昭和90年代のストリップ劇場は、2000年代アニソンかかりまくり。

坪庭 芝特訓

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第二回公演

20、さあ、帰るかな。あの人の元へ。

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それから、従業員は話してくれた。
 少し前に女の子の客が一人で訪れ、手紙を託された。
 彼女は友達と以前からこのストリップ劇場に行ってみたいと言っていたが、直前に喧嘩をしてしまい、約束も反古になったこと。
 でもひょっとしたら近々自棄になって二人で行こうと言っていたここに一人で来るかもしれない。
 だからもし来たらこの手紙を彼女に渡してほしいと。
 友達の背格好と、目印になるであろうケータイカバーの柄を一緒に伝えて。
 もし変えていなければ、ブルーの眼をしたツインテールの白色アンドロイドのキャラクターが描かれたケータイカバーを付けている。
 一週間経っても友達らしき子が来なければ手紙は破棄してくれと頼まれた。

「その子は、友達は学生割引を使うかもしれないって言ってた。だから学生証を持ってくるかもしれないって。その子の名前の中には船のパーツが入ってるから手がかりになるかもしれない、そのパーツと同じで大きくて丈夫そうな女の子だって」

 けれど従業員はそのヒントを失念していた。
 だから学生証を出されてもピンと来なかったのだ。
 帆船。船の帆。風を受けて進むための、大きくて重要なパーツ。
 たまには拗ねて、その身体を畳んで小さくなってしまう。
 そのパーツを名前に持つ女の子が手の甲で涙を拭う。
 どうせなら詩の方をヒントにすればわかりやすいしそっちの方がかわいいのに、と思うと恋人の馬鹿さ加減に泣けてきた。
 もしかしたら学割に気づかず、身分証を見せる機会もなかったかもしれないのに。
 風俗店でこんな危なっかしい賭けをするなど馬鹿げている。
 中を見られるかもしれない。笑いのネタにされるかもしれないのに。

 だが従業員は律儀に約束を守ってくれた。
 昭和の文化だからこそ、客と店との信頼が強いのだ。
 従業員から今日がその一週間目だったと言われ、詩帆は涙を隠すように、恋人の馬鹿さ加減に、両手で持った封筒をぺたりと額に当てた。
 そして改めて封筒を眺める。
 きっと大事なことが書いてある。
 ひょっとしたら別れの言葉かもしれない。
 こんなバカみたいな行事に付きあわせ、遂に愛想を尽かされたのかもしれない。
 出不精のあの子がわざわざこんな遠くまでやってきて、先回りして、自分の性格まで見抜いてこんなことを仕掛けてくるのだ。
 相当の想いが無ければできない。

 従業員は涙を滲ませる詩帆の頭をぽんと優しく叩き、離れていった。
 トリの踊り子さんのステージが始まり、客は場内へと戻っていく。
 トリはセクシー女優さんだ。
 先程は見た目もさながら、若いのに圧巻のパフォーマンスを見せてくれた。
 詩帆は見たい気がした。
 流れてきた曲からするとさっきとは違う演目だ。
 聞き覚えのあるおもちゃ箱ひっくり返した系メロディ。
 凶悪なマトリョーシカが次々出てくるようなロシア民謡サウンドと、不可解さすら魅力的な謎歌詞。
 よく聴けばそれは アニメ レッツゴーゴートゥートゥーヘルミー 主題歌『ピロシキケーツデグッシャー』だった。
 ああ、あの踊り子さんもそちら方面の方かと詩帆がぼんやり気付く。
 若くて綺麗で実力があって身体一つで稼いでて、おまけにオタクって最高じゃないか。
 ファンになってもいいかもしれない。一体どんなショーなのだろう。気になる。
 いやいや、単にステージのイメージに合う曲を探したらアニソンに辿り着いただけかも。だったら尚更ショーを見て、選曲を聴いてそちら方面の方か見極めなくては。
 詩帆の中で小さな声がわさわさ聴こえてくる。

 舞台は生物だ。
 一回一回のステージに同じものはなく、踊り子さんもいつまで現役かわからない。
 今舞台に上がっている踊り子さんが、明日の夜には突然失踪してしまうこともある。
 ストリップとは、踊り子という職業はそんな世界だ。
 見たい。しかし。
 詩帆はそれより先にこの手紙を読まなくてはいけなかった。


