妹に婚約者を奪われたので、怪物と噂の「冷徹公爵」に嫁ぎます。~どうやら彼は不器用なだけだったようで、今さら実家に戻れと言われても困ります~

みやび

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【第2章】 華麗なる社交界デビューと、愚か者たちへの断罪

第17話 王都の別邸と、美のカリスマ

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 三日間の快適な馬車の旅を終え、私たちはついに王都へと到着した。
 車窓から見える景色は、北の静寂な銀世界とはまるで違う。石造りの建物がひしめき合い、大通りを行き交う人々の活気と喧騒が、ガラス越しにも伝わってくる。

 かつて私が住んでいたこの街。けれど、見える景色は以前とは全く異なっていた。
 男爵家の狭い馬車から盗み見ていた憧れの景色ではなく、今は「公爵家の馬車」という高い位置から、街を見下ろしているのだ。

「着いたぞ、エリス」

 馬車が速度を緩め、巨大な鉄格子の門の前で止まった。
 そこは王都の一等地、王城にほど近い貴族街の中でも、ひときわ広大な敷地を持つ「ジークハルト公爵家・王都別邸」だった。

 門が開くと、左右に整列した数十人の使用人たちが、一糸乱れぬ動きで深く頭を下げた。

「お帰りなさいませ、旦那様! そして、ようこそお越しくださいました、奥様!」

 その声はよく通り、訓練された誇り高さが感じられた。
 馬車を降りた私は、目の前に聳(そび)え立つ白亜の洋館に圧倒されて言葉を失った。
 別邸? これが?
 どう見ても、私の実家である男爵家の本邸が十個は入りそうな規模だ。手入れの行き届いた庭園には噴水が輝き、建物の柱には精緻な彫刻が施されている。

「……呆けている場合か。行くぞ」
「あ、はい!」

 ジークハルト様は私の腰を抱き寄せると、堂々と正面玄関へとエスコートした。
 使用人たちの視線が集まる。けれど、そこには好奇心や侮蔑の色はない。主人が選んだ女性を、彼らもまた心から歓迎してくれているのが伝わってきた。
 私は背筋を伸ばし、公爵夫人にふさわしい歩き方を意識しながら、光り輝くシャンデリアの下へと足を踏み入れた。

 ◇

 案内されたのは、二階にある「衣装部屋(サロン)」と呼ばれる広間だった。
 そこには既に、大量のドレスや生地見本、そして何より目を引く一人の人物が待機していた。

「あーら、お待ちしておりましたわよぉ~! ジークハルト様!」

 派手な紫色のスーツに身を包み、首元には大ぶりのスカーフ。
 きれいに整えられた髭と、少し濃いめのアイメイク。
 その人物は、独特のくねりながら近づいてくると、扇子(せんす)で口元を隠してウインクをした。

「紹介しよう。王室御用達のデザイナー、リカルドだ。腕は確かだが、少々……いや、かなり癖が強い」
「ちょっとぉ! 紹介が雑じゃありませんこと!? これでも、王妃様のドレスを手掛ける『美の魔術師』と呼ばれておりますのよ?」

 リカルドさんは憤慨したふりをした後、クルリと私のほうへ向き直った。
 その瞬間、彼の目の色が、獲物を狙う鷹のように鋭いものに変わった。

「……で? こちらが、あの『氷の公爵』を溶かしたという噂の奥様?」
「は、はじめまして。エリスと申します」

 私が緊張して挨拶をすると、リカルドさんは無言で私の周りを一周し始めた。
 じろじろと、頭のてっぺんから爪先まで。まるで商品を品定めするような視線だ。

「ふぅん……。正直に言っていいかしら?」
「は、はい」
「地味ね」

 バッサリと言い捨てられた。
 分かってはいたけれど、プロにはっきり言われると胸に刺さる。

「服のセンスが古臭いし、色はくすんでる。髪の手入れも最低限。姿勢も自信なさげで猫背気味。……これじゃあ、夜会に出ても『壁の花』どころか『壁のシミ』よ」
「リカルド。言葉を選べ」

 ジークハルト様の周りの温度が急激に下がる。
 部屋の空気がピリついた。けれど、リカルドさんは怯まなかった。

「事実ですもの! 私はプロよ、お世辞なんて言わないわ。……でもね」

 リカルドさんは突然、私の手を取り、顔を近づけてきた。

「素材は、最高よ」

 彼は私の頬に触れ、それから指先をじっくりと観察した。

「見てこの肌のキメ細かさ! 北の冷たい空気と、良い食事、それに……旦那様の『過保護な魔力』で守られているおかげかしら? 透き通るような白磁の肌だわ。それにこの瞳! 今は不安げに揺れているけれど、奥底には強い光がある。……あら? この手、随分と働き者の手をしているのね」

