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それが理由だから
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結占先輩と電話をしてから数時間。俺は教室でずっと伏せっていた。理由は単に恥ずかしかったから。自分が情けないからだ。あんなに気合い入れて電話したはずなのに必要なことを何一つ聴けないで、しかもそのせいで先輩に気を使わせて。完全に自分はやらかしたんだな、そう理解した時には恥ずかしさで死にそうになった。というかもう恥ずかしくて死んでいる。
この時間は教室に来る人はいないし、俺も誰にも見られたくないからこそこうして今日室でずっと伏せっているのだが。流石に何回もおもむろに教室の前を行ったり来たりしているからか船継先輩が心配しすぎて教室に入ってくる。どうやら部活が終わったあと教室の前にたまたま通った際にこうして俺が伏せっているからずっと見つめていたらしい。声をかければよかったのにそうしてた理由は、心配してたって思わせるとあんまし良くないかな、ってことらしい。
「大丈夫? そんなに落ち込んで」
「ええ、大丈夫ですけど......」
「後でまた電話してくれって言われたんでしょ?」
「そうなんですけど......しようって思うと勇気がなくて」
「もしかして女の子と話したりするのに免疫ないの?」
「まあ、そうですね」
それを聞くと先輩は私で練習してみなよ。と言い出し、話の練習くらいなら。俺もそれに乗る。船継先輩には結占先輩を助けてあげて欲しいからそのためになら協力する。といった意図があると言うのは後で知った話だ。そして練習とはいえ女の先輩と二人で話すのはどこか緊張するものがあった。だけど、二人きり、とか女の人だから、とかそういうのを意識しないで男友達だと思って。と先輩にアドバンスを貰うと、多少だけ話すのが前よりかは楽にはなるが、一向に緊張感があるのは変わらない。先輩も流石にダメかぁと少し残念そうな顔をすると
「でも多分それでも助けてあげたいって話すの緊張したりとかそういうの関係ないんだと思う」
「関係ない、ですか」
「そう。ただひたすらに心の底から笑って欲しい。とか、そういう動機」
思えばこんなことを思うようになった大きな理由は先輩が怒られている時、心做しか嬉しそうだったからだ。普通の人なら怒られて嬉しそうな顔なんてしない。
その事を船継先輩に話してみることにした。
「あの、実は......」
話を聞くと船継先輩は俺の話に引き込まれるようにすごく詳しく聞いてきた。そして大体の話をし終えると、それってと言いながら一瞬だけ暗い顔をしたのがわかった。
「あの子、きっと自分を見てくれてる、だからこそ嬉しかった、ってことなんだと思う」
「それって......」
「自分のことを見てくれている人がいる、ってだけで嬉しいんじゃないかな」
そう考察すると、尚更君を応援したくなったよ。そう言って結占先輩に一応聞いてみて、OKなら三人で1度ご飯に行こうと提案してくれた。俺一人だと心配だからとかあるとは思うけど、とても心強かった。だって、似たようなことを思っている人間が近くにいてくれているから。
時間は一時間ほど先に設定しており、その間で二人でいろいろ考えたりってすることにしている。
どうやって質問に切り出すかとか、どうやっていろいろ聞くかとか。練りに練って30分そろそろ行こうということで待ち合わせをしているファミレスへ向かう。
ファミレスに着くと、入り口の前で結占先輩がたっていた。きっと少し早く着いたから俺たちを待っていたんだろう。「待ちました?」そう聞いても「ううん。今来たところ」と返されるし、気を使わせてしまってる……のか?
