アニラジロデオ ~夜中に声優ラジオなんて聴いてないでさっさと寝な!

坪庭 芝特訓

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アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(上り線)

2、牛歩で退屈

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「ありがとうございましたぁ。お聴きいただいた曲は、」

  歌い終えるとメンバーの一人が代表して曲紹介に移る。
  応援ぶりと楽曲のノリの良さからするとファンにとっては定番曲だったらしい。
  同時に、出来るだけファン以外の客も捕まえる派手さがある曲だった。
  が、それが功を奏しているのか、その選曲が果たしてあっているのかは響季達にはわからない。
  自分達以外の人間は皆眉を顰めて、あるいは全くの無反応でステージに目を向けず通り過ぎていったからだ。

 「というわけで、わたしたちぃ?」
 「くれっしぇんどふるむぅーんでぇーすっ」

  そうこうしているうちに曲紹介も終わり、メンバー全員でポーズを決めながらグループ名を名乗る。
  その肩は微かに上下し、荒い息を無理やり喉の奥に押し込んでいた。

 「はぁい、では自己紹介させてください。お酒のおつまみ大好きぃ、ワタシの汗は塩分高めっ!くれっしぇんどふるむぅーんリーダー、すぇるぶでっす!」

  一曲歌っただけで息切れし、メンバーが代わる代わるMCを務める間に体力を回復していたが、自己紹介はそれぞれが自分だけをアピールするもの。
  グループアイドルであることを自覚していなかった。
  団結力に欠け、まるで派遣社員が自分の仕事のみを全うするような腰掛け感。
  我が我がと言うには自己紹介のパンチも弱すぎる。
  全員分の自己紹介と、お集まりいただいたファンの方へのありがとうを終えると二曲目に移る。
  更に二曲目は生声の目立たない、加工ボイスまみれのDEM系ソング。
  明らかに体力温存を軸においたセットリストだった。

 「スタミナ無さ過ぎ」

  パフォーマンスとしての完成度が低く見てられないと、響季はまた観客見物に移る。
  応援に来ている者達は声を張り上げ、一心不乱に自分達が信じる偶像を応援していた。
  メジャーになれなくてもいい、自分達の偶像でありさえすればそれでいいというメッセージが、彼らの背中から透かし彫りのように浮かびあがっている気がした。しかし、

 「……寒い」

  響季が首をすくめる。
  目の前の熱気との温度差とパフォーマンスのお粗末さに、段々と寒さが身にしみてきた。

 「カッキー、マフラぁー」

  寒さに耐えかね、響季が甘えた声でねだる。貸してくらはい、と。
  顔をしかめて見せながらも柿内君は自分のマフラーを外し、親友の首に巻いてやる。

 「おー、あったかぁー」

  シックで大人っぽいカラーのマフラーは女の子にはやや不釣り合いだが、暖かさは変わらない。
  柿内君はといえば、自分の通学バッグから出したネックウォーマーをしだした。
  雑誌の読者ページでメールが採用された際に貰ったノベルティグッズだったが、なかなか使い勝手が良かった。

 「なんだ、あるんじゃん。あたしそっちにするよ」

  予備があるならと響季がマフラーを返そうとするが、

 「いや、いい」
 「あらあら、イケメンな優しさ」

  イケメンな親友に甘え、ありがたくマフラーを借りる。
  その間にもアイドル達は一曲歌いきり、続いての曲は新譜のカップリング曲だと息切れしつつメンバーが言うと、その言葉にファンが沸き立つ。
  そして曲が始まるやいなや少し後方の開けたスペースにだばだば移動し、奇声を上げながらヲタ芸を始めた。

 「♪んー、んんー、んー、にゃにゃにゃー。んん?」

  視界の端で一糸乱れぬ応援を捉えつつ、カップリングだという曲のメロディを響季が口の中で転がす。
  何かが引っかかった。どこかで聴いたことがあるような。
  もしかしてカバー曲かと思うが原曲が思い出せない。
  気持ち悪さにしきりに首を捻っていると、

 「ほら」
 「お?」

  柿内君が持っていた携帯音楽プレーヤーのイヤホンを差し出す。
  なんだと思って響季が耳にさすと、聞こえてきたのは少し古いアニメソングだった。

 「おおーっ、これかぁ」

  何かの曲に似ていた気がするが、サビの展開が似ている。柿内君も気付いていたらしい。
  もやもやが晴れたところでイヤホンを返すと、

 「まあ、アニソンとアイドルソングって似てるしな」

  フォローするでもなく柿内君が言う。
  アニメソングは全てのジャンルを網羅した音楽とも言える。そこには当然アイドルソングも含まれる。だから、かぶってもしかたない。似てしまっても仕方ないと。

 「まあー、そおねぇ」

  けれど響季の中には妙なもやもや感があった。


  ようやくライブが終わると、今度はCD購入者を対象にした握手会の準備が始まった。
  時間だけはある学生二人はそれも見ていくことにした。
  当然参加はしない。
  酔狂なイベントに金を払えるほど現代日本の若者は裕福ではなかった。

 「女の人いるね」

  準備の間に改めて観客を見ると、きちんとした妙齢くらいのOL風おねいさんもいた。
  軽く化粧を直し、参加するのか手にチケットを握りながら握手会の様子を見ていた。
  冷やかしとは思えない気合の入れぶりから、どうやられっきとしたファンらしい。

