秘境の竜の巣で、かつて助けた「小さなトカゲ」に捕まりました。正体は竜王様だったようで「俺の番として愛し抜いてやる」と逃がしてもらえません

みやび

文字の大きさ
11 / 28

11 目覚めると、最強の竜王様が今にも泣きそうな顔で私の手を握っていました

しおりを挟む
「……ん、ぅ……」

 重たい瞼を持ち上げると、そこは見慣れた天井――淡い光を放つ月光石が埋め込まれた、竜の巣の寝室だった。
 けれど、いつもと何かが違う。
 空気がひんやりとしているのだ。
 いつもなら肌を包み込んでいる、あの火傷しそうなほどの熱っぽい魔力の気配が、今は極限まで薄められている。

「気がついたか、エルマ……!」

 掠れた声がして、私の手を握っていた大きな手が、ぎゅっと力を込めた。
 視線を横に向けると、そこにはやつれ切った顔のネロがいた。
 自慢の黒髪は乱れ、いつもは傲慢なほどに輝いている金色の瞳が、今は光を失って揺れている。

「ネロ……?」

 名前を呼ぼうとして、声が出ないことに気づく。喉がカラカラに乾いていた。
 ネロはすぐに察して、水差しからカップに水を注ぎ、私の口元に運んでくれた。

「ゆっくり飲め。……無理に喋らなくていい」

 彼の介助で少しずつ水を飲むと、ようやく喉の灼熱感が引いていく。
 一息ついた私は、自分の体を確かめた。
 体中の節々が軋むように痛い。まるで高熱を出して寝込んだ後のように、指一本動かすのも億劫だ。
 布団から出ている腕を見ると、所々に赤い斑点のようなアザが浮き出ているのが見えた。

(これ、魔力侵食の痕(あと)だわ……。やっぱり、許容量オーバーしちゃったんだ)

 昨夜、彼の愛(魔力と体液)を受け入れすぎて、人間の器が悲鳴を上げたのだ。
 研究者として、この症状の危険性は理解できる。
 普通の人間なら、廃人になっていてもおかしくないレベルだ。

「すまない……。本当に、すまない……」

 ネロが私の手を額に押し当て、懺悔するように呟いた。
 その声は震えていた。

「俺が、加減を誤った。お前が愛しくて、求めすぎて……結果として、お前を壊しかけた」

「ネロ、それは……」

「分かっていたはずなんだ。人間と竜とでは、魂の格も肉体の強度も違いすぎることを。俺にとっての『愛』は、人間のお前にとっては『猛毒』になり得るということを」

 彼は顔を上げない。
 最強の竜王が見せる、痛々しいほどの弱音。

「昨夜、お前が血を吐いて倒れた時……俺は、心臓が止まるかと思った。十年前、傷ついた俺を助けてくれたお前を、今度は俺自身が殺してしまうんじゃないかと」

「…………」

「もう、抱かない方がいいのかもしれない。お前のそばにいるだけで、俺の魔力がお前の命を削ってしまうなら……」

 ネロの言葉に、心臓がドクリと嫌な音を立てた。
 彼は本気で悔やんでいる。そして、私を守るために「距離を置く」ことを考えている。
 それは研究者として正しい判断かもしれない。
 でも、彼の妻としての私は、それを全力で否定したかった。

(嫌よ。そんなの絶対に嫌)

 せっかく再会できたのに。ようやく心も体も通じ合えたのに。
 「種族が違うから」なんて理由で、彼に触れられなくなるなんて耐えられない。

 私は鉛のように重い腕に力を込め、ネロの頬をペチリと叩いた。

「……っ、エルマ?」

「バカ言わないでよ、ネロ」

 私は精一杯、いつもの調子で唇を尖らせてみせた。

「何が『猛毒』よ。ちょっと愛が重すぎて、私がのぼせちゃっただけでしょ? 人間だって、お風呂に長く入りすぎたら鼻血くらい出すわよ」

「だが、お前の体にはアザが……それに、吐血までしたんだぞ」

「デトックスよ、デトックス! 体の中の悪いものが出ただけ!」

 明らかな詭弁だ。でも、私は自信満々に胸を張った(激痛が走ったけれど、顔には出さなかった)。

「忘れたの? 私は王立研究所でもトップクラスの魔物生態学者なのよ。竜の魔力が人間に及ぼす影響なんて、想定の範囲内だわ」

「……本当か?」

「ええ、もちろん。昨日の夜は、ちょっと対策なしに受け入れすぎちゃったのが失敗だったけど……耐性をつける方法なんて、いくらでも思いつくわ」

 嘘だ。
 今のところ、具体的な解決策なんて一つもない。
 竜の魔力に耐えられる人間なんて、伝説の勇者か聖女くらいのものだ。一介の研究員である私に、そんな特殊な体質はない。

 でも、ここで「無理かも」なんて言ったら、ネロは本当に私から離れていってしまう。
 それだけは阻止しなきゃいけない。
 そのためなら、ハッタリでも何でもかましてやる。

「だから、そんなに悲壮な顔をしないで。貴方が離れていく方が、私にとってはよっぽど毒なんだから」

 私が微笑むと、ネロは驚いたように目を見開き――やがて、瞳にうっすらと涙を溜めて、私を抱きしめた。

「……お前は、強いな」

「貴方の番だもの。これくらいじゃへこたれないわ」

「ああ……。信じるよ、エルマ。お前がそう言うなら、俺は全力で対策を探す。お前を傷つけずに、愛せる方法を」

 ネロの体温が伝わってくる。
 彼は意識して魔力を抑えてくれているのだろう。いつものような焼き尽くすような熱さはなく、陽だまりのような優しい温かさだけが私を包み込んでいた。

(ああ、温かい……。やっぱり私、この腕の中が大好きなんだ)

 安心したのか、再び強烈な眠気が襲ってくる。
 ネロは私をベッドに寝かせ直すと、愛おしそうに額にキスを落とした。

「休め、エルマ。目が覚める頃には、滋養のあるスープを作っておく。……ずっと側にいるから」

「うん……お願いね、ネロ……」

 私は泥のような眠りに落ちていった。

 ――この時の私は、自分の「安請け合い」が、どれほど彼を追い詰めることになるか、まだ分かっていなかった。
 私の言葉を信じたからこそ、彼は「確実に私を救う方法」を必死に模索し始めてしまったのだ。
 その結論が、私を一番傷つける「別れ」という選択肢になるなんて、夢にも思わずに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...