妹に婚約者を奪われたので、怪物と噂の「冷徹公爵」に嫁ぎます。~どうやら彼は不器用なだけだったようで、今さら実家に戻れと言われても困ります~

みやび

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【第3章】 氷の公爵家の奇跡、そして永遠の春へ

第39話 雪解けの春、永遠の誓い

 北の大地に、遅い春が訪れていた。
 残雪が日差しに溶け、黒い土から一斉に緑が芽吹くこの季節。
 ジークハルト公爵領は、領主の結婚式という慶事に沸き立っていた。

 挙式の直前。
 控室にて、私は純白のドレスに袖を通しながら、窓の外の賑わいを眺めていた。

「……すごい人の数ですね。王都からも大勢の貴族がいらしているみたい」
「ああ。招待状を出した者のほぼ全員が出席だそうだ」

 正装に身を包んだジークハルト様が、私の背後から鏡越しに微笑みかけた。
 入籍から二年近く経ってからの、遅すぎる結婚式。
 けれど、彼には**「今でなければならない理由」**があったのだ。

「すまないな、エリス。本来なら、もっと早く君にこのドレスを着せてやるべきだった」
「いいえ。……あの頃の私たちは、『契約結婚』でしたから」

 そう。始まりは、愛のない契約だった。だから式も挙げず、誓いも立てなかった。
 その後はレオンの妊娠騒動、教会の干渉、領地の立て直し……と、生き残ることに必死で、祝宴どころではなかった。

「だが、今は違う」

 ジークハルト様は私の肩に手を置き、力強く言った。

「領地の復興は完了し、『久遠の氷晶』による利益で、客をもてなす準備は整った。これは、我々が完全なる勝利を収めたという『宣言』だ」
「ええ。それに……レオンのお披露目にもなりますものね」

 今回の式の最大の目的。それは、成長したレオンを貴族たちの前に出し、彼が「制御可能な、愛らしい子供」であることを周知させることだ。
 一歳半になり、魔導具のおかげで冷気をコントロールできるようになった「今」だからこそ、開催できる式なのだ。

「それに何より……」

 彼は私の手を取り、指先に口づけを落とした。

「あの偽りの契約書を破り捨て、神の前で『本当の夫婦』になる誓いを立てたかった。……私のワガママに付き合ってくれるか?」
「ふふ、喜んで。……私も、あなたと本当の誓いを交わしたかったのです」

 遅れた時間には意味があった。
 苦難を共に乗り越えた今だからこそ、誓いの言葉には重みと真実が宿るのだから。

 ◇

 式場は、屋敷の広大な庭園に設けられていた。
 そこには、王都の貴族たちだけでなく、多くの領民たちが詰めかけていた。
 かつては荒廃していた領地が、今は豊かな緑と活気に満ちている。その光景そのものが、公爵家の威信を示していた。

 パイプオルガンの音が響き渡り、私はハンスさんのエスコートでガーデンロードを歩き出した。

「綺麗だなぁ……」
「あれが、『氷の聖女』と噂の奥方か」

 参列者たちからの感嘆の声。
 その向こう、祭壇の前で待っているジークハルト様は、私を見た瞬間、蕩(とろ)けるような優しい笑みを浮かべた。

 私たちは祭壇の前に並んだ。
 そして、この式のハイライトとも言える瞬間が訪れる。

「パパ! ママ!」

 会場の入り口から、白いミニタキシードを着たレオンが登場した。
 彼は小さなクッションに乗せた結婚指輪を運ぶ、「リングボーイ」の大役を任されていた。

 会場に緊張が走る。
 「あれが王都を凍らせたという噂の子か?」「大丈夫なのか?」という囁きが漏れる。
 しかし――。
 
 ペタ、ペタ。
 レオンが歩くたびに、その足元からパキパキと小さな音がして、美しい「氷の華」が地面に咲いていく。
 暴走ではない。
 それは、レオンがパパとママへの祝福のために作り出した、繊細で芸術的な氷の道だった。

「おお……なんと美しい」
「災厄どころか、天使ではないか」

 貴族たちの不安は、瞬く間に称賛へと変わった。
 レオンはニコニコしながら祭壇まで辿り着き、誇らしげにクッションを掲げた。

「はい、どーぞ!」
「ありがとう、レオン。……よくできたな」

 ジークハルト様がレオンの頭を撫で、指輪を受け取る。
 これで証明された。
 次期公爵レオンは、危険な魔物ではなく、類稀なる才能を持った愛すべき存在であると。

 ◇

 そして、誓いの時。
 ジークハルト様は私の左手を取り、真剣な眼差しで私を見つめた。

「エリス。……遠回りをしてしまったが、ようやくこの場所に立てた」

 彼の言葉は、静かに、けれど熱く響いた。

「私はお前と出会うまで、自分の人生を『呪い』だと思っていた。だが、お前がそれを『祝福』に変えてくれた。……お前は私の太陽であり、生きる意味そのものだ」

 彼は指輪を私の薬指に滑り込ませた。
 それは契約の鎖ではなく、愛の証。

「誓おう。この命が尽きるその瞬間まで、お前だけを愛し、守り抜くと」
「……はい」

 涙が溢れて止まらなかった。
 私も、震える手で彼の指に指輪を贈る。

「私も……誓います。どんなに寒い冬が来ても、私があなたの隣で、あなたを温め続けます。……愛しています、ジークハルト様」

 誓いの口づけ。
 触れ合った唇から、温かい魔力が循環し、二人の魂が一つに溶け合うのを感じた。

 その瞬間。
 空からキラキラと、光の粒が降り注いだ。
 私たちの魔力と、レオンの祝福が共鳴し、快晴の青空に「ダイヤモンドダスト」を発生させたのだ。
 虹色に輝く光のシャワーに、参列者たちから割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 ◇

 式の後の披露宴は、領民たちも交えた盛大な宴(うたげ)となった。
 『久遠の氷晶』で冷やされた北国の美酒や、新鮮なフルーツが振る舞われ、誰もが公爵家の繁栄を祝った。

 騒ぎが少し落ち着いた頃。
 私とジークハルト様は、バルコニーに出て夜風に当たっていた。
 彼の手には、遊び疲れて眠ってしまったレオンが抱かれている。

「……良い式だった」
「ええ。レオンも頑張ってくれましたね」
「ああ。あれで貴族たちも理解しただろう。……我々はもう、誰にも脅かされない」

 ジークハルト様は、眠るレオンの頬にキスをし、それから私を抱き寄せた。

「復興は成った。後継者も育っている。……これからは、失うことを恐れる戦いではなく、育むための日々が始まるんだ」
「はい。……きっと、素晴らしい未来になりますわ」

 私は夜空を見上げた。
 かつて「捨てられ令嬢」として絶望の中にいた私を導いてくれた星々が、今は祝福するように輝いている。

 契約から始まり、真実の愛へと至った私たちの旅路。
 その終着点は、この温かくて、賑やかで、愛に満ちた北の屋敷だった。
 もう、何も怖くない。
 私の手には、愛する夫と、可愛い息子、そして確かな幸せがあるのだから。

 春の風が、二人の頬を撫でていく。
 雪解けの大地に根付いた私たちの幸せは、もう二度と枯れることはないだろう。
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