先生、付き合ってもらえますか?

リョウ

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「で、デート。みたいですね.......」

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 球技大会の翌日。今日からは夏休みに向け、成績表制作等もあり、午前授業になった。
 だから、太陽がまだ南の空にある間に放課後となる。部活動はあるため、学校からの至る所から様々な声が上がっている。

 燦々と照りつける太陽の下。暑すぎて、額からは汗が吹き出す。
 正門前で、少し日陰になっている場所から校舎を眺める。

 先に行ってるね、夢叶先生。
 秘密の特訓とは、一体何をするのか。抽象的にも、具体的にも、聞いていないから。期待と不安が入り交じりになってしまう。
 群青色の空を見上げ、ゆっくりと息を吐き捨て、ゆっくりと歩き出す。

 グラウンドの横を通り抜けて、夢叶先生の待ち合わせの場所である大里駅に向かう。
 まだお昼ということで、行き交う人は通勤帰宅ラッシュ時と比べ、かなり少ない。

 駅で待ち合わせってことはどこか行くのかな。学校やみなが荘では出来ない、オトナなことなのか?
 いやいや。夢叶先生に限ってそんなことはないよ。でもそれじゃあ、わざわざ駅で待ち合わせるって――

 しばらく歩き、大里駅に着いた。やはり人の通りは、俺がいつも利用する時間よりは少ない。
 ロータリーにはタクシーの運転手が、タクシーから降りて、退屈そうな表情でタバコを咥えている。
 彼らを横目で眺め、これから来る夢叶先生に想いを馳せていた。



「お待たせ」

 少し浮ついた声が俺にかけられた。ポンっと、軽く肩に手を置いた夢叶先生の表情は、少し緊張しているようだった。
 ぎこちなく微笑んだ夢叶先生。少し前まで学校で見ていた、凛とした先生の姿とは違う。
 俺らを前に堂々と話している雰囲気とは違う。

 こんな夏真っ盛り、と言わんばかりの日に、白の長袖のカッターシャツを着ているのは暑いのだろう。
 腕まくりをしているにも関わらず、少し汗ばみインナーが透けて見えてしまいそうである。

「ぜ、全然待ってないですよ」

 ショートホームルームを終えてから、もう既に30分は経っている。だから、待っていないという言葉は嘘になるだろう。でも、やっぱり待ったとは言えない。
 少し慌てたように出てきた夢叶先生が可愛くて、額に浮かぶ球の汗なんて気にもならない。

「嘘。その汗の量で全然待ってないわけないでしょ」

 しかし、夢叶先生は俺の言葉に眉をひそめて、ため息混じりにそう言った。
 腕に掛けるように持っているカバンの中から、夢叶先生はハンカチを取り出して俺の額に当てた。

「熱中症にでもなったら、大変だよ」
「あ、ありがとございます」

 ほのかに甘い香りがしたハンカチ。自然と近くなる夢叶先生との距離。
 大きな瞳が俺を捉えているのが分かった。嬉しいけど、恥ずかしくて。思わず目を逸らしてしまう。
 熱く、赤くなった頬は、暑さだけのせいには出来ないほどだ。

「ゆ、夢叶先生も汗かいてますよ?」
「稜くん待たせたらダメだーって思って、ちょっと走ったからね」

 先ほど、俺の汗を拭ったハンカチを今度は夢叶先生自身の額に当てた。
 関節キスとは違うけど。それに似た何かのように感じられ、同じものを共有しただけだというのに。嬉しくて、鼓動が早くなってしまう。

「それじゃあ、行こっか」

 行き先は分からない。だから夢叶先生に言われるがまま、後ろをついていく。

「あ、そうだ。稜くんは切符いるんだっけ?」
「そうですね。いりますね」

 夢叶先生と二人きりという状況に緊張を覚え、口の中が尋常ではないほど乾く。
 ロータリーでタバコをふかすタクシーの運転手たちが、ジロジロとこちらを見てきているのが分かった。

 俺と夢叶先生はどんな風に見えているのだろうか。やっぱり先生と生徒なのか。それとも、もっと違った形。俺が望む形で映っているのだろうか。

「はい、じゃあこれ」

 そんなことを思っているうちに、夢叶先生は切符を購入してくれていたらしい。俺に差し出された切符。それを眺めて、慌てて言葉を口にする。

「ゆ、夢叶先生!? お、お金払いますよ!」
「お金のことは全然いいよ。私は稜くんの先生なんだから。気にしないでよ」

 俺の慌てぶりが面白かったのだろうか。夢叶先生は口元を抑え、声を上げて笑った。
 好きな人から奢ってもらうのは、男としては情けないような気がして。差し出された切符を受け取ることが出来ない。
 切符と夢叶先生を交互に見ると、夢叶先生は不思議そうな表情を浮かべて、小首を傾げている。

 ――どうして、受け取らないの?

