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第三回公演

23、「仕事抜けてきました」「ストリップ抜けてきました」

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「んんんーっ。露払いかぁああー」

 凡庸なトップバッターのショーを見終えた後。ハルくんが腕組みしながら感想を述べると、

「あ、終わったっぽい」

 バッグから出さずにケータイを見ていた嵐士が呟く。
 公式SNSと合わせ、今まさにライブを見てるユーザーの声を交互に監視していたのだが。
 ひとつ前のファンが解散ー、おつかれー、直帰やでーと打ち込み、その次の演者のファンが、始まったー、もりあげんzと最後まで打ち込まずにライブに参戦していた。
 それが、20分前。
 前の前のグループの出番が終わり、今は一つ前のやる気のないのが逆にかっこいいとされている若者バンドらしい。
 要は次だ。
 1演者の出演時間は30分。
 早ければ10分程で始まる。
 ということは、もう移動しなくてはならない。

「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」

 撮影ショーでざわつく場内で、二人が言葉をかわす。

 充分な余裕をもって嵐士はライブに出撃した。



 そして、連れが居なくなった場内で。

「…すごいなあ」

 一人、ハルくんが呟く。
 ストリップ観劇の間にマイナーアイドルのライブ。
 なんとも充実した若者の時間の過ごし方だと。




「すいません、がいしゅつ」
「はーい」
「時間、何分までオッケーですか?」
「決まりだと30分だけど、ちょっとならオーバーしちゃっても大丈夫っすよ」
「そうですか、ありがとうございます」

 受付で外出券を受け取ると、嵐士は駅前広場まで走った。
 迷いつつ徒歩で五分の距離なので、道がわかり、走って行くなら着くのも早い。
 ちょっとでも身長を高く見せるためにやや底に厚みのあるブーツで走っていると、遠くの方に人だかりが見えてきた。
 まだ前の演者達のステージだったが、その周囲には先程も見たファンと思しき子達がちらほらいた。
 その数は予想に反して増えては居ない。

「よっし、客少ない」

 それを見て嵐士が小さくガッツポーズを作る。
 運営側からすればよしではないのだが、見る側からすれば客は少ない方がいい。
 女性ファンが多く、背が低いのも幸いした。
 嵐士がストリップ劇場と同じく後方を陣取る。彼は最前で好きなアイドルを見るよりも全体を見たかった。
 それは客の盛り上がりも含めてだ。
 これから始まるライブにワクワクしていると、

「じゃあ仙台のリリイベ行ったんですか!?どうでした?」
「さすがにイベント初日だったからねー。新メンも新曲お披露目自体初だし。ちょっとふわふわしてたかな。でもMCの受け答えもちゃんとしてたし。歌聴くと流石にオリメン脱退の穴はでかかったなあって思うけど」
「そうなんすか。過去曲ヤバイのかなあ」
「それもまあこれからじゃない?伸びるよあの子たち、絶対。体格的にも恵まれてるし。即戦力感はバリバリ感じる。っていうか今のうちだけじゃないかなある意味まだなの味わえるのって。入ったばっかんときはねー、ダメダメでねーみたいに、あっという間に思い出話になりそう」
「あー、グループだと伸びしろ楽しめるのいいっスよねー。即戦力感感じつつ先輩の背中見ながら成長してくのそばで見守れるし。俺、ギーグで新メン立ち会うの初めてなんすよ」

 そんな会話が聞こえてきた。
 妙に甲高い声に高校生くらいかなと振り向くと、いい歳したおじさん達だった。
 心と声帯はまだ少年のようだ。
 二人は先程劇場で聞いたのと同じような会話をしていた。
 一人は新曲のリリースイベントを見に行ったらしい。
 こちらは新人にも期待に胸膨らみ踊るようだが。

 しばらくして、曲が流れてきた。
 ライブではお馴染みの、メンバーをステージに呼びこむためのイントロダクション。
 色とりどりの、推しメンカラーのサイリウムを掲げるとともにファンが歓声を上げる。
 その盛り上がりは先程の劇場内の比ではなかった。
 期待を煽るイントロに合わせてメンバーがステージに順番に現れ、最後尾のメンバーを見て歓声がわあああああああっと一際大きくなる。

「新メンバーだっ」

 嵐士が興奮を抑えつつ呟く。
 最近入った、二人共175超えのまさに大型新人。
 ひょろ長い柔和そうな笑みを称えるメガネくんと、肩幅が広めの銀髪ガチムチメン。
 今のメンバーには足らなかったキャラクター性と体格だった。

「麒麟ー!」
「けるべろー!」

 ファンが二人に声援を送る。
 それを耳に、いい名前貰ったな、と嵐士が心の中で思う。
 ギークスターボーイズはメンバーの名前にそれぞれ伝説の生き物の名が冠される。
 メンバーの増減を繰り返し、そろそろネタ切れではないのかと思われたのだが、眼鏡は優雅な霊獣の名を、ガチムチは地獄の番犬の名を頂いた。

