彼女の中指が勃たない。

坪庭 芝特訓

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『携帯ゲーム機型腱鞘炎』 7塗り目

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 願ってもないお誘いに汐音が承諾すると、すぐにお互いが横向きになり、向かい合わせの体勢で紗月が指を下へと向かわせた。これだと顔が近い分、汐音の反応が見やすかった。
 それは汐音も同じで、紗月の表情が、指が、初めての時より緊張しているのがわかった。
 初めての時はお互い失敗してもいいという気持ちだった。
 しかしこれはわがままだ。エキシビションマッチ。ボーナスステージ。
 紗月のわがままに付き合わせる形でする。
 性に関して普段はあまり乗り気ではない恋人の、能動的な姿勢が汐音は嬉しかった。
 どうでもいい遊びに紗月は夢中になり、攻略しようとする。
 だが今回に限ってはどうでもいいことではなかった。
 紗月が濡れた部分に触れると、しばらく馴らすようにそこを指でなぞる。
 触れてくれた嬉しさに、汐音の浅瀬がひくりと反応する。
 中には入れてこない。やはり違和感がある。
 一週間前に、左手でしようとしたことを汐音は思い出した。
 右手と同じように振舞おうとして、戸惑い、引っかかり、ぶつかってきた。
 けれど今日は、きちんと初心者として腹をくくったうえでだ。
 それでも指にはいつもはない、怯えがあった。
 その辿々しさが、汐音は愛おしく思えた。それは自分を気遣っての辿々しさだ。

「紗月」
「えっ!?なに!?」

 宙を見つめ、指に全神経を集中させていた紗月は驚いた声で返事をする。その真剣な姿が可笑しくて汐音が笑う。

「そんなに緊張しなくても」
「うん、ごめん。…ダメだ、やっぱ怖い」

 そう言って紗月が左手を湿地帯から離す。そして相棒である右手を見つめる。
 その目が、なにかを思い出したように左右に動いた。

「汐音」
「なに?」
「コンドームしてやっちゃだめ?」

 本来それは二人には必要がない。もし使うとすれば、したことはないがよほど嫌な女の子とする時だ。

「薬塗ったけど、直接触れなきゃいいわけだし」

 紗月が右手の指を開いたり閉じたりしてみせる。
 そうだ、確か今日はそういう理由での上位プレイだった。
 汐音は気持ちよさにそんなことすっかり忘れていた。
 しかしそんなことより汐音が気になるのは、

「紗月、持ってる、の?」

 なぜ恋人が自分達には必要のないものを持っているかだった。

「この前授業でもらったじゃん」
「ああ…、そうだったね」

 確かに性教育の授業で生徒一人ずつに配られた。しかし、

「あたしどっかやっちゃった」

 汐音があっけらかんと言う。とりあえず通学バッグに入れてはいたが、持ち主が必要ないと思っている物は勝手に向こうの方から何処かへと行ってしまった。

「もー。待って、私たぶんバッグの中に入れたままだから」

 汐音をベッドに残し、紗月は自分のバッグから日本が誇るゴム製品を取りだすと、多少悪戦苦闘しながらも中指につけるが、

「…ゆるい」

 紗月が指に装着したのは、膨張した標準男性器を想定した大きさだ。
 女の子の小さな指には当然ぶかぶかだ。
 中で動かしているうちにすっぽ抜けてしまいそうだった。紗月はしばらく考え、

「…二本にしていい?」
「えっ!?」

 汐音と紗月の場合、いきなり二本からはいかない。
 お互い男性のものを受け入れたことが無いうえに、一本で事足りるからだ。

「いい、よ」

 だが汐音はそれを承諾する。
 本当は怖かった。
 いつもは一本だった指が二本入ってくるのが。二本も入ってくるのが。
 でもそれ以上に、汐音は恋人の真剣なわがままに付き合いたかった。

「痛かったらやめるからすぐ言って」

 紗月が覆いかぶさる姿勢をとると、まるで初めての時のような台詞のあと、いきなり侵入してきた。
 そんなにすぐ入れるのか、と汐音が焦っていると

「早い?」

 それを汲み取ったように紗月が心配そうに声をかけてくる。

「ううん、だいじょうぶ」

 もっとゆっくり、と言えば紗月はキスをし、肌を隅々まで重ね、剣先を嘗めたりして緊張をほぐしてくれるだろう。しかし汐音はそれを断った。
 たかが二本入れられるのが怖いと童顔な恋人に悟られたくなかった。
 普通の女の子はもっと太くて長いものをいきなり、相手の都合で好き勝手に受け入れている。
 あちらに比べたら自分達がしているのは初心者プレイだと汐音は言い聞かせた。
 それでも紗月は一旦指を引き抜き、唇を重ね、子供みたいな柔らかな頬をすり寄せてくれた。
 小柄な身体全部を使って愛情を降り注ぎ、緊張を取り除いてくれた。
 それだけで充分過ぎるほど汐音は幸せだった。しかし安心出来る体温はいつしか離れていき、自分を見下ろす体勢になった。そしてもう一度、

