先生、付き合ってもらえますか?

リョウ

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「稜くん、絶対に1番上の取ってね」

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 期末テストが終わった。結果から言って、オワタって言うやつだ。
 そして、今日は期末テスト終了の翌日。悪魔のテスト返却期間だ。

「ベンチ入り出来そうか?」

 朝から青ざめた顔で、自席に座っている卓に歩み寄り訊く。

「この顔見てそれが言える、お前の神経が凄いよ」
「まぁな。俺は、言うまでもないし?」
「開き直りかよ」

 鼻で笑うように言い放つと、卓はそのまま机に突っ伏した。

「五分五分って所だろうな、俺は」
「マジで!? そんなに出来たのか!?」
「勉強、したからな」

 引き攣った笑顔を浮かべると、卓はため息をついた。

「どうしたんだよ」
「こんなに勉強してさ。赤点あったら辛いなって.......」
「それは卓が日頃から勉強してないからだろ」
「その台詞、普段から全く勉強してない稜だけには言われたくないわ」

 突っ伏したまま、うぅ、という唸り声を上げた卓。このまま卓と話していたら、いずれめんどくさい愚痴が始まるだろう。そう判断し、俺は卓の元を離れた。
 そして、自席に腰を下ろした。

 眼前には教卓があり、夢叶先生がいる。
 いつもなら幸せと思えてた。でも、ここ最近は。夢叶先生の姿を見るだけで、胸が締め付けられて、波が出そうになる。

 ――邪魔、しないで。

 そう告げた夢叶先生の姿が、頭にこびりついて離れてくれない。
 ただ隣に居たいと願っただけだと言うのに。
 ただ、近くにありたいと思っただけなのに。
 俺と夢叶先生の距離は、今まで以上に遠く離れてしまった。

 夢叶先生からも話しかけてくれない。
 まぁ。振った相手に、いつも通りというのは無理な話か。
 心地よいと思っていた場所。ずっと居たいと思えてた場所が。
 こんなに切なくて、虚しくて、辛い場所になるなんて。想像もしていなかった。

「くっそ.......」

 机の上に置いた手を強く握り、誰にも聞こえないほどに小さな声で吐き捨てた。それと同時にチャイムが鳴り、授業が始まった。

 こういう日に限って、一限目が歴史なんだ。
 いま、1番顔を合わせたくない夢叶先生が眼前にいるのは。心臓に良くないと思う。

「それじゃあテスト返していくねー」

 着丈に振る舞う夢叶先生。でも、いつも夢叶先生を見てきた俺だから分かる。
 無理をしている、ということが。
 笑顔もどこかぎこちなくて、俺と視線を合わせないようにしている。

「それじゃあ、1番からね。綾部くん――」

 出席番号順に名前が呼ばれ、テストが返却されていく。
 1番前に席を構えていることもあり、薄らと人の点を見ることが出来る。
 賢い人もいるが、50点前後の点数が多い。

「次、.......前田くん」

 妙な間が空いた。無言で立ち上がり、俺は夢叶先生からテストを受け取る。

 「よ、よく頑張ったわね」

 ぎこちない。見たことないくらいに下手くそな笑顔を浮かべ、夢叶先生は告げた。
 そんな笑顔なら見せないでくれ。夢叶先生には明るくいてほしいんだ。そんな、周りと合わせようとする夢叶先生なんて。俺は好きじゃない。

 視線が一瞬、交錯した。しかし、どちらからともなく視線を外すと、夢叶先生は次の名前を読み上げた。 

 辛い.......。告白すればこんなに辛くなるのか?
 付き合ってる人たちは、こんな大きな壁を乗り越えたのか?
 テストの点なんて目に入らない。夢叶先生がクラスメイトに作り笑いを浮かべ、話してるその顔しか視界に入らない。

 あの笑顔の為なら、何でもできるって思ってた。
 願えば、叶うって。いつかは叶うって、そう思ってたのに。願わなければ叶わないとは言うけれど、願っても叶わないことがあった。
 想いが強ければその分近づける、とも聞いた。俺は、誰よりも強く夢叶先生を想っていたはずなのに、遠のいた。
 言葉なんて全部嘘っぱちで、偽善で、欺瞞で溢れかえっている。

「今回の赤点ラインは34点だから、それ以下の人はしっかり再テストを受けてね」

 俺らの学校は平均点マイナス10点を赤点ラインと定め、再テストを実施する制度を取っている。再テストは本テストと同じ内容であり、それで平均点プラス10点を取れなければ、補習、ということになっている。

