昭和90年代のストリップ劇場は、2000年代アニソンかかりまくり。

坪庭 芝特訓

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26、もう少しでアタイのアルマーダコンマルテーロゥが火を吹くところだったぜ!

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  撮影ショーとオープンショーが終わると、トリの踊り子さんのステージになった。
 流れてきた曲に、遥心と詩帆が同時に、あっ、と反応する。
 照明が落とされた場内で、脈拍に沿うように刻まれるリズム。
 それで充分に引っ張ったあと、舞台のライトがバンと付き、長い長い、奈落の底に突き落とされるようなイントロが始まる。
 舞台に立つ踊り子さんはいかにもオタク臭い薄い顔と、処女性をあらわした黒髪、黒を基調としたハイウエストのゴスロリメイド風衣装。
 唯一頭のヘッドドレスだけが可愛いと遥心は思った。
 その姿でCGのように、物凄い動画枚数のアニメのように滑らかなステップを踏む。

「なんだっけこの曲」
「えー?ハル、知らないの?……あれ?なんだっけ」

 聴いたことがあるのに、二人揃って曲名が出てこない。
 流れてきたのは、有名ゲームのBGMにアレンジを施し、詩を付け、動画サイトで数百万回という圧倒的な再生数を誇る曲だった。
 知ってる人は知っているのに、知らない人はまったく知らない局地的有名曲。
 典型的な好事家と一般人とを分けるボーダーラインのような曲で、遥心にとっては決して嫌いではない曲だった。
 だがなぜか曲名が出てこない。
 流されるままただただ生きて行く自分。未来が、今が、苦しいのか絶望しているのかもわからない。
 ただぐるぐると同じ場所で、どれほどの若者が考え、それでも答えの出なかった問題について、多少の破壊衝動を織り交ぜて歌った歌。
 もしもこの無形で、時代に流されていくだけしかないストリップという世界に重ね合わせての選曲だとしたら。
 多少ありきたりな感はするが遥心は決して嫌いではない。曲名は思い出せないが、身体が自然とリズムを刻む。

 しかし踊り子さんの踊りを見て気付く。
 振り付けが完コピだった。
 曲を聴いてインスパイアされた、プロではない、素人の、どこかの誰かが考えて動画サイトにアップした振付。
 その振りをその通りに、なぞるように踊っているだけだった。
 これで金を取るのか。これでトリなのか。プロの踊り子なのかこれが。
 宴会芸や文化祭のダンスと変わらない、ちょっと踊ってみました、なレベルの芸で。
 遥心の全身が漠然とした怒りと、よくわからない鳥肌に包まれる。
 地下アイドルあがりか、もしくはそれすらなれなくてこっちの舞台にしか立てなかった人か。
 ダンスはうまい、しかし練習したからうまいというレベルだ。
 閉鎖的で、どこか閉塞感が漂う踊り。
 すぐ目の前の客ではなく、ネットを通じて、カメラに向けてでしか公開したことの無いような踊り方。誰に教わることもなく、狭い、自室の六畳間で練習したような踊り。

 すると、じっとステージを見つめる遥心の隣で急に詩帆が立ちあがった。
 そのまま右斜め前方の、少し空いたスペースに立つと、鏡のように踊り子さんと同じ振りを踊り出す。ある程度練習を重ねれば踊れてしまう振付けだ。
 素人の、冷やかしでストリップをちょっと見に来た女の子でもがんばれば踊れる振付け。それでお金が取れるかどうかは別として。
 踊り子さんは若い女の子客におや、と反応し、自分と同じ振りをこなすのを見て同志だと思ったらしい。薄い顔で不敵に笑う。ついてこいよとばかりに。

