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アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(上り線)

3,深夜ですのでドライバーの方はミントタブレットとかガリガリ噛んで、安全運転でお願いします

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「いやっ!なにこれ!」

  マイナーアイドル達のCD発売記念ライブを見た一年後。
  無事に入学出来た中の下高校の、第二パソコンルームにて。
  怠惰な放課後タイムを切り裂くように、茶髪赤メガネ女子高生の響季が女の子らしい悲鳴を上げる。
  以前応募した献結啓蒙ライブの出演者がどうなったのか調べてみたのだが、coming soonとなっていた出演者欄にくれっしぇんどふるむぅーんの名があった。
  その他公開された面々は、若者に人気と言われているバンドやアーティストが多い。その中にくれっしぇんどふるむぅーんは名を連ねていた。
  かつて、いやたった一年前に売れるわけ無いと言っていたあのアイドル達が売れている。らしい。

 「ああ、あの後すぐに大当たりしたんだっけか」

  同じくパソコンルームにいた柿内君がパソコン画面を覗き込み、思い出した様に言う。彼もかつてライブを一緒に見ていた。

 「うん…」

  響季も話には聞いたことがある。
  原作なしの、完全オリジナルアニメにして女性監督ゆえ、笑いがポップでコミカルで。
  主演声優は新人ではなく、それなりにキャリアのある女性声優の新境地の芝居が堪能出来て。
  そんなアニメの主題歌をくれっしぇんどふるむぅーんは担当したのだ。
  アニメ自体が好評ゆえ、主題歌も引きずられように評判がよかったとか。
  オープニングアニメだけは響季も見てみたが、確かにサビヘと向かうアニソン特有の失踪感はたまらない心地よさで、ヒロインキャラとの粋なリップシンクロも決まり、それだけで映像として見事なものだった。

  演者が、スタッフが、アニメーターが、歌い手が与えられた仕事をし、それがちょうど最高の完成図としてぴたりとはまった結果だった。
  その後もくれっしぇんどふるむぅーんはアニメタイアップの曲を歌い続け、アニソン系アイドルグループというつぶしの効く肩書きを得ていた。
  売れ方としてあまりにわかりやすい構図だが、こういった成り上がりパターンは響季自身嫌いじゃない。
  アニメやアニソンには新たなステージへ上がれるという夢があった。しかし、

 「んんんーっ」

  パソコンチェアに座ったまま響季がジタバタする。
  ただひとつ解せないのは、自分が売れるはずがないと太鼓判を押したアイドルが思い切り売れてしまったことだ。
  自分の慧眼のなさを思い知らされ、悔しくて悔しくて売れてからの情報は一切入れないでいた。
  いくらアニソンというものがメジャーになっても、やはり敢えて聴こうとしなければ入ってこないものでもあるのでそれは簡単だった。
  だがそんなアイドル達が自分の応募したライブの出演者陣に名を連ねている。
  当然当たって欲しいのに、それと同じぐらい当たって欲しくない気持ちが膨れ上がる。

 「あーあ。どうせだったらハロクロ見たかったなあー。ライブとか凄いらしいし」

  ぎちっとパソコンチェアに背中を預けながら、響季はとある声優が大好きで、大好き過ぎて大御所声優もライブに誘おうとした人気アイドルグループの名を挙げる。
  チケットが争奪戦過ぎてライブなんて簡単に行けやしないらしいので、どうせならこちらが出てくれないものかと願うが、

 「ハロゲンくのいち&ロイドサーカスか…」

  響季の言葉を受け、柿内君が略称ではなく正式名称で呼ぶ。
  普段は問題のあるハロゲンヒーターを各ご家庭を訪ね歩いて回収するという地味な仕事をこなし、ひと度集合がかかると次世代アンドロイドとしてパフォーマンスをするというド派手な隠密行動部隊アイドル。
  ライブは歌とダンスと壮大な小芝居を軸にした総合エンターテイメント。
  客に見せるものはすでにアイドルという枠を超えていた。
  それがハロゲンくのいち&ロイドサーカスだ。