 どうせ、再テストは確定なんだろ。
 
 夢叶先生に掛けられた言葉が脳内でリピートされる。
 そう言えば、久しぶりに夢叶先生に声をかけてもらったな。
 あの日以来、互いに挨拶も交わさなくなっていた。互いが互いに、遠慮して、気まずくて、接触を避けていた。

「えっ.......」

 テストの点を確認するため、視線を落とす。そこに書いてある点数に、俺は驚き、思わずそんな声が洩れた。

「70点.......。俺が?」 
「おめでとう」

 最高でも40点までしか取った事がなかったと言うのに。それを大きく更新する点数に、動揺が隠せない。
 そこまで勉強をしたつもりは無い。でも、この歴史という教科だけは、夢叶先生を見ていたくて、一度も眠ったことがなかった。

 嬉しさが込み上げ、呟いた言葉に夢叶先生が嘘偽りのない。優しい声色でそっと告げてくれた。
 夢叶先生の作られていない言葉に、声色に、嬉しくなった。そして再確認する。 
 あんな態度を取られたけど、俺はやっぱり夢叶先生が好きだ。
 多少の事があっても、この気持ちが変わることは無い。
 
「今から模範解答を配るから、間違えがないか確認してください」 

 そう言いながら、夢叶先生が端の列から順に模範解答を配布し始める。
 列の1番前の生徒と軽く会話を交わしながら、丁寧に数を数えながら配布し、それは遂に俺の番になる。

 眼前に来た夢叶先生。だが、いざ話すとなると何を話せばいいのか分からない。
 どうやって話してたかな。どんなことを話していたのかな。たった数日、話をしていなかっただけだと言うのに。
 どんな表情で、どんな声色で、どんな態度で、話し掛ければいいのか。
 分からないまま、夢叶先生は眼前にやって来た。

「あ、そうだ」

 眼前にやって来た夢叶先生は、そうこぼして後ろにある教卓から1枚のプリントを取り出す。
 それを模範解答のプリントの山の上に乗せた。

「稜くん、絶対に1番上の取ってね」

 視線は合わせてくれない。でも、夢叶先生の言葉は囁くようで、俺にしか聞こえないほどの声量だ。その言葉には熱が籠っていて、願っても叶わないと分かっている恋に、想いを馳せてしまう。

 夢叶先生の顔を見る度、声を聞く度。胸は正直に高鳴り、決して届くことの無い高嶺の花を触れたいと思ってしまう。

「わかりました」

 顔を見るのは辛いけど、好き。声は聞きたくないけど、聞きたい。ぎこちない笑顔なんて浮かべて欲しくないけど、夢叶先生の笑顔は見たい。
 夢叶先生の嫌がることはしたくないけど、この想いだけは嘘じゃないから――何度だって伝えたい。
 想いは矛盾しているかもしれない。
 でも、これが俺の本心。

「じゃあ、はい」

 夢叶先生が俺の手を取ることは無いかもしれない。でも、俺は夢叶先生と出逢えたことが。何よりも幸せなのかもしれない――

 夢叶先生に言われた通り。1番上のプリントを手に取り、残りを後ろへと回す。
 俺が取ったプリント。それは他の人が手にしているプリントとは少し違っていた。
 内容こそ同じだが、俺のプリントにだけ薄黄色の付箋が貼り付けてあった。

『先日はごめんなさい。稜くんの気持ちは凄く嬉しかった。でも、やっぱり私たちは先生と生徒だから。
 もっと違う出逢い方だったら.......』

 最後の一文。そこはもう涙に濡れて、文字が滲んでいた。どうにか読み解ける。
 だからこそ、そこが夢叶先生の本心なんだって伝わった。
 もし、俺と夢叶先生との間が今の間柄じゃなかったならば。
 この間とは違った答えが貰えたのかもしれない。
 俺の、この恋は――無謀なんかじゃないんだ。

「それがわかっただけでも。俺は満足だ」

 目頭が熱くなり、目じりには涙が溢れる。
 どうにか涙を堪えようと、奥歯をギュッと噛み締める。しかし、どうにも堪えることが出来ず、ゆっくりと、スーッと一筋の涙が流れた。
 夢叶先生の言葉が、ずっと聞けなかった想いが聞けたことが、嬉しくて。
 付箋1枚のメモだとしても、夢叶先生から始めてもらったものだから。
 ずっと大事にしたくて。模範解答のプリントを、ギュッと胸に抱きしめたのだった。
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