 リカルドさんの指が、私のペンだこをなぞる。
 実家では隠していた恥ずかしい部分。けれど、彼はそれを愛おしそうに眺めた。

「苦労してきたのねぇ。でも、それがいいのよ。温室育ちのひ弱なお嬢ちゃんには出せない、『芯の強さ』が滲み出ているわ。……ゾクゾクしちゃう」

 彼は恍惚とした表情を浮かべると、パン! と扇子を鳴らした。

「決めたわ! アタシの最高傑作にしてあげる。この原石を、会場にいる全ての貴族がひれ伏すような『至高の宝石』に磨き上げてみせるわ!」
「……お手柔らかに頼むぞ。私の妻を疲れさせるな」
「分かってるわよ、愛妻家さん。さあ、エリスちゃん! こっちへいらっしゃい!」

 そこからは、まさに怒涛の時間だった。

「これじゃないわ! ピンクなんて甘ったるい色は似合わない!」
「フリルは禁止! あなたの美しさは、そんなごまかしがなくても際立つのよ!」

 次々と運ばれてくるドレスを当てては、リカルドさんが秒速で却下していく。
 部屋中がシルクやサテン、ベルベットの海になっていく。

 私は戸惑っていた。
 実家では、ミリアのお下がりの、サイズも合わない色あせたドレスしか着せてもらえなかった。新しいドレスを選ぶなんて、夢物語だった。
 それなのに今、目の前には国中の富を集めたような光景が広がっている。

「あの……こんなに高価な生地ばかり、もったいないです。もっと地味なものでも……」
「お黙りなさい!」

 リカルドさんがピシャリと言った。

「いいこと? ドレスはね、ただの布じゃないの。『戦闘服(アーマー)』なのよ。あなたはこれから、自分を捨てた家族や、意地悪な世間という戦場に出て行くんでしょう?」
「戦場……」
「そうよ。そんな弱気な装備で勝てると思って? 舐められたくないなら、圧倒的な美しさで黙らせなさい。自信がないなら、ドレスがそれを補ってあげる。そのためにアタシたちがいるのよ!」

 彼の言葉は、胸の奥にストンと落ちた。
 そうだ。私はもう、隠れて生きる「日陰の令嬢」じゃない。
 ジークハルト公爵の妻として、彼の隣に胸を張って立つと決めたのだ。

「……分かりました。お願いします、リカルドさん。私を、戦える姿にしてください」
「ええ、任せなさい!」

 リカルドさんは満足げに笑うと、一枚の生地を手に取った。
 それは、深い夜空のような、あるいは深海のような、艶やかなミッドナイトブルーのシルクだった。

「今回のテーマは『氷の女王』よ。……旦那様の瞳の色と同じ、この青を使いましょう」

 彼は私の体にその布をドレープのように巻き付け、鏡の前に立たせた。
 鏡に映った自分を見て、私は息を呑んだ。
 青い布は、私の白い肌を驚くほど引き立て、地味だと思っていた顔立ちを、凛としたものに変えて見せたのだ。

「ジークハルト様、いかがかしら?」

 ソファで書類を見ていたジークハルト様が顔を上げる。
 彼は私を見た瞬間、持っていた書類を取り落とし、口を半開きにして固まった。

「……あ……」
「あら、氷の公爵様ともあろうお方が、言葉を失うなんて。大成功ね」

 ジークハルト様はゆっくりと立ち上がり、私のもとへ歩み寄ると、震える手で私の頬に触れた。

「……美しい。まだ布を当てただけだというのに、目が離せない」
「ジークハルト様……」
「本番が楽しみだ。……いや、正直に言えば、誰にも見せたくないくらいだ」

 その熱っぽい視線に、私は顔が熱くなった。
 けれど、今度は恥ずかしさで俯いたりはしない。
 私は彼を見つめ返し、微笑んだ。

「当日は、一番近くで見ていてくださいね。……あなたのための装いですから」

 こうして、私の「変身プロジェクト」は幕を開けた。
 デザインが決まると、今度は採寸、肌磨き、そして歩き方の特訓。
 リカルドさんの指導は厳しかったけれど、その全てが私への、そしてジークハルト様への敬意に満ちていた。

 夜会まであと三日。
 鏡の中の私が、少しずつ、けれど確実に、「公爵夫人」の顔へと変わっていく。
 その先にある「再会」の時を、静かに待ちながら。
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