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【第3章】 氷の公爵家の奇跡、そして永遠の春へ
第28話 胎動の喜びと、凍りつく夜
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王都の冬は、北の領地ほど厳しくはない。
けれど、今年の冬は例年になく寒く感じられた。
それが気候のせいなのか、それとも私のお腹の中にいる「小さな氷の君」のせいなのかは、まだ分からない。
妊娠六ヶ月。
私のお腹は、服の上からでもはっきりと分かるほどふっくらとしていた。
つわりも落ち着き、食欲も戻ってきた私は、暖炉の前のロッキングチェアに座り、編みかけのベビーブランケットと格闘するのが日課になっていた。
「……ここを、こうして……あれ? 目が飛んだかしら」
「エリス。根を詰めすぎだ。少し休め」
向かいのソファで書類仕事をしていたジークハルト様が、心配そうに声をかけてくる。
彼は最近、王城での公務を極力減らし、屋敷で執務をすることが増えていた。
「妻と子の側を離れたくない」というのが表向きの理由だが、本当は、日に日に強くなる胎児の魔力を警戒してのことだ。
「大丈夫ですよ。……あの子が生まれてくる春までに、とびきり温かい毛布を編んであげたいんです」
「気が早いな。……だが、悪くない」
彼はふっと表情を緩め、手元の書類を置くと、私の隣に歩み寄ってきた。
そして、跪(ひざまず)いて目線を私のお腹の高さに合わせ、愛おしそうにそっと手を触れた。
「……今日も元気か?」
「ええ。さっきから、ポコポコと動いている気がします。……ジークハルト様の声が聞こえたからかもしれませんね」
そう微笑み合った、その時だった。
ドンッ。
今までとは違う、はっきりとした衝撃が、お腹の内側から走った。
「あ……っ!」
「エリス!?」
「い、いえ、痛みじゃありません。……今、蹴りました!」
「蹴った……?」
ジークハルト様が目を丸くする。
彼が慌ててお腹に耳を当てようとした瞬間、再び――ドンッ! と、力強い一撃が放たれた。
「おお……っ! 動いた! 今、確かに私の掌を蹴ったぞ!」
普段は冷静沈着な公爵様が、子供のように目を輝かせて歓声を上げた。
「すごいな、エリス! なんて力強いんだ! これは間違いなく、将来有望な剣士になるぞ!」
「ふふ、女の子かもしれませんよ? でも、本当に……元気ですね」
胸がいっぱいになった。
ここに、命がある。
愛する人との間に宿った、確かな結晶が、ここに生きている。
私たちは顔を見合わせ、幸せを噛みしめるように笑い合った。
――しかし。
その感動は、一瞬にして「戦慄(せんりつ)」へと変わることになる。
パキキキキッ……!!
赤ちゃんの胎動に呼応するように、唐突に、部屋の空気が凍りついたのだ。
ただ寒くなったのではない。
私のお腹を中心にして、放射状に鋭い「霜」が走ったのだ。
私の膝にかけていたブランケットが一瞬でカチンコチンに凍りつき、サイドテーブルに置いてあった温かいハーブティーが、湯気ごと氷像のように固まってしまった。
「なっ……!?」
「きゃあ!」
あまりの冷たさに、私は悲鳴を上げた。
お腹が、熱した鉄を押し当てられたように――いや、ドライアイスを直接押し当てられたように焼ける感覚がした。
「エリス!!」
ジークハルト様が咄嗟に私を抱きしめ、自分の体温で温めようとする。
しかし、冷気は止まらない。
お腹の中の子が、「動いた」拍子に、無意識に膨大な魔力を放出してしまったのだ。
「ぐっ……なんて魔力だ……! まだ産まれてもいないのに、これほどの冷却魔法を……!」
「ジ、ジークハルト様……苦しい……お腹が、冷たい……!」
「しっかりしろ! 今、中和する!」
彼は私の背中に手を当て、自分の魔力を使って相殺しようとした。
けれど、私は首を横に振った。
「だめ……! あなたの魔力をぶつけたら、あの子がびっくりしてしまうわ!」
「だが、このままではお前が凍傷になる!」
「私がやります……! 私なら、優しく止められますから……!」
私はガチガチと震える歯を食いしばり、深呼吸をした。
意識をお腹の中へ。
暴れている冷たい嵐の中心にいる、小さな命へ。
(……いいこ、いいこ。大丈夫よ。パパもママも怒ってないわ。……だから、静まりなさい)
私の掌から、金色の光が溢れ出す。
それは以前よりも強く、濃密な光だった。
光がお腹を包み込むと、暴走していた冷気は、まるで母親に諭された子供のように、しゅんと小さくなっていった。
凍りついていたブランケットがふわりと戻り、部屋の温度が徐々に戻っていく。
「……はぁ、はぁ……」
「エリス……」
冷気は収まった。
けれど、私はどっと押し寄せた疲労感に、その場に崩れ落ちそうになった。
たった一度の胎動。それを抑え込むだけで、短距離走を全力で走った後のように息が切れる。
「……すまない。私の判断が遅れた」
「いえ……あの子、嬉しかっただけなんです。パパの声が聞こえて、はしゃいじゃったのね」
私は強がって微笑んだが、内心では冷や汗をかいていた。
(今の魔力放出量……先月の倍以上だわ)
赤ちゃんの成長は喜ばしい。けれど、その成長速度に、私の「中和能力」が追いつかなくなる日が近づいているのを感じてしまった。
◇
その夜。
医師の診察を受けた後、私たちは寝室のベッドに入った。
「胎児の成長は順調すぎるほどです。……ですが、魔力の増大傾向が予想を上回っています」
医師の言葉が、重く耳に残っている。
ジークハルト様は、背中から私を抱きしめ、私のお腹に手を添えていた。
彼の温もりが心地よい。
けれど、彼が眠っていないことを私は知っていた。
「……エリス」
「はい」
「もし、次にまた今日のようなことが起きたら……私は躊躇(ためら)わないぞ」
彼の声は低く、硬かった。
何を「躊躇わない」のか。あえて口にはしなかったけれど、その意味は痛いほど分かった。
彼は、私の身に危険が及ぶなら、子供の魔力を強制的に封じる――つまり、子供の命を危険に晒してでも私を守るつもりなのだ。
「大丈夫です」
私は彼の手の上から、自分の手を重ねた。
「あの子は、聞き分けの良い子です。……ほら、今はこんなに大人しいでしょう?」
「……ああ。そうだな」
彼の手が、わずかに震えている。
世界最強の魔導師であり、冷徹な公爵である彼が、見えない未来に怯えている。
私が彼を守らなきゃ。
そして、この子も守らなきゃ。
(ママが頑張るからね。……だから、もう少しだけお手柔らかにお願いね、豆粒ちゃん)
私はお腹の中の小さな命に、こっそりとお願いをした。
窓の外では、風が強くなり始めていた。
まるで、これから訪れる試練の季節を告げるかのように、木々がざわめいていた。
胎動という「生」の証と、凍結という「死」の予兆。
相反する二つの事象を抱えながら、私たちは長く寒い夜を越えていく。
けれど、今年の冬は例年になく寒く感じられた。
それが気候のせいなのか、それとも私のお腹の中にいる「小さな氷の君」のせいなのかは、まだ分からない。
妊娠六ヶ月。
私のお腹は、服の上からでもはっきりと分かるほどふっくらとしていた。
つわりも落ち着き、食欲も戻ってきた私は、暖炉の前のロッキングチェアに座り、編みかけのベビーブランケットと格闘するのが日課になっていた。
「……ここを、こうして……あれ? 目が飛んだかしら」
「エリス。根を詰めすぎだ。少し休め」
向かいのソファで書類仕事をしていたジークハルト様が、心配そうに声をかけてくる。
彼は最近、王城での公務を極力減らし、屋敷で執務をすることが増えていた。
「妻と子の側を離れたくない」というのが表向きの理由だが、本当は、日に日に強くなる胎児の魔力を警戒してのことだ。
「大丈夫ですよ。……あの子が生まれてくる春までに、とびきり温かい毛布を編んであげたいんです」
「気が早いな。……だが、悪くない」
彼はふっと表情を緩め、手元の書類を置くと、私の隣に歩み寄ってきた。
そして、跪(ひざまず)いて目線を私のお腹の高さに合わせ、愛おしそうにそっと手を触れた。
「……今日も元気か?」
「ええ。さっきから、ポコポコと動いている気がします。……ジークハルト様の声が聞こえたからかもしれませんね」
そう微笑み合った、その時だった。
ドンッ。
今までとは違う、はっきりとした衝撃が、お腹の内側から走った。
「あ……っ!」
「エリス!?」
「い、いえ、痛みじゃありません。……今、蹴りました!」
「蹴った……?」
ジークハルト様が目を丸くする。
彼が慌ててお腹に耳を当てようとした瞬間、再び――ドンッ! と、力強い一撃が放たれた。
「おお……っ! 動いた! 今、確かに私の掌を蹴ったぞ!」
普段は冷静沈着な公爵様が、子供のように目を輝かせて歓声を上げた。
「すごいな、エリス! なんて力強いんだ! これは間違いなく、将来有望な剣士になるぞ!」
「ふふ、女の子かもしれませんよ? でも、本当に……元気ですね」
胸がいっぱいになった。
ここに、命がある。
愛する人との間に宿った、確かな結晶が、ここに生きている。
私たちは顔を見合わせ、幸せを噛みしめるように笑い合った。
――しかし。
その感動は、一瞬にして「戦慄(せんりつ)」へと変わることになる。
パキキキキッ……!!
