74 / 139
第三回公演
14、地元の人が勧める汚くて安くて臭くて美味しい良い店
しおりを挟む
そんな、アクシデントのようなハプニングのようなものもあったが、
「進行の都合により、フィナーレはカットとなります」
「ぇー?」
いい声の場内アナウンスに嵐士が小さく残念そうな声を上げる。
遥心からフィナーレとやらは楽しいから絶対見た方がいいと言われていたのに。
だが、撮影ショーなどで進行が押せばカットになることもある、だから見たいなら早い回に行けとも言われていた。
その忠告が的中してしまった。
そして香盤が一巡し、トップバッターの信玄餅姐さんのステージとなった。
顔はよくよく見ると唇は赤くぽってりとしていて、その上にある大きな瞳からは眼光が狭い場内にビームのように出ていた。
その大半が化粧によるものだ。
おそらく素顔は今とは似ても似つかないだろう。
間近で逢ったとしても気づかないくらい。
しかしうまく化けたことによって産まれた気迫みたいなものはある。
とはいえステージは。
悪くはないが、一貫してなんとなくルーチンとしてこなしているようなショー。
それを、そんなにいいものかなあと常連の態度を思いだしつつ嵐士がショーを見る。リボンマンは再びそれに華を添えていた。
大丈夫だろうがまた絡まれたらたまらないと、ロビーへ出た。
劇場のブログによるとこの後は全員ずっと同じ出し物らしい。
ならばいっそ帰ってしまおうかとも嵐士は思った。だが、
「あ、そっか。ダメだ」
サイン写真を頼んでしまったことを思い出す。確か預かってもらって次回来た時に受け取ることも出来るらしいが、次回なんておそらく無い。
どうしようかと考え、
「あのー」
「ハイッ!お帰りですかっ?」
ロビーに出て、何やら作業をしていたハキハキ青年に声を掛ける。
「じゃなくて。ええと、外出?を」
「ハイッ、外出ですねっ。チケットはございますかっ?」
渡した半券に従業員が何やら時間を記入し、
「あと、それから」
「ハイッ!」
「ココらへんでご飯屋さん無いですか?安くて美味しくて、混んでない店がいいんですが」
返してもらった半券を受け取りつつ、嵐士が訊いてみる。
ここで働いてるならそういう店を知っているかなと。
「安くて美味しくて混んでない、ですか?ええーとぉー」
少し難しい注文に首をひねり、
「あと汚い店」
「汚い店?ええっとおおお」
更に難しい注文に青年は首をひねりまくる。食が細いか、食自体に興味が無さそうだ。
彼が脳内で一生懸命近くの店を検索していると、
「どうした?」
奥から飲みかけの缶コーヒーを片手に、別の従業員が顔を出した。少し強面の、髪を短く刈ってTシャツの袖を捲った、兄(あに)ィといった感じの従業員が。
低く落ち着いたトーン、なのにどこか清涼感のようなものを感じる声。
場内のアナウンスはこの人かと思い、
「安くて美味しくて混んでなくて汚いご飯屋さんってココらへんにないですかね」
嵐士が同じ質問をしてみる。
こちらは見た目からしてガツガツ系というか、期待出来そうだったが、
「んー…」
兄ィ従業員は一度缶コーヒーを飲み、しばし考えると、
「ラム肉って食える?」
「らむにく…」
「ジンギスカンとか、羊系」
「あーっ、はい。わりと好きです」
「だったらここ出てずっと道行くとコンビニがあるから、そこの隣の店がそんな混んでないかな。そこのラム肉定食が安くて旨いんだけど」
指で宙を指し、道を説明しながら兄ィが言う。
自分の味覚にはあまり自信がないような口ぶりで。だがそれが逆に信用に値した。
嵐士はその店に決めた。
「なるほど。ちょっと行ってみます」
「いってらっしゃい」
行ってきますと敬礼ポーズをしてみせると、兄ィが笑顔で送り出してくれた。思った以上に人が良さそうだ。
それを見て、二、三歩進んだ嵐士はくるっと振り返り、
「もし、美味しくなかったら?」
ちょっと意地悪な顔でそう訊いてみた。
ええっ?と兄ィが困り笑顔で驚く。
そして、
「そうだなあ…。じゃあ、まずかったら缶コーヒーでもおごってやるよ」
そんな、大したことのないおごりアイテムに、逆に嵐士はこれは旨いに違いないと確信した。
「絶対ですねっ」
「おう」
「じゃあ行ってきますわ」
それから数分後。
「うまっ。うんまああ」
教えられたご飯屋さんで、嵐士はラム肉定食に舌鼓を売っていた。
豚や牛とも違う、肉の噛みごたえ。
羊特有のほどよい臭みとクセは、ふだん食べない分イレギュラーな美味しさがあった。
独特なタレを吸ったたっぷりのもやしも美味しい。
「あーっ。旨かった」