 しかしその表情が徐々に険しくなる。
 突然始まったダンスバトルは、付いてくるどころか詩帆のほうが一枚上手だった。
 脳に心地いい曲の波を泳ぐように躍り、リズムを全身で刻む。関節をぬるぬると動かし、遊びでアドリブも入れる。スカートを舞わせてターンする。
 腕を直線的に動かし、宙に星を形作る振付も、タタタタンっという音に合わせて小パンチを繰り出すような振付も、機関銃のような音に肩を入れる振り付けも完璧にハマった。
 遥心が踊り子さんの足元を見る。
 踊り子さんは踵の低いストラップシューズだが、詩帆はそこそこ高さのあるミュールだった。
 観客も客席側で踊る女の子に気付き始めた。
 面白そうに舞台と客席の女の子を見比べる。
 遥心からは詩帆がどんな顔をして踊っているのか見えない。が、おそらく笑顔でも嘲笑でも不敵な笑みでも無い、能面のような顔をしているのではないかと思った。
 一曲フルで踊り終わると息も切らせず詩帆が帰ってきた。

「ただいま」
「おかえり」

 小さい声でお互いそう交わし、そこからは観客としてショーを見る。
 その後も踊り子さんはネットで流行った曲を中心に躍った。
 ベッドショーになると、本舞台の上手前で不穏な動きをする客が見えた。手に何か持ち、タイミングを伺っている。
 リボンマンだった。
 遥心の動悸が速くなる。歯を食いしばる。
 笑ってはいけない笑ってはいけない笑ってはいけない。
 しかし意識すればするほど視線はそちらに注がれる。
 踊り子さんへの、ショーへの意識が削がれる。見るほどの価値があるかは別として。
 全裸にヘッドドレスだけという格好で踊り子さんが中央舞台でポーズを決めると、やはりリボンが投げられた。
 何本ものリボンが空中にふわりと広がり、踊り子さんの身体にかかるすれすれで一気にリボンマンの手元に引き戻される。
 リボンを回収した客が大急ぎでそれをぐるぐるぐると両腕に巻き取る。
 遥心が握った両拳に力を入れた。喉のすぐ奥まで笑いがこみ上げている。

「バッカルコーンみたい」

 初めて見る光景に、詩帆がつとめて冷静に感想を述べると、海の妖精の奇怪な食事シーンを思い出し、遥心がぐふっと吹き出した。



 撮影ショーに入ると、すぐに長蛇の列が出来た。ファンが多い踊り子さんのようだ。
 場内にはBGMとして、CSのバラエティ番組で作られた非実在アニメ センシティブフィールド主題歌 『哲学的プロキオン』が流れていた。
 なかなかいいセンスだが、長くなりそうなので遥心と詩帆はロビーで時間を潰すことにした。しかし、

「ちょっと」

 出口へ向かおうとしたところで声をかけられる。振り向くと、ガタイがいいというより単に四角く太った人と、シャツにジレ、中折れ帽とオシャレぶってはいるけど、身体は可哀想なくらいガリガリで、どこか無理をしているような人が立っていた。
 よく見れば四角い人はさっきリボンを投げていた客だ。

「さっきのあれ、なんなんですか」

 四角い客がぶすっとしたトーンで詩帆に訊いてくる。
 自分がリボンを見て吹き出したことについて怒られているのかと、隣りにいる遥心は焦るが、

「躍り子さんのステージ中に踊るとか迷惑でしょ」

 客はもっと前のことについて怒っていた。詩帆が仕掛けたダンスバトルについてだ。

「ああ、あれ知ってる曲だからつい身体が動いちゃって」

 すいやせーん、と詩帆が笑顔で謝るが、

「躍り子さんやりづらそうでしたよ」
「すいません、今度からおさえまーす」

 更に言ってくる四角い客に、ヘラヘラと笑いながら詩帆がバカな女を装う。
 笑う詩帆の全身から、めんどくせえめんどくせえめんどくせえ、というオーラが出ていた。そのオーラを隣にいた遥心だけが気付いていた。
 なぜ目の前にいる二人はそれに気付かないのかと思いつつ。
 注意した若い女性客が素直に聞き入れたので、以後気を付けてくださいよ、と俺がルールブックだとばかりの口振りで四角い客が引き揚げる。
 ずっと黙っていたオシャレぶった客が、「ちっ。一見が。もう来んじゃねえよ、女は来んじゃねえよ」と小さいけれど妙に甲高い声で、早口で言ってそれを追うが