  元は家電雑誌が打ち立てたアイドルユニット企画で、ヒーターを回収するくのいち部隊はリクルートスーツ姿に全員眼鏡の二十歳以上、アンドロイド部隊はサイバーな衣裳にバーサングラスで全員二十歳未満という構成だが、ハロクロはそれぞれの部隊で同じアイドルを二人一組で演じるというのが特徴的だった。
  ファンはまるで違う役者が舞台で同じ役を演じるように、敢えてのズレを楽しむ。
  それゆえメンバーが卒業する時は長年連れ添った半身が涙ながらに別れを告げ、なかなか感動的なセレモニーとなる。
  卒業したアンドロイドメンバーがその後くのいち部隊として復帰するということもあり、ファンはなかなか足を洗えないという。

 「あれ?カッキー、ハロクロオタだったっけ」

  海外の人気バンドをレッチリではなく正式名称で呼ぶように、柿内君は長ったらしい名前できちんと呼んだ。その呼び方はファンならではな気がしたのだが、

 「まあ、そりゃあな」

  柿内君は言葉を濁す。

 「ふうん…」

  その態度に、あまり追求しない方がいいのかなと響季は考える。
  それなりの付き合いからか、お互いの距離感は熟知していた。


  ハロクロは元々マイナー家電雑誌がまだ季刊誌だった頃に打ち立てた企画だった。
  家電と絡めたアイドルグループの構想案を読者から募集。
  たまたまそれを見た当時小学生の柿内少年は、ケータイメールで構想案を書き上げ、送ってみた。
  そして小学生が適当に書いて送った企画を大人が採用し、本気で仕立てあげてきた。
  それが日本国内外問わずの大人気アイドルグループになるなんて、発案者自身は思ってもいなかった。
  一人のアイドルを二人の人間が演じるという、《ダブルキャストアイドル》というシステムはのちに様々なアイドルグループにも取り入れられた。
  深夜の仕事は年上の方が、早朝は年下の方が。
  体力仕事、歌唱仕事などそれぞれの得意分野に仕事が割り振られる。
  記憶と設定を共有し、二人が同じステージに立つことは決して無い。
  決して交わらず創りあげられる一つの偶像。
  それは今までにない画期的なアイドルのシステムだった。


  だがそのことを世間に知られると少々厄介だった。
  だから柿内君は誰にも言ったことがない。あのアイドルグループを考えたのは自分だと。
  しかし時折誰かに言いたくなることもある。そんな、自意識の強い少年の葛藤などいざ知らず、

 「あんまり行きたくないなあー。当たったらどうしよー」
 「当たってから考えろよ」

  頬袋を自分の両手でむにーっと押しながら憂う響季に、柿内君が最もなことを言う。

 「まあねえ。くじ運悪いしなあ、あたし。前もさあ、ゲームソフトが抽選で貰えるってのラジオでやってたんだけど、見事に外れて」
 「スペシャルウィークで?」
 「そうでやんす」

  ラジオにはスペシャルウィークという聴取率強化週間がある。
  その週のラジオ番組はこぞってスペシャルゲストを呼んだり、高額プレゼントや現金を用意したりするのだが、

 「んで、変わりにコレ当たった。1ケース」

  取り出したスライド式ケースに入ったミントタブレットを、響季がカシャカシャと振ってみせる。

 「1ケース?」
 「そう。12個セットね。なんか誰も聴いてないような朝型ラジオで」
 「そんなのまで聴いてるのか」
 「ゲームやってたらそんな時間まで起きちゃってたんだよぉ。そしたら募集してたからさあ」

  ゲームソフトは誰もが聴いたことのある人気シリーズの最新作で、それを10名様だったのに対し、タブレットは30名様にプレゼントだった。

 「結構なバラ撒きだな」
 「ですよねー」

  言いながら響季がカリ、と一粒タブレットを噛むが、

 「……んぎっひぃぃっ」
 「何?」
 「かっりゃい。食べう?」

  口と顔を歪めてはひぃぃとミントの辛さを逃がそうとしながら、お一つどうかとケースを差し出す。手のひらに出された白い粒を柿内君も口に放るが、

 「……くっひああっ」

  あまりの辛さにこちらも顔を歪める。

 「辛いっひょ。だかりゃなはなは減ららいんら」
 「なんらこえ、兵器きゃ」

  口内のどこに置いていいかわからないくらいに辛いため、喋り方がおかしくなり、結局お互いガリっと噛んで無理矢理ごっくんしてしまう。

 「ううっ…。こんらけ辛かったあ貰っへも困るって人の方が多そうらけどな」
 「朝型にょラジオだかりゃ長距離のトアック運転ひゅさんとかが聴いてんららい?そういう人達用にってことだったのかみょ。眠気覚ましにさ。でも運転しながらメールなんてしちゃダメだろうし。高速とか特に」
 「ああ、そうか」

