昭和90年代のストリップ劇場は、2000年代アニソンかかりまくり。

坪庭 芝特訓

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第四回公演

4、薄いお茶と甘いコーヒーは無料

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 ある程度だが取材が出来、更に腹ごしらえも済ますと、二人はまとい爺さんに会うべく競輪場に向かった。

「お?」

 だが、周囲を歩く人達を見て遥心が何か気付く。

「おお?」

 灰色がかった老人達が、ぞろぞろと一定の方角に向かって歩いている。
 着ているものは皆くすみ、姿勢が悪く、視線は下に向けて。
 それは自分達と同じ方角だった。
 ぶつぶつと、何か呪詛のようなものを吐いてその道を向こうから歩いてくる者もいる。

「…しほちゃん」
「ん?あらあら」

 遥心が隣を歩く相方の手をそっと握る。
 生きたゾンビの一団に紛れ込んだようで怖かった。
 対して詩帆は自分を頼ってくる相方が可愛くてにやにやした。


 程なくして、二人は競輪場の入り口に着いた。
 よくはわからないがジョーガイハンバイという日なので入場料はいらないらしい。
 少しドキドキしながら遥心が詩帆と共に入場ゲートを通ると、

「なんだろう、あれ。みんななんか飲んでる」

 詩帆が客達を見て気付く。皆一様に小さな紙コップで何かを飲んでいた。

「振る舞い酒?」

 見えないよだれをじゅるりと拭い、詩帆が少し期待して言うが、

「あ。あれじゃないの?」

 遥心が場内の一画を指差す。同じように紙コップを持ったおじさん達が一箇所に集まっている。
 フードコートにありそうな給茶機の巨大版が設えていた。
 等間隔でボタンが設置され、お茶/コーヒー/温/冷などの文字が見えた。

「あれか。コーヒーって」

 おそらくスレッドに書かれていた無料コーヒーだ。

「ちょっと飲みたい」
「遅れちゃうから。あとで」

 イヒヒ、どんなもんなんざんしょと楽しそうな笑みを浮かべて近づく詩帆を遥心が引き止め、二人はまとい爺さんがいるという売店に向かった。


 場内にあるマップを見ると、売店エリアは軽食系やカレー、うどん、牛丼屋などいくつも店があった。
 その中にある、待ち合わせ場所に指定された店を確認し、

「西スタンドの、酔剣、だっけ?」
「そう」
「じゃあこっちか。はるちゃん」
「はい」

 またしても迷わないよう先導は詩帆に任せ、遥心はそれについていく。
 酔剣というお酒が飲める売店に着くと、目印として勇者に言われていた日ハムのキャップを被ったおじいさんがいた。
 そんなキャップを被ってるのはそのおじいさんだけで、おまけに真新しい。周りと同じように小さな紙コップで何かを飲んでいた。
 何か、といってもコーヒーかお茶かしか無いが。
 遥心とあの人かな、たぶん、と目配せし、詩帆がアタックを掛けてみる。

「すみません」
「あ?」
「まとい爺さんですか?」
「ああ?」

 声をかけてきた詩帆を、爺さんが上から下へ、下から上へと見る。
 そして一瞬フリーズした後。

「ああ、お前かっ。話聞きてえとかいう学生はっ」
「はい」

 正確にはお前らなのだが。
 詩帆達は書き込みに対し、2つほどトリックを仕込んだ。
 一つは性別を明かさなかったこと。
 もうひとつは一人とは言わなかったことだ。
 予想と多少違ったことに爺さんはふうんと言い、

