にはアザが……それに、吐血までしたんだぞ」
「デトックスよ、デトックス! 体の中の悪いものが出ただけ!」
明らかな詭弁だ。でも、私は自信満々に胸を張った(激痛が走ったけれど、顔には出さなかった)。
「忘れたの? 私は王立研究所でもトップクラスの魔物生態学者なのよ。竜の魔力が人間に及ぼす影響なんて、想定の範囲内だわ」
「……本当か?」
「ええ、もちろん。昨日の夜は、ちょっと対策なしに受け入れすぎちゃったのが失敗だったけど……耐性をつける方法なんて、いくらでも思いつくわ」
嘘だ。
今のところ、具体的な解決策なんて一つもない。
竜の魔力に耐えられる人間なんて、伝説の勇者か聖女くらいのものだ。一介の研究員である私に、そんな特殊な体質はない。
でも、ここで「無理かも」なんて言ったら、ネロは本当に私から離れていってしまう。
それだけは阻止しなきゃいけない。
そのためなら、ハッタリでも何でもかましてやる。
「だから、そんなに悲壮な顔をしないで。貴方が離れていく方が、私にとってはよっぽど毒なんだから」
私が微笑むと、ネロは驚いたように目を見開き――やがて、瞳にうっすらと涙を溜めて、私を抱きしめた。
「……お前は、強いな」
「貴方の番だもの。これくらいじゃへこたれないわ」
「ああ……。信じるよ、エルマ。お前がそう言うなら、俺は全力で対策を探す。お前を傷つけずに、愛せる方法を」
ネロの体温が伝わってくる。
彼は意識して魔力を抑えてくれているのだろう。いつものような焼き尽くすような熱さはなく、陽だまりのような優しい温かさだけが私を包み込んでいた。
(ああ、温かい……。やっぱり私、この腕の中が大好きなんだ)
安心したのか、再び強烈な眠気が襲ってくる。
ネロは私をベッドに寝かせ直すと、愛おしそうに額にキスを落とした。
「休め、エルマ。目が覚める頃には、滋養のあるスープを作っておく。……ずっと側にいるから」
「うん……お願いね、ネロ……」
私は泥のような眠りに落ちていった。
――この時の私は、自分の「安請け合い」が、どれほど彼を追い詰めることになるか、まだ分かっていなかった。
私の言葉を信じたからこそ、彼は「確実に私を救う方法」を必死に模索し始めてしまったのだ。
その結論が、私を一番傷つける「別れ」という選択肢になるなんて、夢にも思わずに。
重たい瞼を持ち上げると、そこは見慣れた天井――淡い光を放つ月光石が埋め込まれた、竜の巣の寝室だった。
けれど、いつもと何かが違う。
空気がひんやりとしているのだ。
いつもなら肌を包み込んでいる、あの火傷しそうなほどの熱っぽい魔力の気配が、今は極限まで薄められている。
「気がついたか、エルマ……!」
掠れた声がして、私の手を握っていた大きな手が、ぎゅっと力を込めた。
視線を横に向けると、そこにはやつれ切った顔のネロがいた。
自慢の黒髪は乱れ、いつもは傲慢なほどに輝いている金色の瞳が、今は光を失って揺れている。
「ネロ……?」
名前を呼ぼうとして、声が出ないことに気づく。喉がカラカラに乾いていた。
ネロはすぐに察して、水差しからカップに水を注ぎ、私の口元に運んでくれた。
「ゆっくり飲め。……無理に喋らなくていい」
彼の介助で少しずつ水を飲むと、ようやく喉の灼熱感が引いていく。
一息ついた私は、自分の体を確かめた。
体中の節々が軋むように痛い。まるで高熱を出して寝込んだ後のように、指一本動かすのも億劫だ。
布団から出ている腕を見ると、所々に赤い斑点のようなアザが浮き出ているのが見えた。
(これ、魔力侵食の痕(あと)だわ……。やっぱり、許容量オーバーしちゃったんだ)
昨夜、彼の愛(魔力と体液)を受け入れすぎて、人間の器が悲鳴を上げたのだ。
研究者として、この症状の危険性は理解できる。
普通の人間なら、廃人になっていてもおかしくないレベルだ。
「すまない……。本当に、すまない……」
ネロが私の手を額に押し当て、懺悔するように呟いた。
その声は震えていた。