ご飯もおかわりし、常連を真似して残った汁を無料の生卵とともにじゅぶじゅぶの卵かけごはんにして腹に収めると、
「……なんか、甘いもの」
急にデザートが食べたくなった。それも冷たくて甘いやつだ。
「ソフトクリームとか食いたいなー」
美味しくてクセのあるラム肉をさっぱりバニラで洗い流したい。
「どっかあるかな。ああ、でもコンビニとか」
嵐士が頭の中で劇場に行くまでの道、ここに来るまでの道を辿る。
コンビニアイスが候補にあがったが、ここは繁華街だ。
お店のおねーちゃんたちに差し入れ出来るような、コジャレたアイス屋くらいないのだろうかと考え、
「すいません」
「あいよっ」
「あの、ココらへんでアイス食べれるところって無いですか」
「ああ?アイスぅ?」
調理中の店主に訊いてみると、なんだあ?そりゃあという反応を返された。
それに嵐士が気圧されるが、
「コンビニのじゃダメなの?」
二人の会話を聞いて男性客がそう割り込んできてくれた。
「ソフトクリームが食べたいんですけど」
「コンビニでも今ソフトのやつ売ってるっしょ。機械とかのやつじゃなくても」
「まあ、そうなんですけど」
結局そうなるかと諦めかけていると、
「あれ?カドんとこになんか出来なかったっけ。甘いやつ売ってる店」
また別の、シュっとしたスーツ姿の客が話に入ってきた。
「あれちげーだろ。なんとかいう、クリームブユエの店だろ」
「おやっさん、言えてねえし」
「うるせいな。ブユエだろ」
「ブリュレだよ」
「だからブユエだろっ」
「だから言えてねえって」
「ああ!?」
そんなスーツ客と店主のやりとりを嵐士は笑いながら聴いていたが、目当ての物はなさそうだ。
だが、
「あれ?」
会話に出てきた単語に嵐士が引っかかる。
「最近出来た店って、もしかしてクリームブリュレ専門店の」
「ああ、そうだよ。確か海外から来た店で」
そう訊くと店主のブリュレの発音を突っつくスーツ客が、記憶を手繰りながら教えてくれた。
「そっか…」
やはりそうだった。
雑誌で見たことがある。
ブリュレもだが、確かコーヒーも美味しい店と紹介されていた。
同時に、これならいいんじゃないかという思いがむくむく湧いてくる。
これなら喜んでもらえるんじゃないかと。
「ありがとうございますっ。おじさんっ、お勘定っ」
そしてそう元気に言って勘定を済ますと、嵐士はブリュレ専門店へと向かった。
「進行の都合により、フィナーレはカットとなります」
「ぇー?」
いい声の場内アナウンスに嵐士が小さく残念そうな声を上げる。
遥心からフィナーレとやらは楽しいから絶対見た方がいいと言われていたのに。
だが、撮影ショーなどで進行が押せばカットになることもある、だから見たいなら早い回に行けとも言われていた。
その忠告が的中してしまった。
そして香盤が一巡し、トップバッターの信玄餅姐さんのステージとなった。
顔はよくよく見ると唇は赤くぽってりとしていて、その上にある大きな瞳からは眼光が狭い場内にビームのように出ていた。
その大半が化粧によるものだ。
おそらく素顔は今とは似ても似つかないだろう。
間近で逢ったとしても気づかないくらい。
しかしうまく化けたことによって産まれた気迫みたいなものはある。
とはいえステージは。
悪くはないが、一貫してなんとなくルーチンとしてこなしているようなショー。
それを、そんなにいいものかなあと常連の態度を思いだしつつ嵐士がショーを見る。リボンマンは再びそれに華を添えていた。
大丈夫だろうがまた絡まれたらたまらないと、ロビーへ出た。
劇場のブログによるとこの後は全員ずっと同じ出し物らしい。
ならばいっそ帰ってしまおうかとも嵐士は思った。だが、
「あ、そっか。ダメだ」
サイン写真を頼んでしまったことを思い出す。確か預かってもらって次回来た時に受け取ることも出来るらしいが、次回なんておそらく無い。
どうしようかと考え、
「あのー」
「ハイッ!お帰りですかっ?」
ロビーに出て、何やら作業をしていたハキハキ青年に声を掛ける。
「じゃなくて。ええと、外出?を」
「ハイッ、外出ですねっ。チケットはございますかっ?」
渡した半券に従業員が何やら時間を記入し、
「あと、それから」
「ハイッ!」
「ココらへんでご飯屋さん無いですか?安くて美味しくて、混んでない店がいいんですが」
返してもらった半券を受け取りつつ、嵐士が訊いてみる。
ここで働いてるならそういう店を知っているかなと。
「安くて美味しくて混んでない、ですか?ええーとぉー」
少し難しい注文に首をひねり、
「あと汚い店」
「汚い店?ええっとおおお」
更に難しい注文に青年は首をひねりまくる。食が細いか、食自体に興味が無さそうだ。
