昭和90年代のストリップ劇場は、2000年代アニソンかかりまくり。

坪庭 芝特訓

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第三回公演

31、豆腐屋と戦隊モノ好きの朝は早い

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 そして気配が遠ざかるのを見計らい、

「ね?」

 同意を求めるようにまおりさんが低い小さな声で言う。

「ああいうオバハンからの誘いもさ、アンタみたいのいればそれ理由に断れるでしょ?」

 女特有の表面上だけの付き合い、やり取り。
 居なくなった途端これだ。
 ますます蘭は一緒になんていたくないが、

「付き人って何すんの?」

 なぜか同じ質問をぶつけてみる。

「べつに、何もしなくていいよ。楽屋でダラダラしてたり。衣食住昼寝付きってやつ?ステージで使うものでちょっと足らないもの買ってきてくれたりとかすれば」
「生理用品とか?」
「そうそうっ。そんなのも」

 何気なく言った蘭の言葉に踊り子さんが笑顔で食いつく。
 なかなかわかるじゃんと。
 同性ということで気が利くなら、ヒモ男よりはよほど生きてる価値はあるかもしれない。
 一瞬二人の間に和んだ空気が流れるが、

「踊り子見習いってことでついてくの?」
「そっち希望ならそれでも、」
「そう見られるのだけはゴメンだわ」

 まおりさんがそれならそれでと明るい声で言うのを、蘭が布団から出ながら言う。
 その冷たい声にまおりさんは何も言えなくなる。
 狭い部屋を見回し、まとめて置かれてた自分の服を蘭が掴む。
 変装用のアイテムも一緒にあった。
 同時に、自分に与えられるのはこんな狭い部屋だと実感し、ゾッとした。

「帰るのっ?」

 まおりさんがすがるような目で訊いてくる。

「朝ごはん、でも、いっしょに、」

 そして引き止めるための口実を言う。
 食べる気がしないと言った手前、年かさ踊り子さんと同じ口実で誘うのも、という躊躇いも見えた。
 それでも引き止めたいらしい、ちょっとでも一緒にいたいらしい。
 昨日の自分がどうだったか分からないが、なんとも厄介なのに気に入られたなと蘭が小さく溜息をつく。
 わからなくもない。
 こんな先の見えない、荒波と崖しか見えないような業界にいるなら、邪魔にならない程度の誰かがそばにいてほしいのだろう。

 誰かにすがりたいなら何か信仰でも持てばいい。
 自分の中に神様でも持てばいい。
 宗教でなくても信じるものを、売れないアイドルだとかなんでもいい。
 こんな拾ったような年下の小娘なんかではなく。
 そんなことを考えながら、蘭は変装用の窮屈なタンクトップを纏おうとして、やめる。
 彼女は小さな決断を迫られていた。

「次、どこいくの?」
「え?」
「次、どこの劇場?地方?」

 なぜ今後のスケジュールなんか訊いてるんだろうと思いつつも蘭が訊くが、

「次は…、大阪」

 返ってきた答えに、遠い、いきなりか、と視線を反らす。

「そのあとは?」
「大阪に十日行って、あと岐阜に十日行って、そのあとは…」

 まおりさんが頭の中でスケジュール帳をめくる。
 どっちにしろいきなり一か月近く巡業に付き合うことになるらしい。
 学校、親、友人、将来、毎週録画してる特撮モノ、その他たくさんのもの。
 蘭も頭の中でそれらを思い描く。
 それら大事なものを投げ出してしまっていいのか。
 しかしそれらを投げ出せる力が彼女にはあった。

 若さだ。
 蘭が、自分の姿を見てみる。
 昨日は押さえつけていた膨れた胸と、見事なビーナスラインのウエスト。
 他人に裸を見られるなんて死んでも嫌だった。
 だが今はなぜかそれが出来ている。
 裸で稼ぐ人の前だからか。
 こんな狭い空間でたった一人に見せるぐらいなら大丈夫なようだ。
 それに気づいた時。