しぃーちゃんへ

私が導き出したルートを辿ってくれていれば、たぶんこの手紙を受け取ってると思います。
仮に受け取ってなくても破棄してもらうように頼みました。
しぃーちゃん発信で行うケンカごっこですが、元々私たちは『ひとりでもだいじょうぶ』というところがありますね。
一人で映画に行っても、食事に行っても平気。
一人で行く事をお互い咎めもしません。
むしろ行った先でおみやげを買ってきてくれたことにありがとうと思います。
離れた場所でも思ってくれていることが嬉しいです。
こんな所へ行ってきた、こんなものを食べたというお話のおみやげも嬉しいです。
ただそれを人に話すと仲が悪いのではないかと言われます。
一緒に行動をしないなら、一緒にいる必要がないとすら言われます。
私たちはこれが普通だと思っていましたが、傍から見るとどうやら変なようです。
また、私が普段そっけないため、しぃーちゃんは私がしぃーちゃんのことをあまり好きではないと思っているかも知れません。
それは違います。
あなたの無理難題を解くのが楽しいです。
試されてると思い、いやひょっとしたらそんなに考えてなくてただの気まぐれ、ただのドSなんじゃねとも思いますが、


 手紙はまだまだ続いていたが、詩帆は読み終わってしまうことが寂しかった。
 何枚にも渡るそれを、ロビーの椅子に座ったまま行きつ戻りつ読み進める。
 だがそれよりも止めどなく堕ちる涙をどうにかしたかった。
 化粧は相当ひどいことになっているだろうが構わない。
 縦に長い身体を折り、手紙を胸に抱く。
 傍から見ればその手紙は女の子が大事な親友に当てたと思える内容だ。
 万が一従業員に面白がって盗み見されても大丈夫なようにだろう。けれどそこには紛れも無く愛情が注がれていた。
 それは、本人同士だけがわかった。
 
 いつの間にかトリのショーは終わっていた。
 撮影ショーを挟んで、この後はフィナーレだ。
 漏れ聞こえてくる撮影ショー用のBGMはアニメ レッツゴーゴートゥートゥーヘルミー エンディング曲『わたしのほんねをかのじょはそしらぬ』だった。
 打ち込みスペーシーポップスに絡むすっとぼけた和物打楽器。声優アニソンならではの感情を消した無機質な歌声。そして淡々と歌い上げるのは聴く者と好きな相手を煙に巻くヤンデレ歌詞。
 なんでこんなしんみりした雰囲気なのに、流れてくるのがよりにもよってアニソンなのだろうと詩帆は想った。まったくもって締まらないと。
 しかし歌詞を聴けばなんとなく自分達の関係性を表しているようで、お似合いだった。
 作品を通して、主題歌とエンディングでこれだけ毛色の違う曲が聴ける。
 涙でぼんやり熱を放つ頭で、詩帆は改めてアニソンの幅広さと奥深さを知る。

 そして、踊り子さんはやはりそちら方面の方なのだろうか。
 深夜にたまたま放送を見て曲を気に入ったか、アニメが元々好きなのか。
 前者ならそれだけアニソンという曲には人を惹きつける力があり、後者なら晴れてお仲間だ。
 詩帆は知りたかった。
 撮影ショーに参加し、少しぐらいお話してもいいかもしれない。
 せっかくの名作なのに、主演声優の一人が大変なことになって二期が絶望的なこととかを話したい。
 一枚くらい写真を撮って、サインとメッセージを貰ってもいいかもしれない。
 華やかできらびやかなフィナーレがまた見たい。
 一夜限りの狂騒に飲まれたい。
 しかし詩帆はそれ以上に、あの子の声が聞きたかった。
 大急ぎで涙を拭い、荷物をまとめる。

「帰るの?」
「また来ますっ」

 声を掛けてきた従業員にそう言うと、詩帆はすぐに夜の街に飛び出した。
 おそらくは、もう来ない。
 いやわからない。今度は二人で来るかもしれない。カップル割引で。
 劇場を出た詩帆はすぐに遥心に電話をかけた。

「はいー。しぃー?」

 喧嘩中だというのにいつもと変わらないのんきな声。
 自分が仕掛けておいたくせに、本当にこれはごっこだったのだと詩帆は安堵する。

「はるちゃんっ」
「うおっ。なに、どうした?」

 遥心は恋人の泣き声に驚いていた。
 何から言っていいかわからず、詩帆が黙っていると遥心が気遣う声で呼んできた。詩帆を、苗字で。
 そのまま黙っていると、今度は、おーい、どしたー、と少しおどけた様子で。さん付けで。
 遥心が詩帆のことを苗字で呼ぶ。
 それは二人がまだ出会ったばかりの頃の呼び方だ。
 訓練で離れた時はいつも互いの距離感がわからなくなり、呼び方が少し前に戻ってしまう。
 それが詩帆はくすぐったくて懐かしくて嬉しかった。
 新鮮な想いで好きという気持ちが再確認出来るのが堪らなく嬉しかった。
 詩帆がポンチョの中でその想いを抱きしめていると、電話の向こうから聞こえていた音が小さくなる。