店に入ると何を注文するかで盛り上がる。パスタやシチューとか。そういうものが少し多めだ。少し迷った後俺はパスタを頼むことにした。ごはん系でもよかったけれど、麺類を食べたい気分だった。先輩たちは何やらグラタンを頼んだようで、俺だけパスタになってしまったが。
店員を呼び出すベルを押し、店員が来るまでの間何気ない会話で盛り上がる。最近のテストはどうだった? とか。最近部活はどう? とか。何気ない会話の中に楽しそうに話す結占先輩の姿があった。……傍観するしかないのか。静観するしかないのか。いろいろ思う時に感情が降りきれなくなってくる。いろいろな感情があふれてくる。その気持ちに間違いはないのか。伝えてしまったらもう後に引けないのではないか。いろいろと考えに考え抜き言葉にする直前で引っ込んでしまう。
引っ込むたびにこの気持ちをどうやって伝えればいいのか迷う。迷って迷って……だけど、船継先輩が横で手の甲をつねってくれたり考えすぎないようにしてくれていた。
「あの、結占先輩」
「ん?」
「好きになるって……どんな感覚なんですか?」
やっと口に出たその言葉は刃物より切れ味がよく、先輩の心を傷つけた。俺はそう思ったし、船継先輩も少し驚いたような顔をしていた。してはいけない質問、いわゆる地雷。それを踏んでしまったという感覚が確かにあるのだ。結占先輩もかなり驚いた表情の後、怒ることなく俺に質問を返した。
「君、恋ってしたことないの?」
「えっと、はい……」
「そっか……なら、わかんなくても仕方ないかもね」
そういうと先輩は「雅、ちょっと席変わって?」といって船継先輩と席を入れ替え、俺の隣に座りなおし、話の続きを始める。
「好きっていうのは……正直私もわからない」
「え?」
「好きとか愛って……いろんな形があるの。そしてその形はきっと人の数だけある。その意味、分かる?」
「わかんない、です……」
「自然と心が惹かれてて……いつもその人のことを考えちゃう。だけど、その人に不幸が訪れれば自分も悲しくなって……うれしかったら自分もうれしい。そんな気持ち、なったことない?」
「それは……」
先輩の言う好きという感情。それを教えられたときに俺はやっと自分の気持ちの正体を知った。ああ、これは一目ぼれなんだと。あの日、一緒に怒られて先輩と話した日、自然と心が彼女に惹かれていたんだと。今まで感じたことのないこの気持ちに俺は助けたい、と正義感から行動しているものだと思ってた。だけど――そうじゃないんだ、気になっているから。惹かれているから。もっと知りたい、もっと話したい。勝手にそういう気持ちになっていたんだ。でも、きっとそれは今伝えるべきじゃない。それだけはなんとなくわかるような気がした。
「きっと君も恋をしたら何か変わる部分があるよ」
「だといいんですけど」
「大丈夫だよ。いつか恋をしたら、その気持ちにちゃんと向き合ってあげてね」
それだけ言い残して先輩はもう行くね、そういって料理の代金だけを置いて帰ってしまった。だけど、話の中で連絡先は交換しており、SNSでこれからもきっと会話できるだろう。今日はこの気持ちの正体を知れた……それだけでよかったのかもしれない。
「船継先輩」
「ん? なにか感じた?」
「俺、結占先輩が好きです」
「そっか……どうする? これから追いかける?」
「いえ……今は話し相手になるとか、そういうので十分かなって」
「そっかそっか……うん、また何かあれば私も相談に乗る。でもこれだけは覚えておいて? 気持ちに向き合うあまり行き過ぎた行動はしない、って」
行き過ぎた行動はしない、きっと先輩は感情を抑えきれずにしてはいけないことまですると後悔するよ、そう伝えたかったんだろう。それだけ伝えた後俺たちも店を出ることにした。もう夜も遅い。船継先輩を一人で帰らせるのもな、と思って送りますよ? といったんだけど、家すぐそこだから。と断られてしまう。
今日はいろいろあったけど……とにかく今はこの気持ちがどうなっていくのか。それを知りたいって気持ちもある。だからいまはまだ……いいかな。
『ねえ、恵美。よかったの?』
『なにが?』
『きっとあの子、これから道踏み間違えるかもよ?』