「まあいい。俺ぁタダ酒が飲めりゃそれでいいんだ。おい」

 そう言うと立ち上がり、売店の方をアゴで示すと、よたよたそちらの方へ歩き出す。
 それに二人もついていく。

「ビールと煮込みっ、あと焼き鳥だっ」

 爺さんがおばさん店員に慇懃無礼に注文する。
 遥心がアメリカンドッグはいいのかなと思ったが言わないでおいた。
 頼んだものの支払いを詩帆が済ませ、その間に爺さんが頼んだ品をテーブルに運ぼうとするが、ビールと煮込みは持てても焼き鳥は持てない。
 両手が塞がったまま、カウンター上の焼き鳥をおろおろと見る。
 が、それを詩帆が取り、目配せするとテーブルに運ぶ。
 それに対し爺さんは、

「ふんっ」

と、不機嫌そうな鼻息を出しついていく。
 その後ろで遥心は人間年をとるとこうもひん曲がるかと思っていた。
 そして、いよいよ取材開始となる。しかし、

「では」
「あー、ちょっと待て。まず食ってからだ」

 お話聞かせてもらえますか、と切りだそうとする詩帆を爺さんが手で制し、両手を擦り合わせるとまず大きな紙コップに注がれたビールを煽る。
 それをごぐごぐと喉を鳴らして飲み、

「くうーっ」

と、旨そうに唸る。
 いきなり出鼻をくじかれてしまった。どうしようと詩帆が遥心を見てくるが、

「まといさんは、お酒は強い方ですか?」

 テーブルに置いたボイスレコーダーの位置を意味なく直しながら遥心が訊く。

「お?おお、強いよ?これでも若い頃は4合飲んでもへっちゃら平次だったさ」
「そうですか。今回はお話を聞かせていただくという体での席なので、酔いつぶれてしまったりすると何もならないので」

 そうにこやかに言いつつも、遥心が釘を差す。
 だからさっさと始めてしまいたいのだがという思いも込めて。
 それを感じ取ったのか、爺さんが面食らうが、

「で、早速なんですが」
「姉ちゃんも飲めよっ」

 切り出そうとする遥心を遮り、爺さんが詩帆に酒を勧める。

「いえ、私は」
「あんだ、飲めねえのかよ」
「その子はアルコールアレルギーなので」

 断ろうとする詩帆に遥心が助け舟を出す。
 助け舟には自分の女は自分で守るという義務感も載せていた。

「良ければ私が」
「ああ?」

 自分が付き合うが、と遥心が言うが、爺さんは不機嫌そうな声を出す。

「へっ、じゃあいいよ」

 どうやら遥心の方は嫌われてしまったようだ。
 気まずい空気が流れる中、爺さんはビールを飲み、煮込みを食べる。
 更に焼き鳥をあぐあぐ。

「…すみません、そろそろ」

 大人しくその様子を見ていた詩帆が再度切り出すが、

「もうちっと待てって!」

 またビールを飲み、爺さんがげふうと酒臭い息を吐くと、

「いよっし。じゃあ、話してやっか」

 膝をパンと叩き、そう宣言する。
 そうしてようやく取材開始、だったのだが。



 爺さんが喋り出した途端、遥心達が、あー、これは、という顔をする。
 これは使えないと。
 プロフェッサーは昭和エロについての取材はいらないと言っていた。
 いわゆる本番ショーだの恨みっこ無しでのじゃんけんだの、天狗ショーだの白黒ショーだの布団敷き係だの客と懇ろになるだのヒモだの。
 売れない芸人が漫才してただの、ガイジンさんだの。
 なぜならそういったことは様々な文献を紐解けば案外記録として残っているからだ。
 あるいはこうして当時を知る人からいくらでも聞き出せる。
 しかし近年においてのそれは相当少ない。
 平成でもまだ古い。
 2000年代周辺で話を聞き出せればと言っていた。
 今聞いてる話はそこから大いに外れてる。

「おお、そうだったそうだった」
「昔はなぁ」
「いい時代だった」
「今はなぁ」
「お上が」

 おまけに周りの爺さん達も話に加わりだす。昔はよかったなあと。
 今に比べて昔はと。
 これもいらなかった。
 大昔ばかり振り返っても仕方ない。現代か近代史を見なければ意味が無い。

