妹に婚約者を奪われたので、怪物と噂の「冷徹公爵」に嫁ぎます。~どうやら彼は不器用なだけだったようで、今さら実家に戻れと言われても困ります~

みやび

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【第3章】 氷の公爵家の奇跡、そして永遠の春へ

第35話 凍てつく涙と、奇跡の結晶

 謁見(えっけん)の日まで、あと一週間。
 公爵邸の地下にある魔導研究室は、異様な熱気――いや、冷気に包まれていた。

「……信じられん。焚き火にくべても溶けないだと?」

 ジークハルト様が、トングで摘まんだ「氷の粒」を暖炉の炎にかざしながら、愕然と呟いた。
 それは、今朝レオンが泣いた時にこぼれ落ちた、涙が結晶化したものだ。
 普通の氷なら瞬時に蒸発するはずの猛火の中でも、その粒は涼しげな輝きを放ち続け、逆に周囲の炎の勢いを弱めていた。

「はい。お祖父様のノートに、『極北の地には、精霊の愛し子だけが生み出せる幻の氷がある』という記述がありました。……おそらく、レオンの氷がそれです」

 私はレオンを抱きながら、確信を持って言った。

「ジークハルト様の氷は、敵を討ち、砕くための鋭い氷。けれど、この子の氷は違います。……状態を固定し、守り、維持するための『久遠(くおん)の氷』です」

 私は実験台の上に置かれた、腐りやすい果物を指差した。
 レオンの氷を側に置いておいた果物は、一週間経っても採れたてのような瑞々しさを保っていた。
 ただ冷やすだけではない。「劣化」という概念そのものを凍結させているかのような力だ。

「これほどの質量と密度を持った氷は、私には作れない」

 ジークハルト様は悔しがるどころか、目を輝かせて息子を見つめた。

「私の魔力は破壊に特化しているが、レオンの魔力は『不変』……。これは、魔法学の歴史を覆す大発見だぞ」
「ええ。そして、これこそが今回のアピールの切り札になります」

 私は設計図を広げた。
 当初予定していた「冷蔵庫」ではない。もっと根本的な、エネルギー革命を起こす装置だ。

「レオンは今、制御できない魔力を吹雪として垂れ流しています。これをただ抑え込むのではなく、全て回収し、この『溶けない氷』へと圧縮・加工する装置を作ります」
「なるほど……! 厄介な吹雪を、宝の山に変えるというわけか!」

 ジークハルト様が膝を打つ。
 もしこの「溶けない氷」を量産できれば、真夏の食料輸送も、砂漠地帯への物資搬入も、燃料いらずで可能になる。
 それは一国の経済、いや、大陸全土の物流を支配できるほどの「戦略資源」だ。
 ジークハルト様ですら作れないものを生み出すレオンは、もはや「災厄」どころか、国が土下座してでも保護すべき「金の卵」となる。

「よし、やるぞ! 息子の涙一滴たりとも無駄にはさせん! 全魔力を『結晶化』させるんだ!」

 こうして、公爵家の威信をかけた、前代未聞の魔道具開発が始まった。

 ◇

 しかし、開発は難航を極めた。
 何しろ、レオンの魔力は「底なし」だったのだ。

「魔力吸収率400%! 魔石が耐えきれません!」
「結晶化フィルターが凍結! パイプが破裂します!」

 バキィィィン!!
 試作機が次々と爆発し、研究室は何度もダイヤモンドダストに包まれた。
 レオンは「きゃっきゃ!」と楽しそうだが、パパであるジークハルト様は満身創痍だ。

「ぐぬぬ……! パパの作った回路をこうも簡単に……! エリス、中和石の追加を!」
「待ってください、ジークハルト様。力で抑え込もうとするから反発するんです」

 私は破裂したパイプを見て気づいた。
 レオンの魔力は、水のように流動的だ。無理に型に嵌めようとせず、自然な流れを作ってあげればいい。

「あの子が安心する『ゆりかご』のようなリズム……。心臓の鼓動と同じ波長で魔力を循環させましょう」
「鼓動、か。……よし、私の心音と同期させる回路を組もう」

 ジークハルト様は徹夜で回路を組み直した。
 世界最強の魔導師が、泥だらけになって、息子のために小さな部品を削り出している。
 その背中は、どんな英雄よりも頼もしく見えた。

 ◇

 そして、運命の日の前夜。
 ついに、その装置は完成した。

「……起動」

 部屋の中央に鎮座するのは、巨大な魔導炉のような装置ではない。
 レオンのベビーベッドに取り付けられた、美しい銀細工のメリー(回転遊具)のような装置だ。
 レオンがそこから吊るされた飾り具に触れると、溢れ出ていた冷気が渦を巻き、静かに装置の中へと吸い込まれていく。

 シュゥゥゥ……。
 心地よい音と共に、装置の下部から、カラン、コロンと何かが転がり落ちてきた。
 それは、サファイアのように青く輝く、美しい結晶石だった。

「……できた」

 ジークハルト様が、震える手でその結晶を拾い上げる。

「『久遠の氷晶(エターナル・クリスタル)』……。室温でも溶けず、半径五メートルを常に冷やし続ける、夢の冷却材だ」
「やりましたね、あなた!」

 装置が稼働すると同時に、窓の外で荒れ狂っていた吹雪が、嘘のように止んでいくのが見えた。
 レオンの暴走していた魔力が、全てこの結晶へと変換されたのだ。

「あうー!」

 レオンも体が軽くなったのか、ご機嫌で手足をバタつかせている。
 その足元には、既に十個ほどの結晶が溜まっていた。
 たった数分で、国宝級の魔石を十個も生成したことになる。

「……なんて子だ。寝ているだけで、国庫が潤うほどの富を生み出すとは」

 ジークハルト様は呆れつつも、誇らしげに息子を抱き上げた。

「これを見せれば、誰もレオンを『災厄』とは呼べまい。……いや、むしろ欲しがりすぎて困るかもしれんな」
「その時は、パパが追い払ってくださるでしょう?」
「当然だ。この結晶の価値は計り知れんが、レオン自身の価値はそれ以上だ。……利用しようとする輩がいれば、私が氷河期をプレゼントしてやる」

 彼の目は笑っていなかったが、その声は愛情に満ちていた。

 私たちは完成した『久遠の氷晶』を、桐の箱に丁寧に詰めた。
 たった一粒で、巨大な食料倉庫を一年間冷やし続けられる奇跡の石。
 これは、叔父たちへの反撃の狼煙(のろし)であり、レオンがこの世界に生まれてきた意味の証明でもある。

「行きましょう、王城へ。……世界を驚かせてやるのです」

 翌朝。
 抜けるような青空の下、私たちは意気揚々と馬車に乗り込んだ。
 叔父たちが用意した「断罪の場」が、彼ら自身の「敗北の場」になるとも知らずに。
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