「っていうかその前にあの人もプロのパフォーマーとしての自覚がないんじゃないですかね」

 その二人の背中に、詩帆が一息で言葉を投げつける。
 あの人とは当然躍り子さんのことだ。
 今まさに舞台端で、作った感丸出しの舌ったらずなアニメ声で撮影客と話している人のことだ。

「どういう意味だよ」

 振り向いた四角い客が詩帆に凄む。

「プロなら元の躍りに多少でもアレンジくわえるんじゃねーのってことだよ」

 詩帆はもう敬語を使うのをやめていた。元々の低い声に硬さが混じる。
 加えて今は美人メイクなので、遥心ですらブルってしまうほどほぼ無敵モードだ。だが、

「ああっ?」

 それに臆すること無く四角い客が更に一歩前に出る。
 それだけ踊り子さんを大事に思っているということかもしれないが、そこへ遥心が、ちょおっといいですかぁ、と割って入る。

「手ぇ出すと婦女暴行になりますよぉ」

 わざと与太った口調で言うが、心臓は破裂寸前だった。何しろ風俗店でのケンカなど未体験にも程がある。
 一歩も引く気が無い詩帆と、女だからと、むしろ女だから容赦はしないという常連客と、どうにかして穏便に済ませたい遥心。
 劇場の片隅で、一触即発の状態が出来上がっていた。その状況を打ち破って、

「表出ろや」

 詩帆が小さいけれど凛とした声で言う。

「出てやるよ」

 四角い客とオシャレぶった客が先立って入り口から出て行き、詩帆がそれに少し距離を置いて、前を歩く客にわからないようにぷりぷりとおしりを振りながら付いていく。遥心がそれを見守る。
 常連客二人が場内から出ると、詩帆はドアの手前で回れ右をし、くるくるとバレエターンをしながら遥心の元へと帰ってきた。

「ただいま」
「おかえり」

 そして二人ですとんとキャンピングチェアに座り、

「てめえっ!」

 四角い客が顔を真っ赤にして、さっき出て行ったドアから顔を出す。

「金持ち喧嘩せずってー、死んだおばあちゃんの遺言なんでー」

 そう言って詩帆は遥心のバッグから勝手に音楽プレーヤーを取り出すと、イヤホンを耳にはめて曲を聴き始めた。

「ふっざけんな、来いよっ!」

 なめた態度の女性客に、四角い客が詩帆の腕を掴んで無理やり立たせようとした。
 それに対し、詩帆が、きゃあっ、という女の子らしい声をあげる。
 客の出方に身構えていた遥心は、客を止めるより、恋人を守るより、その恋人が上げたわざとらしい悲鳴に全身が総毛立った。

「どうしたのっ!?」

 女の子の悲鳴に、四つん這いで排泄穴と生殖器を撮られていた踊り子さんが何かトラブルかと舞台から声をかける。場内の視線が腕を掴まれ泣きそうな顔を作っている女の子と、その女の子の腕を掴んでいる男性客に注がれる。
 
 「何っ?だめだよっ」

 状況がわからないが、踊り子さんはとにかくダメだと男性客を叱った。
 これほどこの踊り子さんに熱の入った応援をしているということは、踊り子さん側もこの客の顔を覚えているのだろう。
 叱られた四角い客は、四角い身体を縮め、わかりやすいぐらいにしゅんとなる。
 口では女の子客を擁護しているが、トラブルの中心が例の女の子だということは踊り子さんにもわかったらしい。その目には冷めた光が宿っていた。
 四角い客は決まり悪そうな表情で詩帆を一瞥し、オシャレ客とともにロビーへと逃げた。

「ちょっとヤバかった?」

 ケロッとした顔で詩帆が掴まれた腕をさする。
 白くて柔らかい二の腕が、少しだけ赤くなっていた。

「頼むからケンカとかしないでよ、金持ちさん」

 詩帆の財布にはあと三千円しか入っていない。あとおばあちゃまはまだご健在だ。
 女子の伝家の宝刀《悲鳴》を使ってどうにかトラブルを回避し、全身の力が抜けた遥心は、無意識に鳥肌が立った腕をさする。
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