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【第3章】 氷の公爵家の奇跡、そして永遠の春へ
第32話 氷雪の夜、産声は高らかに(後編)
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限界を超えた痛みと、奔流のような魔力の中で、私の意識は真っ白な光の中にいた。
(……ああ、もう少し。あと少しで、会える)
お腹の中で渦巻く強大な冷気。それは、産まれ出ようとする我が子の「命の輝き」そのものだった。
ただ、その輝きがあまりに強すぎて、自分自身も周囲も傷つけてしまいそうになっているのだ。
だから、私が導かなければならない。
出口はこっちよ。怖くないわ。パパとママが、あなたを全力で受け止めるから。
「エリス!! 今だ!!」
ジークハルト様の叫び声が、遠く霞む意識を現実に引き戻した。
彼は私に覆いかぶさるように抱きしめ、自身の全魔力を私の中に注ぎ込み続けている。彼の心臓の鼓動が、私の背中越しに痛いほど伝わってくる。
二人の魂が完全に同調し、一つの巨大な魔力の渦となって、お腹の子を押し出そうとしていた。
「ん、ぐ、あぁぁぁぁぁーーっ!!」
私はありったけの力を込め、命の限りいきんだ。
全身の血管が沸騰し、骨がきしみ、視界がスパークする。
――ピキッ。
世界に亀裂が入るような、硬質な音が響いた。
それは、赤ちゃんが無意識に張り巡らせていた「氷の殻」が砕ける音だった。
パァァァァァァンッ――!!
次の瞬間、轟音と共に、目も眩むような青白い光が部屋中を埋め尽くした。
光の粒子がダイヤモンドダストのように舞い散り、嵐のような冷気が爆風となって吹き荒れる。
そして。
その暴風の中心から、世界を切り裂くような、力強い産声が響き渡った。
「――オギャアアアアア! オギャアアアアアッ!!」
時が止まった。
苦痛に歪んでいた私の体から、憑き物が落ちたように力が抜けていく。
代わりに訪れたのは、信じられないほどの静寂と、肌を刺すような冷気だった。
「……はぁ、はぁ……」
私は荒い息を吐きながら、薄目を開けた。
そこには、信じがたい光景が広がっていた。
シャンデリアには巨大なつららが垂れ下がり、壁も床も、一面が分厚い氷で覆われている。
医師や助産師たちは、防寒着の上からさらに霜を被り、ガタガタと震えながら呆然と立ち尽くしていた。
まるで、極寒の雪山に放り出されたかのような惨状。
しかし、その中心で。
「……産まれた……」
医師が、震える手で白い布の塊を掲げていた。
その布の隙間から、元気な産声が上がり続けている。
泣くたびに、赤ちゃんの口から白い吐息が漏れ、それがキラキラと結晶化して雪になり、部屋の中に降り注いでいく。
「おめでとうございます……っ! 元気な、男の子です……!」
医師の声は涙で震えていた。
彼らもまた、死ぬ思いでこの出産に立ち会ってくれたのだ。
「……エリス」
ジークハルト様が、よろめきながら体を起こした。
彼の顔色は紙のように白く、魔力枯渇で立っているのもやっとのはずだ。
それでも、彼の瞳は熱く燃え、愛おしそうに私を見つめていた。
「やったな。……私たちが、勝ったんだ」
「はい……あなた……」
彼が医師から赤ちゃんを受け取る。
その手つきは、壊れ物を扱うように慎重で、そして恐る恐るだった。
まだ血と羊水に濡れた小さな体。
けれど、その肌は透き通るように白く、産毛のような髪は、ジークハルト様と同じ美しい銀色をしていた。
「……なんて、冷たいんだ」
ジークハルト様が呟く。
そしてすぐに、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「だが、心地よい冷たさだ。……私の魔力と、同じ匂いがする」
彼は赤ちゃんを大切に抱きかかえ、私の胸元へと運んでくれた。
私は震える腕を伸ばし、我が子を抱きしめた。
ヒヤリとした感触。
まるで氷の妖精を抱いているようだ。
けれど、その奥にはトクトクと脈打つ、確かな命の熱があった。
「ようこそ、赤ちゃん。……パパとママよ」
私が頬を寄せると、赤ちゃんは泣き止み、うっすらと瞼を開けた。