『まあ……そうなったら私が正しい道に歩けるように何とかするよ』
『雅も……罪が深いね~』
家に変えってすぐに俺は風呂に入った。風呂の中では気持ちが落ち着く。なんて言えばいいのか、水の中って人間にとって安心できる場所で……それで何も隠すことなく。って感じで……
「ねえ、にい~?」
「ん~?」
「なんで今日遅かったの? ご飯ももう食べたみたいだし」
「ちょっと先輩とご飯いってきてな~」
「ええ!? にいがそういう……」
「ち、違う!」
三つ下の中三の妹、志鶴結花。彼女は既に彼氏を作ってるいわゆるおませだけど、彼氏ができてから変わった部分もあり、今まであまりしてこなかった運動に真剣に取り組むようになったり、目に見えた変化があった。こういうの、妹に聞いたりするのはちょっと癪だけどやはり身近の人の意見だったりも聞いた方がいい気もした。
「なあ、結花はなんでしんじくん好きになったんだ?」
「ん~、なんでかな~……でも、ちょっとにいに似てたから、かな」
「え? 俺に?」
「うん。なんかあると守ってくれるしさ。すっごい優しくしてくれる」
「でも、いやだって思ったこととかないのか?」
「んー、優しくされすぎてて大丈夫かな、って思うことはあるから~……」
「優しくされすぎて?」
「だってほかの子にも同じだったりしたら嫌じゃん? 私以外にもそうするなら私ってしんじくんのなんなんだろうって」
妹の言葉は、昔とは想像できないくらい少しだけ大人になって。考え方だったりも変わって言ってる気がした。それに、言葉の一つ一つにどこか重さとか信頼とか、そういうのが感じられる気がする。
「まあ、もしお前を傷つけたりがあったら俺が許さないよ」
「え、やっぱにいかっこいいな~」
妹は昔から俺にべったりで、所謂ブラコンってやつだった。何をしようにも一緒がいいってわがまま言ったり熱で俺が休んだりしたときには自分も休む! って聞かなかったり……そんな昔の彼女を知っているから、彼氏ができました! って打ち明けられたときは本当に衝撃だった。まさか自分以外の人間に対してそういう感情を」向ける日が来るなんて、と。
「にいちゃん以外を好きになるのって最初は抵抗とかなかったのか?」
「最初は違和感ばっかだったかな。ずっとにいだけしか男の人って知らなかったし」
「でもどうやって気持ちに気づいたんだ?」
「お母さんに相談したの」
「ああ、なるほど……」
母親は現在独身だ。とはいっても浮気されたとか離婚されたとかそういうのじゃない。俺が中学に上がったすぐ位のタイミングで親父の頭にステージ2の脳腫瘍が見つかった。もっと早期に発見できてれば……医者の言っていた言葉が今も頭に残ってる。親父は自分の体がおかしいな、そう思っても誰にも打ち明けず、会社の上司にだけ状態の報告だったりをしていたという。当然、母さんはそんなになるまで何も言わなかった親父のことを起こったし、毎晩酒を酔うまで飲んでは、「私なんて……」とかそういうことばっかり言ってたから記憶にくっきり残ってる。
でもそんな中、ある日親父に一人で来いって呼び出された。そしてその時に親父は
「俺が打ち明けなかったのは迷惑かけたくないとかそういう気持ちもあったけど、一番は怖かったんだ、母さんに打ち明けて、俺が死ぬってことだけ考えさせて苦しめるんじゃないかって」
もし何かでばれたりしてそうなったら離婚だって考えてのびのび生きてほしいとも思ってた、とかそういうことを言われたのも覚えてる。でも、それを母さんに口を滑らせいってしまった時、いつも自分勝手なのね。と言いながら毎日真剣に病院に通い始めたりもしてた。
そういうのを見たりしてて、ずっと自分の中になんでそこまで尽くせるんだろう。それがずっと疑問だった。だけど、今なら少しはわかる気がする。
「ありがとな、でももう風呂あがるからテレビでも見て来いよ」
「うん。もう話すことない?」
「うん。ありがと」
妹が洗面所を抜けるのを確認して、風呂から上がる。そして風呂を上がると服とは別に置いておいた携帯の通知に気づいた。送信相手は……結占先輩。向こうから連絡くれたんだ。そうちょっと舞い上がりながらも内容を確認した時……無我夢中で何とかしなきゃ。その気持ちだけが動いていた。