 「あの人も参加するんだ」
 「たぶん、鍵閉め狙いだけどな」

  珍しげに言う響季に、柿内君が冷たい声で言う。
  お姉さんはずっと握手の列が終わるのを伺っていた。
 他にも手にチケットを持ちつつうろうろしているファンがいた。
  列に参加するようでしない。人数からすればすぐに終わりそうなものなのに、誰もが一番最後の客を狙っていた。彼女達に自分を印象付けるために。
  客がさっさと並ばないため握手会はなかなか終わらず、アイドル達は寒さをやり過ごすため足踏みしたり手で両腕をさすったりしていた。
  その周囲ではイベントが終わったらすぐ撤収作業に移らなければと、ビル側のイベントスタッフが待機していた。

 「あーあ」

  そんな面倒くさい牛歩戦術とその余波を、響季はげんなりした顔で見ていた。
  そして周囲に目をやる。
  もっと刺激的で、楽しい物はないものかと。すると、

 「献血にぃ、ご協力くださあい」
 「なんかこっちでも始まったぞ」

  ネックウォーマーに顎先を埋めるようにして柿内君が言う。
  今度は街頭演説のようながなり声が聞こえてきた。
  立て看板を置いた側で、拡声器を携えた男性がお買い物中の皆様に何か訴えかけていた。

 「あら、痴漢カフェの呼び込みかしら」
 「いや、どう見ても献血のお願いだろ」

  やる気のないボケに、柿内君がツッコむ。
  ボケをかましつつも響季が立て看板を見ると、そこには冬になると心臓手術や脳手術が多くなるため、より献血が必要などということが書いてあった。
  その下にはA型だのB型だの、それぞれペンで必要な血液を示すアルファベットと、次いで本日必要な献血人数が書かれている。
  人数の後ろには更にライトが付けられていた。
  一番必要人数が多いA型はびかびかと細かく激しく点滅し、次いでO型、AB型の順にゆっくり点滅。一番必要人数が少ないB型には点滅がない。

 「……俺の血は必要とされていないということかッ」
 「台詞だけだとかっこいいけど、まあそうみたいですね」

  B型の柿内君が自分の右手首辺りを見ながら芝居がかった口調で言い、響季が肯定する。

 「実際やった方がいいのか?血ぃ抜いた方が健康になるとか聞くし」
 「血が入れ替わるっていうか、強制的にフレッシュにはなるんじゃない?女の人が長生きなのもそうらしいけど。ほら、女の人は毎月出てくから」
 「ほう、なるほど」

  柿内君も保健体育でとうに習い、姉達が毎月それなりに苦しんだりしているので言わずともわかった。そういうものかと頷くか、すぐにこんな若者に優しくない国で長生きしたいわけでもないということに気づく。

 「やる?」

  そして同じ若者である響季が、やるかと訊いてくるが、

 「やっていい歳になればな」
 「へえー。偉ーい」

  今はまだ可能な年齢に達してはいないので無理だが、やろうという意思が柿内君には見えた。お願いの呼びかけに対し足早に通り過ぎていく大人に比べれば、それだけでも頼もしい。

 「よん、ひゃくみりってなんだ?」

  看板に書かれている400mlという柿内君が文字を読み上げ、

 「ああ、400ミリ献血だよ。成分じゃなくて全血の方やってくださいってやつ」
 「…ゼンケツってなんだ」
 「えーっとですねぇ」

  少々面倒だが、それでも響季はなぜなに坊やと化した柿内君に説明してやった。親切ではなく、単純に暇だったのだ。

 「さすがに詳しいな」
 「こちとら分家だからねぇ。本家の事情も少しは知ってますですよ」

  響季自身は献結をしているため、献血の情報も保健室の先生との雑談程度ではあるがそれなりに耳に入ってくる。

 「だけどあんな呼び込み効果あんのかな」
 「いや、でもほら」

  無駄な行いでないのかという響季の言葉に、柿内君が男性を指差す。
  呼び込み男性がケータイで連絡らしきものを受け、しきりにはい、はい、了解しましたと頭を下げると、看板に書かれたB型の必要人数を二人減らす。
  しばらく見守っていると男性はまた呼び込みをし、電話を受け、数字を書き直し、また呼び込みとそんな光景を繰り返していた。

 「結構やる人いるんだな。じゃあ俺はやらなくてもいいか」
 「いいんでなーい?」

  いつか善意の行いをしようと決意したのに、少年はどこか拍子抜けしたように言う。
  それに対し、響季がうぃーっと伸びをしながら興味なさそうに言う。
  そして退屈しのぎにまたアイドル達を見るが、こっちも同じように退屈だった。
  遅々として進まない、動きのない握手会。
  あっちもこっちも、どちらを向いても楽しませてくれるものなど無かった。自分達をワクワクさせてくれるものが。
  それはその年頃特有の、あーあ退屈だなあではなく、二人が住むこの国全体に言えることだった。

 「……あの子達売れるかな」
 「売れないだろ」

  少女と少年が、アイドルとそのファンを見つめたままそう言い合う。
  あんなもんが売れるわけがないと。売れるもんかと。
  簡単に予想出来うる未来を確認しあうと、

 「……帰るか」
 「せやね。風邪引いちまうぜ。帰って勉強せんと」

  柿内君の言葉に響季がすくっと立ち上がる。
  受験生がこんな寒々しい所にいてはいけないと。
  例え志望校が中の下クラスでも、受験勉強と体調管理は怠ってはいけない。


  それは今から一年前、響季と柿内君が中学3年生の頃の話だ。

  その後二人は自分達に慧眼というものが全くないことを思い知らされる。
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