 今にもそう言い出しそうだ。
 ほんの数秒だったが、切符を受け取らない俺にしびれを切らしたのだろう。夢叶先生は俺の腕をとり、手のひらの上に切符を置いた。

「はい、それじゃあ行くよ!」

 電光掲示板によると、姫坂行きの電車が残り2分ほどで到着するらしい。
 定期券で改札を抜けた夢叶先生は、早く早く、と言わんばかりに手招きをしてくる。

「ありがとうございます」

 夢叶先生に伝わったかどうかはわからない。手にある、夢叶先生の温もりが僅かに残った切符を見つめ、ぽつりと呟き、改札を抜けた。


 * * * *

 終点姫坂駅まで着き、俺たちは電車を降りた。

「どこまで行くんですか?」

 改札口へと向けて歩く夢叶先生の背にそう投げ掛けると、夢叶先生は視線だけを俺に向けて言う。
 車内で訊いたときは、姫坂駅まで行く、としか言ってくれなかった。だから、この先どこへ行くのかはまだ伝えられてないのだ。

「あともうちょっとで着くところよ」

 先を歩いていた夢叶先生は、いきなり止まって俺に向く。そして悪戯っぽく、俺をからかうように告げた。

「もうちょっとって.......」

 行き先がどこかわからないだけで、こんなにも不安になるんだ。
 そんな新たな発見を胸に抱きながら、夢叶先生の後ろをついていくと、駅の南口を抜けた。

「こっち側、はじめて来ました」
「え、そうなの?」

 驚きを隠せないのか。夢叶先生の声が、1段階大きくなった。

「だって、こっちには何も無いですし」
「そ、それはそうなんだけどね」

 この間、亜沙子とデートをした映画館までもある大型複合施設があるのも、カラオケがあるのも、お洒落なカフェがあるのも、飲食店があるのも、全部全部姫路駅の北側。
 オフィスや、マンションなどが建ち並ぶ南側には、学生である俺たちにはほとんど関係のない場所だ。

「あ、そうだ。飲み物も何も無いから、コンビニにだけ寄ろっか」

 天をも穿たんとする程の、建物の数々。そんなビルの森に入ろうとする夢叶先生は、何かを思い出しかのようにポンっと、手を叩いた。

「何で飲み物がいるんですか?」
「そりゃあ。いるからだよ?」

 いるからだよ。そう言われても、俺は今からどこへ行くかも、何をするかも知らないんだ。
 必要なものなんてわかるわけが無い。

「稜くんって、どんな飲み物が好きなの? やっぱりジュース?」
「やっぱりって言われ方は子ども扱いされてるみたいで嫌です」

 少し拗ねるような表情を浮かべて言うと、夢叶先生は申し訳なさそうに言った。やってしまった。そんな表情の夢叶先生に、俺は思わず吹き出してしまう。
 そんな顔するとは思ってなかったから。そんなに慌てるとは思っていなかったから。
 予想外の反応を見せる夢叶先生が、可愛くて面白くて。

「うぅ。笑うなんて酷いよ、稜くん」
「ごめんなさい。でも、いつもと違う感じが新鮮で」
「新鮮.......か。それを言うならば、稜くんと並んで街を歩くのは新鮮だね」

 俺の心を揺さぶるように、夢叶先生は体を翻し顔を覗き込んでくる。
 好きな人の顔が、目の前に。たったそれだけで、鼓動は早り、好きが溢れ出しそうになる。
 火照る身体を抑え。ゆっくりと視線を逸らして口を開く。

「で、デート。みたいですね.......」

 街の雑踏に掻き消されそうなほどに小さな声音だったと思う。でも、夢叶先生はそれをきちんと聞き届け、笑ってくれた。
 
「そうだね。一番はじめがコンビニでの買い物ってのは、色がないけどね」

 自嘲気味にそう告げてから、夢叶先生はコンビニに入っていく。夢叶先生の同意が得られたことが、めちゃくちゃ嬉しくて、頬が緩んでしまう。ニヤニヤとしてしまう表情を、どうにか引き締め、夢叶先生に続いてコンビニに入ったのだった。
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