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【第1章】 捨てられ令嬢と氷の公爵
第11話 氷の公爵と、秘密の添い寝
その夜、北の地は猛吹雪に見舞われていた。
ビューッ、ゴウウッ、と唸りを上げて風が窓を叩く。
公爵邸の窓は二重ガラスで頑丈に作られているけれど、それでも自然の猛威は容赦なく建物全体を揺らしていた。
「……うぅ」
私はベッドの中で小さく丸まり、毛布を頭まで覆っていた。
怖い。
この風の音を聞くと、実家の屋根裏部屋で震えていた夜を思い出してしまう。
隙間風が入り込み、寒くて歯の根が合わなかったあの感覚。誰も助けてくれなかった孤独。
(大丈夫。ここは暖かい。ジークハルト様がいる)
自分に言い聞かせるけれど、一度甦ったトラウマは簡単には消えてくれない。
心臓が早鐘を打って、眠れそうになかった。
――コンコン。
不意に、扉がノックされた。
「エリス、起きているか?」
「ジークハルト様……?」
私が顔を出すと、扉が開き、寝間着の上にガウンを羽織ったジークハルト様が入ってきた。
彼は私の顔を見るなり、眉を顰めた。
「やはりな。顔色が悪いぞ」
「すみません、風の音が少し怖くて……」
「北の嵐は慣れていないと堪(こた)えるだろう。……それに、この客間は北向きだ。風当たりが強すぎる」
彼はスタスタとベッドに近づくと、迷うことなく私の体を毛布ごと抱き上げた。
「きゃっ!?」
「私の部屋に来い。あそこなら防音結界を張っているし、暖炉も大きい」
「えっ、で、でも! 旦那様の寝室なんて、そんな……!」
慌てる私をよそに、彼は私を抱えたまま廊下を歩き出した。
使用人たちはもう下がっている時間だ。広い廊下には私たち二人だけ。
彼の胸元から伝わる体温と、微かなコロンの香りが、不安な心を包み込んでいく。
◇
通された主寝室は、私の部屋よりもさらに広く、そして驚くほど静かだった。
外の轟音が嘘のように消えている。暖炉の火がパチパチと弾ける音だけが響く、安らぎの空間。
そして、部屋の中央には、キングサイズの巨大なベッドが鎮座していた。
「……ここで、寝ろ」
「は、はい。ありがとうございます。では、私はソファで……」
「馬鹿を言うな。風邪を引く気か」
彼は私をベッドの端に下ろすと、自分も反対側へと回り込み、ガウンを脱いでベッドに入った。
「えっ……あの、ジークハルト様?」
「なんだ。ベッドは十分広いだろう」
「そ、そうですけど! 契約では『白い結婚』だと……」
「ああ、約束は守る。指一本、不埒(ふらち)なことはしない。……だが、寒いのは私も嫌いでな」
彼はそう言うと、布団の中で躊躇いなく私の腰を引き寄せた。
「ひゃっ!」
「じっとしていろ。……お前は冷え性すぎる。私が温めてやる」
背中から、彼の逞しい胸板に包み込まれる。
氷の公爵とは思えないほど、彼の体温は高く、熱い。
人間湯たんぽ状態だ。
冷え切っていた私の足先が、彼に触れることでじんわりと温まっていく。
「……温かいか?」
「は、はい……すごく」
「ならいい」
耳元で響く彼の低い声。
吐息がかかる距離。
心臓が爆発しそうだ。これでは嵐とは別の意味で眠れない。
「ジークハルト様は……怖くないのですか? 嵐のこと」
「子供の頃は怖かったさ。だが、今は守るべきものがあるからな」
彼は私の頭に顎を乗せ、抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
「この屋敷も、領民も、そしてお前も。……私が守らねばならない。そう思えば、嵐ごとき恐れるに足らん」
「……強いんですね、あなたは」
「強くなどない。……ただ、お前が震えていると、私が落ち着かんだけだ」
素直じゃない。
けれど、その不器用さが愛おしい。
背中に感じる彼の鼓動は、私と同じように少し早く打っている気がした。
(ああ……幸せだなぁ)
実家では、嵐の夜は恐怖の時間だった。
けれど今、この腕の中は世界で一番安全な場所だ。
どんな災害も、父たちの悪意も、この人はきっと全て防いでくれる。
「おやすみ、エリス」
「おやすみなさい、あなた」
彼の体温に包まれ、私はあっという間にまどろみの中へと落ちていった。
翌朝。
