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「カッコいいよね」
しおりを挟む「ばっちこい」
マウンドに立つのは、野球部のエースでもある卓だ。決勝戦までは全試合をコールドで勝ってきた。
しかし、やはり決勝戦はそう簡単にはいかないらしい。
バックで守る選手達が声をあげ、盛り上げる。マウンドにたった1人で立つ卓の額からは、滝のような汗が流れている。
「卓! 落ち着けよ!」
球技大会特別ルールで、7回制となっている。そして今は、7回表。
2-1で負けている。次の、裏の攻撃で点数を取らないと優勝はない。
夢叶先生と約束した、タブル優勝を果たさないと秘密の特訓はない。
カウントは、ワンボールツーストライク。
ストライク先行のピッチャー有利のカウントだ。しかし、ここで安易にストライクを取りに行くと、打たれるの目に見えている。
肩で息をしている卓にそう声をかけ、アウトローいっぱいの場所にミットを構えた。
サインはフォーク。まだ1回もしっかりと捕球出来ていない球種だ。
だから多分。打者の頭に無いだろう。
「いいのか?」
そう言いたげな顔をうかべる卓に、俺はマスク越しに不敵な笑みを浮かべてやる。そして、防具を叩く。
――安心しろ。体を張って止めてやるよ。
そう合図を出すと、卓はニヤリと口角を釣り上げてからゆっくりと頷く。
ツーアウト、ランナー2塁。後逸なんてすればピンチが広がる場面だ。
しかし、卓は躊躇いもなくセットポジションで、ボールを挟み、俺のミット目掛けて投げ込んだ。
ストレートと比べて回転は少ない。読まれたか?
そう思ったが、打者は踏み込み、ストレートのタイミングでバットを出した。
バットが大きく空を切る。その瞬間、ボールがすっと落ちる。
ボールの前に体を入れて、ワンバンボールが胸に当たる。
――振り逃げだ。
バットを置いた打者が、一塁ベースに向かって全力疾走で駆け出す。ホームベースよりも前に転がるボールを追いかけ、拾う。
――くっそ、ボールの握りがッ!
甘い掴み。だが、握り直す時間はない。
そのまま腕を振って、投げた。
「やばい!!」
「取って!!」
思わず声が出る。上へと大きく逸れそうな軌道に、応援していた夢叶先生が声を張り上げる。
しかし、応援虚しくボールは一塁手の頭上の遥か上空を通り、外野方向にボールがこぼれる。
「バックホーム!」
三塁手の声が届き、慌ててホームベースへと戻る。視界の端にセカンドランナーが三塁ベースを蹴ったのが映る。
「お願い! 稜くん!!」
夢叶先生の懇願の声が、グランドいっぱいに広がる。その声に圧されるように、一塁後方からストライク返球が返って来る。
ミットに収まったボール。無駄な動きなしで、俺はホームベースにミットを落とした。
「――アウトッ!!」
球審をしていた野球部員が、大声を上げて腕を上げた。
「やった! 稜くん! チェンジだよ!」
ベンチでぴょんぴょんと跳ねる夢叶先生。マスクを外し、夢叶先生に微笑みかけてから駆け寄ってくる卓に言う。
「悪い」
「気にすんな。結果オーライってやつだ」
「ほんと。抑えられてよかった」
「あとは攻めるだけだな」
「おうよ。ちょうど打順も1番からだしな。一気に決めようぜ」
2人で話しながらベンチに戻り、キャッチャー防具を外していく。
「凄いよ、稜くん!」
驚きと喜びを兼ね合わせた笑顔で、夢叶先生は防具を外し終えた俺に言う。
「危なかったですけどね。これで優勝に首の皮一枚繋がりました」
「スポーツやってる時って、いつもの稜くんと違うみたいで――」
夢叶先生が不意にそこで言葉を止めた。
とても気になるところで言葉を止められ、俺は顔を上げた。すると、そこにあったのは、真っ赤に染めた夢叶先生の顔だった。
いつものどんな姿よりも、可愛らしいく。顔を下げているので、その顔が俺にしか見えないと思うと。
嬉しくて、ドキドキして。写真で撮って、永久保存したいと思える。
「カッコいいよね」
少しの間を開けて、そう告げた。甘く蕩けてしまいそうで、妖艶で魅惑的な声音だった。
今まで言って貰えてなかった言葉。俺に対して何かを言うことはなく、はぐらかすようにしていたのに。
言葉として俺にくれた事が嬉しくて。
でも、その嬉しさはどんな言葉にすればいいのか分から図にいると。
金属バットの軽快な音が鳴った。
「おぉ!!」
1番バッターが出塁したようだ。
「このままいくと。5番のバッターの稜くんにも打席が回ってくるかな?」
「分からないよ。でも、俺まで回ってくれば必ず勝ちます」
「おぉ。言うねー、稜くん」
「当たり前ですよ。夢叶先生との秘密の特訓が待ってますから」
「そうだね。私も、稜くんとの秘密の特訓が出来るのを楽しみにしてる」
2番バッターがきちんと送りバントを決め、ワンアウトランナー2塁という、一打同点のチャンス。
「稜、この回絶対決めるぞ」
ネクストバッターサークルに向かう卓が、俺の頭に乗せる。
その手からは、絶対に勝つという意思が伝わってきた。だから、俺も強い意志を込めた目で卓を見る。