  夜通し運転してる人と強力ミントタブレットなら需要と供給が合致しそうだが、深夜、わざわざ車を止めてまでラジオのプレゼントにメールで応募しようという人は少ないだろう。
  結果部屋でゲームをしていた女子高生ぐらいしか応募してこなかったのかもしれない。

 「こんなのが1ケースもあるのか」
 「うん。当分眠気覚ましには困らんよ」

  なかなか強力な辛さに、柿内君はケースをじっと見つめ、

 「……じゃあ、響季さん」
 「はい?」
 「これを使って、何か一発ギャグを」

  カシャ、とケースを一振りし、突然無茶ぶりをしてきた。
  悔しいくらいに辛いので、なんだか笑いでお口直ししたかった。

 「えー?いきなりだなあ」

  声だけは困ってみせるが、響季の脳はすでにフル回転していた。そして、

 「じゃあ、えーと」

  タブレットケースを一度じっくり見てみる。
  手のひらにすっぽり収まるサイズで、薄型で長方形。そこから何が見えてくるか考える。
  が、一秒と経たずに揃えた中指と人差し指でスライド式の蓋を持ち、親指は底を軽く支えてみる。
  反対の手のひらにそれをぱし、と叩きつけ、

 「今日は活きがいいよぉーっ」

  きちんと腹から寿司屋の大将ボイスを出すが、柿内君はじっと見ているだけだ。

 「タブレットの握り」

  一応響季がボケを説明しておくと、柿内君がうむと頷く。初手としてはまずまずだと。

 「もうないか、もうないか」
 「えー?」

  柿内君師匠にもっと引き出せと言われ、響季は表のパッケージを見たり裏の成分表などを見ると、

 「音は使わないのか」
 「音…、あー」

  言われてカシャカシャ振ってみる。確かにこの音は使いたい。
  カシャカシャカシャ、と軽く振り、

 「ミニマラカス」

  響季が答えるが柿内君はじっと見ているだけだ。まだ引き出せるだろうと。

 「赤ちゃんマラカス。小さい、姪っ子マラカス」
 「姪っ子の名前は?」
 「えっ……、虎フグあたり子」

  その名に一拍置いて師匠がぶふっと吹き出す。
  一つ前の寿司屋ボケに引っ張られていた。が、爆笑までには至らない。

 「それはケース使ってないからだめだ。名前ボケだろ」
 「えー?うー…、カッキーお手本無いの?」

  笑みを浮かべたままダメ出ししてくる柿内君に、響季がタブレットケースを渡す。

 「うーん…」

  彼もまた側面、裏面、蓋を開けたり閉めたりと、様々な角度からケースを見ながらボケを考えてみる。
  言った手前何か捻り出したかったが、

 「……れーじくんならどうするかな」

  そう、ぽつりと言った。
  それはボケを思いつかなかったゆえの逃げではなく、純粋な疑問だった。
  話だけでしか聴いたことがない親友の、仲の良い女友達。
  彼女ならどうボケるか。それは響季も気になった。
  彼女なら、なんだか途方も無い世界観と設定を提供してくれそうだった。
  怠惰な放課後タイムをひっくり返してくれそうな面白いことを。
  手に取ったタブレットケースを、柿内君がパソコンデスクに置く。
  二人の間に沈黙が生まれ、

 「今度れいちゃんに聞いとくわ」
 「おう」

  カシャカシャ振りながら響季が言い、よろしく頼むと柿内君が応える。
  響季にはそれが許されていた。アリーナ席で、天才職人のモノボケを見るのを。
  柿内君はそれが純粋に羨ましかった。
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