「あたしに、一緒にいてほしいの?それとも、」

 蘭がそこで言葉を切り、

「僕?」

と、嵐士の声でまおりさんとやらに訊いてみた。
 変身しないままこんな声を出すのは妙な感じがした。
 その声を聞いてまおりさんは、一瞬雷に打たれたような顔をする。
 そしてこちらを見つめたまま、切なそうに息を繰り返す。
 愛おしくてたまらないという顔も。

 それを見て、自分は都合がいい存在なのかもしれないと蘭は考えた。
 同性ではあるが異性の面も持つ。
 そんなのを連れて全国を回る。
 楽屋に置いておくヒモと、ご主人の帰りを待つ可愛いペットの中間ぐらいにはなるだろう。
 薄掛け布団をマントのように羽織り、蘭が座ったままのまおりさんの前に騎士の如く片膝をつく。
 顔に触れ、手のひらで化粧っ気のない頬をなぞる。
 下唇に親指をかけ、薄く口を開けさせるとまおりさんは何かを待っているような顔をするが、蘭の耳が、声を捉えた。

『テレビの前のよいこのみんなっ、朝ごはんはもう食べたかな?』
『トイレにはもう行ったか?食ったら出す。これも大事なことだぞっ!』
『銭湯戦隊バスタイムズを見る時は、テレビから離れて、カーテンを開けた明るいお部屋で見ようねっ!』

 毎週、欠かさず聴くその台詞に蘭が目を見開く。
 そういえば今日は何曜日だ?
 今は何時だ?
 踊り子さんを見つめていた目が虚空を見つめる。
 声はどこから聴こえてくる?
 薄い壁を通し、隣からだ。

「テレビ、テレビはっ?」

 部屋を見回しながらそう訊くと、

「ここ無いよ。地デジになってから対応してない…、わっ!」

 最後まで聴かずに蘭は立ち上がり、蹴破るようにして楽屋のドアを開けた。薄掛けマントを羽織ったまま。
 そして隣の楽屋のドアを開けると、

「えっ」

 眼鏡を掛けた女性が布団に腹ばいのまま、部屋に入ってきた薄掛けマントマンを見て驚く。
 手には横向きにしたケータイが。

『ああー?ロケぇ?』
『そうっ!うちの銭湯を使ってドラマのロケをしたいんだってさっ』
『えっ?そのドラマってもしかして、』

 そこから、変身前のヒーローたちの声が聞こえる。
 先週の予告通り、バスタイムズ達が働く銭湯、都喜の湯がドラマのロケに使われる話だった。
 蘭は女性の驚きなど構わず、

「見せてっ!一緒に見せてっ!」
「えっ、えっ」

 布団に潜り込み、女性の手の中で放送されていた銭湯戦隊バスタイムズのオープニングを見る。
 銭湯戦隊バスタイムは蘭の大好きなお仕事戦隊シリーズの最新作だ。
 今月は劇場版公開に合わせて、劇場版の映像をいつものオープニングの間にちょっとだけ流してくれるのだ。

「お、おおおっ」

 オープニングはちょうどその劇場版映像に差し掛かったところだった。
 なるほどこんなシーンが、うわこいつら出んのかヤベエとワクワクが止まらない。

「すごいっ、美容師戦隊シャキーン5だ。なつかしーっ。中古車戦隊ディーラーレンジャーも出るッ!ウオガシレスキューもっ!はあああーっ」

 今週流れたのは現メンバーの危機に先輩戦隊たちが駆けつけるシーンだった。
 ネタバレも甚だしいが、こりゃたまらんと逆に期待感を煽る。

「コノバングミハ、ゴランノスポ」
「はああーっ」

 オープニングが終わり、CM提供が流れだすと、蘭はようやく一息ついた。
 今週も見れてよかったと。
 当然家では毎週予約録画してるのだが、それでもやはりリアルタイムで見たい。
 そんな蘭を見て、

