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【第3章】 氷の公爵家の奇跡、そして永遠の春へ
第37話 北への凱旋と、雪解けの男爵領
王都での騒動が決着し、私たちは久しぶりに「北」への帰路についていた。
馬車に揺られること数日。
窓の外の景色が、徐々に馴染み深い北国の針葉樹林へと変わっていく。
「……もうすぐですね」
「ああ。レオンも、自分の領地(なわばり)に帰るのが嬉しいようだ」
私の膝の上で、レオンはご機嫌に足をバタつかせている。
『久遠の氷晶』を作るための魔道具(メリー型)は馬車にも設置されており、彼がはしゃいでも車内が凍りつくことはない。むしろ、快適な空調が保たれていた。
「さて、エリス。まずは『あそこ』へ寄ろうか」
「はい。……お願いします」
馬車は、公爵邸へ向かう本街道から外れ、かつて私が生まれ育った場所――旧男爵領へと進路を取った。
◇
旧男爵領に近づくにつれ、私の胸は高鳴っていた。
約一年前、私がここを去った時、領地は荒れ果てていた。
父たちの浪費で畑は痩せ、村人たちは疲弊し、屋敷は暴動寸前だった。
その後、ジークハルト様が借金を肩代わりして領地を接収し、有能な代官を派遣して改革を行ってくれていたはずだ。
報告書では「順調」と聞いていたけれど、実際にこの目で見るまでは信じられなかった。
「……あっ」
丘を越え、眼下に村が広がった瞬間、私は息を呑んだ。
「これが……私の故郷?」
そこにあったのは、以前の寂れた村ではなかった。
綺麗に整備された道路。修繕された家々。
そして何より、痩せて雑草だらけだった畑には、青々とした冬野菜が力強く茂っていた。
「ようこそ、奥様! お待ちしておりました!」
村の入り口では、代官と村人たちが笑顔で出迎えてくれた。
その中には、かつて私にこっそりパンを恵んでくれた農夫のおじいさんの姿もあった。
「エリス様だ! エリス様が帰ってこられたぞ!」
「見てください、この畑を! あの日、あなたが託してくれた『お祖父様の手帳』のおかげです!」
農夫が駆け寄り、立派に育ったカブを掲げて見せてくれた。
「あの手帳には、この土地に合った肥料の配合や、連作障害を防ぐ土壌改良の方法がびっしり書いてあったんです。代官様がそれを実践させてくれたおかげで、今年は大豊作ですじゃ!」
「みんな……」
涙が滲んだ。
かつて、金庫から見つけた祖父のノート。
あれは単なる思い出の品ではなく、祖父が人生をかけて研究した「領地再生のマニュアル」だったのだ。
私が王都で戦っている間、祖父の知恵と、ジークハルト様の財力が、この土地を救ってくれていた。
「それに、あの嫌な男爵一家がいなくなって、税金も安くなりましたからな! 今は働けば働くほど暮らしが楽になります!」
「ははは、違いない!」
村人たちの明るい笑い声。
父が支配していた頃には、決して見られなかった光景だ。
私がずっと守りたくて、でも力がなくて守れなかった笑顔が、ここにある。
「……良かったな、エリス」
ジークハルト様が、背中を優しく支えてくれた。
「お前が諦めずに手帳を残し、私に託してくれたからだ。……ここはもう、誰にも搾取されない豊かな土地だ」
「はい……ありがとうございます、ジークハルト様……!」
私は涙を拭い、村人たちに向き直った。
「皆さんに、紹介したい子がいます」
私は、おくるみに包まれたレオンを見せた。
「私たちの息子、レオンです」
「おおっ、なんと可愛らしい!」
「公爵様の跡取りだ!」
村人たちが歓声を上げる中、私はレオンの小さな手を握り、村長さんに『久遠の氷晶』を一粒手渡した。
「これは……?」
「レオンの力で作った、溶けない氷です。これがあれば、夏場に収穫した野菜を腐らせずに王都へ運べます」
「なっ、なんと……!?」
村人たちがざわめく。
豊作になっても、これまでは輸送手段がなく、安値で買い叩かれたり廃棄したりしていたのだ。
けれど、この氷があれば、北の美味しい野菜を新鮮なまま高く売ることができる。
「この土地は、今日からさらに豊かになります。お祖父様の知恵で育て、レオンの氷で守るのです」
「おおお……! 神よ! エリス様万歳! 公爵家万歳!」
村中が歓喜に包まれた。
レオンも、みんなの笑顔が嬉しいのか、キャッキャと笑い声を上げている。
かつて私を虐げ、無能と罵った父たちの痕跡は、もうどこにもない。
あるのは、祖父と母が愛し、私たちが受け継いだ「希望」だけだ。
◇
その後、私たちは公爵邸へと戻った。
懐かしい我が家。
使用人たちが総出で出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、旦那様、奥様!」
「ただいま。……長い旅だった」
ジークハルト様がレオンを抱いたまま、感慨深げに屋敷を見上げた。
一年前、契約結婚のためにここへ来た時は、寒々しい「氷の城」だった。
けれど今は、使用人たちの表情も明るく、どこか温かい空気に満ちている。
「エリス」
「はい」
「……春が来たな」
彼が指差した先。
庭園の片隅で、雪を割って小さな花が芽吹いていた。
レオンの冷気で王都は凍りついたけれど、ここ北の地では、私たちの帰還を待っていたかのように、確かな春が訪れていた。
「ええ。……もう、凍えるような冬は終わりです」
私たちは顔を見合わせ、微笑んだ。