その瞳は、深い夜空のような、あるいは深海のような、神秘的なサファイアブルー。
私と、ジークハルト様の色を混ぜ合わせたような瞳だった。
「ふぇ……」
小さな手が、私の指をぎゅっと握り返す。
その瞬間、胸の奥から熱いものが込み上げ、涙となって溢れ出した。
生きていてよかった。
諦めなくてよかった。
この温もりに出会うために、私たちはあんなにも苦しい冬を越えてきたのだ。
「ありがとう、エリス。……私に家族をくれて、ありがとう」
「私こそ……こんなに可愛い宝物を、ありがとうございます」
私たちは、氷に閉ざされた部屋の中で、お互いの体温と赤ちゃんの重みを感じながら、いつまでも寄り添っていた。
部屋の中に降り続ける雪さえも、今は私たちを祝福するフラワーシャワーのように美しく見えた。
◇
しかし。
この感動的な誕生劇は、屋敷の中だけで完結するものではなかった。
私たちが一息ついた頃。
部屋の扉がノックされ、執事のハンスさんが入ってきた。
彼は厚手のコートを着込み、その肩には本物の雪が積もっていた。
「旦那様、奥様。……ご無事でのご出産、心よりお慶び申し上げます。使用人一同、涙して喜んでおります」
「ああ、ありがとうハンス。……だが、その格好はどうした? 屋敷の暖房魔石はどうなっている?」
ジークハルト様が尋ねると、ハンスさんは困ったように眉を下げ、窓の外を指差した。
「それが……暖房魔石を最大出力にしても、追いつかないのです。……これをご覧ください」
ジークハルト様が窓辺に歩み寄り、凍りついた窓ガラスを手の熱で溶かして外を見た。
私も、赤ちゃんを抱いたまま、背伸びをして外を覗いた。
そして、息を呑んだ。
「……嘘でしょう?」
そこに広がっていたのは、白銀の世界だった。
公爵邸の庭園はもちろん、遠くに見える王都の街並みまでもが、真っ白な雪と氷に覆われていたのだ。
今は春のはずだ。昨日までは、街路樹に緑が芽吹き、小鳥がさえずっていたはずだ。
それが、一夜にして真冬の景色に変わっていた。
「若様が産声を上げた瞬間……屋敷を中心とした半径数キロメートルにおいて、気温が急激に低下しました」
ハンスさんが淡々と、しかし深刻な調子で報告する。
「現在、王都の気温はマイナス十度。……空からは雪が降り続いており、止む気配がありません。気象魔導師たちの観測によれば、この異常気象の発生源は……間違いなく、ここ(公爵邸)であると」
私とジークハルト様は顔を見合わせ、それから腕の中の小さな「発生源」を見た。
赤ちゃんは、何も知らずにすやすやと眠っている。
寝息を立てるたびに、小さな鼻から白い冷気がプスン、と漏れ、それが空気中の水分を凍らせてキラキラと輝いている。
「……まさか。産声だけで、王都の天候を書き換えたというのか?」
ジークハルト様が額を押さえた。
彼もまた「氷の公爵」と呼ばれ、感情が高ぶれば周囲を凍らせる力を持っていたが、産まれたばかりの赤ん坊が、これほど広範囲に影響を及ぼすなど前代未聞だ。
この子は、父親の才能をあまりに色濃く、そして強力に受け継いでしまっていた。
「これは……まずいな」
ジークハルト様の表情が引き締まる。
「ただの異常気象なら誤魔化しようもあるが、発生源が公爵邸であることは、魔力感知ができる者ならすぐに分かる。……教会や、王宮の連中が騒ぎ出すぞ」
「『災厄の子』……ですか?」
私が不安げに尋ねると、彼は強く首を横に振った。
そして、戻ってきて私と赤ちゃんを強く抱きしめた。
「言わせておけ。この子は災厄などではない。……最強の魔力を持った、私たちの希望だ」
「ジークハルト様……」
「だが、守るためには準備が必要だ。エリス、体は辛いだろうが、もう少しだけ踏ん張ってくれ」
彼の瞳には、父親としての強い決意が宿っていた。
出産という戦いは終わった。
けれど、この規格外の赤ちゃんを守り、育てるという、さらに過酷で長い戦いが、今まさに幕を開けたのだ。
腕の中の赤ちゃんが、ふにゃりと身じろぎをする。
その拍子に、部屋の隅の花瓶の水がカチンと音を立てて凍った。
「……まずは、この子の魔力制御――つまり『抱っこ』の練習から始めなければならないようですね」
私が苦笑すると、ジークハルト様も「ああ、私の指が凍傷になりそうだ」と困ったように笑った。
