先生、付き合ってもらえますか?

リョウ

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「稜の気持ちは伝わったようですね」

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「ほんとに勝てるなんて。やっぱり稜くんは凄いね」
 
 野球の試合を終え、続くバスケットボールの試合のために移動する稜くんについていく。
 学校で2人で並んで歩くなんて。そんなことができる日が来るとは思っても見なかった。

 でも、そんな事ができるのも、稜くんが必死に想いを伝えてくれたから。稜くんの強い想いがなければ、私がこんな感情になることはなかったと思う。

「ほんとに運が良かっただけです。卓の他に、野球経験者が2人も居たのは、奇跡でしたよ」
「でも、経験者は3人で残りは未経験者だったんだよ? そう考えると、やっぱり凄いよ」

 瀬尾くんが絶賛するのも分かるな。あれだけすごい運動神経持っていれば、どんな競技でも絶対活躍出来るだろうに。
 それに、真剣にスポーツに取り組んでいる姿は本当にカッコいいし。

「夢叶先生にそう言ってもらえると頑張った甲斐があります」

 照れたように、頬を掻きながら言う稜くん。その姿がまた可愛らしくて、何だか少しトキメキを覚えちゃう。
 先生、という立場では絶対にダメなことだと思う。でも、あれだけ必死に、一直線に想いを伝えられたら。やっぱり心は揺れ動いちゃうよ。

 思わず抱き締めてしまった。その温もりがまだ、私の中に残っている。
 ほのかに香った汗の匂いも、全然嫌にならなかった。嬉しさが極まって。頑張っている稜くんの姿が愛おしくて。思わず体が動いていた。

「次も、頑張ってね」

 グラウンドから体育館までの道のりはそう長くない。だから、もう2人きりの時間も終わり。
 キュッ、キュッという音が響く体育館が眼前に迫っている。
 胸に手を当て、これからのことを想像する。
 稜くんはきっと、無茶でも何でも勝ってくれると思う。でも、怪我だけはして欲しくない。
 そんな思いを込めて、私は静かにそう呟いた。

「ありがと、夢叶先生」

 そんな私のワガママな言葉に。稜くんは優しく微笑んでくれた。その微笑みを崩すことなく、そう言った稜くんは体育館に向けて駆け出した。

 まだ好きかどうかは分からない。でも、稜くんは特別なような気がしてやまない。
 気がつけば目で追っている。どんなにたくさん、人が居たとしても。私は彼を見つけることが出来る。
 何でもないことなのに。
 稜くんにだけスポットライトが当たっているように感じられて、いつもいつも、視界のどこかには稜くんがいる。

「よっ、待たせたな」
「遅せぇよ」

 バスケに選ばれたみんなの元に、駆け寄る稜くん。つい先程まで野球をしていたとは思えないほど、爽やかな表情で輪に入っている。

「凄いな.......」

 あれが若いってことなのかな。
 私ならもうクタクタで動くことすら出来ないよ。

「あれが稜なんですよ」
「瀬尾くん?」

 野球の部で優勝を飾り、喜びに満ちていたはずの瀬尾くんが、いつの間にか私の隣にいた。
 その視線の先には、稜くんがいた。その視線には少しの羨望が混じっていることに気づく。

「勉強はからっきしだけど、好きなことには一直線」
「うん。それは私も――分かってる」

 先生と生徒とか。そんな垣根関係なくて、稜くんは真っ直ぐにぶつかってくれる。
 曲がることない想いを、ストレートに伝えてくれる。
 無理だとか、諦めるとか、稜くんの中にあるのかなって。そう思っちゃうくらい。

「さっきだって、俺は正直諦めてました」
「そうなの?」

 瀬尾くんは拳を強く握り、コートの中に入っていく稜くんを見ていた。
 6、という数字が書かれたビブスを着用した稜くんは、センターサークルの隣に構える。

「はい。俺らは運動出来るやつから順に打順組んでましたから。稜の後ろからは、バットにボールを当てるのすら出来ないレベルですよ」

 勝手に諦めをつけていた自分を責めるように、瀬尾くんは強く食いしばった歯の間から言葉を洩らす。

 ピッ、とティプオフを報せるホイッスルが鳴り、ボールがセンターサークルの真上に投げられた。

「俺がランナーを返せなかった時点で負けたと思った。幾ら稜がすげぇって言ってもホームランまでは予想してなかった」
「延長戦って考えもあったでしょ?」
「延長戦に入れば、もし抑えられても下位打線から始まる。多分、俺が打たれるのが先だったと思う」