全ての戦いは終わった。
これからは、この温かい場所で、レオンと共に歩んでいくのだ。
馬車に揺られること数日。
窓の外の景色が、徐々に馴染み深い北国の針葉樹林へと変わっていく。
「……もうすぐですね」
「ああ。レオンも、自分の領地(なわばり)に帰るのが嬉しいようだ」
私の膝の上で、レオンはご機嫌に足をバタつかせている。
『久遠の氷晶』を作るための魔道具(メリー型)は馬車にも設置されており、彼がはしゃいでも車内が凍りつくことはない。むしろ、快適な空調が保たれていた。
「さて、エリス。まずは『あそこ』へ寄ろうか」
「はい。……お願いします」
馬車は、公爵邸へ向かう本街道から外れ、かつて私が生まれ育った場所――旧男爵領へと進路を取った。
◇
旧男爵領に近づくにつれ、私の胸は高鳴っていた。
約一年前、私がここを去った時、領地は荒れ果てていた。
父たちの浪費で畑は痩せ、村人たちは疲弊し、屋敷は暴動寸前だった。
その後、ジークハルト様が借金を肩代わりして領地を接収し、有能な代官を派遣して改革を行ってくれていたはずだ。
報告書では「順調」と聞いていたけれど、実際にこの目で見るまでは信じられなかった。
「……あっ」
丘を越え、眼下に村が広がった瞬間、私は息を呑んだ。
「これが……私の故郷?」
そこにあったのは、以前の寂れた村ではなかった。
綺麗に整備された道路。修繕された家々。
そして何より、痩せて雑草だらけだった畑には、青々とした冬野菜が力強く茂っていた。
「ようこそ、奥様! お待ちしておりました!」
村の入り口では、代官と村人たちが笑顔で出迎えてくれた。
その中には、かつて私にこっそりパンを恵んでくれた農夫のおじいさんの姿もあった。
「エリス様だ! エリス様が帰ってこられたぞ!」
「見てください、この畑を! あの日、あなたが託してくれた『お祖父様の手帳』のおかげです!」
農夫が駆け寄り、立派に育ったカブを掲げて見せてくれた。
「あの手帳には、この土地に合った肥料の配合や、連作障害を防ぐ土壌改良の方法がびっしり書いてあったんです。代官様がそれを実践させてくれたおかげで、今年は大豊作ですじゃ!」
「みんな……」
涙が滲んだ。
かつて、金庫から見つけた祖父のノート。
あれは単なる思い出の品ではなく、祖父が人生をかけて研究した「領地再生のマニュアル」だったのだ。
私が王都で戦っている間、祖父の知恵と、ジークハルト様の財力が、この土地を救ってくれていた。
「それに、あの嫌な男爵一家がいなくなって、税金も安くなりましたからな! 今は働けば働くほど暮らしが楽になります!」
「ははは、違いない!」
村人たちの明るい笑い声。
父が支配していた頃には、決して見られなかった光景だ。
私がずっと守りたくて、でも力がなくて守れなかった笑顔が、ここにある。
「……良かったな、エリス」
ジークハルト様が、背中を優しく支えてくれた。
「お前が諦めずに手帳を残し、私に託してくれたからだ。……ここはもう、誰にも搾取されない豊かな土地だ」
「はい……ありがとうございます、ジークハルト様……!」
私は涙を拭い、村人たちに向き直った。
「皆さんに、紹介したい子がいます」
私は、おくるみに包まれたレオンを見せた。
「私たちの息子、レオンです」
「おおっ、なんと可愛らしい!」
「公爵様の跡取りだ!」
村人たちが歓声を上げる中、私はレオンの小さな手を握り、村長さんに『久遠の氷晶』を一粒手渡した。
「これは……?」
「レオンの力で作った、溶けない氷です。これがあれば、夏場に収穫した野菜を腐らせずに王都へ運べます」
「なっ、なんと……!?」
村人たちがざわめく。
豊作になっても、これまでは輸送手段がなく、安値で買い叩かれたり廃棄したりしていたのだ。
けれど、この氷があれば、北の美味しい野菜を新鮮なまま高く売ることができる。
「この土地は、今日からさらに豊かになります。お祖父様の知恵で育て、レオンの氷で守るのです」
「おおお……! 神よ! エリス様万歳! 公爵家万歳!」
村中が歓喜に包まれた。
レオンも、みんなの笑顔が嬉しいのか、キャッキャと笑い声を上げている。
かつて私を虐げ、無能と罵った父たちの痕跡は、もうどこにもない。
あるのは、祖父と母が愛し、私たちが受け継いだ「希望」だけだ。
◇
その後、私たちは公爵邸へと戻った。
懐かしい我が家。
使用人たちが総出で出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、旦那様、奥様!」
「ただいま。……長い旅だった」
ジークハルト様がレオンを抱いたまま、感慨深げに屋敷を見上げた。
一年前、契約結婚のためにここへ来た時は、寒々しい「氷の城」だった。
けれど今は、使用人たちの表情も明るく、どこか温かい空気に満ちている。
「エリス」
「はい」
「……春が来たな」
彼が指差した先。
庭園の片隅で、雪を割って小さな花が芽吹いていた。
レオンの冷気で王都は凍りついたけれど、ここ北の地では、私たちの帰還を待っていたかのように、確かな春が訪れていた。
「ええ。……もう、凍えるような冬は終わりです」
私たちは顔を見合わせ、微笑んだ。
全ての戦いは終わった。
これからは、この温かい場所で、レオンと共に歩んでいくのだ。
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