「はるちゃん。今、家?」
「うん。そうだよ」

 遥心は電話での話が長くなりそうだとテレビの音を小さくする。
 ケータイを耳に当てたまま、リモコンをテレビに向けるその姿が、手に取るように分かった。
 この数日間、撮り貯めたテレビ番組を見ていたか、やっていなかったゲームをしていたか、あるいはネットでエッチな動画でも見ていたのか。
 あちらもお一人様を満喫出来たのだろうか。
 何をして過ごしていたのか、すぐにでも詩帆は聞きたかった。だから、

「もう、やめたい」

 訓練終了の旨を伝えた。

「えっ?なに?」
「ケンカごっこ、やめたいっ」
「ああ、なんだ。別れたいってことかと思った。びっくりした」
「そんなはず、ないっ」
 
 詩帆が涙声で言う。声だけじゃ足りなくて顔が見たくて仕方なくて、早足で駅へと向かうほどなのに。

「うんわかった。ごめんねしぃーちゃん」
「あたしもっ、ごめんねっ」

 ごっこはいつもごめんねで終わる。
 どちらが悪いわけでもないからだ。
 喧嘩はどんなことが理由でも、お互いに謝ってしまえば大概は解決する。
 ごっこはどちらにも非がないからどちらも謝っておく。
 喧嘩ごっこは仲直りの練習でもあった。

「遥心の、チキン南蛮が、食べたい」

 駅へと向かいながら、息を切らせながら、泣きながら詩帆が言う。
 すれ違ううちのほとんどの人が気にも留めず、何人かが涙の混じる声とメイクにどうしたのだろうと振り返る。
 一生懸命要望を伝えようとする恋人に遥心がふっと笑う。

「うんいいよ。作るよ」
「プリンも食べたいっ」

 鼻を啜りながら詩帆が安い三連プリンの味を思い出す。

「ああ、じゃあ久しぶりに土鍋プリン作ろうか」

 遥心の家には何かの景品で貰ったおもちゃみたいに小さな土鍋があった。
 一人鍋をするには小さ過ぎて、食器として使うぐらいしか使い道がなかったが、詩帆はこれで作るプリンが好きだった。

「さつまいものやつとカボチャのとどっちがいい?」
「両方っ」
「どっちかにしなさいよ」

 欲張りな詩帆に、遥心がしょうがないなあと笑いながら母親のように諭す。

「遥心、羊羹食べた?」
「食べた。ピーナッツのやつはね、トーストに挟んで食べてみたら美味しかった」
「美味しそうっ」
「美味しかったよ。ピーナッツバターみたいな感じで」

 もうすぐ駅に着いてしまう。早く逢いたいがまだ話していたい。

「岩海苔の方は?」
「怪しいから食べてない。一緒に食べてよ、詩帆。毒見して」
「わかったっ」

 涙で濡れた顔を拭いながら改札を通り、階段を駆け昇る。
 ポンチョが鬱陶しく、着てくるんじゃなかったと詩帆は後悔した。
 電光掲示板によれば電車はすぐ来るらしい。
 呼吸と気持ちはだいぶ落ち着いてきた。

「酒盗食べた?」
「食べたっていうか、うん。お豆腐に乗せて食べた」
「パスタにすると美味しいって」
「そうだね。アンチョビみたいになるのかな」

 プァーンという音とともに、遠くに電車の明かりが見えてきた。

「もう電車来ちゃう」
「そっか。じゃ切るよ?」
「遥心、今日家行っていい?」

 詩帆が早口で伝える。もう時間がない。

「うん。いいよ。お風呂沸かしとくから。どれぐらいで来る?」

 外はぐっと冷え込んでいる。
 息が白いことに詩帆は今更ながら気付く。身体は驚くほど暑いのに。
 恋人の何気ない優しさに、乾いてきたはずの涙が出そうになるが、走り抜ける電車の突風がそれを払ってくれた。
 もう電話を切らなくてはならない。
 伝えそびれたことはないかと詩帆は考える。
 今日これから、二時間ほどで逢える。いや、二時間もかかる。
 けれどそんなの音楽プレーヤーに入れているアニソンを聴いてたらあっという間だ。
 でも、今すぐ伝えなくてはならないことがあった。

「遥心っ」
「なに?」
「だいすきっ」

 電車がホームに止まり、盛り場のある街へそれなりの数の人が降りて、乗りこむ。
 小さく笑ったあとに愛する人が言った、私も大好きだよ、という声は、詩帆の耳にきちんと届いた。


(了)
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