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【第1章】 捨てられ令嬢と氷の公爵
第12話 氷の公爵の秘密と、私の魔力
その異変は、唐突に訪れた。
嵐の夜の「添い寝事件」から数日が過ぎた、ある晴れた日の午後。
私はいつものように、執務室で領地の帳簿を確認していた。
ジークハルト様は朝から「少し頭痛がする」と言って自室に篭(こも)っていたけれど、お昼には顔を見せてくれるはずだった。
「……遅いですね」
時計の針は正午を大きく回っている。
几帳面な彼が、約束の時間に遅れるなんて珍しい。
胸騒ぎを覚えた私が、様子を見に行こうと席を立った、その時だ。
バタンッ!!
執務室の扉が乱暴に開かれた。
「奥様!! 大変です!!」
「ハンスさん? どうしましたか、そんなに慌てて」
いつも冷静沈着な執事のハンスが、見たこともないほど蒼白な顔をして息を切らしている。
その様子に、私の血の気が引いた。
「旦那様が……ジークハルト様が倒れられました!」
「えっ……!?」
「『氷の発作』です! 魔力が暴走して、部屋が……とにかく来てください! 誰も近づけないんです!」
私はペンを放り出し、廊下を走った。
ドレスの裾が絡まるのも構わず、階段を駆け上がり、主寝室へと向かう。
近づくにつれて、空気が変わった。
寒い。
廊下の壁が白く凍りつき、呼気が白く染まる。
主寝室の前には、医師とメイドたちが集まっていたが、皆ガタガタと震えて中に入れないでいた。
「奥様! いけません、入ってはなりません!」
「どういうことですか! ジークハルト様は!?」
「魔力の暴走です……! 今の部屋の中は極寒地獄です。うかつに入れば、一瞬で凍らされます!」
医師が必死に私を止めようとする。
けれど、開け放たれた扉の向こうに見えた光景に、私は言葉を失った。
部屋中が、鋭い氷の結晶で覆われていた。
その中心にあるベッドで、ジークハルト様が苦悶の表情を浮かべてうずくまっている。
彼の体からあふれ出す青白い冷気が、周囲を無差別に凍らせているのだ。
「う……ぁ……ぐ、ぅ……」
「ジークハルト様!!」
私は医師の手を振り払い、部屋の中へと飛び込んだ。
「奥様っ!! 死にますぞ!!」
背後で悲鳴が上がる。
確かに、部屋に入った瞬間、刃物のような冷気が肌を刺した。
けれど。
(……寒くない)
不思議なことに、あの市場で感じたような、凍える寒さではなかった。
むしろ、彼の魔力が泣き叫んでいるように感じられた。
寂しい、苦しい、助けて――と。
私は凍りついた床を踏み締め、ベッドへと駆け寄った。
ジークハルト様の銀髪は霜で真っ白になり、美しい顔は苦痛に歪んでいる。
「ジークハルト様、しっかりしてください!」
「……来る、な……ッ!」
彼は薄く目を開け、私を見て絶望的な顔をした。
「離れ、ろ……! 私に触れると……凍るぞ……ッ!!」
「凍りません! 私は大丈夫です!」
「馬鹿、な……私の魔力は、触れるもの全てを……」
彼が私を突き放そうとする。
けれど私は、その氷のように冷たい手を、両手でギュッと握りしめた。
その瞬間。
カッ――。
私の手のひらから、淡い金色の光があふれ出した。
「な……?」
驚いたのは私の方だった。
その光がジークハルト様の腕を伝わっていくと、暴れ狂っていた青白い冷気が、嘘のようにスーッと引いていくのだ。
まるで、荒れ狂う嵐が、太陽の光で鎮まるように。
「……温かい」
ジークハルト様の強ばっていた体が、ふわりと力を失う。
苦悶の表情が消え、安らかな寝顔へと変わっていく。
部屋を覆っていた氷も、ガラスが砕けるような音を立てて消滅していった。
「旦那様……?」
「氷が、消えた……?」
呆然と立ち尽くす医師たちが、恐る恐る部屋に入ってくる。
ジークハルト様の熱(冷気)は完全に引いていた。
彼は私の手を握り返したまま、穏やかな寝息を立て始めた。
「……信じられない」
医師がジークハルト様の脈を診り、震える声で言った。
「公爵家の歴代当主を苦しめてきた『魔力過多』の発作……。これほど強力な暴走を、薬もなしに鎮めるとは」
「あ、あの。私、ただ手を握っただけで……」
「奥様。あなたはもしや、『魔力中和』の体質をお持ちではありませんか?」
「魔力中和……?」
聞いたことがない言葉だった。
実家では「無能」と言われ、魔力なんてほとんどないと言われてきた私だ。
けれど、思い返してみれば。
あの時、彼に手当てをしてもらった時も、市場で彼に触れた時も、彼の冷たさを「心地よい」と感じていた。
あれは私の気のせいではなく、私の中に眠っていた力が、彼の魔力を受け入れていたからなのかもしれない。
「……ああ、なんと」
ハンスが涙ぐみながら、胸の前で手を組んだ。
「旦那様はずっと、ご自身の強すぎる魔力に苦しんでおられました。誰にも触れられない孤独、いつ暴走して大切なものを壊してしまうかという恐怖……。それを癒せる方が、ようやく現れたのですね」
私は眠るジークハルト様の顔を見つめた。
いつもは強くて完璧な彼が、今は無防備な子供のように眠っている。
私が彼に救われたように。
私もまた、彼を救うことができるのだろうか。
「……ずっとお傍にいます、ジークハルト様」
私は彼の手を頬に寄せ、祈るように呟いた。
この時、私は初めて自覚したのだ。
私がこの屋敷に来たのは、決して「余りモノの処分」などという悲しい理由ではなく。
運命が、凍りついた彼を溶かすために、私をここへ導いてくれたのだと。
嵐の夜の「添い寝事件」から数日が過ぎた、ある晴れた日の午後。
私はいつものように、執務室で領地の帳簿を確認していた。
ジークハルト様は朝から「少し頭痛がする」と言って自室に篭(こも)っていたけれど、お昼には顔を見せてくれるはずだった。
「……遅いですね」
時計の針は正午を大きく回っている。
几帳面な彼が、約束の時間に遅れるなんて珍しい。
胸騒ぎを覚えた私が、様子を見に行こうと席を立った、その時だ。
バタンッ!!