「振られそうになっちゃった……でも、お前がまだ好きっていうなら考え直してやるって……なんだこれ?」
すぐに先輩の居場所を聞き、そこに向かって既に走っていた。先輩の家はご飯を食べてる時に、自分の家の割と近く。というのを知っていたし、だからこそ先輩が今公園にいるって返信してきたのを見て、あそこしかないなってそこだけ目指して走ってた。
公園に着くと案の定先輩がいた。そこには泣いてる先輩の姿があった。
「あの……何があったんですか」
「え? なんでこんなとこに……」
「先輩が公園にいるって言ってたんで」
「ああ、そっか……」
俺を見ないようにしているのがすぐに分かった。なんでだろうとか、そういうのを考えるよりも先に、俺は先輩を……抱きしめていた。先輩は嫌がったというよりもむしろ……
「なんで俺にそんなこと最初にいったんですか……?」
「なんでだろ……なんとなく、君なら来てくれるかなとか……」
先輩の体は夜風にずっと当たっていたからか――冷たかった。
この時間は教室に来る人はいないし、俺も誰にも見られたくないからこそこうして今日室でずっと伏せっているのだが。流石に何回もおもむろに教室の前を行ったり来たりしているからか船継先輩が心配しすぎて教室に入ってくる。どうやら部活が終わったあと教室の前にたまたま通った際にこうして俺が伏せっているからずっと見つめていたらしい。声をかければよかったのにそうしてた理由は、心配してたって思わせるとあんまし良くないかな、ってことらしい。
「大丈夫? そんなに落ち込んで」
「ええ、大丈夫ですけど......」
「後でまた電話してくれって言われたんでしょ?」
「そうなんですけど......しようって思うと勇気がなくて」
「もしかして女の子と話したりするのに免疫ないの?」
「まあ、そうですね」
それを聞くと先輩は私で練習してみなよ。と言い出し、話の練習くらいなら。俺もそれに乗る。船継先輩には結占先輩を助けてあげて欲しいからそのためになら協力する。といった意図があると言うのは後で知った話だ。そして練習とはいえ女の先輩と二人で話すのはどこか緊張するものがあった。だけど、二人きり、とか女の人だから、とかそういうのを意識しないで男友達だと思って。と先輩にアドバンスを貰うと、多少だけ話すのが前よりかは楽にはなるが、一向に緊張感があるのは変わらない。先輩も流石にダメかぁと少し残念そうな顔をすると
「でも多分それでも助けてあげたいって話すの緊張したりとかそういうの関係ないんだと思う」
「関係ない、ですか」
「そう。ただひたすらに心の底から笑って欲しい。とか、そういう動機」
思えばこんなことを思うようになった大きな理由は先輩が怒られている時、心做しか嬉しそうだったからだ。普通の人なら怒られて嬉しそうな顔なんてしない。
その事を船継先輩に話してみることにした。
「あの、実は......」
話を聞くと船継先輩は俺の話に引き込まれるようにすごく詳しく聞いてきた。そして大体の話をし終えると、それってと言いながら一瞬だけ暗い顔をしたのがわかった。
「あの子、きっと自分を見てくれてる、だからこそ嬉しかった、ってことなんだと思う」
「それって......」
「自分のことを見てくれている人がいる、ってだけで嬉しいんじゃないかな」
そう考察すると、尚更君を応援したくなったよ。そう言って結占先輩に一応聞いてみて、OKなら三人で1度ご飯に行こうと提案してくれた。俺一人だと心配だからとかあるとは思うけど、とても心強かった。だって、似たようなことを思っている人間が近くにいてくれているから。
時間は一時間ほど先に設定しており、その間で二人でいろいろ考えたりってすることにしている。
どうやって質問に切り出すかとか、どうやっていろいろ聞くかとか。練りに練って30分そろそろ行こうということで待ち合わせをしているファミレスへ向かう。
ファミレスに着くと、入り口の前で結占先輩がたっていた。きっと少し早く着いたから俺たちを待っていたんだろう。「待ちました?」そう聞いても「ううん。今来たところ」と返されるし、気を使わせてしまってる……のか?