彼が脳内で一生懸命近くの店を検索していると、
「どうした?」
奥から飲みかけの缶コーヒーを片手に、別の従業員が顔を出した。少し強面の、髪を短く刈ってTシャツの袖を捲った、兄(あに)ィといった感じの従業員が。
低く落ち着いたトーン、なのにどこか清涼感のようなものを感じる声。
場内のアナウンスはこの人かと思い、
「安くて美味しくて混んでなくて汚いご飯屋さんってココらへんにないですかね」
嵐士が同じ質問をしてみる。
こちらは見た目からしてガツガツ系というか、期待出来そうだったが、
「んー…」
兄ィ従業員は一度缶コーヒーを飲み、しばし考えると、
「ラム肉って食える?」
「らむにく…」
「ジンギスカンとか、羊系」
「あーっ、はい。わりと好きです」
「だったらここ出てずっと道行くとコンビニがあるから、そこの隣の店がそんな混んでないかな。そこのラム肉定食が安くて旨いんだけど」
指で宙を指し、道を説明しながら兄ィが言う。
自分の味覚にはあまり自信がないような口ぶりで。だがそれが逆に信用に値した。
嵐士はその店に決めた。
「なるほど。ちょっと行ってみます」
「いってらっしゃい」
行ってきますと敬礼ポーズをしてみせると、兄ィが笑顔で送り出してくれた。思った以上に人が良さそうだ。
それを見て、二、三歩進んだ嵐士はくるっと振り返り、
「もし、美味しくなかったら?」
ちょっと意地悪な顔でそう訊いてみた。
ええっ?と兄ィが困り笑顔で驚く。
そして、
「そうだなあ…。じゃあ、まずかったら缶コーヒーでもおごってやるよ」
そんな、大したことのないおごりアイテムに、逆に嵐士はこれは旨いに違いないと確信した。
「絶対ですねっ」
「おう」
「じゃあ行ってきますわ」
それから数分後。
「うまっ。うんまああ」
教えられたご飯屋さんで、嵐士はラム肉定食に舌鼓を売っていた。
豚や牛とも違う、肉の噛みごたえ。
羊特有のほどよい臭みとクセは、ふだん食べない分イレギュラーな美味しさがあった。
独特なタレを吸ったたっぷりのもやしも美味しい。
「あーっ。旨かった」
ご飯もおかわりし、常連を真似して残った汁を無料の生卵とともにじゅぶじゅぶの卵かけごはんにして腹に収めると、
「……なんか、甘いもの」
急にデザートが食べたくなった。それも冷たくて甘いやつだ。
「ソフトクリームとか食いたいなー」
美味しくてクセのあるラム肉をさっぱりバニラで洗い流したい。
「どっかあるかな。ああ、でもコンビニとか」
嵐士が頭の中で劇場に行くまでの道、ここに来るまでの道を辿る。
コンビニアイスが候補にあがったが、ここは繁華街だ。
お店のおねーちゃんたちに差し入れ出来るような、コジャレたアイス屋くらいないのだろうかと考え、
「すいません」
「あいよっ」
「あの、ココらへんでアイス食べれるところって無いですか」
「ああ?アイスぅ?」
調理中の店主に訊いてみると、なんだあ?そりゃあという反応を返された。
それに嵐士が気圧されるが、
「コンビニのじゃダメなの?」
二人の会話を聞いて男性客がそう割り込んできてくれた。
「ソフトクリームが食べたいんですけど」
「コンビニでも今ソフトのやつ売ってるっしょ。機械とかのやつじゃなくても」
「まあ、そうなんですけど」
結局そうなるかと諦めかけていると、
「あれ?カドんとこになんか出来なかったっけ。甘いやつ売ってる店」
また別の、シュっとしたスーツ姿の客が話に入ってきた。
「あれちげーだろ。なんとかいう、クリームブユエの店だろ」
「おやっさん、言えてねえし」
「うるせいな。ブユエだろ」
「ブリュレだよ」
「だからブユエだろっ」
「だから言えてねえって」
「ああ!?」
そんなスーツ客と店主のやりとりを嵐士は笑いながら聴いていたが、目当ての物はなさそうだ。
だが、
「あれ?」
会話に出てきた単語に嵐士が引っかかる。
「最近出来た店って、もしかしてクリームブリュレ専門店の」
「ああ、そうだよ。確か海外から来た店で」
そう訊くと店主のブリュレの発音を突っつくスーツ客が、記憶を手繰りながら教えてくれた。
「そっか…」
やはりそうだった。
雑誌で見たことがある。
ブリュレもだが、確かコーヒーも美味しい店と紹介されていた。
同時に、これならいいんじゃないかという思いがむくむく湧いてくる。
これなら喜んでもらえるんじゃないかと。
「ありがとうございますっ。おじさんっ、お勘定っ」
そしてそう元気に言って勘定を済ますと、嵐士はブリュレ専門店へと向かった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる