先生、付き合ってもらえますか?

リョウ

文字の大きさ
21 / 51

「カッコいいよね」

しおりを挟む

「ばっちこい」
 
 マウンドに立つのは、野球部のエースでもある卓だ。決勝戦までは全試合をコールドで勝ってきた。
 しかし、やはり決勝戦はそう簡単にはいかないらしい。

 バックで守る選手達が声をあげ、盛り上げる。マウンドにたった1人で立つ卓の額からは、滝のような汗が流れている。

「卓! 落ち着けよ!」

 球技大会特別ルールで、7回制となっている。そして今は、7回表。
 2-1で負けている。次の、裏の攻撃で点数を取らないと優勝はない。
 夢叶先生と約束した、タブル優勝を果たさないと秘密の特訓はない。
 カウントは、ワンボールツーストライク。
 ストライク先行のピッチャー有利のカウントだ。しかし、ここで安易にストライクを取りに行くと、打たれるの目に見えている。
 肩で息をしている卓にそう声をかけ、アウトローいっぱいの場所にミットを構えた。

 サインはフォーク。まだ1回もしっかりと捕球出来ていない球種だ。
 だから多分。打者の頭に無いだろう。

「いいのか?」
 
 そう言いたげな顔をうかべる卓に、俺はマスク越しに不敵な笑みを浮かべてやる。そして、防具を叩く。

 ――安心しろ。体を張って止めてやるよ。

 そう合図を出すと、卓はニヤリと口角を釣り上げてからゆっくりと頷く。
 ツーアウト、ランナー2塁。後逸なんてすればピンチが広がる場面だ。
 しかし、卓は躊躇いもなくセットポジションで、ボールを挟み、俺のミット目掛けて投げ込んだ。
 ストレートと比べて回転は少ない。読まれたか?
 そう思ったが、打者は踏み込み、ストレートのタイミングでバットを出した。
 バットが大きく空を切る。その瞬間、ボールがすっと落ちる。
 ボールの前に体を入れて、ワンバンボールが胸に当たる。

 ――振り逃げだ。

 バットを置いた打者が、一塁ベースに向かって全力疾走で駆け出す。ホームベースよりも前に転がるボールを追いかけ、拾う。

 ――くっそ、ボールの握りがッ!

 甘い掴み。だが、握り直す時間はない。
 そのまま腕を振って、投げた。

「やばい!!」
「取って!!」

 思わず声が出る。上へと大きく逸れそうな軌道に、応援していた夢叶先生が声を張り上げる。
 しかし、応援虚しくボールは一塁手の頭上の遥か上空を通り、外野方向にボールがこぼれる。

「バックホーム!」

 三塁手の声が届き、慌ててホームベースへと戻る。視界の端にセカンドランナーが三塁ベースを蹴ったのが映る。

「お願い! 稜くん!!」

 夢叶先生の懇願の声が、グランドいっぱいに広がる。その声に圧されるように、一塁後方からストライク返球が返って来る。
 ミットに収まったボール。無駄な動きなしで、俺はホームベースにミットを落とした。

「――アウトッ!!」

 球審をしていた野球部員が、大声を上げて腕を上げた。

「やった! 稜くん! チェンジだよ!」

 ベンチでぴょんぴょんと跳ねる夢叶先生。マスクを外し、夢叶先生に微笑みかけてから駆け寄ってくる卓に言う。

「悪い」
「気にすんな。結果オーライってやつだ」
「ほんと。抑えられてよかった」
「あとは攻めるだけだな」
「おうよ。ちょうど打順も1番からだしな。一気に決めようぜ」

 2人で話しながらベンチに戻り、キャッチャー防具を外していく。

「凄いよ、稜くん!」

 驚きと喜びを兼ね合わせた笑顔で、夢叶先生は防具を外し終えた俺に言う。

「危なかったですけどね。これで優勝に首の皮一枚繋がりました」
「スポーツやってる時って、いつもの稜くんと違うみたいで――」

 夢叶先生が不意にそこで言葉を止めた。
 とても気になるところで言葉を止められ、俺は顔を上げた。すると、そこにあったのは、真っ赤に染めた夢叶先生の顔だった。
 いつものどんな姿よりも、可愛らしいく。顔を下げているので、その顔が俺にしか見えないと思うと。
 嬉しくて、ドキドキして。写真で撮って、永久保存したいと思える。

「カッコいいよね」

 少しの間を開けて、そう告げた。甘く蕩けてしまいそうで、妖艶で魅惑的な声音だった。
 今まで言って貰えてなかった言葉。俺に対して何かを言うことはなく、はぐらかすようにしていたのに。
 言葉として俺にくれた事が嬉しくて。
 でも、その嬉しさはどんな言葉にすればいいのか分から図にいると。
 金属バットの軽快な音が鳴った。

「おぉ!!」

 1番バッターが出塁したようだ。

「このままいくと。5番のバッターの稜くんにも打席が回ってくるかな?」
「分からないよ。でも、俺まで回ってくれば必ず勝ちます」
「おぉ。言うねー、稜くん」
「当たり前ですよ。夢叶先生との秘密の特訓が待ってますから」
「そうだね。私も、稜くんとの秘密の特訓が出来るのを楽しみにしてる」