「……好きなの?お仕事戦隊」

 隣りにいる眼鏡女性が訊いてくる。

「はいっ!」

 それに蘭は元気よく返事するが、

「ああっ、ごめんなさいっ」

 改めて謝罪する。勝手に押し入って勝手に見てしまってと。

「ううん。どうせ家で録画してるし」

 それに女性が、大丈夫、と答える。
 その言葉に蘭は同志のようなものを感じ取り、

「…お好きなんですか?お仕事戦隊」
「うんっ。大好きっ」

 そう訊くと女性は嬉しいぐらいの笑顔で応える。
 だがその顔がすぐに、ん?という顔になり、次第に真顔になり、

「……あの」
「はい」
「どなた、です、か?」

 今更そんなことを訊いてきた。
 いきなり全裸で入ってきて一緒に早朝の特撮モノを見だしたこの子は誰なんだと。
 全裸ではあるがお仲間、踊り子ではないようだがと。そして、

「あれ?」

 蘭の顔をまじまじと見て女性が何かに気づいた。
 同時に、昨日舞台袖で恒例の客品定めをしていた時、話題になっていた男の子を思い出す。
 目の前の女の子と、その男の子が脳裏でぼんやりと重なりあう。
 対して、蘭も思い出した。

「……あ」

 この人は、昨日のショーで特撮モノの出し物をしていた踊り子さんだと。
 ご当地廃遊園地ヒーロー あだチックランドガーディアンの踊り子さんだと。
 今は眼鏡をかけているが、ぽってりとしたタヌキ顔には見覚えがある。

「ご当地廃遊園地ヒーロー…」

 その言葉に女性がハッとする。

「あだチックランドガーディアンのやつやってた人、ですよね?」

 そのヒーローの名を挙げると、女性がまたこちらが嬉しくなるくらいのパアっとした笑顔になった。

「すごい、よく知ってるね!!えっ、そうだよね?昨日のステージの時、一緒にムショソルジャーズ歌ってくれてた子だよね!?あはぁっ!嬉しい!あれ?男の子…、ええっなんで?」

 次いで同志を見つけた時の顔をする。
 探し求めていた仲間と再会できたような満面の笑み。
 そこに、そういえば男の子だったはずなのになんでという驚きも加わる。
 嬉しさと驚きのシーソーゲーム。
 だが嬉しさがギリギリ勝っていた。
 更にお客さんへの感謝と、なんでこんな姿、場所で再会してるのかという戸惑いも。
 そんな感情がタヌキ顔の上で行ったり来たりする。
 その表情はすごく可愛らしくて魅力的だったが、それを見た蘭の脳裏に、急に未来図が描かれた。

 この踊り子さんの付き人になり、衣装の用意を手伝ったり、朝はこんな感じでぬくぬく布団に入ったまま一緒に戦隊モノを見るという。
 日本中を回って美味しいものを食べ、その土地その土地のご当地ヒーローやご当地戦隊と触れ合ってみたり。
 期限付きの、そんな未来なら悪く無いと。
 そんなことを考えていると、踊り子さんが何かの気配に気づきドアの方を見る。
 そして固まる。

「まおり姐さん…」

 蘭もそちらを見ると、そこには蘭を楽屋に泊めてくれたまおりさんとやらが怖い顔をして立っていた。
 仁王立ちで、二人を見下ろすように。

「帰るよ」
「どこにっ」

 冷たい声とともに蘭の腕を掴み、まおり姐さんが布団からひっぱり出そうとするが、それに蘭が反抗する。
 まおり姐さんは返された言葉に答えられない。
 家にか、楽屋にか、最初に目をつけた自分のもとにか。
 しばらく二人の間でにらみ合いが続くが、

『恐怖!アルコールde水分補給!』

 CMが終わり、本日のバスタイムズのАパートが始まった。

「帰るにしても、見てからだよ」

 言って蘭が腕を振り切り、また温かい布団に潜り込む。

 タヌキ顔の踊り子さんは困ったように二人を見比べるが、ぐむむと睨んでくるまおり姐さんの視線から逃れるために、蘭と一緒にバスタイムズを見始めた。




 踊り子たちにとっては早い朝が始まる。

 体一つで稼ぐ女達に挟まれ、いい歳してヒーローに憧れる少女は、まだ自分の未来を決めかねていた。



《了》

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