店に入ると何を注文するかで盛り上がる。パスタやシチューとか。そういうものが少し多めだ。少し迷った後俺はパスタを頼むことにした。ごはん系でもよかったけれど、麺類を食べたい気分だった。先輩たちは何やらグラタンを頼んだようで、俺だけパスタになってしまったが。
店員を呼び出すベルを押し、店員が来るまでの間何気ない会話で盛り上がる。最近のテストはどうだった? とか。最近部活はどう? とか。何気ない会話の中に楽しそうに話す結占先輩の姿があった。……傍観するしかないのか。静観するしかないのか。いろいろ思う時に感情が降りきれなくなってくる。いろいろな感情があふれてくる。その気持ちに間違いはないのか。伝えてしまったらもう後に引けないのではないか。いろいろと考えに考え抜き言葉にする直前で引っ込んでしまう。
引っ込むたびにこの気持ちをどうやって伝えればいいのか迷う。迷って迷って……だけど、船継先輩が横で手の甲をつねってくれたり考えすぎないようにしてくれていた。
「あの、結占先輩」
「ん?」
「好きになるって……どんな感覚なんですか?」
やっと口に出たその言葉は刃物より切れ味がよく、先輩の心を傷つけた。俺はそう思ったし、船継先輩も少し驚いたような顔をしていた。してはいけない質問、いわゆる地雷。それを踏んでしまったという感覚が確かにあるのだ。結占先輩もかなり驚いた表情の後、怒ることなく俺に質問を返した。
「君、恋ってしたことないの?」
「えっと、はい……」
「そっか……なら、わかんなくても仕方ないかもね」
そういうと先輩は「雅、ちょっと席変わって?」といって船継先輩と席を入れ替え、俺の隣に座りなおし、話の続きを始める。
「好きっていうのは……正直私もわからない」
「え?」
「好きとか愛って……いろんな形があるの。そしてその形はきっと人の数だけある。その意味、分かる?」
「わかんない、です……」
「自然と心が惹かれてて……いつもその人のことを考えちゃう。だけど、その人に不幸が訪れれば自分も悲しくなって……うれしかったら自分もうれしい。そんな気持ち、なったことない?」
「それは……」
先輩の言う好きという感情。それを教えられたときに俺はやっと自分の気持ちの正体を知った。ああ、これは一目ぼれなんだと。あの日、一緒に怒られて先輩と話した日、自然と心が彼女に惹かれていたんだと。今まで感じたことのないこの気持ちに俺は助けたい、と正義感から行動しているものだと思ってた。だけど――そうじゃないんだ、気になっているから。惹かれているから。もっと知りたい、もっと話したい。勝手にそういう気持ちになっていたんだ。でも、きっとそれは今伝えるべきじゃない。それだけはなんとなくわかるような気がした。
「きっと君も恋をしたら何か変わる部分があるよ」
「だといいんですけど」
「大丈夫だよ。いつか恋をしたら、その気持ちにちゃんと向き合ってあげてね」
それだけ言い残して先輩はもう行くね、そういって料理の代金だけを置いて帰ってしまった。だけど、話の中で連絡先は交換しており、SNSでこれからもきっと会話できるだろう。今日はこの気持ちの正体を知れた……それだけでよかったのかもしれない。
「船継先輩」
「ん? なにか感じた?」
「俺、結占先輩が好きです」
「そっか……どうする? これから追いかける?」
「いえ……今は話し相手になるとか、そういうので十分かなって」
「そっかそっか……うん、また何かあれば私も相談に乗る。でもこれだけは覚えておいて? 気持ちに向き合うあまり行き過ぎた行動はしない、って」
行き過ぎた行動はしない、きっと先輩は感情を抑えきれずにしてはいけないことまですると後悔するよ、そう伝えたかったんだろう。それだけ伝えた後俺たちも店を出ることにした。もう夜も遅い。船継先輩を一人で帰らせるのもな、と思って送りますよ? といったんだけど、家すぐそこだから。と断られてしまう。
今日はいろいろあったけど……とにかく今はこの気持ちがどうなっていくのか。それを知りたいって気持ちもある。だからいまはまだ……いいかな。
『ねえ、恵美。よかったの?』
『なにが?』
『きっとあの子、これから道踏み間違えるかもよ?』
『まあ……そうなったら私が正しい道に歩けるように何とかするよ』
『雅も……罪が深いね~』
家に変えってすぐに俺は風呂に入った。風呂の中では気持ちが落ち着く。なんて言えばいいのか、水の中って人間にとって安心できる場所で……それで何も隠すことなく。って感じで……
「ねえ、にい~?」
「ん~?」
「なんで今日遅かったの? ご飯ももう食べたみたいだし」
「ちょっと先輩とご飯いってきてな~」
「ええ!? にいがそういう……」