 力不足を実感したのかもしれない。瀬尾くんは悔しくて、悔しくて仕方なさそうだった。
 そんな会話をしているうちに、稜くんがドリブルをカットし、そのままゴール下まで一直線し、レイアップを決めた。

「そう。やっぱり稜くんは凄いんだね」
「あぁ。どうして野球部に入ってくれないんだろう。稜が居れば、甲子園だって夢じゃないのに」
「瀬尾くん。たらればなんて口に出しちゃダメだよ」

 稜くんたちはオールコートでマンツーマンディフェンス――1人につき1人が常についてまわるディフェンスをしている。
 あの戦法は敵に対して、相当なプレッシャーをかけられる。だけど、稜くんたちの体力も尋常ではないスピードで削られる。

「そう、ですね。今日、打たれた事で少し弱気になってました」
「瀬尾くんなら、大丈夫だよ。応援してるからね」
「ありがとうございます」

 瀬尾くんは、私に頭を下げた。それが野球部で教えられた礼儀なのかどうかは分からない。でも、その動作はとても慣れているように見えた。
 稜くんの、嬉しさが滲むような動きとは違って。何だか少し違和感のようなものを覚える。

 稜くんのことばかり考えちゃう。
 私は皆の先生なのに――

「おぉ、さすが稜」

 鋭いドリブルでディフェンスを抜き去った門待くんは、そのままシュートにいこうとする。だが、その前に立ち塞がる身長の高い敵。
 シュートコースを完全に防がれた門待くんに、稜くんが後ろから声をかける。
 即座にパスを出した門待くん。それを正確に受け取った稜くんは、その場でジャンプシュートを決めた。

「バスケをやっている人の動きみたい」
「たぶん、稜はバスケやったことないぜ」
「そうなの?」

 フィールディングに、ボールさばき。そのどれを取っても未経験者の動きとは思えない。
 本来、高校バスケは10分の4クォーター制。だが、今回は球技大会。特別ルールで、前後半10分の2クォーター制になっている。

「あぁ。あの動きこそ、稜が持っている天性の運動神経なんですよ」

 運動神経が良いとか、そういうレベルではないと思う。経験者並に動けている。

「凄すぎる」

 語彙を失う。どんなに周りがナイスプレーをしても。どんなに下手なプレーをしても。私の目にはちゃんと映らない。霞んで見える。
 強すぎる光があるから。もう、目で追うことを止められない。
 ロールや、バックチェンジといった技術は無い。だけど、簡単な基礎の部分はやってのけている。

「素人に毛が生えたレベルだ。止めるぞ!」

 相手チームの1人が稜くんを指さして言った。

「違う。稜くんはそんなじゃない」

 誰にも聞こえないくらいの声で、反論した。いや、してしまったんだ。

 何も知らない人が稜くんのことをそんな風に言わないで。
 あなたが稜くんの何を知ってるっていうの!?
 稜くんはすごいんだから――
 絶対に負けたりしないんだから。私との約束を守ってくれるんだから――

「勝って!!」

 クラスメイトのように、勝利を懇願する。先生とは思えないほどの、必死の応援かもしれない。でも、これくらいしないと。稜くんには応えられないから。
 周囲から視線が集まっているのが、痛いほど分かった。
 それでもやめられない。
 稜くんの動きから目を逸らせないから――

 その声に応えてくれるように。稜くんの動きが良くなる。
 プレッシャーを掛けてくる相手に、ノールックパスを敢行する。門待くんの手元に吸い込まれるようなパス。それを受けた門待くんの表情からは笑みがこぼれるのが分かった。