目覚めた私が、ジークハルト様の腕の中にガッチリとホールドされ、抜け出せなくなって真っ赤になるのは、また別のお話。
ビューッ、ゴウウッ、と唸りを上げて風が窓を叩く。
公爵邸の窓は二重ガラスで頑丈に作られているけれど、それでも自然の猛威は容赦なく建物全体を揺らしていた。
「……うぅ」
私はベッドの中で小さく丸まり、毛布を頭まで覆っていた。
怖い。
この風の音を聞くと、実家の屋根裏部屋で震えていた夜を思い出してしまう。
隙間風が入り込み、寒くて歯の根が合わなかったあの感覚。誰も助けてくれなかった孤独。
(大丈夫。ここは暖かい。ジークハルト様がいる)
自分に言い聞かせるけれど、一度甦ったトラウマは簡単には消えてくれない。
心臓が早鐘を打って、眠れそうになかった。
――コンコン。
不意に、扉がノックされた。
「エリス、起きているか?」
「ジークハルト様……?」
私が顔を出すと、扉が開き、寝間着の上にガウンを羽織ったジークハルト様が入ってきた。
彼は私の顔を見るなり、眉を顰めた。
「やはりな。顔色が悪いぞ」
「すみません、風の音が少し怖くて……」
「北の嵐は慣れていないと堪(こた)えるだろう。……それに、この客間は北向きだ。風当たりが強すぎる」
彼はスタスタとベッドに近づくと、迷うことなく私の体を毛布ごと抱き上げた。
「きゃっ!?」
「私の部屋に来い。あそこなら防音結界を張っているし、暖炉も大きい」
「えっ、で、でも! 旦那様の寝室なんて、そんな……!」
慌てる私をよそに、彼は私を抱えたまま廊下を歩き出した。
使用人たちはもう下がっている時間だ。広い廊下には私たち二人だけ。
彼の胸元から伝わる体温と、微かなコロンの香りが、不安な心を包み込んでいく。
◇
通された主寝室は、私の部屋よりもさらに広く、そして驚くほど静かだった。
外の轟音が嘘のように消えている。暖炉の火がパチパチと弾ける音だけが響く、安らぎの空間。
そして、部屋の中央には、キングサイズの巨大なベッドが鎮座していた。
「……ここで、寝ろ」
「は、はい。ありがとうございます。では、私はソファで……」
「馬鹿を言うな。風邪を引く気か」
彼は私をベッドの端に下ろすと、自分も反対側へと回り込み、ガウンを脱いでベッドに入った。
「えっ……あの、ジークハルト様?」
「なんだ。ベッドは十分広いだろう」
「そ、そうですけど! 契約では『白い結婚』だと……」
「ああ、約束は守る。指一本、不埒(ふらち)なことはしない。……だが、寒いのは私も嫌いでな」
彼はそう言うと、布団の中で躊躇いなく私の腰を引き寄せた。
「ひゃっ!」
「じっとしていろ。……お前は冷え性すぎる。私が温めてやる」
背中から、彼の逞しい胸板に包み込まれる。
氷の公爵とは思えないほど、彼の体温は高く、熱い。
人間湯たんぽ状態だ。
冷え切っていた私の足先が、彼に触れることでじんわりと温まっていく。
「……温かいか?」
「は、はい……すごく」
「ならいい」
耳元で響く彼の低い声。
吐息がかかる距離。
心臓が爆発しそうだ。これでは嵐とは別の意味で眠れない。
「ジークハルト様は……怖くないのですか? 嵐のこと」
「子供の頃は怖かったさ。だが、今は守るべきものがあるからな」
彼は私の頭に顎を乗せ、抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
「この屋敷も、領民も、そしてお前も。……私が守らねばならない。そう思えば、嵐ごとき恐れるに足らん」
「……強いんですね、あなたは」
「強くなどない。……ただ、お前が震えていると、私が落ち着かんだけだ」
素直じゃない。
けれど、その不器用さが愛おしい。
背中に感じる彼の鼓動は、私と同じように少し早く打っている気がした。
(ああ……幸せだなぁ)
実家では、嵐の夜は恐怖の時間だった。
けれど今、この腕の中は世界で一番安全な場所だ。
どんな災害も、父たちの悪意も、この人はきっと全て防いでくれる。
「おやすみ、エリス」
「おやすみなさい、あなた」
彼の体温に包まれ、私はあっという間にまどろみの中へと落ちていった。
翌朝。
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