 2番バッターがきちんと送りバントを決め、ワンアウトランナー2塁という、一打同点のチャンス。

「稜、この回絶対決めるぞ」

 ネクストバッターサークルに向かう卓が、俺の頭に乗せる。
 その手からは、絶対に勝つという意思が伝わってきた。だから、俺も強い意志を込めた目で卓を見る。

「当たり前だろ。絶対に俺に回せよ、サヨナラ勝ちしてやるから」
「うるせぇ。俺で決めてきてやるよ」

 俺の言葉を聞いた卓が、グリップを強く握り直して宣言する。

「勝ってね.......」

 祈るような瞳で俺を見る夢叶先生の手を、俺は取った。自分から先生に触れたのははじめてかもしれない。
 俺の手とは違う。柔らかく、丸みを帯びた手だった。

「三振ッ! バッターアウトッ!」

 3番バッターが外へ逃げるスライダーに手を出し、ツーアウトランナー2塁となる。

「夢叶先生。勝ちますから」

 夢叶先生の言葉を聞かず、俺は名残惜しいけど夢叶先生の手から自分の手を離し、ベンチを出る。

「頼むぞ!」

 ネクストバッターサークルに向かいながら、バッターボックスに入る卓に声を掛けた。
 卓は右手を天に掲げ、バットを振った。

 一球目、アウトコースいっぱいに決まったと思われたボールに卓は手が出なかった。しかし、球審の手は上がらずボール判定に。
 二球目、打者の手元で伸びるストレートに空振り、カウントはワンボールワンストライク。
 三球目、真ん中に入ったと思ったボールは外へと逃げるスライダー。バットの先に掠れ、ファールボールに。

「瀬尾くん! 打ってー!!」

 ベンチ方向から夢叶先生の声援が飛ぶ。

「おぉ!!」

 卓はバッターボックスで大きく吼え、バットを構え直す。

 四球目、抜けたボールが大きく逸れてボールに。
 五球目、甘く入った真ん中付近のボールを打ち損じ、ファールボールに。
 六球目、インコース厳しいゾーンに入ったストレートを腕を畳み、センター方向へとはじき返す。

「ナイスー!!」

 ベンチからはそんな声が上がる。あと一本。あと一本出れば、同点。上手く行けば、逆転サヨナラ勝ちだ。

「稜くん!!」

 夢叶先生の声援を背中に受け、卓は一塁ベース上から拳を向けている。
 繋いでやったぞ。
 そう言わんばかりだ。
 それに応えるように、バッターボックスに入る前、卓に拳を向けた。

 ――絶対に決めてやる!

 強く素振りをしてから、バッターボックスに入る。

 あらゆる方向から声援が聞こえる。
 でも、1番大きく聞こえるのは夢叶先生のものだ。

 初球、インコースに来たボール。唸るように迫ってくる。
 恐らくストライクだろう。でも、手を出せばきっとゴロアウトになる。
 見逃しストライクだ。

「お願い! 稜くん!」

 三塁ランナーが強い視線を向けている。当たれば走るから――
 そんな意思が読み解ける。
 夢叶先生の懇願する声。
 大丈夫。夢叶先生。俺が夢叶先生を笑顔にしてやるから。

「カッコいい稜くんを見せて!」

 周囲の目など気にせず、声を張り上げた夢叶先生。
 セットポジションから投げられたボールから視線を逸らさず、そっと呟く。

「任せてくださいッ!!」

 強く、鋭いスイング。
 真ん中高めに入ったストレートだった。バットの芯に当たったボールは、軽快な金属音を轟かせ、レフトスタンド一直線。

 ――逆転サヨナラスリーランホームラン

 大喜びで跳ねるようにベースを回る卓。その後ろを俺が走る。手にはまだ打った感覚が残っている。
 痺れるような感覚だ。

 ゆっくりとダイヤモンドを駆けていると、マウンドでは対戦相手だった3年3組の投手が崩れ落ちていた。
 これで夢叶先生との約束に1歩近づいた。

「稜くん!!」

 ホームベースにまで返ってきた俺を出迎えた夢叶先生は、その勢いのまま俺を抱きしめた。

「え.......」

 俺には勿体ないくらいのサプライズだ。でも、周りの目もあるし、ここは学校だ。

「ゆ、夢叶先生.......?」

 夢叶先生から香る甘い匂いや、胸部に感じる柔らかな膨らみ。嬉しさや恥ずかしさはもちろんある。でも、それよりも戸惑いのが強く、上手く言葉が紡げない。

「稜くん、すごいよ。ほんとにおめでとう!」

 まさか、本当に優勝するなんて。夢叶先生は思っていなかったのだろうか。
 声は少し震えており、喜びの頂点を越えたようだった。

「あ、ありがとうございます」

 夢叶先生とこれ程までに至近距離になること。これ程までに褒めてもらえることというのはそうそうない。
 だからこそ、とても嬉しくて。
 それから恥ずかしくて。
 顔が真っ赤になるのを抑えられない。

「でも、夢叶先生。み、みんな見てるんですけど.......」

 ようやくの想いでそっと告げると、夢叶先生はハッとした表情を浮かべて、俺から飛び退いた。

「ご、ごめんなさい。あまりに嬉しくて.......」
「いやぁ、先生。その気持ちは分からなくはないですよ」

 恥ずかしさを誤魔化すように、苦笑を浮かべるも。やはり恥ずかしさには勝てずに声量がどんどんと小さくなった。
 しかし、そこへ卓がやって来て言った。
 卓の一言は効果的だった。上級生相手に逆転サヨナラホームランを打ったやつを、称えないなんておかしい。などという雰囲気に包まれ、男連中が俺を取り囲む。

「お、お前らの抱っこはいらんぞ?」
「そりゃあ無理だろうな」

 叫ぶ俺に、卓は遠くからそう告げ、悪戯っぽく笑ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

処理中です...