執務室の扉が乱暴に開かれた。
「奥様!! 大変です!!」
「ハンスさん? どうしましたか、そんなに慌てて」
いつも冷静沈着な執事のハンスが、見たこともないほど蒼白な顔をして息を切らしている。
その様子に、私の血の気が引いた。
「旦那様が……ジークハルト様が倒れられました!」
「えっ……!?」
「『氷の発作』です! 魔力が暴走して、部屋が……とにかく来てください! 誰も近づけないんです!」
私はペンを放り出し、廊下を走った。
ドレスの裾が絡まるのも構わず、階段を駆け上がり、主寝室へと向かう。
近づくにつれて、空気が変わった。
寒い。
廊下の壁が白く凍りつき、呼気が白く染まる。
主寝室の前には、医師とメイドたちが集まっていたが、皆ガタガタと震えて中に入れないでいた。
「奥様! いけません、入ってはなりません!」
「どういうことですか! ジークハルト様は!?」
「魔力の暴走です……! 今の部屋の中は極寒地獄です。うかつに入れば、一瞬で凍らされます!」
医師が必死に私を止めようとする。
けれど、開け放たれた扉の向こうに見えた光景に、私は言葉を失った。
部屋中が、鋭い氷の結晶で覆われていた。
その中心にあるベッドで、ジークハルト様が苦悶の表情を浮かべてうずくまっている。
彼の体からあふれ出す青白い冷気が、周囲を無差別に凍らせているのだ。
「う……ぁ……ぐ、ぅ……」
「ジークハルト様!!」
私は医師の手を振り払い、部屋の中へと飛び込んだ。
「奥様っ!! 死にますぞ!!」
背後で悲鳴が上がる。
確かに、部屋に入った瞬間、刃物のような冷気が肌を刺した。
けれど。
(……寒くない)
不思議なことに、あの市場で感じたような、凍える寒さではなかった。
むしろ、彼の魔力が泣き叫んでいるように感じられた。
寂しい、苦しい、助けて――と。
私は凍りついた床を踏み締め、ベッドへと駆け寄った。
ジークハルト様の銀髪は霜で真っ白になり、美しい顔は苦痛に歪んでいる。
「ジークハルト様、しっかりしてください!」
「……来る、な……ッ!」
彼は薄く目を開け、私を見て絶望的な顔をした。
「離れ、ろ……! 私に触れると……凍るぞ……ッ!!」
「凍りません! 私は大丈夫です!」
「馬鹿、な……私の魔力は、触れるもの全てを……」
彼が私を突き放そうとする。
けれど私は、その氷のように冷たい手を、両手でギュッと握りしめた。
その瞬間。
カッ――。
私の手のひらから、淡い金色の光があふれ出した。
「な……?」
驚いたのは私の方だった。
その光がジークハルト様の腕を伝わっていくと、暴れ狂っていた青白い冷気が、嘘のようにスーッと引いていくのだ。
まるで、荒れ狂う嵐が、太陽の光で鎮まるように。
「……温かい」
ジークハルト様の強ばっていた体が、ふわりと力を失う。
苦悶の表情が消え、安らかな寝顔へと変わっていく。
部屋を覆っていた氷も、ガラスが砕けるような音を立てて消滅していった。
「旦那様……?」
「氷が、消えた……?」
呆然と立ち尽くす医師たちが、恐る恐る部屋に入ってくる。
ジークハルト様の熱(冷気)は完全に引いていた。
彼は私の手を握り返したまま、穏やかな寝息を立て始めた。
「……信じられない」
医師がジークハルト様の脈を診り、震える声で言った。
「公爵家の歴代当主を苦しめてきた『魔力過多』の発作……。これほど強力な暴走を、薬もなしに鎮めるとは」
「あ、あの。私、ただ手を握っただけで……」
「奥様。あなたはもしや、『魔力中和』の体質をお持ちではありませんか?」
「魔力中和……?」
聞いたことがない言葉だった。
実家では「無能」と言われ、魔力なんてほとんどないと言われてきた私だ。
けれど、思い返してみれば。
あの時、彼に手当てをしてもらった時も、市場で彼に触れた時も、彼の冷たさを「心地よい」と感じていた。
あれは私の気のせいではなく、私の中に眠っていた力が、彼の魔力を受け入れていたからなのかもしれない。
「……ああ、なんと」
ハンスが涙ぐみながら、胸の前で手を組んだ。
「旦那様はずっと、ご自身の強すぎる魔力に苦しんでおられました。誰にも触れられない孤独、いつ暴走して大切なものを壊してしまうかという恐怖……。それを癒せる方が、ようやく現れたのですね」
私は眠るジークハルト様の顔を見つめた。
いつもは強くて完璧な彼が、今は無防備な子供のように眠っている。
私が彼に救われたように。
私もまた、彼を救うことができるのだろうか。
「……ずっとお傍にいます、ジークハルト様」
私は彼の手を頬に寄せ、祈るように呟いた。
この時、私は初めて自覚したのだ。
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