「当時使ってた曲とかって、覚えてらっしゃいますか?」

 詩帆が話の方向を変えようとするが、

「ああ?そんなんあれだろ。定番のさあ、あれだよ。演歌とかの、なあ?」

 あれ、ばかりで曲名が出てこない。
 演出にこだわりがないのか、裸が見れればよかったのか。

「ほら紅白とか出てる」
「おーっ、そうだそうだ」

 周りの爺さんから曲名が出るが、ああ、あれねというものでやはり面白さはない。
 そして爺さん連中が勝手に盛り上がっていく。

 ボイスレコーダーはそのままに、遥心がやってられないと売店でレモンサワーと唐揚げと梅巻きずしを注文する。

「えーと、踊り子さんとかはどんな方がいましたか?」

 それでも詩帆はめげずにテーブルの下でケータイに書き留めておいた『取材で訊くことメモ』を見ながら頑張って聞き出そうとするも、

「踊り子?あー、あれだ。フィリピーナはな、結構抱いたな。へっ、他の奴らがさ、小屋でじゃんけんして取り合ってんのをおりゃあ舞台はねたあとに声かけてものにしたのさ」
「ダンスとかは」
「ああ?んな振りとかねえよ。ただ突っ立ってなんか舞台であっちふらふらこっちふらふらしてるだけだ」

 まったく参考にならない。
 遥心はテーブルに行儀悪く肘をつきながら、海苔がしっとりし過ぎた細巻きずしをにっちにっち食べていた。

「そん時のは締りがいい女でよぉ」

 結局取材は爺さんのイロ自慢話で終わった。




 まとい爺さんへのインタビューを終えて。
 競輪場の甘ったるい無料コーヒーではなく、ちゃんとしたコーヒーを出す喫茶店で遥心と詩帆は反省会をしていた。

「どうするよ」
「どうしよう」

 いくら軌道修正してもイロ話に行き着いた。
 結局聞き出せることはなく、適当なところで切り上げてしまった。
 本来ならこれからシアター両國に行く予定だったが、

「っていうか行く必要ある?」

と、遥心が言う。
 元々亀寿について知ってる人がいるか訊くためにあたりをつけただけだ。
 知るという人に話を聞いた。だが収穫は得られなかった。
 両國に行っても亀寿について知ってる人がいるかわからない。

「でも、行くって言っちゃったし」
「だから行ったところでさ」

 詩帆の、でも、はスレッドに劇場に行く宣言をしてしまったのにというでもだ。それだと親切にしてくれた人達との約束をやぶることになってしまう。

「予定が変わって行けなくなりましたとか」

  遥心が行けなくなくなった言い訳を考えるが、

「でも、さっきのでほとんど何も情報得られなかったし」

 詩帆がうつむきがちに言う。
 話を聞き出せなかったことに責任を感じているらしい。二人の責任なのに。
 初っ端から事が順調だっただけにダメージが大きいようだ。

「とりあえず行こうよっ。何かあるかも知れないしっ」

 詩帆が藁にもすがる思いで言う。
 何か、に掛けるしか無いと。
 遥心が店内の壁にかけられた時計を見る。
 今からなら移動含めて何回目公演に着くだろうかと。



学生記者 H隊員 取材メモより


この頃は外国人の踊り子が多かったらしい。
踊り子側の魅力としてはコンスタントに稼げて故郷へ仕送りが出来るのと、ある程度の衣食住が保証されていることだろう。
時代的に外国人という存在自体が珍しかったこともあるかもしれない。
あとは性的なものが目当てであるため、ダンス等が出来なくてもよかったことか。
もしこの時代に生まれていたら私達は楽しめなかったかもしれない。
劇場の数は多いがアニソンの絶対数は少ない。おそらくダンスも期待できないだろう。
今は劇場の数は圧倒的に少なく、文化の終焉は目前だがいい時代に生まれたと思う。
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