「そりゃあ、あんなパス貰えると嬉しいわな」

 プレイしていない瀬尾くんにも伝わる最高のパス。
 その場でシュートフォームに入る門待くん。

「遠いだろ!」

 パスを受けた場所でシュートを打とうとする門待くんに、瀬尾くんが吠えた。だが、そこは彼のシュートレンジ。

「大丈夫だよ。門待くん、スリーポイントの成功率はかなり高いんだから」
「なんで先生が――」

 瀬尾くんが言い終える前に、ボールはゴールネットをくぐった。
 パサっ、という気持ちいい音だけ残して――

「知らないの? 一応、私バスケ部の顧問してるんだよ?」
「聞いてないですよ」

 少し罰が悪そうな態度をとる瀬尾くん。野球をしている時とはすごいギャップだと思う。でも、やっぱり稜くんには勝てないな。

 後半に入るまでに、ダブルスコアをつけて圧倒的な強さを見せつけた稜くんたち。
 バスケ部員が1人しかいないチームとは、到底思えないよ。

 しかもチームのうち、3人はほとんどボールに触れていない。たった2人で相手チームを圧倒している。

「カッコよすぎるよ.......」

 何度この言葉を口にしているんだろう。もう、わかんないよ。
 抑えたいけど、ドキドキの胸の音が止まってくれない。五月蝿くて、近くにいる瀬尾くんに聞こえちゃってないかが不安だ。
 バスケ部員の、門待くんを応援するべきなんだろうけど。ごめん。視界にも入らない。
 目が勝手に、稜くんだけを捉えちゃう。
 好きになっちゃいけないのに。頭では分かっているのに。

 あの日から。稜くんの本気を受けた日から。
 稜くんを特別視してしまって――

 大きくかぶりを振る。
 気づいちゃダメ。気づいちゃダメだから、知らない振りをする。

「先生、もしかして――」

 ボールのある場所よりも、稜くんを見てしまっている。それに気が付かれたのか。
 瀬尾くんが驚きを含んだ言葉を投げかけてくる。

「な、何かしら?」

 平然を装うと努力する。でも、ダメだ。焦りが出て、早口になってしまう。

「稜のこと、気になってます?」
「そ、そんなこと――」

 ないよ。という、あと3文字がどうしても口に出せない。
 これ以上、嘘を重ねたくない。
 本気でぶつかってくれる稜くんを否定したくない。

 目の前にいる人が稜くんじゃないことは理解している。なら、ササッと否定しまえばいいのに。
 不器用な性格が、上手く言葉を紡いでくれない。

 私は先生だから。先生なのに。稜くんのことが気になってるの?
 分かんないよ!
 ぐちゃぐちゃになる感情。自分でも整理が出来ていない感情が、涙として表に出てくる。

「せ、先生!?」
「ご、ごめんなさい。目にゴミが.......」
 
 ありきたりすぎる言い訳に、瀬尾くんは何も言わなかった。
 きっと思いは悟られた。
 それが今後にどう響くか分からない。でも、否定をする気になれなかった。
 今、慌てて否定すれば逆に怪しい、ということもある。でも、それよりも。

 稜くんに対して、ちゃんと向き合うって決めたから。
 あの付箋を渡した日から、心は揺れ動いてた。いや、違う。はじめて稜くんに好きだと言ってもらった日から、ずっとずっと。私は稜くんが気になっていたのかもしれない。
 それに気づかない振りをして。知らない振りをして。自分の気持ちに嘘をついて、誤魔化していたんだ。
 あとは覚悟が足りなかっただけ。生徒を好きになる覚悟がなかっただけ――

「あと3分」

 いつの間にか、試合は残りわずかとなっていた。38対12と圧倒している。だが、バスケの試合は最後まで何が起こるか分からない。
 残り3分もあれば、連続スリーポイントを決められると、一気に分からなくなる。

「気、抜かないで!!」

 声を上げる。すると、稜くんがしんどそうな、辛そうな表情に笑顔を刻んでこちらを見てくれた。
 それだけで嬉しくなっちゃう。
 それは多分、私が学生時代にちゃんと恋をしていなかったから。学生よりもウブな反応を見せちゃうんだ。

「稜の気持ちは伝わったようですね」

 その様子を見ていた瀬尾くんは、苦笑混じりの声音でそう告げた。稜くんの気持ちは知っていたらしい。
 横目で一瞥だけしてから、直ぐに稜くんを見て言う。

「痛いくらいね」

 でも、このことはまだ稜くんには言わない。うんん、言えない。
 まだまだ覚悟が足りないから。不安なって、また傷つけちゃかもしれないから。
 ちゃんと自分の気持ちを知って、覚悟が決まるその日まで。ずっとずっと、秘密のまま。
 誰にも言えない。私だけの、秘密。

 それと同時に、試合終了の合図が鳴り響いた。
 あれからも点数を重ね、43対12で力の差を見せつける勝利を納めた。

「夢叶先生、やりましたよ! まずは1回戦突破です!」

 コート上から、屈託のない。眩しいくらいの笑顔を浮かべた稜くんがピースサインを向けて言った。

「うん。ちゃんと見て、応援してるからね」

 そんな稜くんに、精一杯の想いをのせて、そう言うのだった。
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