「ち、違う!」
三つ下の中三の妹、志鶴結花。彼女は既に彼氏を作ってるいわゆるおませだけど、彼氏ができてから変わった部分もあり、今まであまりしてこなかった運動に真剣に取り組むようになったり、目に見えた変化があった。こういうの、妹に聞いたりするのはちょっと癪だけどやはり身近の人の意見だったりも聞いた方がいい気もした。
「なあ、結花はなんでしんじくん好きになったんだ?」
「ん~、なんでかな~……でも、ちょっとにいに似てたから、かな」
「え? 俺に?」
「うん。なんかあると守ってくれるしさ。すっごい優しくしてくれる」
「でも、いやだって思ったこととかないのか?」
「んー、優しくされすぎてて大丈夫かな、って思うことはあるから~……」
「優しくされすぎて?」
「だってほかの子にも同じだったりしたら嫌じゃん? 私以外にもそうするなら私ってしんじくんのなんなんだろうって」
妹の言葉は、昔とは想像できないくらい少しだけ大人になって。考え方だったりも変わって言ってる気がした。それに、言葉の一つ一つにどこか重さとか信頼とか、そういうのが感じられる気がする。
「まあ、もしお前を傷つけたりがあったら俺が許さないよ」
「え、やっぱにいかっこいいな~」
妹は昔から俺にべったりで、所謂ブラコンってやつだった。何をしようにも一緒がいいってわがまま言ったり熱で俺が休んだりしたときには自分も休む! って聞かなかったり……そんな昔の彼女を知っているから、彼氏ができました! って打ち明けられたときは本当に衝撃だった。まさか自分以外の人間に対してそういう感情を」向ける日が来るなんて、と。
「にいちゃん以外を好きになるのって最初は抵抗とかなかったのか?」
「最初は違和感ばっかだったかな。ずっとにいだけしか男の人って知らなかったし」
「でもどうやって気持ちに気づいたんだ?」
「お母さんに相談したの」
「ああ、なるほど……」
母親は現在独身だ。とはいっても浮気されたとか離婚されたとかそういうのじゃない。俺が中学に上がったすぐ位のタイミングで親父の頭にステージ2の脳腫瘍が見つかった。もっと早期に発見できてれば……医者の言っていた言葉が今も頭に残ってる。親父は自分の体がおかしいな、そう思っても誰にも打ち明けず、会社の上司にだけ状態の報告だったりをしていたという。当然、母さんはそんなになるまで何も言わなかった親父のことを起こったし、毎晩酒を酔うまで飲んでは、「私なんて……」とかそういうことばっかり言ってたから記憶にくっきり残ってる。
でもそんな中、ある日親父に一人で来いって呼び出された。そしてその時に親父は
「俺が打ち明けなかったのは迷惑かけたくないとかそういう気持ちもあったけど、一番は怖かったんだ、母さんに打ち明けて、俺が死ぬってことだけ考えさせて苦しめるんじゃないかって」
もし何かでばれたりしてそうなったら離婚だって考えてのびのび生きてほしいとも思ってた、とかそういうことを言われたのも覚えてる。でも、それを母さんに口を滑らせいってしまった時、いつも自分勝手なのね。と言いながら毎日真剣に病院に通い始めたりもしてた。
そういうのを見たりしてて、ずっと自分の中になんでそこまで尽くせるんだろう。それがずっと疑問だった。だけど、今なら少しはわかる気がする。
「ありがとな、でももう風呂あがるからテレビでも見て来いよ」
「うん。もう話すことない?」
「うん。ありがと」
妹が洗面所を抜けるのを確認して、風呂から上がる。そして風呂を上がると服とは別に置いておいた携帯の通知に気づいた。送信相手は……結占先輩。向こうから連絡くれたんだ。そうちょっと舞い上がりながらも内容を確認した時……無我夢中で何とかしなきゃ。その気持ちだけが動いていた。
「振られそうになっちゃった……でも、お前がまだ好きっていうなら考え直してやるって……なんだこれ?」
すぐに先輩の居場所を聞き、そこに向かって既に走っていた。先輩の家はご飯を食べてる時に、自分の家の割と近く。というのを知っていたし、だからこそ先輩が今公園にいるって返信してきたのを見て、あそこしかないなってそこだけ目指して走ってた。
公園に着くと案の定先輩がいた。そこには泣いてる先輩の姿があった。
「あの……何があったんですか」
「え? なんでこんなとこに……」
「先輩が公園にいるって言ってたんで」
「ああ、そっか……」
俺を見ないようにしているのがすぐに分かった。なんでだろうとか、そういうのを考えるよりも先に、俺は先輩を……抱きしめていた。先輩は嫌がったというよりもむしろ……
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