妹に婚約者を奪われたので、怪物と噂の「冷徹公爵」に嫁ぎます。~どうやら彼は不器用なだけだったようで、今さら実家に戻れと言われても困ります~

みやび

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【第3章】 氷の公爵家の奇跡、そして永遠の春へ

第36話 王城での謁見と、永遠の氷

 王宮の謁見の間は、重苦しい静寂に包まれていた。
 玉座には国王陛下が鎮座し、その左右には宰相や大臣たち、そして今回この場を設けた叔父のヴィルヘルムと教会の高位神官が、厳しい表情で並んでいた。

「――公爵、ジークハルト・フォン・レオンハルト。およびその妻、エリス。前へ」

 式部官の声が響く。
 私たちは顔を上げ、堂々とした足取りで玉座の前へと進み出た。
 私の腕の中には、純白のおくるみに包まれたレオンが、すやすやと眠っている。
 その背後には、ハンスさんがうやうやしく捧げ持つ「桐の小箱」があった。

「さて、ジークハルトよ。……王都を襲った異常気象について、釈明はあるか」

 国王陛下が静かに問うた。
 すかさず、ヴィルヘルムが一歩前に出た。

「陛下! 釈明など無用です! 現に、この親子が到着するまで、王都は氷雪に閉ざされておりました。この赤子が『災厄』の元凶であることは明白! 直ちに教会へ引き渡し、封印すべきです!」
「そうだ! 魔物の子を野放しにするなど、国の危機だ!」

 取り巻きの貴族たちが同調し、非難の声が広がる。
 ジークハルト様が鋭い視線で彼らを射抜こうとしたが、私はそれを手で制し、一歩前へと進み出た。

「陛下。……発言のお許しをいただけますでしょうか」
「許す。申してみよ」

 私は深く一礼し、凛とした声で告げた。

「叔父様方は、私の息子を『災厄』と呼びました。王都に降る雪を、害悪であると断じました。……ですが、それは誤りです」
「なんだと? 現に市民は寒さに震えていたのだぞ!」
「ええ。ですが、今は止んでおります。……なぜなら、あふれ出ていた力を、正しく『結晶化』させることに成功したからです」

 私が合図を送ると、ハンスさんが桐の箱を開いた。
 そこには、サファイアのように青く輝く、美しい氷の結晶が敷き詰められていた。

「なんだそれは? ただの氷ではないか」
「いいえ。これは『久遠(くおん)の氷晶』。……陛下、恐れながら松明(たいまつ)をお借りしてもよろしいでしょうか」

 許可を得て、近衛兵が燃え盛る松明を持ってくる。
 私は箱から一粒の結晶を取り出し、なんと松明の炎の中へと放り込んだ。

「なっ、何を……!」

 周囲から驚きの声が上がる。氷など、炎に入れれば一瞬で溶けて蒸発するはずだ。
 しかし――。

 ゴオォォォ……。
 炎の中で、その結晶は溶けるどころか、逆に涼やかな青い光を放ち続けた。
 そればかりか、炎の勢いが徐々に弱まり、周囲の空気がひんやりと冷えていくではないか。

「馬鹿な……! 火の中でも溶けない氷だと!?」
「はい。この氷は、室温はおろか、火の中でさえ融解せず、半永久的に周囲から熱を奪い続けます」

 私は松明から無傷の結晶を取り出し、高く掲げた。

「この結晶一粒で、大型の食料倉庫一つを、一年間『氷温』に保つことができます。……これが何を意味するか、賢明な皆様ならお分かりでしょう」

 ざわ……と、会場の空気が変わった。
 特に、実務を担当する大臣や、商才のある貴族たちの目の色が変わった。

「真夏でも食料が腐らないということか……?」
「南方の果物や、海沿いの魚を、鮮度を保ったまま王都へ運べる……?」
「さらに、戦地への食料輸送、疫病対策の薬品保存……。おい、これは……」

 ざわめきが大きくなる。
 それは恐怖ではなく、未知の利益に対する興奮だった。

「その通りです」

 私は畳み掛けた。

「この国は夏場の高温による食料廃棄と、食中毒に悩まされてきました。ですが、この『久遠の氷晶』があれば、それらは全て解決します。……これは、国を豊かにし、民の命を守るための、神からの『ギフト(天恵)』なのです」

 私はレオンを愛おしそうに見つめた。

「この子は、遊んでいるだけで、眠っているだけで、この国の物流と医療を根本から変える資源を生み出します。……これを『災厄』と呼んで排除しますか? それとも『至宝』として守りますか?」

 もはや、勝負はついていた。
 国王陛下が、身を乗り出して結晶を見つめていた。

「……公爵よ。その氷は、量産できるのか?」
「はい、陛下」

 ジークハルト様が胸を張って答えた。

「我が息子、レオンは魔力が尽きることを知りません。専用の揺り籠で寝かせておけば、毎日この結晶を生み出し続けます。……我が領地だけでなく、王家への献上も約束いたしましょう」
「なんと……!」

 陛下は感嘆の息を漏らし、そして玉座の肘掛けを叩いた。

「素晴らしい! これぞまさに、我が国が必要としていた力だ! でかしたぞ、ジークハルト、エリス!」
「ありがたき幸せにございます」

 会場中から、称賛の拍手が巻き起こった。
 その中で、ヴィルヘルムと神官だけが、顔面蒼白で立ち尽くしていた。

「そ、そんな……馬鹿な……。あれは魔物だぞ……!」
「お黙りなさい、叔父様」

 私は彼らに近づき、冷徹な微笑みを向けた。

「あなたは、ダイヤモンドの原石を見て『ただの石ころだ』と捨てようとしたのです。……その審美眼の無さが、あなたの敗因ですわ」
「ぐぬぬ……ッ!!」

 さらに、国王陛下からの冷たい声が追い打ちをかける。

「ヴィルヘルムよ。国の至宝であるレオンに対し、『災厄』などと虚偽の風説を流し、王家の判断を誤らせようとした罪は重いぞ。……沙汰があるまで、屋敷での謹慎を命じる」
「へ、陛下ぁぁぁ……ッ!!」

 近衛兵に引きずられていく叔父の情けない姿を見送り、私は胸を撫で下ろした。
 勝った。
 武力ではなく、レオンの価値を証明することで。

「あうー!」

 腕の中のレオンが、きゃっきゃと笑い声を上げた。
 つられて、周囲の貴族たちも「なんと愛らしい」「未来の大魔導師様だ」と微笑ましげに見ている。
 昨日まで「化け物」と呼ばれていた子が、今は「国の希望」として祝福されている。

「……よくやったな、エリス」

 ジークハルト様が、私の肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。
 その瞳は、誇らしさで潤んでいた。

「お前は最高の母親で、最高の策士だ」
「ふふ。……あなたとレオンのためなら、世界だって騙してみせますわ」

 王城の窓から差し込む光が、レオンが生み出した氷晶に反射し、虹色の輝きを放っていた。
 それは、公爵家の明るい未来を照らす光そのものだった。

 こうして、レオンの「災厄疑惑」は完全に晴れ、逆に「奇跡の御子」としての地位を不動のものとした。
 そして私たちは、この勝利の手土産を持って、いよいよ懐かしき「北」へと凱旋することになる。
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