 そして、ステージは始まったのだが。


「すごい…」

 そのパフォーマンスに嵐士は圧倒された。
 加入後の初新曲、その初っ端から二人はソロパートを与えられていた。
 麒麟は高音の伸びが綺麗だ。手足も長いのでダンスも映える。
 ケルベロスは見た目通り声が低く太く、ファンキーだった。
 ダンスは少し残念だが、新人ということで考慮できる範囲だ。
 運営側の期待もだが、どんどん新人に見せ場を与えていこうという正しきゴリ押し感と新陳代謝が見えた。
 歌には不安が残ると先程ファンが言っていた。 

 が、イベント巡りの間に急成長を遂げたのか、危なっかしい部分も多少あるが、それにさえ成長を見守る楽しさがある。
 同時にこの子たちはもっと伸びるという確信が持てた。
 この時間、空間でなら好きにしていいという思いからか、ファンの動きも気持ちいいほどに統率が取れている。
 新曲も純粋にいい感じだ。これなら売上も上位に食い込めるのかもしれない。
 腕組みしたまま、周囲とステージの熱量を嵐士がじっくり堪能する。
 はたから見れば無名に近いアイドル達の新たな門出を。


「キリンがさあー、またあれでしょ?大分できゅうり用のジル買ったんでしょ?」
「いや、ジルって言い方」
「漬け汁ね。美味しかった?」
「胡瓜漬けた?」
「まだ使ってないっす」
「早く使いなさいよっ」
「早く」
「はやくはやく」
「はやくはやくはやくっ!!」
「うるさいうるさいっ。焦るな先輩共っ」
「落ち着けぇよ。先輩共」
「あっ。なんだよぉー、二人してぇー」
「新人が徒党を組みましたぞっ」
「労働組合じゃ」
「こっちだって組合組むぞコラ」
「弁当の選択肢に魚をもっと加えろコラーっ!」
「マネージャーこらー!」
「運営こらー!」

 MCでは先輩たちにいじられ、せっつかれるが、それを新人二人は難なく受け止める。
 時折飛び出すケルベロスの広島弁が可愛い。
 眼鏡の麒麟はキュウリの浅漬が好きらしく、これはという漬け汁を見つけたら買って帰るのが今回のイベント行脚の裏目的らしい。
 イベント中に出来上がっていったのであろうMCの流れを嵐士が読む。

 そして偶然とはいえこの場に立ち会えたことに感謝した。
 いやこちらに導き、イベントがあると気づかせてくれた親友にも。
 つい最近、古株三人がアクシデント的に卒業してしまったのでユニット存続すら危ぶまれる危機だったが、これなら大丈夫だと思えた。
 新人は二人共二十歳を超えていたのでアイドルとしてはトウが立っていたが、このグループはまだまだ伸びる、戦えると思える新メンバーだった。
 嵐士には明るい未来しか見えなかった。


 そして、30分ののち。
 嵐士は暗い未来しか見えない劇場へ帰ってきた。


「おお、ハルくん。たっだいまー」
「お帰りー」

 ライブから帰還した嵐士を、ハルくんがロビーで出迎える。
 嵐士が帰ってきたのは撮影ショーの合間だった。
 相変わらず撮影時間が長引いているため、ハルくんはロビーに避難していたのだが、

「楽しめた?」
「たのしめた。っていうか凄かった。もう新メンバーがさ、入ってまだちょっとなのにもういきなり神がかってて。やっぱ若くなくてもキャリアある子採ったほうがパフォーマンス安定してるよね。MCでもさ、もうキャラ立ってて、自由にやらせて先輩メンバーがフォローするって形にしてるからすげえ面白いの。先輩のことクソジジイ扱いしたりとか。もう笑った笑った。そんで、それ終わったらまた歌うたって。それがまたかっこよくて」

 ハルくんの隣に座り、テンション高く嵐士が早速べらべらとライブの感想を喋りまくる。

「ライブの後に握手会と撮影会もあったんだけど、撮影会だけ参加した。ほら、見て見て」

 見せてきたポラロイドは中央の椅子に座った嵐士を、メンバーが取り囲むようにして写っているものだったが、

「いくら?これ」

 何の気なしにハルくんが訊いてみると、

「七千円」
「ななっ!?」

 その金額に驚く。

「メンバー七人だから、七千円。正確にはその分のCDを買うんだけどね」

 嵐士が説明してくれたが、高いことには変わらない。
 ハルくんもメジャーアイドルにはそこそこ詳しい方だが、地下アイドルとそのシステムのことはよくわかっていない。
 対して、ストリップは。
 セクシー女優様でも同じような写真を撮ってもせいぜい千円程度で。
 参加したことはないが、その日出ている踊り子さん全員と撮れる合同撮影写真でもその程度の値段だ。
 それが、マイナーアイドルであるにも関わらずこのお値段。

「終わったみたいだよ」

 そう嵐士が言う。
 場内の音楽が騒々しいものに変わった。
 オープンショーが始まったようだ。
 物の価値とは果たして、と考えているハルくんを嵐士が引っ張り、二人は場内へ戻った。

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