赤ちゃんの胎動に呼応するように、唐突に、部屋の空気が凍りついたのだ。
ただ寒くなったのではない。
私のお腹を中心にして、放射状に鋭い「霜」が走ったのだ。
私の膝にかけていたブランケットが一瞬でカチンコチンに凍りつき、サイドテーブルに置いてあった温かいハーブティーが、湯気ごと氷像のように固まってしまった。
「なっ……!?」
「きゃあ!」
あまりの冷たさに、私は悲鳴を上げた。
お腹が、熱した鉄を押し当てられたように――いや、ドライアイスを直接押し当てられたように焼ける感覚がした。
「エリス!!」
ジークハルト様が咄嗟に私を抱きしめ、自分の体温で温めようとする。
しかし、冷気は止まらない。
お腹の中の子が、「動いた」拍子に、無意識に膨大な魔力を放出してしまったのだ。
「ぐっ……なんて魔力だ……! まだ産まれてもいないのに、これほどの冷却魔法を……!」
「ジ、ジークハルト様……苦しい……お腹が、冷たい……!」
「しっかりしろ! 今、中和する!」
彼は私の背中に手を当て、自分の魔力を使って相殺しようとした。
けれど、私は首を横に振った。
「だめ……! あなたの魔力をぶつけたら、あの子がびっくりしてしまうわ!」
「だが、このままではお前が凍傷になる!」
「私がやります……! 私なら、優しく止められますから……!」
私はガチガチと震える歯を食いしばり、深呼吸をした。
意識をお腹の中へ。
暴れている冷たい嵐の中心にいる、小さな命へ。
(……いいこ、いいこ。大丈夫よ。パパもママも怒ってないわ。……だから、静まりなさい)
私の掌から、金色の光が溢れ出す。
それは以前よりも強く、濃密な光だった。
光がお腹を包み込むと、暴走していた冷気は、まるで母親に諭された子供のように、しゅんと小さくなっていった。
凍りついていたブランケットがふわりと戻り、部屋の温度が徐々に戻っていく。
「……はぁ、はぁ……」
「エリス……」
冷気は収まった。
けれど、私はどっと押し寄せた疲労感に、その場に崩れ落ちそうになった。
たった一度の胎動。それを抑え込むだけで、短距離走を全力で走った後のように息が切れる。
「……すまない。私の判断が遅れた」
「いえ……あの子、嬉しかっただけなんです。パパの声が聞こえて、はしゃいじゃったのね」
私は強がって微笑んだが、内心では冷や汗をかいていた。
(今の魔力放出量……先月の倍以上だわ)
赤ちゃんの成長は喜ばしい。けれど、その成長速度に、私の「中和能力」が追いつかなくなる日が近づいているのを感じてしまった。
◇
その夜。
医師の診察を受けた後、私たちは寝室のベッドに入った。
「胎児の成長は順調すぎるほどです。……ですが、魔力の増大傾向が予想を上回っています」
医師の言葉が、重く耳に残っている。
ジークハルト様は、背中から私を抱きしめ、私のお腹に手を添えていた。
彼の温もりが心地よい。
けれど、彼が眠っていないことを私は知っていた。
「……エリス」
「はい」
「もし、次にまた今日のようなことが起きたら……私は躊躇(ためら)わないぞ」
彼の声は低く、硬かった。
何を「躊躇わない」のか。あえて口にはしなかったけれど、その意味は痛いほど分かった。
彼は、私の身に危険が及ぶなら、子供の魔力を強制的に封じる――つまり、子供の命を危険に晒してでも私を守るつもりなのだ。
「大丈夫です」
私は彼の手の上から、自分の手を重ねた。
「あの子は、聞き分けの良い子です。……ほら、今はこんなに大人しいでしょう?」
「……ああ。そうだな」
彼の手が、わずかに震えている。
世界最強の魔導師であり、冷徹な公爵である彼が、見えない未来に怯えている。
私が彼を守らなきゃ。
そして、この子も守らなきゃ。
(ママが頑張るからね。……だから、もう少しだけお手柔らかにお願いね、豆粒ちゃん)
私はお腹の中の小さな命に、こっそりとお願いをした。
窓の外では、風が強くなり始めていた。
まるで、これから訪れる試練の季節を告げるかのように、木々がざわめいていた。
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