窓の外では、季節外れの吹雪が吹き荒れている。
この雪が、私たちの前途多難な、けれど愛に満ちた育児生活の始まりを告げるファンファーレのようだった。
(……ああ、もう少し。あと少しで、会える)
お腹の中で渦巻く強大な冷気。それは、産まれ出ようとする我が子の「命の輝き」そのものだった。
ただ、その輝きがあまりに強すぎて、自分自身も周囲も傷つけてしまいそうになっているのだ。
だから、私が導かなければならない。
出口はこっちよ。怖くないわ。パパとママが、あなたを全力で受け止めるから。
「エリス!! 今だ!!」
ジークハルト様の叫び声が、遠く霞む意識を現実に引き戻した。
彼は私に覆いかぶさるように抱きしめ、自身の全魔力を私の中に注ぎ込み続けている。彼の心臓の鼓動が、私の背中越しに痛いほど伝わってくる。
二人の魂が完全に同調し、一つの巨大な魔力の渦となって、お腹の子を押し出そうとしていた。
「ん、ぐ、あぁぁぁぁぁーーっ!!」
私はありったけの力を込め、命の限りいきんだ。
全身の血管が沸騰し、骨がきしみ、視界がスパークする。
――ピキッ。
世界に亀裂が入るような、硬質な音が響いた。
それは、赤ちゃんが無意識に張り巡らせていた「氷の殻」が砕ける音だった。
パァァァァァァンッ――!!
次の瞬間、轟音と共に、目も眩むような青白い光が部屋中を埋め尽くした。
光の粒子がダイヤモンドダストのように舞い散り、嵐のような冷気が爆風となって吹き荒れる。
そして。
その暴風の中心から、世界を切り裂くような、力強い産声が響き渡った。
「――オギャアアアアア! オギャアアアアアッ!!」
時が止まった。
苦痛に歪んでいた私の体から、憑き物が落ちたように力が抜けていく。
代わりに訪れたのは、信じられないほどの静寂と、肌を刺すような冷気だった。
「……はぁ、はぁ……」
私は荒い息を吐きながら、薄目を開けた。
そこには、信じがたい光景が広がっていた。
シャンデリアには巨大なつららが垂れ下がり、壁も床も、一面が分厚い氷で覆われている。
医師や助産師たちは、防寒着の上からさらに霜を被り、ガタガタと震えながら呆然と立ち尽くしていた。
まるで、極寒の雪山に放り出されたかのような惨状。
しかし、その中心で。
「……産まれた……」
医師が、震える手で白い布の塊を掲げていた。
その布の隙間から、元気な産声が上がり続けている。
泣くたびに、赤ちゃんの口から白い吐息が漏れ、それがキラキラと結晶化して雪になり、部屋の中に降り注いでいく。
「おめでとうございます……っ! 元気な、男の子です……!」
医師の声は涙で震えていた。
彼らもまた、死ぬ思いでこの出産に立ち会ってくれたのだ。
「……エリス」
ジークハルト様が、よろめきながら体を起こした。
彼の顔色は紙のように白く、魔力枯渇で立っているのもやっとのはずだ。
それでも、彼の瞳は熱く燃え、愛おしそうに私を見つめていた。
「やったな。……私たちが、勝ったんだ」
「はい……あなた……」
彼が医師から赤ちゃんを受け取る。
その手つきは、壊れ物を扱うように慎重で、そして恐る恐るだった。
まだ血と羊水に濡れた小さな体。
けれど、その肌は透き通るように白く、産毛のような髪は、ジークハルト様と同じ美しい銀色をしていた。
「……なんて、冷たいんだ」
ジークハルト様が呟く。
そしてすぐに、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「だが、心地よい冷たさだ。……私の魔力と、同じ匂いがする」
彼は赤ちゃんを大切に抱きかかえ、私の胸元へと運んでくれた。
私は震える腕を伸ばし、我が子を抱きしめた。
ヒヤリとした感触。
まるで氷の妖精を抱いているようだ。
けれど、その奥にはトクトクと脈打つ、確かな命の熱があった。
「ようこそ、赤ちゃん。……パパとママよ」
私が頬を寄せると、赤ちゃんは泣き止み、うっすらと瞼を開けた。
その瞳は、深い夜空のような、あるいは深海のような、神秘的なサファイアブルー。
私と、ジークハルト様の色を混ぜ合わせたような瞳だった。
「ふぇ……」
小さな手が、私の指をぎゅっと握り返す。
その瞬間、胸の奥から熱いものが込み上げ、涙となって溢れ出した。
生きていてよかった。