「俺が、加減を誤った。お前が愛しくて、求めすぎて……結果として、お前を壊しかけた」
「ネロ、それは……」
「分かっていたはずなんだ。人間と竜とでは、魂の格も肉体の強度も違いすぎることを。俺にとっての『愛』は、人間のお前にとっては『猛毒』になり得るということを」
彼は顔を上げない。
最強の竜王が見せる、痛々しいほどの弱音。
「昨夜、お前が血を吐いて倒れた時……俺は、心臓が止まるかと思った。十年前、傷ついた俺を助けてくれたお前を、今度は俺自身が殺してしまうんじゃないかと」
「…………」
「もう、抱かない方がいいのかもしれない。お前のそばにいるだけで、俺の魔力がお前の命を削ってしまうなら……」
ネロの言葉に、心臓がドクリと嫌な音を立てた。
彼は本気で悔やんでいる。そして、私を守るために「距離を置く」ことを考えている。
それは研究者として正しい判断かもしれない。
でも、彼の妻としての私は、それを全力で否定したかった。
(嫌よ。そんなの絶対に嫌)
せっかく再会できたのに。ようやく心も体も通じ合えたのに。
「種族が違うから」なんて理由で、彼に触れられなくなるなんて耐えられない。
私は鉛のように重い腕に力を込め、ネロの頬をペチリと叩いた。
「……っ、エルマ?」
「バカ言わないでよ、ネロ」
私は精一杯、いつもの調子で唇を尖らせてみせた。
「何が『猛毒』よ。ちょっと愛が重すぎて、私がのぼせちゃっただけでしょ? 人間だって、お風呂に長く入りすぎたら鼻血くらい出すわよ」
「だが、お前の体にはアザが……それに、吐血までしたんだぞ」
「デトックスよ、デトックス! 体の中の悪いものが出ただけ!」
明らかな詭弁だ。でも、私は自信満々に胸を張った(激痛が走ったけれど、顔には出さなかった)。
「忘れたの? 私は王立研究所でもトップクラスの魔物生態学者なのよ。竜の魔力が人間に及ぼす影響なんて、想定の範囲内だわ」
「……本当か?」
「ええ、もちろん。昨日の夜は、ちょっと対策なしに受け入れすぎちゃったのが失敗だったけど……耐性をつける方法なんて、いくらでも思いつくわ」
嘘だ。
今のところ、具体的な解決策なんて一つもない。
竜の魔力に耐えられる人間なんて、伝説の勇者か聖女くらいのものだ。一介の研究員である私に、そんな特殊な体質はない。
でも、ここで「無理かも」なんて言ったら、ネロは本当に私から離れていってしまう。
それだけは阻止しなきゃいけない。
そのためなら、ハッタリでも何でもかましてやる。
「だから、そんなに悲壮な顔をしないで。貴方が離れていく方が、私にとってはよっぽど毒なんだから」
私が微笑むと、ネロは驚いたように目を見開き――やがて、瞳にうっすらと涙を溜めて、私を抱きしめた。
「……お前は、強いな」
「貴方の番だもの。これくらいじゃへこたれないわ」
「ああ……。信じるよ、エルマ。お前がそう言うなら、俺は全力で対策を探す。お前を傷つけずに、愛せる方法を」
ネロの体温が伝わってくる。
彼は意識して魔力を抑えてくれているのだろう。いつものような焼き尽くすような熱さはなく、陽だまりのような優しい温かさだけが私を包み込んでいた。
(ああ、温かい……。やっぱり私、この腕の中が大好きなんだ)
安心したのか、再び強烈な眠気が襲ってくる。
ネロは私をベッドに寝かせ直すと、愛おしそうに額にキスを落とした。
「休め、エルマ。目が覚める頃には、滋養のあるスープを作っておく。……ずっと側にいるから」
「うん……お願いね、ネロ……」
私は泥のような眠りに落ちていった。
――この時の私は、自分の「安請け合い」が、どれほど彼を追い詰めることになるか、まだ分かっていなかった。
私の言葉を信じたからこそ、彼は「確実に私を救う方法」を必死に模索し始めてしまったのだ。
その結論が、私を一番傷つける「別れ」という選択肢になるなんて、夢にも思わずに。
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