「痛かったらすぐやめるから」

 そう言って、再び進入してきた。いつもとは違う衣を纏った、いつもより質量のある指が汐音の中に入ってくる。
 その恐怖に、汐音の手に力が入る。
 握った拳に紗月が手を乗せると、二人はすぐに、不器用に握り合った。
 それだけで汐音の恐怖が遠のくわけではないが、声に出さずともやめてほしいという意志が伝えられるようになった。
 ゴム越しに、汐音の中に指が入ってくる。二本も。いつもの中指と、ほとんど馴染みのない薬指。
 他の指や手のひらは粘膜に触れないようにしていた。だから揉みほぐしてはくれない。

「はっ」

 汐音の肺から緊張の空気が漏れる。
 なぜか心臓の下辺りがどくどくと脈打った。対していつも訪れる子宮の切なさがない。
 今日は外側でしか達していないから、中には入れていない。
 ゴムに塗られた潤滑剤と、自らの潤滑油のせいでか滑りはいい。
 けれど薬が塗られたせいで紗月の親指はいつものように剣先を捉え、快感を引き出してはくれない。
 あまりにもいつもと違い過ぎる。侵入してくるのは違和感、異物感。
 ずぶずぶと内臓が押し広げていくような感覚。
 自分というハードの容量に対して受け入れるソフトがいつもより大き過ぎる。
 いつもはあんなにしっくり、ぴったり収まるのに。
 しかし、嫌じゃない。
 それは好きな人の指、いつも気持ちよくしてくれる指だからだ。

「大丈夫?」

 全身を、内部を強張らせる汐音に紗月が声をかける。汐音が小さく頷く。
 握り合った手からも拒否反応は無い。
 ゴム素材に包まれたそれが壁を刺激する。

「あっ、あっ」
「痛い?」

 訊かれた汐音が首を振る。しかし気持ちいいとも違う。わからない、わからない。
 増幅する感情に恐怖し、汐音が握り合った手に力を込めた。

「やめる?」

 気遣う声に、汐音が再度首を振り、ぎゅっと目を瞑った。
 その瞼の裏に悲しみの涙を見た。
 そして、説明書通りに愛し合うには、自分達はなんて都合が悪い身体なんだろうと思った。
 指を使うと、その延長線上にある腕を使って抱きしめてくれない。
 お互いが同時に気持ちよくなるということも困難だ。
 別に挿入しなくてもいい。さっきまでの、ただ抱き合っているだけの方が幸福だったのに、なんで、と。
 やめないで、と言葉に発せず言う恋人に戸惑い、紗月はゆっくりと指を動かしてみた。
 蠢く質量はむしろ汐音の声を詰まらせるだけだった。
 内側からくる、息の詰まる圧迫感。その正体が、汐音はようやくわかった。零れた涙とともに答えも溢れてきた。これはー、
 充足感だ。相手を、愛する人の質量を受け入れることとの引き換えの。

「汐音」

 名前を呼ばれ、汐音が目を開けると紗月の童顔には不安という感情だけが張り付いていた。
 指の動きはすでに止めていた。嫌だと言えばすぐに行為そのものをやめてくれるだろう。
 濡れていない左手で背中を撫でてくれるだろう。しかし汐音は首を振る。
 押し開いてくる異物感を、圧迫感を受け入れる。
 生殖には関係ない。性器ではないから指には気持ちよさはない。
 快感にも繋がらない。意味などない、生産性とは無関係な行為。
 許容し、受け入れるだけの儀式に近い行為。
 その嬉しさと滑稽さに、汐音は握り合った手を離し、そっと強張った紗月の頬を撫でた。
 そして内部にある指を締め付けた。
 放したくないとばかりに。おしおきだとばかりに。

「痛い痛いっ、ちぎれちゃうっ」

 解放された左手で、紗月が汐音の肩をタップする。
 弱い左手で叩かれながら、少女は泣きながら笑った。
                                     (了)
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