諦めなくてよかった。
この温もりに出会うために、私たちはあんなにも苦しい冬を越えてきたのだ。
「ありがとう、エリス。……私に家族をくれて、ありがとう」
「私こそ……こんなに可愛い宝物を、ありがとうございます」
私たちは、氷に閉ざされた部屋の中で、お互いの体温と赤ちゃんの重みを感じながら、いつまでも寄り添っていた。
部屋の中に降り続ける雪さえも、今は私たちを祝福するフラワーシャワーのように美しく見えた。
◇
しかし。
この感動的な誕生劇は、屋敷の中だけで完結するものではなかった。
私たちが一息ついた頃。
部屋の扉がノックされ、執事のハンスさんが入ってきた。
彼は厚手のコートを着込み、その肩には本物の雪が積もっていた。
「旦那様、奥様。……ご無事でのご出産、心よりお慶び申し上げます。使用人一同、涙して喜んでおります」
「ああ、ありがとうハンス。……だが、その格好はどうした? 屋敷の暖房魔石はどうなっている?」
ジークハルト様が尋ねると、ハンスさんは困ったように眉を下げ、窓の外を指差した。
「それが……暖房魔石を最大出力にしても、追いつかないのです。……これをご覧ください」
ジークハルト様が窓辺に歩み寄り、凍りついた窓ガラスを手の熱で溶かして外を見た。
私も、赤ちゃんを抱いたまま、背伸びをして外を覗いた。
そして、息を呑んだ。
「……嘘でしょう?」
そこに広がっていたのは、白銀の世界だった。
公爵邸の庭園はもちろん、遠くに見える王都の街並みまでもが、真っ白な雪と氷に覆われていたのだ。
今は春のはずだ。昨日までは、街路樹に緑が芽吹き、小鳥がさえずっていたはずだ。
それが、一夜にして真冬の景色に変わっていた。
「若様が産声を上げた瞬間……屋敷を中心とした半径数キロメートルにおいて、気温が急激に低下しました」
ハンスさんが淡々と、しかし深刻な調子で報告する。
「現在、王都の気温はマイナス十度。……空からは雪が降り続いており、止む気配がありません。気象魔導師たちの観測によれば、この異常気象の発生源は……間違いなく、ここ(公爵邸)であると」
私とジークハルト様は顔を見合わせ、それから腕の中の小さな「発生源」を見た。
赤ちゃんは、何も知らずにすやすやと眠っている。
寝息を立てるたびに、小さな鼻から白い冷気がプスン、と漏れ、それが空気中の水分を凍らせてキラキラと輝いている。
「……まさか。産声だけで、王都の天候を書き換えたというのか?」
ジークハルト様が額を押さえた。
彼もまた「氷の公爵」と呼ばれ、感情が高ぶれば周囲を凍らせる力を持っていたが、産まれたばかりの赤ん坊が、これほど広範囲に影響を及ぼすなど前代未聞だ。
この子は、父親の才能をあまりに色濃く、そして強力に受け継いでしまっていた。
「これは……まずいな」
ジークハルト様の表情が引き締まる。
「ただの異常気象なら誤魔化しようもあるが、発生源が公爵邸であることは、魔力感知ができる者ならすぐに分かる。……教会や、王宮の連中が騒ぎ出すぞ」
「『災厄の子』……ですか?」
私が不安げに尋ねると、彼は強く首を横に振った。
そして、戻ってきて私と赤ちゃんを強く抱きしめた。
「言わせておけ。この子は災厄などではない。……最強の魔力を持った、私たちの希望だ」
「ジークハルト様……」
「だが、守るためには準備が必要だ。エリス、体は辛いだろうが、もう少しだけ踏ん張ってくれ」
彼の瞳には、父親としての強い決意が宿っていた。
出産という戦いは終わった。
けれど、この規格外の赤ちゃんを守り、育てるという、さらに過酷で長い戦いが、今まさに幕を開けたのだ。
腕の中の赤ちゃんが、ふにゃりと身じろぎをする。
その拍子に、部屋の隅の花瓶の水がカチンと音を立てて凍った。
「……まずは、この子の魔力制御――つまり『抱っこ』の練習から始めなければならないようですね」
私が苦笑すると、ジークハルト様も「ああ、私の指が凍傷になりそうだ」と困ったように笑った。
窓の外では、季節外れの吹雪が吹き荒れている。
この雪が、私たちの前途多難な、けれど愛に満ちた育児生活の始まりを告げるファンファーレのようだった。
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