「当たり前だろ。絶対に俺に回せよ、サヨナラ勝ちしてやるから」
「うるせぇ。俺で決めてきてやるよ」
俺の言葉を聞いた卓が、グリップを強く握り直して宣言する。
「勝ってね.......」
祈るような瞳で俺を見る夢叶先生の手を、俺は取った。自分から先生に触れたのははじめてかもしれない。
俺の手とは違う。柔らかく、丸みを帯びた手だった。
「三振ッ! バッターアウトッ!」
3番バッターが外へ逃げるスライダーに手を出し、ツーアウトランナー2塁となる。
「夢叶先生。勝ちますから」
夢叶先生の言葉を聞かず、俺は名残惜しいけど夢叶先生の手から自分の手を離し、ベンチを出る。
「頼むぞ!」
ネクストバッターサークルに向かいながら、バッターボックスに入る卓に声を掛けた。
卓は右手を天に掲げ、バットを振った。
一球目、アウトコースいっぱいに決まったと思われたボールに卓は手が出なかった。しかし、球審の手は上がらずボール判定に。
二球目、打者の手元で伸びるストレートに空振り、カウントはワンボールワンストライク。
三球目、真ん中に入ったと思ったボールは外へと逃げるスライダー。バットの先に掠れ、ファールボールに。
「瀬尾くん! 打ってー!!」
ベンチ方向から夢叶先生の声援が飛ぶ。
「おぉ!!」
卓はバッターボックスで大きく吼え、バットを構え直す。
四球目、抜けたボールが大きく逸れてボールに。
五球目、甘く入った真ん中付近のボールを打ち損じ、ファールボールに。
六球目、インコース厳しいゾーンに入ったストレートを腕を畳み、センター方向へとはじき返す。
「ナイスー!!」
ベンチからはそんな声が上がる。あと一本。あと一本出れば、同点。上手く行けば、逆転サヨナラ勝ちだ。
「稜くん!!」
夢叶先生の声援を背中に受け、卓は一塁ベース上から拳を向けている。
繋いでやったぞ。
そう言わんばかりだ。
それに応えるように、バッターボックスに入る前、卓に拳を向けた。
――絶対に決めてやる!
強く素振りをしてから、バッターボックスに入る。
あらゆる方向から声援が聞こえる。
でも、1番大きく聞こえるのは夢叶先生のものだ。
初球、インコースに来たボール。唸るように迫ってくる。
恐らくストライクだろう。でも、手を出せばきっとゴロアウトになる。
見逃しストライクだ。
「お願い! 稜くん!」
三塁ランナーが強い視線を向けている。当たれば走るから――
そんな意思が読み解ける。
夢叶先生の懇願する声。
大丈夫。夢叶先生。俺が夢叶先生を笑顔にしてやるから。
「カッコいい稜くんを見せて!」
周囲の目など気にせず、声を張り上げた夢叶先生。
セットポジションから投げられたボールから視線を逸らさず、そっと呟く。
「任せてくださいッ!!」
強く、鋭いスイング。
真ん中高めに入ったストレートだった。バットの芯に当たったボールは、軽快な金属音を轟かせ、レフトスタンド一直線。
――逆転サヨナラスリーランホームラン
大喜びで跳ねるようにベースを回る卓。その後ろを俺が走る。手にはまだ打った感覚が残っている。
痺れるような感覚だ。
ゆっくりとダイヤモンドを駆けていると、マウンドでは対戦相手だった3年3組の投手が崩れ落ちていた。
これで夢叶先生との約束に1歩近づいた。
「稜くん!!」
ホームベースにまで返ってきた俺を出迎えた夢叶先生は、その勢いのまま俺を抱きしめた。
「え.......」
俺には勿体ないくらいのサプライズだ。でも、周りの目もあるし、ここは学校だ。
「ゆ、夢叶先生.......?」
夢叶先生から香る甘い匂いや、胸部に感じる柔らかな膨らみ。嬉しさや恥ずかしさはもちろんある。でも、それよりも戸惑いのが強く、上手く言葉が紡げない。
「稜くん、すごいよ。ほんとにおめでとう!」
まさか、本当に優勝するなんて。夢叶先生は思っていなかったのだろうか。
声は少し震えており、喜びの頂点を越えたようだった。
「あ、ありがとうございます」
夢叶先生とこれ程までに至近距離になること。これ程までに褒めてもらえることというのはそうそうない。
だからこそ、とても嬉しくて。
それから恥ずかしくて。
顔が真っ赤になるのを抑えられない。
「でも、夢叶先生。み、みんな見てるんですけど.......」
ようやくの想いでそっと告げると、夢叶先生はハッとした表情を浮かべて、俺から飛び退いた。
「ご、ごめんなさい。あまりに嬉しくて.......」
「いやぁ、先生。その気持ちは分からなくはないですよ」
恥ずかしさを誤魔化すように、苦笑を浮かべるも。やはり恥ずかしさには勝てずに声量がどんどんと小さくなった。
しかし、そこへ卓がやって来て言った。
卓の一言は効果的だった。上級生相手に逆転サヨナラホームランを打ったやつを、称えないなんておかしい。などという雰囲気に包まれ、男連中が俺を取り囲む。
「お、お前らの抱っこはいらんぞ?」
「そりゃあ無理だろうな」
叫ぶ俺に、卓は遠くからそう告げ、悪戯っぽく笑ったのだった。
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